2021/09/19 - 2021/09/19
4位(同エリア148件中)
かっちんさん
北海道北見バスを利用した「路線バスの旅」を、フリーパスチケットを購入し、温根湯から北見、津別の町を巡ります。
北見の町歩きは、かつて世界市場の70%を占めた北見産ハッカの歴史を伝える「ハッカ記念館」、ピアソン宣教師の私邸だったヴォーリズの洋風建築「ピアソン記念館」を訪れます。
十勝の池田駅と結んでいた「ふるさと銀河線」の線路跡地近くには、なぜか昭和に活躍した国鉄車両が7両並んでいます。
除雪用の雪かき車・ラッセル車・ロータリー車、珍しい郵便車・車掌車、気動車など、現役から退いた貴重な「鉄道車両遺産」を個人が保存・維持しています。
石北本線北見駅では偶然にもJR北海道で夏に運行している「THE ROYAL EXPRESS~HOKKAIDO CRUISE TRAIN~」に出会います。
黄色いディーゼル機関車(重連)に、真っ白な電源車とロイヤルブルーの「THE ROYAL EXPRESS」を連結した豪華なクルーズトレインです。
北見市内にはデザインマンホールが全部で9種類あり、町中を歩いていてそのうちの6種類を見つけました。
津別はかつて石北本線美幌駅と北見相生駅を結んでいた「国鉄相生線」の途中にあります。
北見駅から津別までのバス路線は2ルートあり、行きは開成峠ルートを通り、帰りは旧相生線とほぼ同じルートの美幌経由を通ります。
途中で「チミケップ入口」バス停があったので、2005年に訪れた原生林に囲まれた「チミケップ湖」を少しだけ紹介します。
津別では北見相生まで行ける町営バスとの接続が悪く、町の「さんさん館」でゆっくり昼食をとりました。
北見駅と西北見駅の間には、平地なのに「北見トンネル」という全長 2,100mの地下トンネルがあります。
これは市街地が鉄道により分断され交通渋滞が常態化していたため、昭和52年(1977)に日本初の地下化連続立体交差「北見トンネル」が開通したのです。
現在、トンネルの上は緑地帯「石北大通公園」となっていて、途中の「北見SL広場」にD51やC58のSL、貨車移動機が展示されています。
実際にトンネル上を歩いてみると、7本の主要道路と交差しており、地下化の効果が実感できました。
なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・北見バスのHP
・北見スタイル「北見市のマンホール紹介(第61回下水道の日)」
<北見の鉄道関係>
・保存鉄道車両巡りの旅「北見市の個人所有DD14、スユ15など」
・ケンさんの探鳥記「北見市の個人所有鉄道車両」
・伝書鳩WEB「NPO法人オホーツク鉄道歴史保存会設立」
・汽車・電車1971~「北見市の個人所有車 DD14312・キ754他」、「DD14332」、by M.TADA
・北海道新聞北見・オホーツク版「銀河線跡地に鉄道公園」、2008年10月10日
・トレたび「登場100周年を迎えた雪かき車」
・あんみつ坊主の貨物の小部屋「1928年(昭和3年)以後の国有鉄道貨車記号」
・名寄市「SL排雪列車「キマロキ」編成」
・国鉄型車両ファイル、トレインブックス「スユ15」
・鉄道郵便車保存会「全国で唯一現存する護送便専用郵便車 スユ15 2033」
・デンチュウの鉄道ページ「郵便車とそれを連結している列車」
・THE ROYAL EXPRESSのHP
・THE ROYAL EXPRESS「北海道クルーズトレイン」pdf
・東急・JR北海道資料「THE ROYAL EXPRESS ~HOKKAIDO CRUISE TRAIN~」2021年運行の旅行プランが決定~世界に誇る旅舞台「さあ、煌めく旅にでかけよう」~
・鉄道チャンネル「JR東日本の電源車「マニ50 2186」が東急電鉄へ 2020年には北海道で「THE ROYAL EXPRESS」が走る!」
・北海道ファンマガジン「北見に2kmの地下トンネルがあるのをご存知? 日本初の「北見トンネル」」
・北見市「SL広場」
・津山まなびの鉄道館「展示車両紹介」:10t貨車移動機
・ウィキペディア「北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」「国鉄キ700形貨車」「国鉄DD14形ディーゼル機関車」「事業用車」「旋回窓」
