2022/10/19 - 2022/10/19
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杏仁豆腐さん
日本民藝館は、「民藝」という新しい美の概念の普及と「美の生活化」を目指す民藝運動の本拠として思想家の柳宗悦により1936年に開設されました。宗教哲学者、美術研究家で民藝運動の主唱者でもあった柳宗悦によって創設されました。
西館(旧柳宗悦邸)は、第2・3水曜日、第2・3土曜日のみの公開なので、それに合わせての訪問です。
日本民藝館の後は、旧前田侯爵家本邸・日本近代文学館を訪れました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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京王井の頭線駒場東大前駅で下車。目黒区最北端の駅です。
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住宅街を進みます。
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日本民藝館に到着。
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閑静な住宅街にあります。木造瓦葺きの蔵造りです。
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日本民藝館は、「民藝」という新しい美の概念の普及と「美の生活化」を目指す民藝運動の本拠として、1926年に思想家の柳宗悦らにより企画され、実業家で社会事業家の大原孫三郎をはじめとする多くの賛同者の援助を得て、1936年に開設されました。
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1925年、民衆の用いる日常品の美に着目した柳宗悦は、濱田庄司や河井寛次郎らとともに無名の職人達が作った民衆的工芸品を「民藝」と名付けたそうです。
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白磁壺
朝鮮時代17世紀
館内は撮影禁止ですが、この作品のみ撮影可です。 -
1986年、日本民藝館創設50周年を記念し、本館向かい側の西館(旧柳邸長屋門)横に設置された日本民藝館創設50周年記念碑。
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西館(旧柳宗悦邸)です。
栃木県から移築した石屋根の長屋門と、それに付設した母屋からなっています。1935年に完成、母屋の設計は旧館と同じく柳宗悦です。72歳で没するまで、宗悦が生活の拠点とした建物です。2021年に東京都指定有形文化財(建造物)に指定されました。 -
本館では、特別展「柳宗悦と朝鮮の工芸 陶磁器の美に導かれて」を開催しています。
柳宗悦は早くから朝鮮時代の工芸に注目しました。 -
所蔵する陶磁器を中心に、絵画や木工品、石工品、金工品などを展示しています。
西館の公開日なので、訪れる人も多かったです。 -
女性の訪問者がほとんどでした。年齢も高めです。
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木造瓦葺きの建物で、広々とした空間が広がり、ゆっくりと作品を見ることができます。
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西館では、柳宗悦と夫人で声楽家の兼子の生活の場を見ることができます。
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日本民藝館から歩いて駒場公園に来ました。
駒場公園は、加賀百万石(今の石川県)の当主だった旧前田家の前田利為侯爵駒場邸跡です。 -
正門及び塀、門衛所は国指定重要文化財です。昭和4年築。
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旧前田家本邸の洋館が聳え立ちます。
旧前田家本邸は、旧加賀藩主で前田家第16代当主の利為が自邸として建てました。昭和4年(1929)に洋館が、昭和5年に和館が竣工しました。 -
旧前田家本邸の正門及び塀です。
洋館の玄関廻りと南の庭園とを区切る塀です。 -
建物は、昭和初期の和洋両建築の粋を集めたもので、化粧レンガやタイル張りのほどこされた洋館は素晴らしい外観です。
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前田侯爵邸の設計を担当したのは東京帝国大学教授の塚本靖と担当技師の高橋禎太郎で、駒場の田園の野趣にあわせてイギリス・チューダー様式を取り入れています。
無料で見学ができます。
サロンです。客人を最初にお通しする待合です。 -
第一応接室
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明治17年、華族令発布により、前田家は侯爵の爵位を授与され、「加賀百万石」の大名の威信を保ちました。
本郷にあり、10万4000坪もの敷地を誇った前田侯爵邸は、明治に入り、9万1000坪が帝国大学(東京大学)の敷地となり、大正15年、東京帝国大学が手狭になったため、拡張のため、東京帝国大学駒場にあった農学部の土地の一部と、本郷の前田侯爵邸の土地を交換したそうです。 -
イングルヌック
暖炉脇の暖かな小さなスペース -
小客室
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大客室
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大食堂
晩餐会のための部屋で、最大26名のディナーが可能だったそうです。 -
巨大な白大理石のマントルピース
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小食堂
家族のための食堂です。 -
食器なども展示されています。
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すてきな照明
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大階段
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装飾も素晴らしい。
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ステンドグラス
中庭に画した縦長3連アーチのガラス窓から大階段に柔らかい光が差し込みます。 -
三女居室
菊子夫人のための化粧室。 -
浴室
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寝室
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夫人室
菊子夫人の居間。鏡付きの優美なマントルピースがおしゃれです。 -
次女居室
書斎の付属室(図書室)として計画された部屋。 -
天井の星型の中心飾りが目を引きます。
