2022/03/02 - 2022/03/02
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hijunoさん
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富田砕花旧邸の見学に行きました。
詩人、歌人の富田砕花は盛岡の出身ですが、のちに芦屋に住みました。
ホイットマンなどを日本に紹介し、大正デモクラシー期に日本に欧米の民主主義の思想を紹介しました。
全国の小学校、中学校、高等学校などの校歌の作詞なども行っています。ように、
兵庫県では「兵庫県文化の父」と呼ばれ、詩作活動を懸命に行った詩人です。
富田砕花の旧邸は1934年~1936年、谷崎潤一郎が暮らした家でもあります。
「打出の家」と呼ばれたこの邸宅で、松子と結婚式を挙げました。
谷崎潤一郎は、当時から残っている母屋の二階で、「源氏物語」の現代訳などを執筆しています。
富田砕花は1939年ころから住み始め、が、1945年の空襲で母屋が全焼してからは、現在展示室になっている門屋で生活していましたが、1954年には友人たちの援助で砕花自身が設計した母屋が再建、93歳で亡くなる1984年まで
こちらで暮らしました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
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富田砕花旧邸に来ました。
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門に。
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簡単な説明板があります。
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砕花の歌があります。
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邸宅の案内図もありました。
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門入ってみます。
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母屋の中は見学できます。
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説明があり、
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縁側。
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富田砕花の写真や説明、遺品のひとつの箪笥などがありました。
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富田砕花に関する書物など。
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自宅でくつろいでいる様子など。
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年表など。
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詠んだ歌など。
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あちこちにゆかりの品や写真が展示されていました。
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掘りごたつもありました。
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日々の生活の様子が想像されます。
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昭和29年に再建された、砕花設計による家です。
とても大切に保存されていました。 -
砕花は庭の草花をとても大切にされていたそうです。
砕花が特に愛した歌が刻まれた碑。 -
谷崎潤一郎が住んでいたころからあった灯籠。
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お洒落な灯籠でした。
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大木も。
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綺麗な紫の花。
冬に束の間、咲くそうです。 -
ライラックも。
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松の樹は空襲の時も大丈夫だったようです。
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展示棟があります。
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谷崎潤一郎のころからある建物です。
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説明。
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展示室があります。
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富田砕花の説明や
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砕花ゆかりの品々や写真など。
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北海道の修道院にも居た時期があることを知りました。
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砕花の使っていたものなど。
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二階には上がれませんが、この二階は谷崎潤一郎が書斎にしていたところ。
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ちょっと見えにくいですが、赤の部分は空襲で焼けてしまったところだそうです。
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趣のある旧邸でした。
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とても静かな一角にありました。
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