2021/12/05 - 2021/12/05
245位(同エリア652件中)
ガッサンさん
この旅行記のスケジュール
2021/12/05
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近江鉄道に乗車すると、電車内で紅葉が輝く永源寺と湖東三山のポスターをよく見かけて来た。永源寺の開山堂前の紅葉は赤が深く、印象的であった。
西明寺の三重塔と紅葉と青空のコラボも美しい。天然記念物「西明寺不断桜」の花びら小さい可憐な花を見ることができた。国指定 名勝庭園「蓬莱庭」紅葉の名所「湖東三山」の国宝第一号の寺院に残る、望月友閑が作庭の遠州流庭園です。
西明寺から金剛輪寺(こんごうりんじ)まで歩いて移動中、思い出深い旅になった。先頭を添乗員が歩いていた。低い山の中に入った。青いビニールテープを頼りに進んだ。しばらく進むと廻りが全て青いビニールテープになっていた。迷子になったことに気がついた。引き返し事無きを得た。田んぼの畦道を進むコースであった。
「松峯山 金剛輪寺」(こんごうりんじ)は紅葉の名所として有名な滋賀県の「湖東三山」の一つに挙げられる寺院です。その本坊にあたる「明壽院」(みょうじゅいん)の庭園は「近江路一」とも称される国指定名勝庭園です。
「日本紅葉百選」と新緑の古寺として有名な「百済寺」。見どころは本坊・喜見院、国登録文化財です。広大な池、迫力を感じます。その廻りの紅葉、絵になります。
永源寺と湖東三山の紅葉、素晴らしいと深く心に刻まれました旅でした。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 新幹線 徒歩
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澱みのない静かな水面は愛知川(えちがわ)です。旦度橋(たんどばし)上から撮影しました。
永源寺 寺・神社・教会
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永源寺でなく「永源禅寺」となっていた。滋賀県東近江市の愛知川沿いに佇む永源寺は、近江地方では珍しい禅寺で、100余りの末寺を統括する臨済宗永源寺派の大本山です。
永源寺 寺・神社・教会
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総門に向って歩いています。大歇橋から上流を撮影しました。
永源寺 寺・神社・教会
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総門に向って歩いています。ちょっと振り返り、大歇橋から赤い欄干の旦度橋(たんどばし)を見ました。
永源寺 寺・神社・教会
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永源寺の総門です。
参拝時間は午前9時~午後4時までです。まだ9時前、総門の前で開門を待ちました。永源寺 寺・神社・教会
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総門近くに「永源寺の由来」の案内板が立っていました。
永源寺 寺・神社・教会
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開門時間の午前9時近くになると参拝客が集まって来ました。
永源寺 寺・神社・教会
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「総門」を示す案内板です。
永源寺 寺・神社・教会
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「総門」を入ると「受付」があります。参拝志納料は大人500円、団体20名以上
450円、中学生以下無料です。参拝時間:午前9時から午後4時までとありました。永源寺 寺・神社・教会
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大きな楼門を永源寺では「山門」と言います。
永源寺 寺・神社・教会
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左手に本堂、紅葉したもみじの影に鐘楼が見えて来ました。
永源寺 寺・神社・教会
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横に長い本堂です。店を広げ営業開始と言った所です。
永源寺 寺・神社・教会
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本堂を正面から見ています。
永源寺 寺・神社・教会
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本堂前に置かれている「おびんづる様」です。
永源寺 寺・神社・教会
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法堂です。法堂前のもみじの木は葉が縮れ、落ち葉になる寸前でした。
「大雄宝殿(だいゆうほうでん)」と号し、本山古例の法要を行う仏殿も兼ねています。亨保13年(1728)の建築である。 正面の須弥壇には、後水尾天皇の御寄進による釈迦如来・迦葉尊者・阿難尊者(かしょう・あなん)の三尊を安置しています。永源寺 寺・神社・教会
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法堂の隣りにある「開山堂」です。もみじの木は葉を落としていました。
開山 寂室禅師の墓所の上に建てられている。 現在の建物は、井伊直惟公(なおのぶ)より能舞台の寄進を受け、改築したものと伝えられています。永源寺 寺・神社・教会
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わずかばかりの紅葉が残っていましたので撮影しました。
永源寺 寺・神社・教会
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門の前に「臨済宗永源寺専門道場」の表札がかかる「僧堂(そうどう)」です。
含空院に付随する庫裡であり、修行道場。看板の『専門道場』とは「『禅』を専門に学ぶ道場」の意味です。 修行僧は、禅堂にてひたすら修行に専念する者(堂内)と、庫裡において炊事や寺務にたずさわりつつ修行に打ち込む者(常住)に分かれており、あわせて「僧堂」と呼んでいる、そうです。永源寺 寺・神社・教会
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風穴(ふうけつ)です。
参道からくぼんだ石垣の奥は自然の洞穴になっており、涼しい風が吹き出てくる、天然のクーラーです。 安全のため石垣でふさがれており、洞穴に入ることはできません。永源寺 寺・神社・教会
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茶筅塚(ちゃせんづか)の案内板が立っていました。
毎年5月に、寂室禅師の生誕を祝い茶道各家が集う『奉賛茶会』が催される。その折、開山さまへお茶を奉納する「献茶式」にひきつづき、一年間使用した古い茶筅を供養し、この塚に納めます。
茶筅塚は紅葉の名所ですが半分は落下していました。永源寺 寺・神社・教会
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道標が立っていました。
左 永源寺総門200m 観光案内所600m 右 愛知橋800m とありました。永源寺 寺・神社・教会
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正面の頭上の額に「照普」とある「回廊門・納骨堂(かいろうもん・のうこつどう)」です。
禅堂から標月亭・含空院を結ぶこの内回廊は、平成17年(2005)修行僧が観光繁忙期にも静かに往来できるようにと、僧俗縁故方々の支援を賜り設置された、そうです。永源寺 寺・神社・教会
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法堂と本堂の間にある書院です。紅葉が綺麗だったので目に留まりシャッターを切りました。
永源寺 寺・神社・教会
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書院近くの紅葉です。
永源寺 寺・神社・教会