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青いタイルのマントルピース。
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次の間にある人形。
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書斎の前室です。
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書斎
利為侯の書斎で重厚な雰囲気です。 -
机の背後の書棚も立派です。
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長女居室
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三男居室
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窓から覗くと中庭が見えます。
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従者室
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会議室
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女中室
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展示室
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昭和5年に一家がイギリスから帰国した際に使用されたトランク。
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洋館は家族の生活の場であるとともに迎賓館としても利用できるように設計されています。
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旧前田家本邸和館に行きます。
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昭和5年に増築された書院造りの和館とは渡り廊下で結ばれています。
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唐破風が横に付く平唐門の形式です。
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和館は、主に外国からの賓客をもてなすために建てられ、四季折々の前田家の行事にも用いられたそうです。木造2階建の近代和風建築です。
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和館の玄関です。
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大廊下
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主室「御客間」と次の間「御次之間」
約40畳あります。 -
透かし彫りが見事な欄間です。
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鳥居型の違い棚
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明障子の書院です。
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広間の南側には縁座敷。
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池泉庭園が広がります。
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昔懐かしの風景
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この先は茶室
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2階は見学できません。
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旧前田家和館の隣にある、日本近代文学館に来ました。1967年の開館です。
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現在、図書や雑誌を中心に、数々の名作の原稿も含め、120万点の資料を収蔵しています、。
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「生誕120年 住井すゑ、95年の軌跡―金輪際いつぽんきりの曼珠沙華―」を開催中。
今年は住井すゑが生誕して120年、没後25年に当たります。
1902年、奈良県磯城郡平野村(現、田原本町)生まれ、1997年6月16日牛久沼畔にて永眠、享年95歳。 -
住井すゑは「橋のない川」7部作の作者として有名です。
奈良大和に生まれ育った住井すゑが、この地を舞台とする大長編「橋のない川」を描くに至る軌跡を知ることができます。 -
館内のBUNDAN COFFEE & BEERでランチです。
レバーパテトーストサンドイッチ (豚肉と鶏レバーのパテのオープンサンド、スクランブルエッグ)をいただきました。
1928年(昭和3年)の11月から大阪毎日新聞と東京日日新聞に連載された谷崎潤一郎の小説『蓼食う虫』。その中に登場する主人公の一人である美佐子が、夫と子どもを置いて家を出ることを決めた場面で作っていたのがトーストサンドイッチです。 -
珈琲は、鷗外 OUGAI ( Mandheling )
18世紀、オランダはジャワ島で生産したコーヒーを安い値段でヨーロッパに持ち込み、大成功をおさめて以降、19世紀半ばに至るまでヨーロッパのコーヒーといえばジャワコーヒーでした。明治維新以降、森鷗外をはじめとしたヨーロッパへの留学組は、スパイスを思わせる独特の力強い味わいを楽しみながら、西欧文化を感じ取っていたのではないでしょうか。その後、ジャワコーヒーは、スマトラ島で栽培されるマンデリンコーヒーに受け継がれ、現在に至っています。 -
珈琲には、芥川、寺山、鴎外、敦とあります。
寺田寅彦の牛乳コーヒー、谷崎潤一郎の炭酸水(ペリエ)、夏目漱石のあたたかいチョコレート、堀口大學のシャンパン、太宰治のりんご酒、坂口安吾の清酒 越の露などもあります。 -
店内には約2万冊の書籍があり、どの本も閲覧が可能です。
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天井までの大きな本棚
常に満席の状態で、席が空くのを待つ人たちがいました。
文学好きには、たまらないカフェです。 -
上原仲通り商店街を通り、代々木上原駅に向かいます。
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代々木上原駅から千代田線に乗り、帰宅しました。
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