2022/10/30 - 2022/10/30
659位(同エリア800件中)
旅四郎さん
今回の旅行で歴史的な雰囲気が溢れる銀山温泉と雄大な自然を満喫できる蔵王に行くことが大きな楽しみだった。
10月30日(日)朝食を済ませてから一関のホテルを出発。途中、全山紅葉の鳴子峡谷を通過して、一路銀山温泉に向かう。銀山温泉に到着して、まず白銀公園を散策した。その後温泉街に戻って、大正ロマンの薫りを漂わせる温泉旅館を見学。銀山温泉を出て、蔵王に向かう。蔵王エコーラインを走ってリフト乗り場に到着。リフトで刈田岳の山頂へ。御釜と刈田嶺神社を巡る。蔵王を出て、仙台市内にある大崎八幡宮、龍雲院を見学して予約していたホテルにチェックイン。JR仙台駅近くにある牛たん炭焼 利久で夕食。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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10月30日(日)宿泊したチサン・イン・一関インターを出発して、国道457号線を南下して紅葉の名所である鳴子峡に午前8時50分頃に到着。道は行楽客で混雑し、渋滞が酷くなっているので駐車場に入って紅葉を楽しむ余裕はなかった。ゆっくり走って車の中から紅葉真盛の美しい峡谷の景色を楽しみながら、何とか渋滞を抜け銀山温泉をへ。
鳴子温泉 温泉
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国道47号線を西に走って、新庄市で国道13号線を南下して、尾花沢市付近で国道347号線に入る。銀山温泉から少し離れた所に駐車して、坂を下りて銀山温泉の入口に午前10時に到着。15世紀に銀鉱が発見され、江戸初期に大銀山として栄えた「延沢銀山」をその名の由来にしている。銀山の閉山後も湯治場として栄えた歴史ある温泉地。銀山川の両岸には情緒ある旅館が建ち並ぶ。
銀山温泉 温泉
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まずは温泉街を通り抜けて白銀公園を散策する。温泉街のはずれに写真の小さな赤い「瀧見橋」がある。この橋を渡ると別邸瀧見館とそば処瀧見亭がある。
そば処 滝見亭 グルメ・レストラン
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瀧見橋の反対側に「疎水坑跡」がある。坑内に入ると、すぐに入坑禁止の看板が見える。案内板には「この疎水坑は、堅刈山の方向に掘進された排水・運搬・通路を主目的とした坑道である。大部分はタガネを用いた手掘りで堀進され、…最終的には1000mを超えて堀進したとされているが、現在は坑口から135m程の処で崩落している。 平成12年12月 尾花沢市」と記されている。
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疎水坑跡を出ると、銀山川に沿って白銀公園の遊歩道がある。遊歩道を上って行くと写真の「白糸の滝」が見えてくる。
白銀公園 公園・植物園
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さらに坂道を進むと、川上には自然豊かな公園がある。静かに自然の中にひっそりと佇むようにレトロな赤い欄干の小さな「せとこい橋」がある。
白銀公園 公園・植物園
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せとこい橋に立つて上流を見ると、写真の「籟音滝」がある。籟とは3つの穴のある笛のことで、渓流が岩にぶつかる滝の音が笛の音のようだということで名付けられた。この一帯は清流が清らかに流れる静かなエリアで、心が洗われるような静けさから「洗心峡」と呼ばれている。
白銀公園 公園・植物園
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山道を少し上がると写真の「滝の不動尊」がある。滝で修行する修験僧に信仰され、不動明王が祀られている。御堂は質素な造りながら、宝形造、鉄板葺で白銀の滝の守り神として静かに鎮座している。
白銀公園 公園・植物園
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遊歩道を歩いていると、脇道があったので入ってみると銀山の鉱洞跡があり「夏しらず」の一部ではないかと思われる。銀鉱洞に繋がる木製の階段があった。階段は森の中に入って行く道に繋がっている。公園内を散策したが、「延沢銀鉱洞」は時間が無かったので行けなかったのが残念だった。
白銀公園 公園・植物園
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白銀公園の遊歩道を下りて銀山川に出ると、川岸に写真の「白銀山延命寺」がある。創建は江戸時代初期の寛永年間で、江戸時代中期になると鉱山の衰退とともに寺勢も失われていった。1913(大正2)年の洪水で堂宇が大きな被害を受け、白銀の滝の前に小堂を建て本尊の聖観世音菩薩を祀った。
白銀公園 公園・植物園