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書院頭上の残っていた紅葉です。
永源寺 寺・神社・教会
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至る所紅葉は残っています。
永源寺 寺・神社・教会
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永源寺の十六羅漢図屏風です。
永源寺 寺・神社・教会
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永源寺の十六羅漢図屏風です。
永源寺 寺・神社・教会
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鐘楼(しょうろう)です。「華鯨楼(かげいろう)」と称する二層袴腰(はかまごし)の鐘つき堂です。 幾たびもの焼失をへて、安永元年(1772)に再建された。平成15年(2003)に大修理を行った。 梵鐘は戦時供出され、昭和23年(1948)に再鋳されています。
永源寺 寺・神社・教会
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山門です。
永源寺 寺・神社・教会
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山門を出ました。
永源寺 寺・神社・教会
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大歇橋から上流を撮影しました。愛知川の支流です。
永源寺 寺・神社・教会
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愛知川です。静かな水面です。
永源寺 寺・神社・教会
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駐車場に向って歩いています。赤い欄干の旦度橋(たんどばし)を渡り、対岸に行きます。
永源寺 寺・神社・教会
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永源寺から湖東三山に向いました。最初に訪れたのは湖東三山の「 龍應山 西明寺」です。
写真は西明寺の惣門です。惣門をくぐると受付があり、そこで拝観料を納めて参拝を始めます。西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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受付です。「ここより拝観料が必要になります」の看板が立っています。
通常入山時間は8時30分~16時30分
※拝観、納経最終受付は閉門30分前 ※12月31日は15時まで
大人600円(高校生以上) 中学生300円 小学生200円 とありました。
奥に鮮やかな紅葉が見えます。西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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参道を歩いていると、「天然記念物 不断桜」の表示と門があります。不断桜とは、秋から冬にかけて花を咲かせる珍しい品種です。冬場に、御本尊に桜の花を供えられる貴重な木ということで、栽培畑に門を構えて大事に栽培されています。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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栽培畑の門をくぐると、樹齢250年以上という老木が大切に保護されています。ほとんど花を付けていません。弱ってきたので枝分けをし、何本もの後継ぎを育てて、蓬莱庭にも植えてあります。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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参道の両脇には鮮やかな紅葉が立ち並んでいます。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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葉もまだ落下せず、最後の輝きを放っている感じでした。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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淡い紅葉も絵になります。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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庭の苔の緑色が印象的です。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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石段を上って行くと鮮やかな紅葉の赤が飛び込んできます。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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本当に紅葉が鮮やかです。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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鮮やかな紅葉です。門の表札は「西明寺 本坊」となっていました。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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「西明寺 本坊」前の鮮やかな紅葉です。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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蓬莱庭に入ってすぐの場所に「天然記念物 不断桜」があります。はかなげな雰囲気の咲き方ですね。惣門をくぐってすぐの参道の途中にも、樹齢250年以上の不断桜がありました。蓬莱庭の不断桜は、樹齢250年以上の親桜から枝分けされたもののようです。いずれも天然記念物に指定されています。
西明寺庭園(蓬来庭) 公園・植物園
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「甲良町の文化財 蓬莱庭(ほうらいてい)」(国指定文化財)の立て看板が立っていました。
西明寺庭園(蓬来庭) 公園・植物園
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西明寺の蓬莱庭(ほうらいてい)です。巨石を巧みに使った独特の形状の庭です。
心字池と蓬莱山に見立てた築山を見ています。心字池は、思っていたよりも小さかった。西明寺庭園(蓬来庭) 公園・植物園
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丸く刈り込まれた植木が面白いです。庭園の解説によれば、丸い植木は雲を形取っていて、薬師の浄瑠璃浄土を具現化しているのだそうです。
西明寺庭園(蓬来庭) 公園・植物園
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池の水面には蜘蛛の巣のように糸が張り巡らされていました。池の魚を守る為の糸でしょうか。
西明寺庭園(蓬来庭) 公園・植物園
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池の苔むした地表もまた格別の味を出しています。
西明寺庭園(蓬来庭) 公園・植物園
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蓬莱庭にも「天然記念物 不断桜」が咲いていました。
