2022/09/25 - 2022/09/25
5位(同エリア272件中)
旅猫さん
旅の三日目は、まったくの旅程変更となった。予定では、備前一宮駅からレンタサイクルで吉備路を巡り、総社駅まで横断することにしていたのだが、前日、宿へ向かう途中の駅の通路で、吉備路を巡る周遊バスの案内を見つけ、チラシをもらったのである。宿でそのチラシをよく読むと、なかなか面白そうであった。しかも、公共交通機関では行きづらい鬼ノ城へも行ける。そこで、急遽、その周遊バスを利用することにしたのだ。急なことだったので、結局、夜中まで巡り方で悩むことになった。
(2022.10.18投稿)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 2.5
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- 楽天トラベル
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この日は、まず7時25分発の新見行普通列車に乗り、総社駅へと向かう。車内はかなり混んでいたので、途中までは座れなかった。そして、総社駅には30分足らずで着いた。総社駅に来たのは、鬼ノ城へ向かうバスが出ていると知ったからである。駅前にある観光案内所で乗車券を購入し、8時30分発のバスに乗り込んだ。
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総社駅前を出たバスは、東総社駅に立ち寄り、25分ほどで国民宿舎『サンロード吉備路』に着いた。ここで、ワゴン車に乗り換える。鬼ノ城へ向かう道がかなり狭いため、大型車は入れないそうである。
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市街地を離れ、城跡のある山間へと入って行く。すると、途中から森の中の細い道となった。週末は多くの車が入ってくるため、擦れ違うのも大変らしい。午前の早い便だったため、対向車には合わなかった。そして、20分ほどで登り口にある駐車場に到着した。そこから山道を10分ほど登ると城跡に至る。登り始めてすぐ、鬼ノ城の復元された西門が見えて来た。
鬼ノ城 名所・史跡
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西門跡まで来ると、思いの外大きな門であった。鬼ノ城は、7世紀後半に造られたとされる古代の山城と考えられている。山頂部を約2.8kmの城壁で囲み、4つの門を持っていたそうである。一周出来るそうだが、時間も無いので、途中まで歩いてみることにした。
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西門を入ると、足元には石が敷かれている。敷石のある古代山城は他にはなく、朝鮮半島でも珍しいそうである。
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城壁沿いに設けられた遊歩道を歩いて行く。西門の辺りには観光客の姿も多く見られたが、遊歩道に入ると一人も会わなくなった。そして、しばらく歩くと、南門跡に辿り着いた。構造は西門とほぼ同じだそうで、どちらかが正門だったと考えられているらしい。
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そこからさらに歩いて行くと、開けた場所に出た。そこからは、雄大な景色を望むことが出来た。
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その先からは、山の中腹に東門の跡も望めた。時計を見ると、まだ時間があるので、東門跡まで歩いてみることにする。
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そして、西門跡から20分ほどで東門跡に着いた。この先は、少し険しい道が続くようなので、ここで引き返すことにした。
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城跡には、城門の他に水門と呼ばれるものもある。西門に近い第1水門と第2水門は、立派な石組となっていた。水門は、城壁が崩れないように、水を抜くためのものだそうだ。
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10時30分発の『鬼ノ城バス』に乗り、サンロードへと戻る。復路は、かなり対向車があり、運転手さんはかなり苦労していた。サンロードからは、11時15分発の『吉備ロマン無料循環バス』に乗車。このバスも、期間限定で運行されているものである。吉備路の主要な見所を巡回し、1時間おきに走っているのでなかなか便利である。
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乗り込んだ循環バスは右回りで、20分ほどで次の停留所である陣屋町足守に着いた。そこで降り、足守藩木下家2万5千石の陣屋町を歩くことにする。木下家は、豊臣秀吉の正室おねの実兄である木下家定を藩祖としている。とりあえず、家老杉原家の侍屋敷を見学する。保存状態が良く、江戸時代の武家の暮らしを垣間見ることが出来た。