・ 「国鉄10系客車」「国鉄10系客車の新旧番号対照」「郵便車」「ラッセル車」「国鉄キ100形貨車」「三菱石炭鉱業大夕張鉄道キ100形式キ1形貨車」
・ 「国鉄DE15形ディーゼル機関車」「国鉄ヨ3500形貨車 」「車掌車」「国鉄ワフ29500形貨車」「国鉄キハ56系気動車」「北見トンネル」
<北見のスポット>
・北見ハッカ記念館のHP
・北見ハッカ通商「ハッカの種類」
・レトロな建物を訪ねて「北見ハッカ記念館」by gipsypapa
・たびらい「北見ハッカ記念館・薄荷蒸溜館」
・おかわりきたみ「ハッカの街・北見でオリジナルアロマクリーム作りはいかが?」
・ピアソン記念館の案内板
・一粒社ヴォーリズ建築事務所「ピアソン記念館」
・北海道そらマガジン「今年で100周年を迎えた道東で最古の野付牛公園」
・日本土地家屋調査士連合会、今尾恵介氏の地名散歩「第71回 軍に由来する地名」pdf
・角川日本地名大辞典「とん田町」
<その他>
・マイルミチ「食べるためだけに宿泊したい秘境のオーベルジュ 「チミケップホテル」 旅行記」
・国土交通省「北海道横断自動車道網走線(端野~高野間)の計画について」:美野峠の地図
・バスと献血のたび「【バス乗継旅】旭川駅前から鱒浦駅前まで 2」:美野峠の地名由来
・津別町「さんさん館」「特産品」
・ビート「さんさん館カフェ」
・ウィキペディア「津別町」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「北見バス フリーパスチケット」
北見バスの全路線(都市間バスを除く)が1日2,000円で乗り放題のチケット。
昨日、北見バスターミナルで購入しました。
今日は、
・道の駅おんねゆ温泉~北見 1,330円
・北見~津別~北見 2,330円
・北見市内線 210円
・北見~女満別空港 1,000円
合計4,870円を、2,000円の1日券で利用します。 -
北見「本町1丁目」バス停(大通西)
「道の駅おんねゆ温泉」から乗った北見バスを北見「ハッカ記念館」に近いバス停で降ります。
ここから北見の町歩きがはじまります。 -
デザインマンホール「ハッカ記念館」(大通西)
北見のハッカは、最盛期の昭和14年頃には世界市場の70%を占めるほどでした。
第2次世界大戦後、安価な海外のハッカや合成ハッカの登場により、北見薄荷工場は昭和58年にその幕を閉じました。
その後、昭和61年に「ハッカ記念館」となった旧事務所をデザインしたマンホールです。 -
かつて活躍した「国鉄車両の雄姿」(常盤町)
「ハッカ記念館」の近くになぜか鉄道車両が並んでいます。
左から、郵便車、ラッセル車、広幅雪かき車(ジョルダン車)、除雪用ディーゼル機関車・ロータリー型です。
ここは平成18年(2006)廃止になった「北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」線路跡地の隣。
古物収集が趣味の故丹尾一男さんが、昭和62年(1987)の国鉄民営化前後に国鉄車両の払い下げを受け、自宅敷地に保存したものなんです。
現在は息子さんが引継ぎ、保存団体の協力により整備されていますが、車両の老朽化が進んでいます。
2021年にはNPO法人「オホーツク鉄道歴史保存会」の設立総会が開催され、鉄道に関する産業遺産を活用した観光振興とともに、いずれ「オホーツク鉄道歴史記念館」の開設を目指しています。
私有地なので敷地の外から眺めます。
では、1両ずつ役割と歴史を紹介。 -
除雪用の「広幅雪かき車」と「ディーゼル機関車」(常盤町)
駅や操作場構内を除雪する「広幅雪かき車」はキ700形「キ754」。「雪かき車」は動力を持たない「事業用貨車」なので、SLなどの機関車を連結します。
貨車記号の「キ」は雪(ユキ)のキが由来。
大正15年(1926)アメリカのジョルダン社から2両輸入し、これを参考にして昭和2年(1927)以降国産化。当時はキ400形で、のちにキ700形に改称されます。
除雪は前鋤(まえすき)だけでなく、車両側面の雪かき翼を広げて左右どちらでも除雪でき、最大除雪幅は5.5mにもなる優れもの!