西明寺庭園(蓬来庭) 公園・植物園
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苔むした庭が絵になります。築山(蓬莱山)から心字池を見下ろしています。亀島が案外大きいのに気付きます。 築山の立石群は、本堂に安置されている本尊・薬師如来と日光・月光の両菩薩、そして十二神将等の眷属を表しているそうです。
西明寺庭園(蓬来庭) 公園・植物園
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京都の寺を彷彿させてくれる苔です。
西明寺庭園(蓬来庭) 公園・植物園
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参道石段から見上げた二天門です。二天門は室町時代初期の建立で、重要文化財です。この門も織田信長による焼き討ちから免れることができました。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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「甲良町の文化財 二天王立像(にてんのうりゅうぞう)」の案内板が立っています。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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夫婦杉(千年杉)の案内板が立っていました。樹齢1000年だそうです。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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「西明寺 二天門」建立室町時代応永14年(1407年)の案内板が立っています。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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西明寺の三重塔です。紅葉と三重塔、赤と朱の紅葉のコントラストが美しい。 基壇の上だけで高さ23.7メートルです。1m余りの基壇を含めると25mの高さになります。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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西明寺の国宝の本堂です。鎌倉時代初期の建立で、飛騨の匠が手がけた純和様建築だそうです。織田信長が比叡山を焼き討ちした後、同じ天台宗の寺院ということで西明寺も焼き討ちの手が及びましたが、焼失を免れたそうです。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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三重塔の近くには鐘楼がありました。「足にやさしいなだらかな坂」の看板が立っていましたが、意味がよくわかりません。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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三重塔、本堂、鐘楼近くの鮮やかな紅葉です。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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この辺の紅葉は丁度見頃という感じでした。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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黄色と赤の色合いが綺麗な紅葉です。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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まだ紅葉が縮れていません。見頃の紅葉です。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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だいぶ下って来ました。振り返り見上げると参道石段の上に「二天門」が見えました。
西明寺(池寺) 寺・神社・教会
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西明寺から湖東三山まん中のお寺松峯山 金剛輪寺(こんごうりんじ)まで歩いて行きます。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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途中まで紅葉の中を進みました。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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西明寺から金剛輪寺(こんごうりんじ)まで歩いて移動中、思い出深い旅になった。先頭を添乗員が歩いていた。山の中に入り迷子になってしまった。木の枝に付いている青いビニールテープを頼りに登って行った。ある程度進むとテープが至る所にあった。迷子になった、と始めて気づいたようだ。「二十数名、遭難か、こんな低山で」などと冗談を言う人もいた。
登って来た道を引き返し、田んぼの所で観光ガイドに添乗員が電話して、ルートを確認して金剛輪寺へ歩き出した。金剛輪寺 寺・神社・教会
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途中まで現地観光ガイドさんが迎いに来てくれていた。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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金剛輪寺の総門です。黒門とも呼ばれ、江戸時代の建立です。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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緊急事態宣言中のツアーです。昼食時間に弁当が配られ、駐車場に座り、食事をしているツアー客もいました。こんな食事風景、二度とないと思います。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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国宝の本堂です。本堂は大悲閣とも呼ばれ、南北朝時代の建築とされる。近くの西明寺本堂(国宝)に比べると、少し新しいそうです。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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本堂付近の紅葉です。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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紅葉の奥に三重塔が見えました。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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三重塔付近の紅葉です。本当に色鮮やかです。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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紅葉に包まれた重要文化財の三重塔です。南北朝時代の建築とみられ、金剛輪寺の本堂・三重塔・二天門は、織田信長の焼き討ちによる焼失を免れました。