2023/01/23 - 2023/01/23
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gianiさん
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日本固有の技術、たたら製鉄。
日本刀製造に欠かせない原料を調達する唯一の手段。
こうした1400年のノウハウは、
日常生活で使用している和包丁に活かされています。
- 旅行の満足度
- 5.0
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和銅博物館
日本固有のたたら製鉄および、日本刀に関する理解を深められる点では、他に追随を許さない施設です。 -
和鋼
日本には独特の製鉄法があり、それは現代科学の製鋼技術をもってしても実現できない最高品質の鋼の鋼を生み出す。日本刀は、この技術にまったく依存している。元々は大陸伝来の技術だったが、日本独自の進化を遂げている。 -
日本の製鉄・製鋼地域
中国山地、殊に出雲地域は鉄の一大産地だった。 -
砂鉄
鉄の原料。中国地方に多く分布し、良質のもの(赤色)は中国山地および日本海側に分布している。 -
たたら(高殿)
現代でいう製鉄所、溶鉱炉を指す単語。
中国山地に多く分布する。燃料の木炭が豊富なため、平地よりも山地に偏る。 -
現代の製鉄とたたら製鉄
3つの物理的資源に依存する。すなわち鉄分を含んだ原料、鉄分を分離・還元させる熱源、不純物を付着させる造滓剤である。出雲の山間部は3つが揃い、たたら製鉄による製鋼法が発展した。 -
鉄の日本史:神話
金屋子神は天から下り、安来市旧広瀬町に住み着いた。そこは現在、金屋子神社になっている。村人に製鉄技術を教え、以来、鉄関係の神とされる。降臨地点は、播磨あるいは吉備国とされる。
※他にも播磨国に関する渡来神、天日槍の伝説もある。金屋子神社 寺・神社・教会
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鉄の日本史:考古学等
西暦前1世紀に、まず弥生時代に大陸から鍛冶の技術が、現在の福岡市周辺に伝わった。
古墳時代には、鉄鉱石から鉄を採取する技術が吉備国に伝来。総社市には日本最古の製鉄遺跡があります。吉備国は、渡来人が有力な地域でした。6世紀の岡山・広島・島根の古墳の副葬品には、鉄滓(製鉄の痕跡)が見られる。
※吉備国と伯耆出雲石見は、中国山地を挟んで隣り合っています。 -
写真は、古墳時代後期の今佐屋山遺跡(邑南町:島根県)で出土した鉄滓。
9世紀には伯耆で安綱、真守等作刀始まり、12世紀に源頼朝は、鋳物師に諸役御免を与えるなど、大事にされました。和鋼博物館 美術館・博物館
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鉄資源
古墳~奈良時代は鉄鉱石を用いた鉄鋼遺跡で、山陽や大化の改新後の近江などで発見されていますが、平安時代以降は、全国的に砂鉄原料に代わっています。 -
砂鉄
砂鉄は、地下のマグマが冷えて固まった火成岩に含まれる鉄分が風化して母岩から分離したものです。鉄(Fe)が酸素(O2)やチタン(Ti)と結合した化合物の状態で存在します。
真砂砂鉄
花崗岩に含まれます。鉄化合物の純度が高いために高品質の鋼を生み出し、たたら製鉄に向いています。一方で、母岩中の含有量が僅か0.5~2%なのと、融点が高い欠点があります。
赤目砂鉄
玄武・安山・閃緑岩に含まれ、母岩中の含有量が5~10%と高く、溶けやすい性質を持ちます。一方で、良質の鋼は得られないのが短所です。 -
採掘地:大きく、浜・川・山に分かれます。
川砂鉄
古典的な採掘地です。花崗岩質の中国山地を源流とする河川の川岸やよどみの川底に沈殿した砂鉄。下流部に多く堆積します。川の浅瀬で鋤で掬い、川船に集めます。
ほかに、海まで流れ着いたものが波で洗われて出来た砂鉄を沿岸で採取する浜砂鉄もあります。 -
こんな道具を使いました。村の副業として、女性・子供が従事しました。砂鉄を背負って運ぶ姿は、黄金負い娘と呼ばれました。
需要を賄うには上記の方法では不足し、山砂鉄も採取します。それが鉄穴流しです。 -
鉄穴(かんな)流し
(花崗岩質の)山に貯水池を造り、貯まった水を一気に押し流す勢いで山を崩す。下流には幾つかの沈殿池を造り、比重選鉱法で砂鉄を採取した。
挿絵は安政年間に刊行された『鉄山記』より鐵穴之事から。 -
鉄穴流しを図にすると、こんな感じ。
壮大なプロジェクトです。
大まかに採掘と洗鉱に分かれます。
