2022/08/20 - 2022/08/23
473位(同エリア549件中)
あるさん
夏に、「平泉~象潟」間の「おくのほそ道」を旅してきました。皆様の旅の参考になれば幸いです。
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おくのほそ道を辿る旅、3日目は新庄駅近くのニューグランドホテルからスタートです。眺めがよく、一人旅には十二分過ぎるホテルでした。
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まず朝一で、ホテルから車で10分ほどの、本合海(もとあいかい)に到着しました。ここは芭蕉が最上川を下るために、舟に乗った場所です。
ちなみに芭蕉はここに立ち寄る前、5月28日から30日まで、上流の大石田の高野一栄邸に宿泊しています。29日に俳諧をし、芭蕉は「五月雨を 集て涼し 最上川」という発句を残しました。26日に小雨が降っているようなので、まさに水かさが増した最上川を、既に芭蕉は目撃していた訳です。
大石田で最上川を見た後、実際にここ本合海で舟に乗るのは6月3日のことです。写真の石碑には、「五月雨を あつめて早し 最上川」の句が刻まれています。舟に実際に乗って、体験をして、涼しを早しに変えるんですね。 -
本合海には八向(やむき)盾という名勝があります。北上する最上川が、写真の八向山の南壁にぶつかり、流路を西(日本海)へと変わる地点で、雄大な自然を感じました。
設置されていた説明の看板によると、幕末期には、西郷隆盛もここ本合海から舟に乗り、庄内藩の無血開城の立ち合いに向かったそうです。 -
道を15分ほど進むと、白糸の滝ドライブインがあります。最上川沿いの、ちょうど白糸の滝の向かい側に位置しています。
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ドライブインから、白糸の滝が見えました。「おくのほそ道」では「白糸の滝は青葉の隙々に落ちて」とありますが、まさにそのとおりの光景です。
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最上川は日本三大急流に数えられる程の急流です。写真のとおり、のんびりとした清流というよりは、先般の雨で水は濁り量も多く、怖さを感じる急流といった印象がありました。
芭蕉も「水みなぎって舟あやうし」と記しており、この実体験が最上川の句を「早し」と変更するきっかけになったことも、非常に合点がいきます。
この後芭蕉は清川で舟を降ります。清川には関所があり、そこから西は庄内藩の土地です。ちなみに、幕末期の清河八郎はこの清川出身だそうです。 -
白糸の滝から車で30分ほど、午前10時頃に羽黒山に到着しました。芭蕉は6月3日~9日の間に出羽三山全てを登りますが、流石に自分はそこまでの時間はなく断念。羽黒山のみ登ることにしました。
登山前に、まずは「いでは文化記念館」(入館料400円)に立ち寄り、出羽三山について勉強をします。 -
記念館では、月山の笹小屋が再現されていました。芭蕉曰く「息絶え身をこごえて」登り、この小屋で「笹を鋪き篠を枕とし」一夜を過ごしたそうです。これは、強烈に寒そうです笑
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館内に、能除太子の絵がありました。かなりインパクトのある容貌ですね。崇峻天皇の子(蜂子皇子)として生まれますが、父が蘇我馬子により暗殺されたため東北に流れ、羽黒山を開山。多くの人の悩みを聞き、苦悩を取り除いたが、そのために容貌はこのようになったそうです。
多分に伝説的な物語ですが、いつの時代の人かは分からないとしつつも、芭蕉も能除大師がこの山を開いたという話は聞かされていたようです。 -
記念館での事前知識を詰め込み、いよいよ羽黒山を登っていきます。まず秡川と須賀の滝が見えてきました。
神秘的な雰囲気です。この滝は羽黒山中興の祖といわれる天宥の頃に整備されたそうです。天宥は1668年に流罪となっており(後述)、1689年に芭蕉が訪れた際にはまだ死してその罪は許されていませんでしたが、こうした残された足跡から、感じ取るものがあったのではないでしょうか。「曾良旅日記」によると、出立の日には秡川で手水をしたようです。 -
国宝の五重塔です。600年前に建てられたものだそうです。圧倒的な存在感で、芭蕉の目にも間違いなく入っていたと思いますが、ここに立ち寄った記録がないのは意外な感があります。