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銀山温泉は大正末期から昭和初期にかけて建てられた洋風木造多層の旅館が川の両岸に立ち並ぶ歴史的な観光スポットとなっている。テレビドラマ『おしん』の舞台にもなるなど、風情ある町並みが魅力。観光案内の写真を見てどうしても行きたいと思った。
銀山温泉 温泉
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「伝統の宿古山閣」はもとは酒屋として創業。現在の建物は1928(昭和3)年の建築。2階の窓の上には鯉幟や雛人形など四季の風景が描かれた華やかな鏝絵が飾られている。鏝絵は漆喰を使ったレリーフのことで、左官職人がこてで仕上げたことから名付けられた。
伝統の宿 古山閣 宿・ホテル
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「古勢起屋別館」は昔の造りを残した切妻の大屋根が特徴。古勢起屋は初代小関吉左衛門が慶長年間に米沢より銀山温泉に移り住んで両替商を営んだ。天保年間から湯治宿を開業し「古勢起屋」を屋号とした。後に分家して湯治宿を建設し、古勢起屋別館となった。
銀山温泉 古勢起屋別館 宿・ホテル
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「能登屋旅館」は1892(明治25)年創業。1921(大正10)年築の建物は、4階の望楼が眼を引く。入母屋造りの建物は国の登録有形文化財にも指定されている。
能登屋旅館 宿・ホテル
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「旅館永澤平八」は伝統的な町家を利用した温泉宿で1925(大正14)年に建てられた。銀山温泉では最初の木造三階建ての建物で、大正ロマンの雰囲気を漂わせている。午前11時頃に銀山温泉を出発。
銀山温泉 旅館 永澤平八 宿・ホテル
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国道29号線から国道13号線に入って、山形県上山市で県道12号線を東に走って蔵王山麓から山頂へ向かう。蔵王エコーラインに入って午後1時頃に蔵王刈田リフトの駐車場に到着。リフトに乗って蔵王御釜に向かう。
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リフト山頂駅を降りて御釜と呼ばれる五色沼に向かう。周囲にに高い木はなく荒涼とした感じ。御釜は火山の水が溜まってできた直径400mのカルデラ湖で、釜のような形をしていることが名前の由来になっている。晴れた日はエメラルドグリーンの湖面が見られる。湖水は強酸性のため生物は生息できない。御釜の背後に中央火口丘である五色岳が見える。
御釜 自然・景勝地
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御釜の近くまで行ってゆっくり眺めたあと、写真の「馬の背」と呼ばれる外輪山の尾根に沿って歩き刈田岳山頂にある「刈田嶺神社」に向かう。刈田岳の山頂部は約22万年前の蔵王火山の活動で形成された溶岩ドームからなり、表面部には馬の背カルデラ内に起こった約3万5千年前以降の火山活動による噴出物が堆積している。
馬の背 自然・景勝地
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馬の背の坂を上って標高1758mの刈田岳山頂にあるの「蔵王刈田嶺神社奥宮」に行く。神社は「かつて奈良県吉野地方で発祥した修験道の主尊『蔵王大権現』を祀る『蔵王権現社奥宮』でした。江戸時代中期の神仏分離の影響により、王之水分神、国之水分神を祀る神社となった」と説明されている。
蔵王刈田嶺神社 (奥宮) 寺・神社・教会
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かつて、蔵王山頂には蔵王信仰の根本・蔵王大権現社が鎮座していた。明治初頭、神仏分離令を受けて、刈田嶺神社は嶽之坊と合一して水分神社と改称し、さらに蔵王刈田嶺神社奥宮と改めた。祭神は天之水分神・国之水分神で、拝殿はなく本殿のみである。
蔵王刈田嶺神社 (奥宮) 寺・神社・教会
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山頂を歩いていると、写真の「蔵王山メートル指導標」がある。メートル法普及のために1930(昭和5)年に建設したもので、この位置から宮城県庁と山形県庁までの距離を表す指導標になっている。
刈田岳 自然・景勝地
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さらに行くと写真の「伊達右衛門太夫宗高公之碑」がある。伊達政宗の第7子宗高の偉績を顕揚するために1926(大正15)年に厚生政務次官で衆議院議員の庄司一郎が建立、明治百年を記念して再建された。碑には「紅顔十八歳の寛永元年刈田嶽の大噴火に際し領民の惨状見るにしのびずと敢然この嶽に登り大煙にむせびつつ身の危難を犯して命願をかけましたがその至誠天に通じ遂に鎮火」したと記されている。
刈田岳 自然・景勝地