旧足守藩侍屋敷遺構 名所・史跡
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侍屋敷から少し歩くと、堀跡と思われるものが見えて来た。そこが足守藩の陣屋の跡であった。明治の廃城令によりほとんどの建物が取り壊され、今は公園となっていた。
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公園に隣接して、木下利玄生家がある。その建物は、木下家13代利恭の奥方の住居として、嘉永5年(1852)に陣屋につなげて建てられたものだそうだ。明治から大正にかけて活躍した歌人木下利玄は、ここで生まれたのである。西側の壁に、陣屋とつながっていた部分が残されていた。
木下利玄生家 名所・史跡
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そのすぐ先には、近水園と言う庭園があった。藩主木下家の庭園で、池の畔には、6代藩主により建てられた吟風閣と言う建物もあった。小藩である足守藩であるが、立派な大名庭園を持っていたのは驚きである。
近水園 公園・植物園
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近水園から目抜き通りへと戻る。そこには、蔵造りの商家の建物が多く残され、往時の足守の賑わいが感じられた。
足守の町並み 名所・史跡
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500mにも満たないほどの街並みだが、海鼠壁の大きな蔵を持った商家や、醤油の醸造を行っていたという藤田千年治邸など、豪壮な建物も観られる。バスの時間の関係でゆっくりと観られなかったのが残念であった。
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足守で最後に立ち寄ったのは、西洋医学の普及に尽力した緒方洪庵の生誕地である。洪庵は、足守藩士の子として生まれたそうである。その屋敷跡に、石碑と洪庵の像が立っていた。
緒方洪庵生誕地 名所・史跡
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少し遅れてやって来た12時49分発の循環バスに乗り、備中国分寺へと向かう。このバスはとても人気があり、どれもほぼ満席で、一度は補助席に座るほどであった。バスはサンロードを過ぎ、30分ほど走ると、『吉備路もてなしの館』に着いた。道の駅のようなその施設の向いには田圃が広がり、その奥に国分寺の五重塔が見えていた。
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境内に入ると、江戸時代に再建された本堂などが建っている。奈良時代に創建された国分寺は、今の国分寺と同じ場所にあったそうである。
備中国分寺 寺・神社・教会
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境内でひときわ目を引くのが五重塔である。なかなか優美な塔で、境内からより、外から眺めた方が綺麗である。
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バス停へ戻ると、近くに酒蔵が見えた。まだ時間があったので訪れてみることにした。三宅酒造と言う酒蔵で、蔵の前を旧山陽道が走っている。看板銘柄は『粋府』である。蔵の方に話を聞くと、大正時代に一度絶えた酒米『都』を復活させたものがあると言うので、それを購入した。
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14時26分の循環バスに乗り、吉備津神社を目指す。こうもり塚古墳や造山古墳も観たかったのだが、時間が無く断念した。そして、20分ほどで吉備津神社に到着。その入口には、鬼神温羅に纏わる矢置岩と言う大きな岩があった。温羅と戦った大吉備津彦命が矢を置いたとされる岩である。
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急な石段を登ると拝殿があった。吉備津神社は、備中国一宮である。吉備国が三つに分割されるまでは、吉備国の総鎮守であったそうだ。室町幕府三代将軍足利義満により造営されたと云われる国宝の本殿は、比翼入母屋造と言う他に類を見ないもので、吉備津造とも呼ばれるそうである。翼を広げたような優美な屋根を持った社殿なのだが、西陽が強く、よく見えなかったのが残念であった。
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拝殿の脇から、回廊を通って『鳴釜神事』で知られる御釜殿へと向かう。その回廊は、戦国時代に造られたものだそうで、400m近い長さがあるそうだ。緩やかに傾斜した姿で、なかなか美しいものであった。
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御釜殿で引き返し、御朱印をいただきバス停へ戻る。15時16分発のバスに乗り、吉備津彦神社で下車。こちらの社は、備前国一宮である。現在の社殿は、岡山藩主池田光政により寛文8年(1668)より造営が開始されたものだそうだ。江戸時代の大名造営らしい豪壮な本殿が観られた。