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このような石段がひたすらに続きます。石段は2446段あるそうです。かなりしんどいので、自信のない方は車で山頂に行くことをおすすめします。日陰が多いとは言え、汗だくで登り続けます…。
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道中の芭蕉塚という碑に、「涼しさや ほの三ケ月の 羽黒山」という句が刻まれていました。芭蕉が羽黒山に入るのは6月3日、羽黒滞在中の俳諧では度々三日月が登場しており、神聖な山中で美しい三日月を見つめる芭蕉の姿が目に浮かびますね。
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山頂に向かう途中に、脇道が現れました。この先は南谷というエリアで、芭蕉が6日間宿泊した別院があった所です。
非常に足元が悪い上に、大量のアブに襲われ続けました。片道10分程でしょうか。ここまできたら、心を無にして前進あるのみです笑 -
薄暗い道を抜けると、陽が差す広場のようなところに出ました。ここがかつて別院があった南谷に間違いありません。かつては東屋が建っていた様ですが、朽ちて倒れていました。
もともと山頂の寺院の類焼を避けるために一部寺院をここに移したことに始まり、芭蕉の頃には別院と言いつつ迎賓館的な役割を果たしていたそうです。しかしその便の悪さから、昔から荒れた状態になっていた時期もあった様ですので、ある意味なるべき姿が目の前にあるという感じです。 -
南谷に「有難や 雪をかほらす 南谷」の句碑がありました。元々4日に詠んだ「有難や 雪をかほらす 風の音」を変えて、芭蕉は「おくのほそ道」にこの句を残しています。
後者の方もあわせて見てみると、木々が風にそよそよと揺れる音も含めて、新たな映像が浮かんでくる感じがしますね。 -
ハイペースで登り続け、南谷の寄り道も含め、25分程で頂上にきました!そしてこちらが月山、羽黒山、湯殿山の三神を祭った祭殿です。圧巻です、そして汗だくです。
芭蕉が訪れた時は天台宗のお寺でしたが、明治の廃仏毀釈の影響を受け、今は出羽三山神社となっています。 -
山頂には、蜂子神社がありました。昔は開山堂と呼ばれ、開祖の御尊像を安置していましたが、これも明治に神社となったとのことです。
皇族の御尊像がある神社ということで、屋根の上には菊の紋がついていました。 -
蜂子皇子の墓は、皇族の墓として宮内庁の管理となっていました。東北で陵墓というのは聞かないですもんね、こちらが最北端の陵墓だそうです。
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山頂は広いです。芭蕉の像と、出羽三山それぞれの山について詠んだ3つの区の石碑がありました。
今回の旅で句碑と芭蕉像は何回目なんでしょう…。その度写真撮る方もどうかと思いますが笑 -
お隣にあるのが天宥社。50代別当の天宥は、戦国時代に衰微した羽黒山を立て直すため、徳川将軍家の後ろ盾を得るべく、天海の弟子となり、羽黒山を真言宗から天台宗に改宗しました。その甲斐あり、羽黒山領は幕府の御朱印地となり、独立した財政基盤を確保し、中興を果たしたそうです。
羽黒山の石段や須賀の滝、杉並木は天宥の時代に整備されたと聞くと、その偉業が感じられます。しかし革新的な手法は、隣接する庄内藩と、そして山内の反対派との軋轢を生み、嫌疑をかけられ新島に流罪となり、そこで生涯を終えました。(全て前述記念館の解説によります笑) -
山頂には東照社があります。これは天宥が勧請を望み、天海が庄内藩酒井家に働きかけて造営させたものだそうです。
天宥の気持ちは「羽黒山は、この度東照宮を迎えるくらい徳川家と密にやってるので、庄内藩さんとは同じチーム徳川として、今後もうまくやっていきましょう。だからあんまり干渉もしてこないでね。」という感じでしょうか。天宥のこのやり手の感じは、なかなか敵をつくりそうですね笑 -
山頂奥には、出羽三山歴史博物館がありました。参拝料800円…!
ここには、芭蕉がお世話になった会覚阿闍梨から天宥追悼の句を求められ書いた「其の玉(無玉)や 羽黒にかへす 法の月」という句が残されています。 -
羽黒山の探訪を終え、下山します。午後1時半、途中で二の坂茶屋というお茶屋さんがあったので立ち寄りました。そういえばこの日は全然食事してなかったです。
「曾良旅日記」では芭蕉が羽黒山滞在中に度々断食をして食を抜いたことが書いてあります。そして蕎麦切で度々もてなされた事も書いてあります笑 今回自分は、お抹茶とお餅(600円)でもてなし頂きました。 -
茶屋からは庄内平野と日本海を一望できました。絶景です、ぜひ休憩がてら立ち寄りおすすめです!