昭和55年(1980)には苗穂工場にて近代化改造され、台車の更新や翼の駆動を油圧式にし、750番台(キ754)に改番されました。
朱色の除雪用ディーゼル機関車「DD14-312」は、昭和35年(1960)以降に登場し、機関車の前にロータリーヘッドを取り付け、かき寄せた雪を吹き飛ばします。 -
イチオシ
まん丸目玉の「雪かきくん」と「ロータリーくん」(常盤町)
まん丸目玉は「旋回窓」というもので、前面窓に付着した水滴や雪などを振り飛ばします。
窓に取り付けられた円形の窓を、比較的高い回転数で回転させ、発生した遠心力で除雪作業中に降りかかる雪煙や窓表面に凍結した雪を振り飛ばします。
おしとやかな「雪かきくん」と、大きな口を開けて食いしん坊の「ロータリーくん」です(笑) -
「ロータリーくん」の愛称は「ザリガニ」(常盤町)
先端のロータリーヘッドの形状と色から、鉄道ファンは「ザリガニ」と呼んでいました。
確かに赤い体から大きな足がのびています。 -
巨大な除雪用ディーゼル機関車「DD14形」(常盤町)
ラッセル車により線路脇によけられた雪は、従来SL排雪列車「キマロキ」編成(後述)の運転により遠方に跳ね飛ばしていましたが、「DD14形」になると1両でまかなえます。
運転台は片側だけにあり、その前に除雪用ロータリーヘッドを取り付けます。
ロータリーの駆動は、後ろにあるディーゼル機関2基から台枠上のシャフトを通して動力を伝えるため、エンジンとラジエーターの位置が高くなっています。
巨大になった車体は、「マッコウクジラ」にそっくり。 -
SL排雪列車「キマロキ」編成とは・・・(2015年8月27日 宗谷本線の車窓から撮影)
名寄市北国博物館前に保存されています。
編成は右側から機関車(キ)、マックレー車(マ)、ロータリー車(ロ)、後押しする機関車(キ)がつながり、豪雪地帯の線路を排雪します。
通常はラッセル式という逆V字型の羽根で、雪を両側にはねて線路を除雪しますが、だんだんレールの両側に高い雪の壁ができて、ラッセル式では除雪が困難になります。
「キマロキ」編成は、先頭の「機関車」が両側の雪の壁を崩してかき集める「マックレー車」を引きます。
その集めた雪を「ロータリー車」が回転する羽根で遠くへ吹き飛ばし、その「ロータリー車」を「機関車」が後押しします。 -
郵便車とラッセル車(常盤町)
青色の車両は郵便車。
郵便車による鉄道郵便輸送は昭和61年(1986)まで。現在はコンテナ貨物列車や航空便、トラック便に置き換わっています。
隣のラッセル車は前方の排雪板で線路上の雪を両側にかき分けます。
「ラッセル」とはラッセル車の開発元、アメリカの「ラッセル社」に由来します。
ラッセル車の顔立ちは、目と大きな嘴から動かない鳥「ハシビロコウ」に似ています。 -
ラッセル車の横顔と気動車(常盤町)
ラッセル車は国鉄キ100形貨車「キ229」。
除雪の仕組みは、機関車に押されて走行しながら、くさび形になった前頭部で線路上の雪をすくい上げ、左右に付いた大きな翼ではね飛ばします。
雪をすくい上げるラッセル面は平板の直線形。上部にあるひさし状の雪返しは巻き上げた雪が運転室の視界を遮らない役割があります。
また、ラッセル面が曲線状の流線形のものもあります。
後ろの車両は昭和37年(1962)東急車輛で製造した国鉄キハ56系気動車「キハ27-36」。
北海道の耐寒耐雪装備が施されており、キハ58系と同型のエンジンを1基搭載しています。 -
これが流線形のラッセル車(2016年8月22日に旧三菱大夕張鉄道を訪問)
昭和15年(1940)三菱鉱業が国鉄キ100形に準じ新製したラッセル車「キ1」で、三菱大夕張鉄道で活躍しました。