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山頂から下りて蔵王山頂レストハウスに行って休憩。土産物を見たりした後、リフトで駐車場に戻り、午後2時頃蔵王エコーライン東に走った。突然、天候が悪くなったので立ち寄りたい思っていた場所は諦めて、仙台を目指した。
蔵王山頂レストハウス グルメ・レストラン
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この日にレンタカーを返却しなければならないので、仙台市内で電車やバスで行きにくい観光スポット所に行くことにした。午後4時過ぎに「大崎八幡宮」に到着。神社の北側にある参拝者駐車場に車を停めて見学を始める。「八幡宮」の扁額のかかった赤い鳥居を潜って北参道から境内に入る。
大崎八幡宮 寺・神社・教会
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大崎八幡宮の社殿の前に写真の長床がある。元来長床は修験道等における拝殿をさすが、この建物は中央が通路になっている「割拝殿」の形式の建物。建てられたのは社殿よりもおくれて寛文年間とみられるが、社殿の一環をなす重要な建物である。国の重要文化財に指定されている。
大崎八幡宮 寺・神社・教会
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長床を通って社殿に向かうと、黒い覆いがかけられてい、残念ながらて全貌が見えなかった。2021年3月のに発生した地震で損傷した箇所の修理のためだった。大崎八幡宮は1607(慶長12)年に伊達政宗によって創建された仙台総鎮守の神社。
大崎八幡宮 寺・神社・教会
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大崎八幡宮は拝殿・石の間・本殿と繋がる権現造の典型。さらに近づいて行くと、拝殿の向拝には写真のような見事な軒唐破風が付けられている。総黒漆塗、極彩色、飾り金具で彩られ、色鮮やかな彫刻が施され、華やかな桃山文化の粋を見せる。奥に本殿がある。1952(昭和27)年、国宝に指定された。
大崎八幡宮 寺・神社・教会
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長床の辺りから見ると長い石畳の南参道が見える。参道の先には赤い大崎八幡宮の三の鳥居がある。その先には98段の大石段があり、二の鳥居、一の鳥居と続く。午後4時20分頃に大崎八幡宮の駐車場を出た。
大崎八幡宮 寺・神社・教会
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大崎八幡宮を出て、自動車で5分程の場所にある龍雲院を目指した。カーナビでは近くまで行っているはずなのに、いつまで経ってもたどり着けない。諦めようとして偶然入った小さな道の奥に写真の龍雲院はあった。到着したのは午後5時前だった。見つけられたのラッキーだったが、周囲は暗くなっていた。この寺には林子平の墓があるので行ってみようと思った。
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龍雲院は曹洞宗の寺院で、子平町にある。町の名は仙台藩士林子平に由来するものであるが、1967(昭和42)年に住居表示を半子町から、墓があることに因んで子平町と改称した。戊辰戦争で衝撃隊を結成した細谷直英は黒装束を纏い新政府軍に夜襲攻撃をし奮戦した。戦後、林子平を慕い、僧となって竜雲院の住職になった。
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境内には写真の林子平の日時計が置かれている。「林子平先生長崎遊学から書写、持ち帰った日時計」と説明されている。北は松前から南は長崎まで全国を行脚した。
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寛政の三奇人と言われた林子平の墓。『海国兵談』を1791(寛政3)年に自費出版し、仙台で上梓したが、発禁処分となり版木も没収された。強制的に仙台に帰郷させられ、蟄居に処せられた。その心境を「親も無し 妻無し子無し版木無し 金も無けれど死にたくも無し」と表現し、1793(寛政5)に死去した。
林子平の墓 名所・史跡
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龍雲院を出て、タイムズレンタカー仙台駅西口店に車を返却。JR仙台駅近くにあるホテル・モンテエルマーナにチェクイン。ここは全国旅行支援が使えたので、クーポンをもらってハビナ名掛丁にある写真の「牛たん炭焼 利久 名掛丁店」に行って食事。
牛たん炭焼 利久 名掛丁店 グルメ・レストラン
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牛たん定食を注文。右から国産牛テールスープ、牛たん焼き、小鉢、麦飯で、地域限定クーポン券で支払った。食事を終えて、ホテル戻る。
牛たん炭焼 利久 名掛丁店 グルメ・レストラン
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