2022/12/05 - 2022/12/05
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jimazemさん
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リゾートとは縁の無い沖縄旅。史跡や御嶽、ご当地の食べ物を巡りました。(100名城と世界遺産構成資産を全てカバー)
1日目・・・ご当地食堂で昼飯、識名園、ゆうなんぎいで夜飯
2日目・・・三笠で朝飯、首里城、金城町の石畳、タコス、斎場御嶽ほか周辺、久高島、ジャッキーステーキで夜飯
3日目・・・A&Wで朝飯、勝連城、座喜味城、浜屋で昼飯、中村家住宅、中城城、牧志の居酒屋
4日目・・・シーサイドドライブインで朝食、今帰仁城、きしもと食堂で昼飯、美ら海水族館、美咲で夜飯
5日目・・・ポーたまで朝飯、やちむん通り、那覇空港でステーキ食って帰る
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旅3日目の朝飯は24時間営業のA&W
マクドナルドより早い1963年に日本初のファストフード店として沖縄進出
沖縄でしか食べられませんのでココも立派な観光地かとA&W 美里店 グルメ・レストラン
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The A&Wバーガーとクラムチャウダー
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うるま市にある勝連城へ 世界遺産構成資産で続100名城である
この日はお城を3カ所巡りました勝連城跡(世界遺産) 名所・史跡
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勝連城はお城はもちろん立派なのですがこちらの最後の城主であった阿麻和利(あまわり)推しを現地で実感しました
お城の駐車場や歴史文化施設のある公園が「あまわりパーク」という名称です
うるま市の中高生の現代版組踊「肝高(きむたか)の阿麻和利」という舞台が盛り上がってる影響もあって人気のようです勝連城跡(世界遺産) 名所・史跡
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14世紀初頭に築城されたというが3~4世紀ごろのローマ帝国のコインが出土されており近くに仲原遺跡という縄文晩期~弥生時代の遺跡もあるのでひよっとしたら古代から貿易拠点だったのだはないかと妄想させられます
勝連城跡(世界遺産) 名所・史跡
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11世紀ごろから沖縄はグスク時代という石垣の囲いと農耕社会が出現しその後人口増加・貿易により力をつけた豪族(=按司あじ)が台頭、やがて沖縄を三分割した「北山・中山・南山」と呼ばれる三山時代に移行した
その頃にお城(グスク)がたくさん造られ遺構が各地に残っています勝連城跡(世界遺産) 名所・史跡
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琉球統一「後」の1458年に「護佐丸(座喜味城主から中城城主となった)・阿麻和利の乱」が起きて阿麻和利が護佐丸に勝利したもののその後阿麻和利は第一尚氏第6代国王尚泰久王に滅ぼされたというので琉球統一といってもそれほど盤石な統一ではなかったのかもしれません(その後第一尚氏も滅び第二尚氏になる)
勝連城跡(世界遺産) 名所・史跡
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一の廓 タマノミウジ御嶽があり今も地域の信仰の地となっているようです
勝連城跡(世界遺産) 名所・史跡
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読谷村にある座喜味城へ こちらも続100名城で世界遺産構成資産
座喜味城跡 名所・史跡
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この座喜味城は1416~1422年に護佐丸によって築城されたと言われる
(琉球統一が1429年)座喜味城跡 名所・史跡
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2つの廓で構成され沖縄の100名城シリーズではいちばん規模が小さいが軍事に特化したためか今回訪問したお城で唯一御嶽がありませんでした
座喜味城跡 名所・史跡
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曲線を描く城壁は美しい
内地の直線を基調とした石垣とは全く違います座喜味城跡 名所・史跡
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このアーチ状の石垣も特徴です
座喜味城跡 名所・史跡
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座喜味城跡公園から北の長浜海岸方面を望む
座喜味城跡 名所・史跡
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座喜味城近くのやちむんの里の登り窯も見学しました
那覇にある壺屋のやちむん通りでは住宅が増えすぎて焼き物を焼くには環境的に問題が生じてこちらに移ったようですやちむんの里 名所・史跡
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喜名番所 黒船ペリーが浦賀に来航するよりも前に琉球に立ち寄っておりその際にこの場所で休憩したという
ちょうどここは道の駅になっています道の駅 喜名番所 道の駅
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本日の昼飯は沖縄そば 評判の良さそうな北谷町の浜屋に寄る
浜屋 グルメ・レストラン
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肉がトロトロで美味かった
スープがいい出汁なのだが沖縄そばは麺が多いゆえにスープが少なく感じるのが難点浜屋 グルメ・レストラン
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中城城に行く前に近くの中村家住宅に立ち寄りました
中村家住宅 名所・史跡
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戦前の沖縄の住居建築の特色を備えた建物で戦争被害にあった沖縄本島では貴重なものらしい(国指定重要文化財)