昭和62年(1987)に廃車後、南大夕張駅跡に保存され、保存会にて修復・整備されています。 -
最近のラッセル車(2021年3月8日撮影)
3月に宗谷本線の廃線駅巡りをしていた時、雄信内駅(おのっぷないえき)で出会いました。
除雪用ディーゼル機関車「DE15形」の前後に、「ラッセルヘッド」を取り付けているので、行きも帰りも除雪できます。 -
郵便車「スユ15-2033」(常盤町)
正式名称は郵政省所有の「護送便専用郵便車」。
犯罪者を護送する郵便車ではありません。
車内で郵便物の区分け作業を行わず、集配最寄駅で郵袋、小包を乗務する職員が積み下ろしする郵便車です。つまり郵便物を護送しています。
「スユ15-2033」は昭和57年(1982)近畿車輌で製造され、同時期に製造された50系客車と同様の車体構造になっています。
隅田川客貨車区に配置され、東京(隅田川)~青森~青函連絡船~函館~北海道間の郵便輸送に活躍しましたが、鉄道郵便廃止によりわずか4年の使命となりました。
当時、東京から郵便車をつないだ荷物列車のダイヤがあり、北海道に入ると函館~山線~札幌間に客車を併結した夜行普通列車(41,42列車)がありました。
この夜行を利用したことがあるのですが、長い編成のうち客車は2両だけ、他の数両が荷物車と郵便車でした。 -
車掌車「ヨ4674」(常盤町)
貨物列車の最後尾に連結されていた車掌車。車掌が乗務して運行中の車両検査や事故時における列車防護措置を行っていました。
昭和29年(1954)富士車輌製造の車掌車で、国鉄ヨ3500形「ヨ4674」です。
その後、SLから電気機関車・ディーゼル機関車に切り替わりブレーキ性能が向上したこと、デッドマン装置の普及、列車防護無線装置・鉄道無線装置の整備がほぼ終わったことから、昭和61年(1986)に車掌車が廃止になりました。 -
貨車+車掌車の有蓋緩急車「ワフ29570」(常盤町)
昭和30年代の国鉄ローカル線は貨物扱い量が比較的少なく、小型のSLが牽引していたので、1両で車掌車と有蓋車を兼ねられる有蓋緩急車はうってつけの存在でした。
これは昭和30年~36年(1955)に製造された国鉄ワフ29500形貨車「ワフ29570」です。 -
次は「ハッカ記念館」を見学
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赤い屋根に白壁と淡いピンクの外壁「ハッカ記念館」
明治35年頃から生産が始まった北見ハッカは昭和14年(1939)に全盛期を迎え、当時世界薄荷市場の約70%を占めるまで成長しました。
昭和9年(1934)ホクレン北見ハッカ工場が開業。翌昭和10年に建てられた事務所兼研究所は、その後の工場閉鎖とともに北見市に寄贈されました。
現在はハッカ生産の歴史を今に伝える貴重な資料館「ハッカ記念館」になっています。
当日は残念ながら臨時休館でした。 -
洋風建築の「ハッカ記念館」
当時は1階に図書室と研究室、2階に工場長室、貴賓室がありました。 -
和種ハッカ「まんよう」(ハッカ記念館の庭園)
ハッカには数多くの品種があり、全世界で栽培されています。
日本では「ハッカ」ですが、英語では「Mintミント」といいます。
ハッカの草の特徴として、正方形の茎形と、葉をもむだけで感じられるスーッとする独特の清涼感があります。
これはハッカ油により出されるもので、含有量の多い「和種ハッカ」でも、重量の1~2%ほどしか含まれておらず、10kgの収量を得るのに最低でも一反(300坪)近くの畑が必要です。
「まんよう」は日本の和種ハッカのひとつです。 -
「薄荷蒸溜館」
ハッカ記念館に隣接する「薄荷蒸溜館」では、薄荷の蒸留実演が行われています。
今日はイベントがあるので臨時休館。 -
