芳葩爛漫 北摂伊丹 武庫川河川敷緑地「桜の杜」

2022/04/06 - 2022/04/06

桜前線は、４月１０日現在、仙台周辺まで北上中です。前回レポした伊丹市内の三つの池周遊の際に桜の名所と思しき場所を発見し、名残の桜を堪能してまいりましたのでレポいたします。
場所は武庫川河川敷緑地の伊丹市池尻エリアにあり、コメントの便宜を図るため勝手に「桜の杜」と命名しました。武庫川河川敷緑地は兵庫県伊丹市、尼崎市、西宮市、宝塚市にまたがり、開設面積は３１．３ｈａもあります。今回レポするのはその中のピンポイントの一画です。
「桜の杜」の特徴は、樹齢５０年を超すと思しき桜の老木が多く、その割に枝の伐採も少なく生命力に溢れ、桜のトンネルを彷彿とさせるワクワクするような景観です。広大な緑地には２０００本程の桜木が植えられていますが、その大多数は樹齢２０年程ですので、ここの桜木は緑地化される以前から植えられていたと思われます。今回は春陽をたっぶりと浴びて輝く日桜から、夕茜にほんのり染まる桜、そして残照が夕闇の中にポット明りを灯したような妖艶な夕桜を堪能してまいりました。
「桜の杜」の情報はネットにもアップされていませんので、近隣住民の方々の隠れ家的お花見スポットと思われます。そのような場所を旅行記で公知にするのは良心の呵責に苛まれますが、世に知らさずにおられようかという心境が勝りました。４トラベルの読者は善良な方ばかりと信じており、次世代にもこの景観を継承できるよう、訪問される際は何卒ご配慮をお願いいたします。

エリア 伊丹(兵庫)

• 旅行の満足度: 5.0

武庫（ムコ）川河川敷緑地
兵庫県伊丹市、尼崎市、西宮市、宝塚市にまたがる武庫川沿いに設けられた緑地公園は開設面積３１．３ｈａあります。春には堤防沿いに整然と咲き誇る桜並木が優美で、瀬戸内海と日本海を結ぶ「ふるさと桜づつみ回廊」の瀬戸内海側の起点ともなります。約２０００本の桜並木が約７ｋｍに亘って延び、この時期には堤防は桜花に覆われて薄紅色の桜回廊へと変身します。また、堤防横に広がる芝生広場は絶好のお花見スポットになります。

今まで見てきた桜名所の景観の中でもトップクラスの感動ものです！
桜木が横一列に並び、軽快にワルツを踊る姿を彷彿とさせます。
また、力強くうねり、生命力に溢れた枝ぶりに心が躍ります。
このような桜のトンネルの中で寛げるなんて、なんと贅沢な「時空」なのでしょう！
因みに、トンネル内は所々に苔が生しており、遊歩道は桜のトンネルの外側に設けられています。そのせいか、トンネル内に立ち入られる方は記念撮影をされる方以外ほとんど見かけません。皆さん、マナーを守って鑑賞されている印象です。

川を身近な自然として愛し、安全で美しい県土を創出するとともに、地域交流を深める場所になって欲しいとの願いを込めて、兵庫県県土整備部（当時は土木部）が、１９９１年度から２０００年度にかけて、瀬戸内海から日本海を結ぶ延長１７２ｋｍの県内の河川沿い（武庫川～篠山川～加古川上流～円山川）を約５万本の桜でつなぐ「ふるさと桜づつみ回廊」が整備されました。また、回廊上には、地域住民の憩いの場、地域交流の拠点として、「たけだお」「ひかみ」「きのさき」の３ヶ所の「さくらの名所」が整備されています。
緑地の開設当時に桜並木を歩いた子どもたちが、慣れ親しんだ地元の風景を次世代に伝えていくことで、ふるさとの自然は地域を愛する心と共に未来へと引き継がれていくことでしょう。