中村家住宅 名所・史跡
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屋根のシーサーはまさに「魔除け」といった表情
中村家住宅 名所・史跡
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庭にはこのようなシーサーも
天気予報は曇りでしたが青空になりました中村家住宅 名所・史跡
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赤い瓦屋根が沖縄の青い空に似合うなあ、と調べたら沖縄の屋根が赤いのは瓦に使われるクチャという沖縄でしか取れない泥が鉄分を多く含み焼いた時に赤くなるそうです
琉球時代は首里城で採用されているように「高貴な」色として庶民が赤い瓦を使うことが禁じられこちらの中村家も明治に入ってからこの瓦になった(この頃からシーサーを屋根に乗せるようにもなった)中村家住宅 名所・史跡
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中村家住宅の周辺を散歩しましたが沖縄らしい良い雰囲気が残っておりました
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アガリヌカー(東井泉) という共同井戸
沖縄の井戸は立派です -
移動して中城城へ カートで城の奥まで送ってもらえます
この城はかなり広いのでカートを使うことをお勧めします
(けっきょくこの日は2万歩ほど歩いたのですが午前中の元気な時に中城城に来ていたらたぶん自力で歩いてその後ダウンしてたと思います)
こちらは100名城で世界遺産構成資産中城城跡 名所・史跡
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カンジャーガマという鍛治をしていたというところ
中城城跡 名所・史跡
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正門 異国感たっぷり
中城城跡 名所・史跡
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南の郭には八つの拝所があり霊域となっている
御富蔵火神(うとうくらひぬかん)、首里遥拝所でもある中城城跡 名所・史跡
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雨乞イノ御嶽(あまごいのうたき)
やはりここ中城城も軍事的な面と宗教的な面を併せ持っております中城城跡 名所・史跡
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一の郭の城壁 右側は断崖絶壁そうでした
一の廓は正殿があったところ中城城跡 名所・史跡
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一の廓から見た二の廓
中城城跡 名所・史跡
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北の廓にあるウフガーという大井戸
城内に水を確保するため護佐丸が増築して造ったといわれている中城城跡 名所・史跡
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車で移動して首里城そばの玉陵(たまうどぅん)へ 世界遺産構成資産である
前日に首里城へ行った際には時間がなかったので再び訪れました玉陵 名所・史跡
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第二尚氏第3代尚真王が父で第1代尚円王のために築かれその後第二尚氏王統の陵墓となった(第1代尚円王の実弟の第2代尚宣威王はこちらの陵墓には入れてもらえませんでした)
最初に資料館で学習するのをお勧めします玉陵 名所・史跡
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こちらが玉陵 墓室が3つに分かれ真ん中は洗骨前の遺骸を安置する室、東は王様と王妃がねむる部屋で西は他の王族がねむる部屋である
「洗骨」というのも内地には馴染みのない沖縄固有の習慣で興味がある方はお調べください
さっきまで晴れていましたが天気予報通り曇ってきました玉陵 名所・史跡
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雨が降ってきそうなのでホテルに荷物を置いてモノレールで飯を食いに街へ
一度はゆいレールに乗ってみたかったので好都合 17時30頃の帰宅ラッシュでかなり混んでいました旭橋駅 駅
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沖縄で食べたかったものの一つ、鶏の丸焼き(ローストチキンとかチキンの丸焼きとか名称が一定しない)
テイクアウト方式で買って帰って自宅で食べるスタイルが多いようで食べる機会が無いかもと思っていたら街の真ん中の牧志で食べられる店を発見ハイサイチキン グルメ・レストラン
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しかも酒が飲める 鶏は最高に美味かった
写真のIMUGEというお酒は芋でできた泡盛?ともいうお酒で米栽培が盛んでない沖縄では本来芋でできた泡盛が庶民のお酒としてかつて親しまれていたものを復活させたようですハイサイチキン グルメ・レストラン
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竜宮通り社交街入り口にある小桜へ
こちらのお店はメニューが少なめでしたがチキンを食ってたのでちょうど良かった小桜 グルメ・レストラン
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すくがらす豆腐とみそぴー
この泡盛を入れた器のことを「カラカラ」と呼ぶのを学んだ
「なんかカラカラ音がするなぁ?」と言ってたらお隣の紳士が教えてくれました
ラムネのビー玉のようなものが入ってて泡盛が無くなるとカラカラいう小桜 グルメ・レストラン
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沖縄メニュー定番のゴーヤチャンプルもおさえました
このお店オリジナルのみそぴーと泡盛でちびちび食うのがハマりました小桜 グルメ・レストラン
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