しかし、明治政府によって境内や山林全てを没収されて放置され、かなり傷んでいたそうです。三重塔にいたっては、最上部の三重目がなくなっていました。今のように美しい姿を取り戻したのは、昭和53年の修理復元によるものだそうです。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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三重塔付近の紅葉は本当に鮮やかです。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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三重塔付近の絵になる紅葉です。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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特に赤が鮮やかです。三重塔付近です。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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本堂の前にある「二天門」です。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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二天門から本堂を撮影しました。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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二天門に大きな草鞋がかかっていました。金剛輪寺の提灯の赤も鮮やかです。二天門の後部に見える建物は本堂です。今から下って行きます。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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参道石段の上に見える建物は二天門です。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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参道を下っています。路肩には沢山の石像が並んでいました。石像の前には風車が立っています。
本堂に続く参道沿いにお地蔵様が並んでいます。「千体地蔵」と呼ばれるお地蔵様です。その数なんと2000体超です。金剛輪寺 寺・神社・教会
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参道を下っています。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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参道を下っています。「千体地蔵」は途切れがちですが続いています。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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参道の路肩に「地蔵堂」の石柱が立っていました。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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上に見える建物は「地蔵堂」です。信徒、縁者の回向道場です。平成9年(1997)に新築されたそうです。
金剛輪寺 寺・神社・教会
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「名勝金剛輪寺明壽院庭園」の案内板が立っていました。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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「池泉回遊式庭園」の案内板も立っていました。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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「桃山期の庭」の案内板が立っていました。
「松峯山 金剛輪寺」(こんごうりんじ)は紅葉の名所として有名な滋賀県の「湖東三山」の一つに挙げられる寺院です。その本坊にあたる「明壽院」(みょうじゅいん)の庭園は「近江路一」とも称される国指定名勝庭園です。金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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「明壽院」庭園は桃山時代~江戸時代中期にかけて造られた池泉鑑賞式の庭園が3つ連なり数ある文化財庭園の中でも、三時代の庭園が連続して見られる場所は貴重です。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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庭園そのものも、もちろん素晴らしく初めて訪れた2015年はその年行った200箇所ぐらいの中で1位に挙げた名園です。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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観光ガイドさんが言うには、桃山・江戸初期・江戸末期のそれぞれ異なる時期に作庭された三庭が、心の字池を中心に配されているのが特徴だそうです。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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出島には、3石の自然石を連ねた橋が架けられていた。自然石を使った橋であろう。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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四季折々に美しい風景が謳われている国指定の名勝、と言う。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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背後に迫る山々を借景として立体的で豊かな自然に包まれている庭園です
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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山肌には枯滝石組が造られていた。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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江戸後期築の茶室水雲閣でしょうか。縁側で庭園を観賞するのも格別です。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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北庭には「江戸中期の庭」の案内板があった。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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江戸中期に造られた庭園を示す案内板が立っていました。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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綺麗に紅葉したもみじの木には雪吊りの縄が施してありました。ここは滋賀県、日本海側の気候です。従って、雪は降り積もります。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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金剛輪寺本坊「明壽院」の池泉回遊式庭園、四季を感じる庭園でした。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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茶室水雲閣の座敷です。