遅くとも宝暦年間(1751-64)には、記録に登場します。 -
切羽
風化した(ボロボロの状態の)花崗岩を、打鍬で崩します。 -
採鉱物は、こんな感じです。
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採鉱物は水路(走り・井出)に流し込みます。
押し流される間に破砕されて、砂溜り(出切)に堆積させます。 -
出切に到達する頃には、だいぶ小さくなっています。
この後、足し水をして大池へ流します。 -
大池に堆積したものに水を足して軽くかき混ぜ、軽い土砂をバイパス路へ流し、沈殿した物質は中池へ流します。
中池(写真)でも上記の作業をします。 -
中池に溜まったもの。
黒色の砂鉄部分が、はっきりと分かります。
この後、乙池→洗樋へ流します。 -
洗樋で汲み上げた砂鉄が、製鉄の原料になります。
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純度は80%を超えています。
鉄穴流しは大量の土砂を下流へ流出するので、農閑期(秋彼岸~春彼岸)に限定して行われた。農民には閑期の収入の良い副業となり、土砂が堆積した土地は粘土質の良好な農地(殊に棚田)へ変貌した。 -
木炭(たたら炭)
炭は、砂鉄を鋼(はがね)や銑(ずく)に化学変化させる還元剤として、重要な役割を果たす。 -
1回のたたら製鉄に必要とする炭は13.5t、毎年60回ほど操業したので毎年810t、森林面積にして60ha分が消費されます。
伐採から製鉄に適した樹齢まで植林が成長するまで約30年かかるので、各たたら場は18平方キロ以上の山林を所有する必要があります。木炭は輸送にかさばるので、たたら場から12km以内という制約があります。 -
炭に適するのは主にブナ科の樹木。目が詰まった樹木である。
写真左からクヌギ・ミズナラ・ナラ・ブナノキが一般的(山陰の方言では、これらを槙と表現するので要注意)。一番右はナツツバキ。
そのほかに松・栗は、火付けや温度を上げる際に使用された。 -
炭焼きの技術
大量の原木を必要とすることと、焼き具合が鋼の品質に如実に表れるため、炭焼きはたたら場直営の炭焼き頭と配下の山子が行った。「木頭が残っているが、叩けば砕ける程度」の焼き方(少し生焼けで、固定炭素が少なく、揮発分は多く、カロリーのやや低いもの)を良しとした。 -
炉
炉自体は単純な「枠」構造ですが、土台の部分には複雑な構造が隠されています。炉の両脇には送風装置(鞴)が配置されます。
炉は花崗岩質の土で築かれ、成分の二酸化ケイ素(石英・シリカ)が造滓剤の役割を果たします。砂鉄・木炭と並ぶ製鉄3材の一つで、釜土材質の選定が製鉄の良し悪しを大きく左右します。 -
地面を数メートル掘り返し、石で壁を固めます。底には排水溝を通し、その上には、下から順に真砂、砂利、木炭、粘土を敷き詰めます。
本床の両端に、小舟と呼ばれる空間をつくります。 -
空間となる部分には薪を詰めて粘土で覆い、表面を叩きます。
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小舟の上部は、地面の高さまで目の詰まった粘土で覆われます。薪は、そのまま残します。
次に中心部の本床をつくります。薪を焼いて炭にし、表面を叩いて隙間をなくします。更に炭を足して表面を叩き、地面の高さまで敷き詰めます。こうして炉床が出来上がります。 -
炉床の部分は粘土で覆い、整地します。
釜土を練り、元釜、中釜、上釜の順に積み上げて炉をつくります。 -
釜土を乾燥させ、両側の鞴(ふいご)と木呂管で繋いで出来上がり。
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図にすると、こんな感じです。
複雑かつ厳重な地下構造は、たたら製鉄が水を嫌うことに起因(排水・防湿)します。水は炉の温度を下げ、還元した鉄原子(Fe)が水を構成する酸素原子(O)と反応して再酸化(FeO)するからです。
加えて、保温も大事な役割です。例えば、操業中に小舟の薪が燃え尽きて空洞になると、断熱保温効果で重要な役割を果たします。 -
吹子(鞴):送風装置
大量の炭を高温で燃焼させるには、強制的に空気(酸素)を送風して炎を煽り続ける必要があります。製鉄の歴史は、鞴の発達に全く依存しています。
日本書紀の天照大神にまつわる場面で、石凝姥という鍛冶屋が鹿革製の「天羽鞴」を制作したとの記述が最古の記録です。 -
踏吹子・吹差吹子
足で動かし、手で動かす皮吹子(写真上段)よりも機能が向上しました。