阪神地区の花見スポットと言えば、筆頭に挙げられるのが「夙川公園」ですが、ご多分に漏れず人混みに流されて消化不良に陥るのが定めです。そんな花見は敬遠したいのが新型コロナ禍のこのご時世です。
そんな思いで、近隣の隠れた桜の名所を再発見してみる気になりました。

兵庫県の地名に「武庫」「六甲」がありますが、これらの語源は同じです。
賀茂真淵著『冠辞考』によれば、難波津（奈良時代の都）から見てはるか「向こうにある」という意味で「ムコウ」と呼ばれ、それに漢字を当てたとの説があります。「ムコ」にある山を「ムコヤマ」と呼び「六甲山」という字を当て、それが音読されて「ロッコウサン」と呼ばれるようになったそうです。同様に「ムコ」にある川を「ムコガワ」と呼び「武庫川」という字が当てられました。
尚、神功皇后が三韓出兵の後、兵庫（兵器蔵）を埋めたことが由来ともされます。更には、アイヌ語の「ムク」という植物が語源との説もあります。
現在の兵庫県の中心地は神戸ですが、奈良時代までは武庫川の河口付近が中心地だったそうです。

ひとつ目の「桜の杜」を抜け、次の「桜の杜」へ移動します。
ここから見られますが、天王寺川の対岸というか、天王寺デルタに植樹された桜並木です。
天王寺デルタは武庫川とその支流のひとつの天王寺川の間にできた三角州のような場所を言います。ここから徒歩５分程度の距離です。

天王寺川に架けられた稲野橋からの景観です。
天王寺川は武庫川水系の支流で兵庫県宝塚市中部と伊丹市北西部、および尼崎市を流れる二級河川です。源流は中山寺のある中山にあり、中山寺奥の院に湧く「大悲水」も源流のひとつです。尼崎市西昆陽で武庫川に合流します。

余談ですが、Google Mapにありえないものを発見しました。イオンモール伊丹昆陽の西側にある「大樋橋」の所で天王寺川と昆陽井（こやゆ）川がクロスしているのです。そんなことありえるのでしょうか？
調べてみて謎が解けました。昆陽井川は天王寺川とクロスする手前で取水ポンプでくみ上げられ、「大樋橋」に設けられた四角の断面を持つ水管橋を流れ、天王寺川をやり過ごした後、道路の地下に設けられた暗渠に流入します。つまり、水道管を用いて川を立体交差させているのです。
さて、水道管と言えば昨年の１０月に和歌山市内を流れる紀の川にかかる「六十谷（むそた）水管橋」で上水道の管が破損し、市内北部の約６万世帯で１週間の断水が生じました。複数の吊り材が腐食により破断しているのが確認され、崩落した部分で同様の破断が起きていたのが原因と見られています。腐食の元凶は塩分や鳥のフンやその他の残留物だそうです。

これらの「桜の杜」は基本的には近隣の住民の方々が利用するために設けられた緑地内にあるため、アクセスに難点があります。
場所は武庫川東岸にある阪神自動車学院の近辺です。自動車で来られる場合は、周辺に駐車場がないため、「イオンモール伊丹昆陽」か「イズミヤ昆陽里店」に駐車して徒歩で攻めるしかありません。どちらも時間的にはさほど差はありませんが、徒歩１５分程の距離になります。個人的には「イズミヤ昆陽里店」から阪神昆陽高等学校を目指すアプローチを推奨いたします。それは、緑地に一歩踏み込んだ途端、最初の一枚のようなドラマチックな光景を目にすることができるためです。
この光景は圧巻です！

ここも桜並木が２列になっています。

スミレ(菫)
緑地は稲野橋から目と鼻の先なのですが、入口はマンション手前にあり、大きく迂回しなくてはなりません。
路傍に楚々と咲く「野生のスミレ」です。近所ではパープルの花のスミレ属が多いのですが、この色合いのものは見かけません。
日本の里山の春の情景にはスミレが不可欠ですが、「スミレ」という名のスミレ属は一種類しかなく、「viola mandshurica」を指します。mandshuricaは満州を指しますが、日本も原産地のひとつです。その他のスミレ科は日本に約５０種類ほどあるようです。
スミレの特徴は細長い葉の形です。流石に元祖スミレは山野の他種とまったく違う迫力とボリューム感があります。スミレは「山野草」というよりもむしろ人里の「雑草」に近いものだったのかもしれません。