イベント会場(薄荷蒸溜館の庭園)
11時過ぎに「北海道クルーズトレイン」の一行が「薄荷ワークショップ」に来られます。 -
「薄荷ワークショップ」(薄荷蒸溜館)
オリジナルのアロマクリームやフェアリークリームなどを作る体験ができます。
イベントがない日には事前予約なしで約30分1,000円の体験ができます。 -
イチオシ
お出迎えの生け花(薄荷蒸溜館)
北海道らしい牛乳缶の生け花ですね。 -
「旧ふるさと銀河線」の案内板(ハッカ記念館近く)
北海道ちほく高原鉄道「ふるさと銀河線」は池田と北見を結び、平成18年(2006)に廃止されました。
それより前は国鉄池北線(ちほくせん)でした。 -
ふるさと銀河線の線路跡地(ハッカ記念館近く)
この先を右に曲がると北見駅です。 -
イチオシ
ふるさと銀河線の思い出(2005年10月8日に訪問)
陸別駅に到着する池田行きです。
陸別は日本一寒いところで有名。秋に訪れたので紅葉が見られました。 -
黄色い消火栓(大通西)
北見は黄色い消火栓です。
次は「ピアソン記念館」へ向かいます。 -
デザインマンホール「ピアソン記念館」(北4条西1)
北見市の創成期の精神文化等に大きな役割を果たしたピアソン宣教師の私邸(大正3年建設)を修復し、復元されたのが「ピアソン記念館」。
この歴史遺産をデザインしたマンホールです。 -
イチオシ
ヴォーリズの洋風建築「ピアソン記念館」
「ピアソン記念館」は、ピアソン宣教師夫妻の住宅として大正3年(1914)に建築された建物です。
設計者は明治末期から昭和初期にかけて日本各地で数多くの洋風建築を設計したW.M.ヴォーリズ。 -
テラス側の落ち着いた雰囲気(ピアソン記念館)
ヴォーリズの初期の建築です。
当日は臨時休館でした。 -
門番を任されている「シマフクロウ」(ピアソン記念館)
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「Three Oaks みかわしの森」(ピアソン記念館)
北見の高台に建てられた家のまわりを囲む三本の柏の木。
この木にちなんでこの高台を「Three Oaks みかわしの森」と呼び、今もその一本が寄り添うように立っています。 -
北見駅に来ています
何やら駅が騒がしい・・・ -
「北海道クルーズトレイン」が到着しています(北見駅)
クルーズトレイン3日目は、知床斜里駅から出発し、10:50頃北見駅に到着。
乗客は先ほどの「薄荷ワークショップ」へ専用バスに乗り換えて向かったところ。
停車時間はわずか10分ほど。駅の裏側へまわり眺めています。
<クルードトレインとは>
JR北海道と東急は、北海道胆振東部地震の影響を受けた北海道を応援するため、観光振興と地域活性化を目的として、2019年2月に観光列車の走行プロジェクトを両社、JR東、JR貨物の4社連携で立ち上げました。
観光列車「THE ROYAL EXPRESS」(伊豆急2100系)を使用し、東急とJR北海道が「THE ROYAL EXPRESS~HOKKAIDO CRUISE TRAIN~」を運行します。
2021年は8/13~9/27までの期間、定員30名で計7回運行。
札幌を出発し、帯広・十勝、釧路・知床、オホーツク・北見、旭川・美瑛・富良野の4エリアを巡ります。
各エリアの大自然、歴史や文化、そして大地の恵みである食、車窓からの世界に誇る絶景など、北海道の魅力を満喫できます。 -
先頭は「黄色いディーゼル機関車」(北海道クルーズトレイン)
非電化区間を走るので、先頭の黄色のディーゼル機関車はDE-10形。
北海道の力強く明るく元気な太陽の色、収穫の色を表しています。 -
次は「白い電源車」(北海道クルーズトレイン)