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参拝後、近くの備前一宮駅へと向かう。参道の両側に広い池があり、なかなか良い景色である。駐車場から離れているため、人影は疎らであった。
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5分ほどで辿り着いた備前一宮駅は無人駅である。ホームに出ると、長閑な景色が広がっている。列車を待つ人も無く、静かなものである。しばらくしてやって来た16時21分発の岡山行に乗車。終点の岡山駅で山陽本線に乗り換え、今宵の宿がある倉敷駅へと向かった。
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急な予定変更で到着時間が遅くなったため、駅からタクシーで宿へと向かう。ところが、大きく迂回した挙句、美観地区が混み合っていたため宿の前までは入れず、結局途中から歩いて向かう羽目になった。そして辿り着いたのが、美観地区に建つ『料理旅館 鶴形』である。
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玄関を入ると、下足番に迎えられ驚いた。受付を済ませ通されたのは、『藤戸』と言う部屋である。7畳ほどの広さだが、一人旅では十分な広さがある。落ち着いた感じの純和風の設えで好ましい。
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窓からは、中庭と蔵造りの旅館の建物が見える。この宿の建物は、倉敷に残る最も古い建物のひとつである。建てられたのは、徳川吉宗が将軍であった延享元年(1744)だそうだ。
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座卓の上には、『藤戸饅頭』が置かれていた。倉敷の伝統的な和菓子で、源平合戦のあった藤戸の渡しに由来するそうである。今の形になったのは江戸時代だそうだが、本店は今でも藤戸にあるそうだ。薄皮の中に漉し餡が入り、なかなか美味しかった。土産に買いたかったが、消費期限が三日しかなく諦めた。
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風呂で汗を流した後、夕食をと宿の方に尋ねると、一階の食事処でも食べることが出来ると言うのでお願いした。しかし、品書きは三種類しか無く、しかも高価であった。仕方が無く、一番安い鯛茶漬け定食を注文。出てきたそれは、想像していたものとかなり違い、味もまったりとしていて好みに合わなかった。
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食事のお供に頼んだのは、地酒三種の呑み比べ。どれも上品な味わいで、少々物足りない感じである。他のものも呑んでみようかと思ったが、気が乗らなかったので止めておいた。
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最後に、水菓子が出て来た。葡萄のゼリーである。これはなかなか美味しかった。料理旅館の食事と言うことで期待したが、かなり残念であった。
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食事を終えると、外はすっかり暗くなっていた。夜景を楽しもうと外に出る。すると、宿の目の前の光景は、マグリットの『光の帝国』を想い起こさせるようであった。
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美観地区を流れる倉敷川に架かる中橋の袂から、南側の街並みを眺める。対岸に、大正6年(1917)に倉敷町役場として建てられた洋風の建物があり、窓の明かりが綺麗であった。
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川沿いには、蔵造りの建物が建ち並んでいる。昼間は多くの観光客で賑わっていたのが嘘のように静かである。
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中橋を渡り対岸から宿を眺める。枝ぶりの良い松があり、風情がある。
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美観地区は、夜でもそこそこ人がいるので、浴衣に雪駄で歩いていると結構目立つ。しかし、思いの外暗いので、こちらは気にならない。美観地区は、照明で建物を浮かび上がらせてはいるのだが、照明を工夫し、明るくなり過ぎないようにしてあるのが良い。
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建物に照明を当てている場所では、腰の位置くらいに灯りがある。路地裏などの暗い場所では街路灯のように高い位置にあるのだが、上部に遮光版があり、空に光が漏れないようにしてあるのだ。
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建物によっては、外から照らすのではなく、中からの光でステンドグラスなどを浮かび上がらせている。