手前の芝生は近所の方がドッグランに使われています。

「桜のトンネル」の入口は桜同士の間口が広いのですが、先に行くに従い狭くなります。
このように遠近法を駆使し、トンネルの長さを実際よりも長く見せています。

ここも桜の古木が整然と並んでいます。

風に舞う桜の花弁も情緒を誘います。

蕉門十哲のひとりである向井去来の名句に
「朝桜 よし野深しや 夕ざくら」 があります。
有名な「これはこれはとばかり花の吉野山」（ 安原貞室 ）の句の如く、古来吉野山は桜の名所として知られた奥深い山であり、長峯、下千本、中千本、上千本、奥千本とそれぞれに名所旧跡も多く、桜花に誘われて奥へ奥へと分け入り、とうとう朝桜から夕桜まで一日中堪能したと詠んだものです。
当方もこの句にあやかり、春陽をたっぶりと浴びて輝く日桜から、夕茜にほんのり染まる桜、そして残照が夕闇の中にポット明りを灯したような妖艶な夕桜を堪能してみようと思います。ここなら六甲山に沈む夕日や日没後の残照に桜花が映えるように思います。夕方に愛でる桜、夕闇の中に咲く桜を「夕桜」と言います。

武庫川は、兵庫県東部を流れる２級水系の本流で、丹波高地に源流を発し、南流して尼崎、西宮市境で大阪湾へと注ぎます。本川および支川・小支川の流路延長の合計は約２６０ｋｍあります。上流部よりも中流部の方が河床勾配が急であるという特異性が見られる河川です。
『万葉集』には古代の武庫川河口域の景観を詠んだ和歌が載せられています。
「武庫の海の 庭よくあらし 漁りする 海人の釣船 波の上ゆ見ゆ」
柿本人麻呂

桜は日本の国花でもあり、陰暦３月は桜の咲く季節なので「桜月」とも呼ばれます。

武庫川
借景は六甲山系です。
左手前のこんもりとした山が甲山です。

一寸した花壇もあり、チューリップなどが植えられています。

マンション２棟の通路も見事な桜回廊となっています。

少し引いて撮ると桜回廊の壮観さが際立ちます。

夕桜までの時間つぶしのひとつですが、「桜の杜」に別れを告げ、尼崎市西昆陽にある髭の渡し武庫川河川敷公園へ移動します。

以前「髭の渡しコスモス園」として旅行記を紹介しましたが、秋にはコスモスで埋め尽くされる河川敷も春先はこのように草原に近い状態になっています。

所々に桜木があり、景観のアクセントになっています。

大阪国際空港（伊丹空港）に近いため、飛行機がひっきりなしに飛んでいきます。
武庫川上空は既定の飛行ルートのようです。

園の一画ではユキヤナギが風に揺れています。

カタバミ（オキザリス）
カタバミ科カタバミ属の多年草です。春から夏にかけて花を咲かせます。日当たりが良ければ沢山花を咲かせますが、日が陰ると花は閉じてしまいます。
和名「片喰（かたばみ）」の由来は、葉っぱが少し嚙まれたように欠けている様子に因みます。
花言葉は「輝く心」「喜び」「母の優しさ」。
真鍮の鏡や仏具を磨くために用いられたことから、別名「鏡草」とも呼ばれます。このことから、「輝く心」という花言葉が付けられました。また、スペインやフランスではカタバミを「ハレルヤ」と呼ぶことから、「喜び」という花言葉を持つようになりました。

ハナニラ
ネギ亜科ハナニラ属に属する多年草で、原産地はアルゼンチンです。明治時代に園芸植物（観賞用）として来日し、その後帰化しました。
桜の咲く頃に、無数の星型の花を咲かせます。名前の通り、葉っぱと球根をこするとニラの香りがしますが、葉をちぎったり、カットしたりしない限りは匂いません。
また,
また、光に反応する性質を持ち、夜や曇り、雨の日は花を閉じます。尚、太陽に向かって花を咲かせるため、朝は東を向き、午後は真上、夜は西を向きます。