鎌倉時代には、進化系の吹差吹子(写真下段:6人仕様)が登場します。地下に埋めた函が中央で仕切られ、押しても引いても空気を送れる優れた設計です。出力を追求すると、莫大なスペースを必要とするのが欠点でした。
※たたらの語源:934年刊行の「倭名類聚抄」では、皮袋を鞴(ふいご)と呼び、これと区別するために踏鞴を「たたら」と呼んでいます。 -
天秤吹子
1人ないし2人の動力で十分な出力を賄える、省力・省スペースを実現したスタイル。1690年頃にデビュー。 -
炉の左右に設置されました。
鞴を踏む作業者を番子と呼び、3交代制(1時間作業・2時間休憩)で行う重労働でした。「替わりばんこ」という慣用句の語源です。 -
木呂管
吹子から炉内へ空気を送る管。炉に接する方は鉄製で鉄木呂と呼ばれ、それに連結する管は真竹製。 -
たたら製鉄
鋼を主として含む鉧(けら)をつくる鉧押し法と、銑鉄をつくることを目的とする銑押し法に大別される。
鉧押し法では、現代の製鉄技術でも生み出せない高品質の玉鋼を生産する。製鉄と製鋼を兼ねるのが特異。 -
操業工程
鉧(けら)出しと呼ばれ、1回の作業(3日間)を一代(ひとよ)と呼びます。
築炉:前工程で火入のこと。木炭を装入して燃焼。
こもり(7.5h):こもり砂鉄と木炭を交互に重ねて装入する。釜土炉壁の成分が造滓剤の役割を果たし、ノロ(鉄滓)が生成されます。ノロは、炉内の保温に役立ちます。写真のようにノロが湯治穴から出始めると、次の行程に移ります。 -
こもり次(7.5h):こもり砂鉄と真砂砂鉄を混ぜたものを装入し、炉内の風圧を上げて徐々に温度を上げていく。ノロ以外にも銑も生成され始める。
のぼり(18h):真砂砂鉄を装入。鉧が生成・成長し、湯治穴を塞ぐまでになる。左右の穴から、ノロと銑を流出させる(写真)。 -
くだり(36h):炉温は1500℃を超える。真砂砂鉄の装入間隔を縮め、毎回の装入量も増やし、鉧を成長させる。造滓剤も兼ねる炉壁の浸食が進み、用を為さなくなった時点がピークで、あとは木炭のみを1時間燃焼させてフェードアウト。送風を止めて炉を壊して鉧を取り出す。
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身も蓋もない要約
砂鉄12.8t+木炭13.5t→鉧3.6t -
村下(むらげ)の服装
黒or濃紺の木綿製の六方着と手拭(頬被り)を着用する。
鉧押しは、村下を筆頭とする5名のスタッフで三日三晩不眠不休で行った。その技は一子相伝。
鞴は、三交代制で二台同時稼働。計6名で送風した。 -
壊した炉から取り出した実物の鉧。
一見、均質な塊に見えますが、 -
断面図を見ると、
様々な品質の鋼で構成されています。
※鋼:鉄(Fe)に炭素(C)を加えたもの。
炭素含有率が上げると、硬く脆くなる。 -
という訳で、鉧を砕いて、鋼の品質毎に分別する必要がある。
水車を動力とする施設(どうば:金へんに胴)で、鎚を振るう。 -
最初は大きく重い鎚を振るい(中どう)、
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その後、「おおげし」という鎚(写真中央)で小割する。
最後は、各サイズの仕上げ鎚(写真右)で、外側に付着している鉄滓を砕いて除去する。 -
品質(硫黄等の不純物の量)の低い順に、銑鉄は鍋などの鋳物用に、歩鉧は包丁などの刃物用に、玉鋼は日本刀の素材に用いられた。銑鉄は村や町の鍛冶屋へ、玉鋼は刀職人へ供給された。
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玉鋼
鉧の中でも最上質の部分で、全体の3~5割しか取れない。特級~3級まで4段階で評価される。低温で長時間熱を加えるたたら製鉄のみで得られる、現代でもオンリーワンの素材、 -
大鍛冶場
歩鉧は、たたら製鉄所付属の大鍛冶場で鍛錬されてから卸された。町や村の鍛冶場よりも大掛かりな施設で、大工を筆頭に4名の手子が補佐する体制だった。銑から不純物と炭素を取り除きつつ、より上質な歩鉧と混ぜた。 -
山内
たたら製鉄に関わるスタッフをまとめると図のようになる。彼らをまとめて山内と呼んだ。砂鉄採掘から一連の過程を組織した。 -
日本刀
戦後たたら製鉄は絶滅したが、伊勢神宮へ奉納する新造の日本刀の原料調達の問題を解決するために、ここ安来で復活した。
現代の製鉄技術では作れない不純物の少ない玉鋼を、何度も何度も鍛錬する(火入れして打ち叩く作業の繰り返し)ことで更に不純物や不要な炭素が取り除かれる。柔らかいが粘りのある鉄と硬い鋼を貼り合わせ、硬いが脆くもない相反する性質を獲得してる。 -