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そのおかげで、街が薄っすらと浮かび上がり、とても風情がある。しかも、強い光が空に漏れないので、街中であるのに夜空が見える。星も輝き、何とも言えない美しさであった。
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商家の格子戸から光が漏れて美しい。どこか葛飾応為の『吉原格子乃図』を連想させる光景である。
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風情のある灯りに誘われて路地へと入る。明る過ぎない、その仄かな灯りがとても良い。倉敷川沿いの表通りには人通りがあるが、裏に回ればほとんど人に会わない。街並みの風情も相まって、とても日本情緒を感じる。
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本町通りに出ると、さらに風情が濃くなった。その中に、趣のある宿があった。今回泊った宿も良かったが、こちらも惹かれるものがある。
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本町通りから離れ少し歩くと、アイビースクエアが現れた。さすがに人の気配が多かったが、中庭には誰もいなかった。
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宿に帰って来ると、ちょうど一時間ほど経っていた。倉敷は混む印象があり、ずっと敬遠してきたのだが、夜の静かな街を歩き、訪れて良かったと思えた。明日、陽の光が当たる街の姿が楽しみである。
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この旅行記へのコメント (8)
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- hot chocolateさん 2022/11/02 23:56:27
- 雰囲気ある町並み
- 旅猫さま
こんばんは。
先の「新見の街とふたつの鍾乳洞」の旅行記では、コメントを書いていたにもかかわらず、いいねを忘れて失礼しました。
公共交通機関では行きづらい場所は、周遊バスがあると助かりますね。
ただ効率と時間の都合もあって、こちらの希望通りにはいかないのは
仕方がないですが・・・
「鬼の城」も初耳ですが、石の敷いてある山城も珍しいし、城の風貌が
日本の城のイメージとは大いに違いますね。
韓国の城の雰囲気と思いましたが、朝鮮半島でも珍しいのですね。
海鼠壁の大きな蔵を持った商家など、雰囲気のある街並みが美しいですね。
料理旅館のお料理がいまいちだったというのは残念でしたが、
宿そのものはいい雰囲気ですね。
倉敷の美観地区の夜のお散歩はとても素敵で、私も歩いてみたくなりました。
hot choco
- 旅猫さん からの返信 2022/11/07 12:03:27
- RE: 雰囲気ある町並み
- hot chocoさん、こんにちは。
いつもありがとうございます。
公共交通機関が無い場所でも、最近は周遊バスや乗り合いタクシーなどが増えて、私のような旅人にはありがたいです。
今回も、現地に行って周遊バスと鬼ノ城バスを見つけた時は、感激しました。
おかげで、思い切り予定を変更してしまいましたが。
とは言え、周遊バスや定期観光バスだと、どうしても行ける場所が限られ、時間も思い通りにはならないことがあります。
すべてがうまくいくのは難しいですね。
鬼の城は、大まかには朝鮮式山城ですが、石が豊富にあったため、石垣以外にも使ったようです。
西日本は、基本的に渡来人が多いので、朝鮮の技術が大いに役立っていますね。
倉敷は一大観光地で、街も整備され過ぎ、混雑すると言う先入観があったため、これまで一度も訪れていなかったのですが、今回、まだ外国人が少ないうちに一度観ておこうと思い立ち、行ってきました。
昼間は混むので、宿泊して夜と朝の静かな時間で歩いてきました。
すると、これがなかなか風情のある街で、倉敷の評価を改めました。
戦後すぐから街並み保存をしてきただけあり、最近の観光客目当ての整備とは違い、生活と観光が上手く両立した町でした。
宿も風情があり良かったのですが、料理がいまひとつだったのが残念でした。
旅猫
-
- ポテのお散歩さん 2022/10/20 00:36:58
- 夜の倉敷
- 旅猫さん こんばんは。
吉備路を巡る周遊バスで急遽 鬼ノ城へ。
偶然の様で 必然だったかも知れませんね(^^)
吉備路は不便ですが 日本らしい景色が残っていますね。
初めて訪れられたのが不思議なくらいです。
倉敷では『料理旅館 鶴形』さんに宿泊されたそうで、
建物も風情がありますね。
お料理が合わなかったのは残念でしたね。
それでも倉敷の夜景散歩は静かで、本来の街並みが垣間見れて良かったです。
早朝散歩も楽しみです(*^-^*)
ポテ
- 旅猫さん からの返信 2022/10/20 08:50:45
- RE: 夜の倉敷
- ポテさん、こんにちは。
いつもありがとうございます。
岡山駅の通路で、周遊バスの臨時案内をやっていたのです。
チラシをもらって宿で観ていたら、急に予定を変更して、鬼ノ城とかに行きたくなってしまい。