金剛輪寺庭園(明寿院) 公園・植物園
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総門が見えて来ました。金剛輪寺を出ます。
金剛輪寺から湖東三山の一つ「百濟寺」に向いました。金剛輪寺 寺・神社・教会
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金剛輪寺から観光バスで「百濟寺」へ向いました。
「百済寺三百坊跡図」の案内板が立っていました。百済寺 寺・神社・教会
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近江最古級の寺院、西暦606年(推古14年)に聖徳太子が「近江の仏教拠点」の一つとして建立されたと伝わる。
百済寺 寺・神社・教会
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仏教が半島の百済国経由で伝来したことから山号を「釈迦山」、寺号を「百済寺(ひゃくさいじ)と称する。
百済寺 寺・神社・教会
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通常「赤門」から入り、「本堂」まで登って行きますが、本堂まじかの「仁王門」から入りました。この入り方が楽です、あとは下りになりますので。
写真は「仁王門」です。三間二間で一対の金剛力士像が向きあっていました。百済寺 寺・神社・教会
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参道の下方に見えるのは仁王門です。本堂と同じ年代に建立されました。
百済寺 寺・神社・教会
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開運招福の「弁財天」の案内板が立っていました。奥に見える小さな祠が弁財天です。
慶安3年(1650年)に本堂とともに建立された弁天堂は、昭和の豪雪で倒壊し、平成8年に新築した御堂が平成24年の春の旋風で再び倒壊し、現在は平成25年に再建され、七転び八起きの弁天様が祀られている、と観光ガイドさんの説明でした。百済寺 寺・神社・教会
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見ての通り「鐘楼」です。梵鐘は3代目で1955年(昭和30年)の鋳造です。初代は信長焼討ちの際に持ち帰られ、2代目(江戸時代に鋳造)は先の大戦で供出したそうです。
百済寺 寺・神社・教会
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「三椏植木活動」の看板がありました。少し、読んでみました。
①百済寺本尊の別名「植木観音さま」に因んでいます。
②三椏と仏教は三(仏法僧)の乗数で成長します。
③聖徳太子の制定された17条憲法・第二条「篤く三宝(仏法僧)を敬うべし」に因ん でいます。百済寺 寺・神社・教会
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中央の二本の木が「三椏」の木、と観光ガイドさんが言っていました。
百済寺 寺・神社・教会
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弥勒半跏石像(みろくはんかせきぞう)です。座高1.75m・全高3.3mの石像です。
百済寺 寺・神社・教会
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表参道を下って行きます。
百済寺 寺・神社・教会
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道標が立っていました。左側「本堂」右側「帰路」とありました。
百済寺 寺・神社・教会
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右側「帰路」の方へ曲り下って行きます。
百済寺 寺・神社・教会
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なだらかな石畳を下って行きます。
百済寺 寺・神社・教会
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「百済寺 天下遠望図」です。見晴らしの良い場所に立っていました。遠望図はマンガチックに描かれていますが正確です。
百済寺 寺・神社・教会
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右側の大地のような山並みは「太郎坊」です。比良山系まで見えるとの案内だが、雲がたなびき見えません。
百済寺 寺・神社・教会
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安土城址、観音寺城址方面を撮影しました。百済寺は安土城から近い所にあることがわかります。
百済寺 寺・神社・教会
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「天下遠望の名園」の案内が立っていました。少し読んでみます。
釈迦山百済寺(ひゃくさいじ)は近江最古のお寺です。
今から1400年あまり昔の推古14年(西暦606年)に、百済博士恵慈(高句麗僧)の案内でこの地を訪れた聖徳太子さまは、「近江の地理的重要性」を逸早く見抜かれて、既に先進技術と文化で湖東平野を開拓しつつあった渡来人のために百済寺を創建されたと伝えられております。とあった。百済寺 寺・神社・教会
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「戦国歴史ロマンの大舞台」の解説板がありました。
百済寺 寺・神社・教会
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「本堂・遠望台」の道標です。
百済寺 寺・神社・教会
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奥の建物は国登録文化財の本坊喜見院(ほんぼうきけんいん)です。百済寺一山の本坊は喜見院です。阿弥陀如来をお祀りしています。昭和15年に仁王門南側から現在の位置に移築され、それにともない庭園も旧本坊のものを拡張改造しました。寺社庭園としては、県内最大級で巨石群の配置が見事という。
百済寺庭園 公園・植物園
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「百済寺の美を絶賛した人々(文筆家)」の案内板がありました。ちょっとだけ案内します。
●鎌倉:藤原定家「明月記」
●中世:飛鳥井雅親
●昭和:白洲正子、小林秀雄、岡部伊都子「古寺巡礼」百済寺庭園 公園・植物園
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庭園は東の山を借景に山腹を利用し、大きな池と変化に富む巨岩を配した豪華な池泉廻遊式の庭園です。
百済寺庭園 公園・植物園
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本坊喜見院が広い水面に写る雄大な池です。
百済寺庭園 公園・植物園
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ここは岐阜羽島駅です。陽は短い時期なので外は真っ暗です。18時15分発ひかり660号に乗車し、東京に戻りました。
岐阜羽島駅 駅
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