2021/10/08 - 2021/10/10
4145位(同エリア4711件中)
ちゃおさん
江戸末期、日本が海外に門戸を開き、函館、横浜、新潟、神戸、長崎の5港が従来の中国(清)、オランダ以外にも欧米諸外国との間に貿易が行われることになった。そこには外人居留地のような外国人が集まって住む特定の地区も生まれ、又、領事部、領事館も設置されるようになった。日本の文明開化である。こうしたハイカラな港町に、元町、という町名が生まれた。有名な所では神戸元町。元町は横浜にもあり、そこは横浜地下鉄の駅名にもなっていて、中華街の最寄り駅ともなっている。同名の町は長崎にもあり、そこにはグラバー邸や大浦天主堂もあり、以前その近くのオランダ坂の石畳の坂を歩いたこともあった。
ここ函館の元町は神戸横浜長崎程は有名ではないが、矢張り外国人の集まったハイカラな区画になっていたのだろう。今は綺麗に整備された階段状の公園になっているが、ここからの港の眺めは、場所の高さ、港の距離感は丁度グラバー邸の庭から眺めた感じと似ている。この公園に隣接してイギリス領事館も建てられていて、安政年間に最初に建てられた領事館は火災により焼失したが、その後、大正時代に英国政府により再築され、今は函館市の有形文化財に指定されている。この公園の一番高い、見晴らしの良い場所には、函館市の旧公会堂が経っていて、リニューアルされ、黄色にペイントされた洋風建物は他を圧倒している。この建物は明治40年の函館大火で市内の甲民会、集会所等が消失し、その後それ等を一カ所にまとめる目的でこの場所に建築されたのだが、昭和になって、国の代表的な洋風建築の一つとして、重要文化財に指定されたのだ。
元町公園中段の見晴らし台から後ろの高台を見上げると、距離にして200m程、高度差で20-30m程だが、疲れた足でこの段差を登ることもできない。暫く見晴らし台のベンチに腰かけ、後ろを振り返って眺めるだけだったが、眼下の金森倉庫群とこの大きな洋風建物。幕末のこの町の気風、北前船の景気の良かった時代の最後の名残を残すようにも思えた。暫くベンチで休み、眼下の函館の町、その先の駒ケ岳、更にはその先の渡島半島の山々を眺めている内に疲れもやや回復した。昔はこんなではなかった。この渡島半島の根付の部分にある羊蹄山など、比羅夫口から短時間で登り、山頂のお釜もぐるっと一回りして下山し、その日の内に日高地方まで向かった元気さを思うと、昔日の感である。過ぎ去った過去はもう取り戻せない。さあ、それでも今日は眼下に見えるこの函館の町から元気をもらった。疲れも少しは取れた。この公園の下段にあるイギリス領事館に向かって、下っていこう。
- 旅行の満足度
- 5.0
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