ちょっと時間が慌ただしくなりましたけど、いろいろ回れてよかったです。
吉備路は、学生時代から計画していたのですが、いつも後回しになってしまい。
ようやく訪れることが出来ました。
倉敷は、外国人が溢れる前にと思い、こちらも急遽計画しました。
『料理旅館 鶴形』さんは、ネットで見つけて空いていたので即予約しました。
とても風情のある宿でした。
料理旅館と言うことで、夕食もいただきましたが、こちらはいまひとつでした。
夜の美観地区は、思いの外人気が無く、静かな散策が出来ました。
最終日は、美観地区散歩です。
しばらくお待ちください。
旅猫
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- 毛利慎太朗さん 2022/10/19 21:25:23
- 充実された旅ですが、残念なことも。
- 旅猫様、いつも投票誠にありがとうございます。
今回は日本刀、閑谷学校、鍾乳洞と文化財から自然までまるごと岡山を堪能され、見ごたえある内容ですね。
鉄オタとしては西大寺鉄道の車両が気になりましたが、周りが垣根で残念だなあと思いました。
今回の章では鬼ヶ城、足守藩、黒塗りで渋い御社殿の吉備津神社とこれまた興味深い内容ですな。
足守は秀吉の妻北政所の兄の子孫が治めた地としても興味深いですし、何を隠そう蘭学と種痘の大家、緒方洪庵先生の出身地なのですね。
「浪花の華 緒方洪庵事件簿」で若かりし頃の洪庵先生を窪田正孝さんが演じられたのも記憶に残ってますし、「JIN 仁」での武田鉄矢さんの演技も記憶にのこってます、やっぱ「先生」の役を演じさせるとうまいなあと。
一ノ関も石高は足守と同じくらいですが、蘭学の大家 大槻玄沢先生を生んだ地であることを自慢したいですね。
ところで、玄沢先生と洪庵先生って一見関係ないようにみえますが、洪庵先生の師匠である中天游先生は玄沢先生が開かれた芝蘭堂の門人で、このことは流石に歴史の大家である旅猫様はご存知のことと思います。
洪庵先生の弟子である福沢諭吉先生なんかは、玄沢先生の息子さんである磐渓先生(奥羽列藩同盟の序文を執筆した)やお孫さんである文彦先生(日本初の近代辞書、言海の著者)と交流があったのも、師匠をたどれば玄沢先生にゆきつくってことだなあ、と改めて実感しました。
福沢先生は玄沢先生のことを「地位にとらわれず、西洋の学問を吸収した先駆け」と評しておりますしね。
長くなりましたが「料理旅館 鶴形」、私も建物の趣は気に入りましたが、お料理とお酒がおきにめさなかったようで、残念ですね。
鯛はやっぱ愛媛とかで食べるのがいいんですかねえ。
旅猫様の経験上「おもいがけず美味だった」って経験が多いように、私自身読んでて感じますがね。
私もこないだ松江にいきましたが、旅猫様が旅行記で絶賛された「おいでやす おおきに屋」のお料理美味しかったですよ、慰めになるといいですが。
毛利慎太朗より。
- 旅猫さん からの返信 2022/10/19 23:07:18
- RE: 充実された旅ですが、残念なことも。
- 毛利慎太朗さん、こんばんは。
いつもいいね等、ありがとうございます。
今回は、書き込みまでいただき、恐縮です。
今回の岡山の旅では、歴史と文化、そして自然まで、かなり欲張りました。
おかげで、少々時間が足りませんでしたが。
西大寺鉄道の車両は、偶然見つけました。
走っている時に、乗ってみたかったです。
鬼ノ城は、行くのが大変ですが、景色はとても良かったですよ。
足守の街並みも、なかなかです。
緒方洪庵の出身地と言うことは、今回初めて知りました。
「JIN 仁」の武田鉄矢さんは、はまり役でしたね。
吉備路は、バスの時間のせいで、時間が取れなかったのが残念でした。
一ノ関は、一度訪れたことがありますが、宿泊しただけです。
歴史がある街なので、一度は歩いてみたいものです。
蘭学の方はまだ勉強不足でして、今は、司馬遼太郎の「胡蝶の夢」を読んで興味深く感じているところです。
「鶴形」は風情のある宿でした。
ただ、食事と鮭は、少々がっかりでした。
鯛は、明石のものが名が知られていますね。
「おいでやす おおきに屋」へ行かれたのですね!
美味しかったようで、良かったです。
旅猫
-
- jijidarumaさん 2022/10/19 01:08:19
- 鬼ノ城!
- 旅猫さん、
今晩は。
岡山の旅もまた良いですね。
大阪単身時代に岡山、倉敷、足守を訪れていますが、鬼ノ城は未知の場所
でした。
次女の婿の亡くなった母上が岡山県出身で、この夏に婿さんの父上(私と同じ年)の先導で母上の実家や岡山巡りをした。次女一家も鬼ノ城に登ったと土産話に聞きました。
本編の聞きしに勝る鬼ノ城の景観には驚きましたね。
それではまた。
jijidaruma
- 旅猫さん からの返信 2022/10/19 08:26:20
- RE: 鬼ノ城!
- jijidaruma さん、こんにちは。
書き込みありがとうございます。
久しぶりに岡山を訪れましたが、なかなか良かったです。
吉備路は、学生の頃から歩いてみたかった場所ですが、ようやく訪れることが出来ました。
鬼ノ城は、訪れる予定ではありませんでしたが、現地でバスがあると知り、急遽行ってきました。
景色が素晴らしく、一見の価値があります。
ぜひ一度、訪れてみてください。
旅猫
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