レンギョウ
モクセイ科レンギョウ属の落葉性低木広葉樹で、原産地は中国です。
和名「レンギョ」ウは、漢名の「連翹」を音読みしたものです。ただし、これは誤用されたものであり、原産国の中国において連翹はトモエソウもしくはオトギリソウを指します。
日本への渡来は古く、『出雲国風土記』や『延喜式』にもレンギョウの名前が見られます。
花言葉は「期待」「希望」。この花が春に鮮やかな黄色い小花を枝いっぱいに咲かせることから、春の訪れを喩えたものになったと言われています。

ハナズオウ（花蘇芳）
マメ科ジャケツイバラ亜科の落葉低木で、原産地は中国です。
和名「花蘇芳」の由来は、花弁の色がスオウ（蘇芳）で染めた色に似ていることに因みます。
花言葉は「疑惑」「裏切り」「高貴」。
イエスに仕えていたユダはイエスを裏切った後に自ら命を絶ちました。その場所に生えていたのがセイヨウハナズオウだと言われています。セイヨウハナズオウはハナズオウの仲間であり、この話に因んで「疑惑」、「裏切り」の花言葉が付けられたと伝わります。

六甲山に沈む夕日に照らされた「桜の杜」に戻ってまいりました。
夕焼けにほんのりと染まっていく桜景色は妖艶でもあります。
昼間に受けた印象とは異なり、桜木たちが宝塚歌劇団のラインダンスでも踊っているかのように映ります。
桜のライトアップも美しいのですが、自然光の妙には勝てませんね！
因みに、この場所はライトアップなどは一切されていません。

今にも落ちようとする夕日を浴びて桜の花びらが輝きを増し、静謐さを湛えます。今にも天使が降りてきそうな情景です。
古来、夕桜の情景は数多の和歌や俳句に詠まれてきました。
ここからは、そんな和歌や俳句を紹介していきます。
「かづらきや 高間の桜 ながむれば 夕ゐる雲に 春雨ぞ降る」
源実朝?『新後撰和歌集』より
夕桜を「夕ゐる雲」と言いなしたと考えられています。

夕日に照らされて淡く茜色に染まる桜並木です。
小林一茶も夕桜を詠んでいます。
「夕ざくら けふも昔に 成にけり」
「人声に ほっとしたやら 夕桜」
２つ目の句は今回の撮影時の状況を言い得て妙です。
仄暗くひっそりとした「桜の杜」からは、押し殺すような歓声がかすかに聞こえてくるだけでした。

日が没する前に２つ目の「桜の杜」へ急ぎました。
夕暮れのやわらかな光の中にほんのりと浮かび上がる夕桜の風情は喩えようもありません。

「影向（えいかう）の あさきすみぞめ 夕桜」泉鏡花
「夕闇が迫る中、やがて桜花が薄墨に染められたかのような色を呈し、その静謐さは神仏の来臨を待ち焦がれているようだ」とでも解読するのでしょうか？
一口に墨といっても、松を燃やした松煙からは青みを帯びた黒、菜種油煙からは赤みを帯びた黒と、原料によって微妙な 色の違いがあり、さらに「墨は五彩を兼ねる」と言い、濃い方から焦・濃・ 重・淡・清の５階調を表す言葉もあります。
この情景は赤みを帯びた黒の部類と言えるのかもしれません。

