2022/09/24 - 2022/09/24
61位(同エリア219件中)
キャバさん
在仏の夫婦です。
住んでいる北フランスはすっかり秋の気配。朝は10度を切るのが当たり前で、
どんよりとした天気が続いています。少し時間が出来たので太陽と美味しい料理を求めて北イタリアのヴェンティミーリアへ。
今回も車での旅行で、さすがに1日でヴェンティミーリアに行くのはきつい(1000km以上)なので、行き帰りそれぞれフランス内で1泊し、ヴェンティミーリアでは3泊、合計5泊6日で行ってきました。
1泊目:オランジュ(フランス)
2泊目:ヴェンティミーリア(イタリア)
*サン・ポール・ド・ヴァンス、ニース立ち寄り
3泊目:ヴェンティミーリア(イタリア)
*ロケッタ・ネルヴィーナ、ドルチェアクア、マントン立ち寄り
4泊目:ヴェンティミーリア(イタリア)
*インペリア、ブッサーノ・ヴェッキア立ち寄り
5泊目:シャンベリー(フランス)
*クネオのスーパーで買い出し
本旅行記は4日目、ヴェンティミーリアから日帰りで行ったインペリア(IMPERIA)とブッサーナヴェッキア(BUSSANA VECCHIA)です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ヴェンティミーリア滞在中、この日は1日雨予報。天気予報見ても確実に雨が降りそうな雲の動きでした。旅行には雨が付き物でもあるので、ヴェンティミーリアからドライブを兼ねて県庁所在地でもあるインペリアとサンレモ近郊にある村ブッサーナヴェッキアで過ごしました。
まずは雨でも過ごせると思って、サンレモ近郊にあるアウトレットモール「The Mall Sanremo」へ。昔イタリアに住んでいた頃、フィレンツェ郊外にオープンしたThe Mallと同じ系列のアウトレットモールです。その頃は日本から来る人たちでごった返していましたね。皆さんグッチやアルマーニなどが好きなようで… 私達も若い頃は少し興味を持っていましたが、今はブランドに全く興味を持たなくなりました。今回それでもなにか面白い物があるかな?と雨だったこともあり行ってみましたが、ハイブランドばかりのアウトレットで、興味持てず、しかも土曜日だと言うのにお客さんはパラパラ。店員さんたちがみんな暇を持て余しており、私達は一周してトイレだけお借りしてすぐに退散しました。コロナが完全に開けたら、アジアから沢山の人たちが来そうな場所です。 -
ヴェンティミーリアからは基本的に海岸沿いをずっとドライブしたので綺麗な海岸が沢山見えたのですが、残念ながらの天候で唯一とったオスペダレッティ(Ospedaletti)の海岸。帰りにも同じ場所通りましたがその時は大雨で全く見ることが出来ませんでした。
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今回の旅行前には全く考えていなかった県庁所在地でもあるインペリアに行くことにしました。時間的にここでちょうどランチタイムとなります。
雨は小ぶりになり、時には止み少しだけインペリアの町を散歩。特に特徴がある観光すべき町ではありませんでしたが、イタリアっぽい雰囲気が楽しいです。 -
目に入った「Madamadorè」。レストランというよりバールに近い感じの場所ですが、窓際に沢山のおじいちゃん、おばあちゃんが食べている姿を見て、こういう所は絶対に美味しい!と確信をして入りました。大正解。
メニューの選択は余り無いのですが、頼んだパスタは大絶品。
ポルチーニ茸とグアンチャーレのタリアテッレ。
イタリアにいると当たり前のようにあるグアンチャーレがフランスではお目にかかることはありません。一種のベーコンの様なものなのですが、豚の頬肉、いわゆる豚トロの塩漬けで、ベーコンとは違う食感と独特の香りがあります。これで作るカルボナーラは間違い無い!今回買って帰り早速家でも作りました。 -
イチオシ
パスタの茹で加減も最高。やっぱりイタリアは美味しい!
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マグロのステーキ。これは普通かな。
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食後、車を取りに港をプラプラしていたら、レストランが連なる一角を発見。今日のお昼は満足したのですが、ここに来ていたらもっといろんなチョイスがあってもっと楽しかったかもしれません。後悔では無いですが今度インペリアに来ることがあれば、この港沿いに来てみます。余りいないかもしれませんが、インペリアにいらっしゃる方が入れば是非参考にしてください。通りはCalata Giovanni Battista Cuneoになります。
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雨なのでこのままヴェンティミーリアに帰ろうかとも考えましたが、せっかくここまで来たので通り道でもあるブッサーナヴェッキアへ立ち寄ることにしました。フランス語のウィキペディアからの意訳になります。
9世紀半ばに作られた町。1887年2月23日に起きた地震で町は崩壊し実質放棄された町となりました。第二次世界大戦後の1947年頃に違法的に南イタリアからの人たちが住み着くようになり、イタリア政府は1950年代に町の建物の屋根を壊し、町を一旦消滅させることにしました。その後1960年代後半にいわゆるヒッピーや芸術家たちが住み着き、警察や政府とかなり揉めた様ですが、最終的には政府が譲る形で町は再起し現在に至るようです。 -
とは言っても、前日に行ったロケッタ・ネルヴィーナやドルチェアクアと比較しても崩壊された家や教会は残り、ガタガタになった道は雨に濡れてとても歩きにくかったです。そんな中でもカフェがあり、アトリエが沢山あり、とても特殊な町ですね。雨の中、複数の観光客が訪れていました。
ロケッタ・ネルヴィーナとドルチェアクアの旅行記
↓
https://4travel.jp/travelogue/11781343 -
イチオシ
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最寄りの大きな町はサンレモになります。
結構山を登り、最初に訪れたTHE MALLを見渡せる丘の中腹にブッサーナヴェッキアはあります。
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旅行記グループ 22年秋南仏、イタリア旅行(5泊6日)
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