小休憩の後は、羽黒山を後にして鶴岡市内へ向かいます。 -
羽黒山から車で20分で、鶴岡市内の致道館に着きました。庄内藩の藩校で、講堂や門が現存しています。
芭蕉一行は10~12日にかけて、鶴岡に宿泊し、13日に酒田に出発しています。鶴岡は天気は悪いし、体調は崩すといった状況で、「おくのほそ道」でもとりあげるのは一瞬だけ、というなんとも可哀想な扱いです笑 -
建物も立派なんですけどね…。まあ藩校なので、旅の者が立ち寄る感じのところではなかった訳ですが。
ちなみに庄内藩は、一国一城の世の中にあっても、徳川譜代の北の抑えとして、鶴岡と酒田の2城の存在が許されていました。鶴岡は行政、文化の中心地。酒田は港を有した商業の中心地というイメージでしょうか。 -
致道館の復元絵図です。庄内藩は有力な譜代藩であり、幕末には品川沖御台場や蝦夷地警備の任を担いました。また最上川の際に触れた、清河八郎が募った浪士組は、清河が暗殺された後、新徴組と名前を変えて庄内藩のお抱えとなり、藩は江戸市中の警備を命じられます。
庄内藩出身の清川の献策でできた隊だから、庄内藩に白羽の矢が立ったのでしょうか。この辺りの経緯はわかりませんが、不思議な縁を感じますね。 -
時間の許す限り、鶴岡を見て回ろうということで、ここから怒涛の駆け足鶴岡観光巡りです!しばらく芭蕉は出てきません笑
まずは鶴岡カトリック協会天主堂。1903年にできた天主堂で、国の重要文化財にもなっています。門は隣接の幼稚園と同じなので、入るのに少し勇気がいります笑 -
次に丙申堂とそのお隣の釈迦堂(400円)を見学します。
ここは鶴岡の豪商だった風間家の旧宅です。庄内は、幕末期は旧幕府方ながら鶴岡城下での戦いにならなかったこと、昭和期には内陸地で空襲を受けなかったことが、このような建物をそのまま残した大きな要因となったのだと思います。 -
丙申堂で印象的だったのが、こちらの屋根。杉皮の上になんと約4万個の石を置いているそうです、尋常ではない数です!この庄内平野は強風地帯のため、屋根が飛ばない様にこのような石置屋根の家が多かったようです。
そう言えば道中、風力発電施設が多くあったのを思い出しました。とはいえこれで潰れない建築技術、すごいです笑 -
次は、鶴ヶ岡城跡に建てられた荘内神社です。戊辰戦争で敗れた庄内藩は、藩主酒井家の転封が決まります。しかし本間家や旧家臣、地主の活動により、明治3年には庄内藩に復帰することができました。この荘内神社には、酒井家の先祖が御祭神となっています、本当に土地の人に愛された殿様なんですね笑
ちなみに「庄内」と「荘内」という字は、どちらも地域で広く使用されており、どちらが正しい、ということはないそうです。 -
次は、大寶館です。大正天皇の即位を記念して造られた、洋風建築の建物です。中は庄内に関する人物資料館で入館無料でした。
ここは時間なくて本当に軽くしか見れませんでした… -
続いて訪れたのは、致道館博物館。庄内ゆかりの建築と文化財が集まった施設で、入館料800円で色々な建築物をまとめて見ることができます。午後4時到着し、閉館は5時、ラストスパートです笑
まずは旧西田川郡役所。明治初期の擬洋風建築で、明治天皇の東北御巡行の際には、ここに御宿泊にもなったそうです。 -
次は旧鶴岡警察署庁舎。擬洋風建築って美しいですよね。
明治になり酒田県令となったのは、東京府参事として銀座煉瓦街の整備に貢献した三島通庸。色々な評価がある人ですが、山形にこうした官公庁街が整備されたのは、三島の東京での経験が一因かもしれませんね。 -
警察庁舎は2階バルコニーから景色を望むことができます。いい天気で、素晴らしい景色です。芭蕉もこんな天気を見てれば、もう一泊くらいしたかもしれませんね笑
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次は旧庄内藩主御隠殿(ごいんでん)。廃城後に、酒井伯爵邸となった建物だそうです。
隣には美術展覧会場があり、酒井家庄内入部400年記念特別展として「三方領知替え阻止運動」の展示をしていました。1840年に庄内藩酒井家、長岡藩牧野家、川越藩松平家の三藩を領知替えしようとしたところ、庄内藩の民衆の大反対運動が起き、転封が中止となったという、教科書の端に書いてあったやつです。 -
庄内の民衆は、度々江戸や他藩の要人に直訴を繰り返し、時には一揆のような集会も行い、酒井家残留を強く訴えたことがよく分かりました。
その必死さ、殺伐とした雰囲気がよくわかる絵があったので写真を撮ってしまいました。酒井家と民衆の、相思相愛の温かい一面だけのエピソードではなさそうです笑 新しく封じられる予定の川越松平家の財政が非常に悪いというのも、商業感覚に優れた庄内の人々を敏感にさせたのかもしれません。 -
午後5時、鶴岡市内の観光を終え、レンタカーを返してホテルに向かいます。メーターを見たら、2日で211キロ走っていました。古川からここまで、ありがとうスイフト君!
ホテルには車でお迎えをお願いしました。車窓には鳥海山が、明日は雨予報なので、きっとこれが見納めでしょう…。 -
ホテルは「華夕美日本海」さんです。最終日くらいホテルも贅沢したいということで、オーシャンビューのこちらに。
関東だと完全に海に沈む夕日が見れる場所ってそんなに多くないですよね。とても綺麗でした。 -
今回自分は酒田に立ち寄れませんでしたが、芭蕉は13日と14日に酒田に滞在し、象潟へと向かいます。
酒田では「暑き日を 海にいれたり 最上川」の句を残しています。最上川の河口はここからは見えませんが、芭蕉もこの美しい日本海を見ながら夕涼みをしていたのでしょうか。 -
夜ご飯はホテルの懐石料理を。本当にどれもこれも美味しかったです。あと日本酒も格別でしたねー。土地の日本酒飲んで美味しくなかった記憶もないんですが、山形のは本当に間違いなかったと思います笑
明日でこの旅も最終日。温泉に入って英気を養います!
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