夕日を遮るものが一切なく、桜並木に夕日が照らされ、いつもとは一味違った光景が見られます。
「夕光（ゆふかげ）の なかにまぶしく 花みちて しだれ桜 輝きを垂る 」
佐藤佐太郎（１９０９～１９８７年）の歌です。
夕日の光を浴びて眩しく光って見えるしだれ桜が輝く枝を長く垂らしています。印象派絵画を彷彿とさせる眩しくも優しい春茜が浮かんできます。枝とは書かずとも「垂る」だけでしだれ桜の枝の桜花の輝きが表現されています。
佐太郎は、斎藤茂吉に師事し、『歩道』を主宰して戦後歌壇の第一線を歩み、子規以来の万葉調の歌人と評された歌人です。アララギ派の写実主義を引き継ぎ、短歌の詩性や芸術性などあらゆる可能性を希求する純粋短歌論に基づき、抒情性に富んだ独自の歌風を切り開きました。

「したたかに 水をうつたる 夕ざくら」　
久保田万太郎（１８８９～１９６３年）
耽美派の永井荷風を迎えて創刊された『三田文学』に処女作『朝顔』を発表して華々しくデヴュー。泉鏡花にも親炙しました。その後、小説家や戯曲作家、演出家、俳人として活躍し、劇団「文学座」を立ち上げ、俳誌『春燈』を創刊・主宰し、大正～昭和時代の文壇・劇壇に一つの時代を築きました。
小説と戯曲で多くの名作を残しましたが、俳句でも一家を成しました。平明枯淡な句は、今も多くの人に愛されています。

「夕桜 あの家この家に 琴鳴り」
「夕桜 城の石崖 裾濃なる」中村草田男
水原秋桜子の指導を受けた後、『ホトトギス』の新人として台頭しました。太平洋戦争中は「自由主義者」と中傷、迫害されていました。『ホトトギス』を離脱した後、１９４６年に『万緑』を創刊、主宰。「生命賛歌」と称される作品が多数あります。

暮れなずむ空に六甲山のシルエット、そして夕焼けの茜色の帯が映える一枚です。

「機関車の 蒸気すて居り 夕ざくら」
田中冬二（１８９４～１９８０年）
頑強なイメージの機関車が吐きだす蒸気につ包まれた淡い夕桜の風情は、新文明の中の花を抒情的に捉えています。
銀行員として働きつつ、郷愁をテーマに多くの詩作を行い、詩作のほか散文や俳句も手がけました。専ら旅を題材とした詩を作り、山国や北国の自然、日常生活を初々しい感覚で表現した叙情詩集「青い夜道」（昭和４年）を発刊。多作ではなくマイナーポエットとも評されますが、一貫して日本の自然や生活に根ざした詩を作り続け、吉行淳之介は象徴的に「青い夜道の詩人」と評しています。

「生娘や つひに軽みの 夕桜」　加藤郁乎
男女のことなど知らない「生娘」が、夕桜の下ではめを外して浮かれてしまっている様子に、作者は強い色香を感じています。微笑ましい気持ちだけで見ているのでないことは、「つひに」という副詞が如実に物語っています。
昭和時代後期～平成時代の俳人、詩人です。俳人の父 加藤紫舟の影響で『黎明』に新芸術俳句を発表。後に吉田一穂に師事して詩作をはじめました。
昭和３４年に第１句集『球体感覚』を発表。４１年詩集『形而情学』で室生犀星詩人賞。平成１０年句集『初昔』で日本文芸大賞を受賞されています。

京都 嵐山にある旅館「星のや京都」は、２０２２年３月２５日～４月１０日の期間、夕焼けに染まる桜を愛でる優雅な舟遊び「夕桜の花見舟」を企画されています。春の夕暮れに大堰川に雅な屋形舟「翡翠」を浮かべ、渓谷の夕桜を眺めながら日本酒と和菓子を味わうアクティビティです。花見の喧騒から離れて夕暮れの静かな渓谷に咲く桜を静かに眺めることで、平安貴族になぞらえた優雅な時間を過ごすという趣向です。
「星のや」のことですから、目が飛び出るような高額なアクティビティなのでしょう。