金屋子神(女神)
砂鉄採集から金物販売まで幅広く信仰される神様。たたら製鉄所には神棚が設置される。
犬に吠えられ、①蔦を伝って逃げたが、蔦が切れ、犬に噛まれて亡くなった。②蔦は切れたが、藤に掴まって逃げ延びた。③麻に絡まって亡くなった。といったオチが伝わり、犬・蔦・麻・女性(同性に嫉妬)は作業場に持ち込まないという暗黙のルールが存在する。一方で、死体は好むので、遺体の入った棺桶は歓迎された。 -
鉄の流通
鉄の8割を生産した中国山地。伯耆国(鳥取藩)藩の積出港は境港、出雲国(松江藩)の積出は安来港が引き受けました。
安来から瀬戸内海を経由して大坂の問屋へ卸していましたが、北前船が運航し始めると、日本海沿岸へ直接輸送できるようになりました。船の揺れを防止するバラストの役割も果たし、船頭にとっては一石二鳥の積荷でした。 -
加工地から先
江戸中期から現在に至るまで金物製造が盛んな越後国の三条を例にとると、販路は現在の福島県から江戸(太平洋側)にまで及んでいました。 -
荷造りされた鉄
誤って海中に落とした際に鉤で引っ掛けられるように、特殊な縄の結び方をしています。 -
包丁鉄
板チョコみたいにタブレット状に成型して移出した。たたら製鉄。 -
黒船来航
最大の危機は、洋式製鉄技術の伝来。実用品質の鉄鋼が大量生産できるために、たたら製鉄は駆逐されます。生産量のグラフを見ても、戦前の国産シェア5割を超えた官営八幡製鉄所の稼働が大きな転換点だと分かります。 -
伯雲鉄鋼の操業
洋鉄の生産性に危機感を抱いた伯耆・出雲地域の鈩経営者5名が結束し、1899年に合資会社を設立。生産性では高炉製鉄に叶わないので、高級特殊鋼で勝負しました。加えて、奥出雲の鈩製品の代理販売も引き受け、地域の鉄産業全体の利便を図りました。営業も熱心で、海軍にも売り込みました。 -
角炉施設
第一次世界大戦の好況に伴い、1918年に開発した和洋折衷鈩。原料は砂鉄・燃料は木炭だが、炉壁は耐火煉瓦、3tの銑鉄を日産。鞴の動力は水車。 -
木炭銑
角炉施設で生産した特殊鋼の原料鉄。刃物・工具に使用。左上には、なぜか日立製作所の印が。1965年の鉄鋼不況で操業停止。 -
十神炉
砂鉄と木炭を回転炉に投入し、電極から炉内に通電する。海綿鉄等を生産。 -
海綿鉄(写真左)
特殊鋼の原料鉄。断面が海綿状なのが名前の由来。900℃の還元ガスで直接還元。 -
特殊鋼
高温、強い圧力等厳しい環境下で使用する合金。鉄に様々な金属を加える。
こうして製造された特殊鋼は、ヤスギハガネというブランドで高い評価を得ている。 -
会社の変遷
昭和初期の不況を経て、1937年に日立製作所の傘下に入り、現在は日立金属の工場の一つとして稼働。特筆すべきは、たたら製鉄のノウハウを社内に蓄積し、戦後復活の旗振りを担ったこと。日本刀の文化を守るべく、現在もたたら製鉄を操業している。昨年夏放送のNHKスペシャルによれば、日立金属は外資系ファンドへの売却が決まっている。 -
ヤスギハガネ
特殊鋼というと遠い世界の話に聞こえるが、切れ味だけでなく、錆びない、皮膚の凸凹に柔軟に対応する等、多くのことが求められる。剃刀の替刃の6割以上(世界の)はヤスギハガネ産。 -
ベタな感じでは、自動車のエンジン、原子炉といった機械部品。高温高圧摩擦耐久性といったあらゆる難癖に同時対応する高級特殊鋼。筋肉に例えるなら、心筋のようなスペシャルな存在。
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日本刀の製造工程
特徴のみ言及。
特級の玉鋼を厚さ5mmに伸ばし、2cm四方のブロックに分割。各ブロックの品質検査を行い、合格したもののみを原料にする。
上記の玉鋼を板状にして、①火にかけて鍛造する。②その後折って重ねる。①②を15回繰り返すと、約33,000の層が出来上がる(2の15乗=32,768)。以上で皮鉄(かわがね)の完成。 -
軟鉄製の心鉄の両側を皮鉄で挟む(サンドイッチ状)ことで、折れず曲がらず良く切れる刀に仕上がる。両者の境界線は、刃文と呼ばれる独特の美しい模様を造り出す。
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焼き入れ焼き戻しを行う。刃の全面が均質ではなく、部分ごとに適した状態に仕上げる。
次の旅行記(境港・米子)↓
https://4travel.jp/travelogue/11801551
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