暮れなずむ夕日を主役に抜擢し、桜花や桜木をシルエットで表現するのも趣があります。

「明日出会ふ 子らの名前や 夕桜」中田尚子
新入生たちの名前を出席簿で確かめている担任教師の期待と不安を詠んだ句です。明日に入学式を控え、教師も心なしか緊張している様子です。胸を高鳴らして登校する新入生たちを待つ校舎の窓に、咲き揃った桜が色濃く暮れて行きます。
昭和３１年に東京に生まれ、５４年「濱」入会。平成６年「濱」退会、「百鳥」入会。１５年句集『主審の笛』で第２７回俳人協会新人賞受賞。２２年「百鳥」退会。２４年同人誌「絵空」を４人で創刊。俳人協会幹事、日本文藝家協会会員に就任。
因みに、句集『主催の笛』には自選１５句が載せられており、その中には次のような句があります。
「生徒会役員主催大焚火」　

「抱きしめて 幹また幹や 夕桜」
「咲き満ちて 人は遠景 夕桜」仙田洋子
在学中の１９８２年に石原八束の「秋」に入会、また、東大学生俳句会に参加。１９９０年、有馬朗人の『天為』創刊に参加。
叙情性の濃い句風に特色があります。２０１２年より「俳句四季大賞」選考委員を務めておられます。

「夕桜 折らんと白き のど見する」
横山白虹（１８８９～１９８３年）
俳句は中学生時代の１９２２年からはじめ、九州大学俳句会を設立し、吉岡禅寺洞の『天の川』に投句。２７年より『天の川』の編集長となり、新興俳句運動の推進に努めました。５２年、山口誓子の『天狼』同人。７３年現代俳句協会会長に就任し、死去するまで協会の発展に尽力されました。

「生き生きとして だんだんに 夕桜」
後藤比奈夫（１９１７～２０２０年）
研ぎ澄まされた視点による写生俳句の他、機知に富んだ洒脱な作品でも知られた俳人です。大阪帝国大理学部卒業後。父の俳人 後藤夜半に俳句を学び、俳誌『ホトトギス』『玉藻』に投句。５４年から俳誌『諷詠』の編集兼発行人を務め、７６年に主宰を継ぎました。俳人協会副会長、同顧問などを歴任。２００６年、亡妻 恒子さんを詠んだ句集『めんない千鳥』で俳壇の最高賞とされる蛇笏賞を受賞。

ついに天使が舞い降りてきたのかと思ったら、カラスでした。
「山桜 花のうらこそ 夕日影」
江戸時代の女流俳人の先駆けとなった加賀千代女（１７０３～１７７５年）の句です。
彼女の実家は掛け軸などの装飾をする表具屋であり、１２歳から俳諧に親しんでいたと伝わります。１７歳で諸国行脚をしていた各務支考という有名な俳諧師に認められ、往時では珍しい女流俳人として名声を得ました。
５２歳の時に剃髪し出家しており、「千代尼」と表記されることがあるのはそのためです。出家後は自選『千代尼句集』を上梓しています。?晩年は病に倒れ、闘病しながら創作活動を続けましたが、７３歳で亡くなりました。
作風は「理知的でありながら通俗的」と評されます。判り易い言葉で詠まれた他、古典を引いた句や仏教の教えを説いた句などもあり、往時の人々に好まれたそうです。

「いそがしき あとのさびしき 夕桜」
吉屋信子（１８９６～１９７３年）
栃木高女在学中に竹久夢二の世界に魅かれて小説の投稿を始め、『少女画報』誌に連載した『花物語』で小説家としての名声を得ました。その後、『大阪朝日新聞』の懸賞小説に応募した『地の果まで』で文壇に登場した後、宗有為子の名で俳句誌『ホトトギス』に投稿を始めるなど、絶えず新しい世界に挑戦し続けました。昭和の時代を印象深く詠んだ俳句が沢山残されています。
因みに、彼女は同性愛者であったと言われており、公私を半世紀以上に亘り支えたパートナー 門馬千代と共に暮らしていたそうです。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。恥も外聞もなく、備忘録も兼ねて徒然に旅行記を認めてしまいました。当方の経験や情報が皆さんの旅行の参考になれば幸甚です。どこか見知らぬ旅先で、見知らぬ貴方とすれ違えることに心ときめかせております。