列車内のサービス電力用に白色の電源車を連結しています。
電源車「マニ50 2186」はJR東から東急に譲渡されたもの。 -
客車は「THE ROYAL EXPRESS」(北海道クルーズトレイン)
ロイヤルブルーの「THE ROYAL EXPRESS」は、伊豆急行(東急グループ)の2100系「アルファリゾート21」を「美しく煌めく旅」をコンセプトに水戸岡鋭治氏がデザインし改造しました。 -
イチオシ
青空に映える「北海道クルーズトレイン」
北見駅を11:00に出発。これから遠軽へ向かいます。 -
「THE ROYAL EXPRESS」の展望席(北海道クルーズトレイン)
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「北見トンネル」に入り遠軽へ(北海道クルーズトレイン)
北海道の自然豊かな緑の中を走る黄、白、ロイヤルブル―の車両が融合し、旅を楽しく美しく演出します。 -
次は津別へ向かいます(北見バスターミナル)
津別は北見駅の南東に位置し、バスは2ルート(美幌経由と開成経由)あります。
これから乗るバスは、開成経由です。 -
「開成経由 津別行き」の路線バス(北見バスターミナル)
北見バスフリーパスチケットで乗れます。
北海道北見バスの車体デザインは、沿線自治体の地図を牛柄に見立てた通称「牛バス」。
運転席正面は左から女満別、端野です。 -
「野付牛」ってどこ??(バス車窓)
北見市の以前の地名が「野付牛(のつけうし)」。
「野付牛」の由来はアイヌ語「ヌプンケシ:野の一方の端」から漢字が当てられました。 -
津別町との境界「開成峠」(バス車窓)
-
イチオシ
黄色い豆畑に囲まれたバス停「チミケップ入口」(バス車窓)
ここから「チミケップ湖」までは 9.7km。
親子ずれがバスを降りたのですが、ホテルまで歩くのかな? -
北欧風の「チミケップホテル」(2005年10月9日に宿泊)
16年前の2005年に湖畔にある「チミケップホテル」に家族で宿泊しました。
この時は北見駅からタクシーで訪れました。
自然の中で過ごし、夕食にフランス料理が楽しめました。
開業は昭和62年(1987)の老舗ホテルです。 -
原生林に囲まれた周囲7kmほどの「チミケップ湖」(2005年10月9日に宿泊)
原生林の散策路を歩き、見晴台から眺めです。 -
イチオシ
秋の静かな佇まいの「チミケップ湖」(2005年10月10日に宿泊)
朝からカヌーを楽しんでいる宿泊客。 -
津別バスターミナルに到着
北見駅から55分で到着。
釧路と網走を結ぶ「都市間バス」や、津別町内の「津別まちバス」に乗り換えできます。
実は津別まちバスの相生線に乗りたかったのですが、日曜日なので運休でした。 -
津別町の案内図
町面積の86%を森林が占める津別町。
北西方向にある北見駅へは、開成峠経由と美幌経由の2ルートがあります。
国鉄相生線は、美幌から国道240号沿いに津別を通り、道の駅あいおい(北見相生駅)に至っていました。
津別町にはチミケップ湖、津別峠の先には屈斜路湖、国道240号の南方向には阿寒湖があります。 -
津別町「さんさん館」
町の公共施設「さんさん館」は町民の交流施設、地域の情報発信の場として平成23年(2011)にオープン。
この中に「さんさん館カフェ」があるので、昼食にします。 -
木のぬくもりのある「さんさん館カフェ」
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昼食は「キーマカレー」(さんさん館カフェ)
大豆の食感がアクセントになるキーマカレーを美味しくいただきました。 -
木工芸品「ステック類」(さんさん館の展示)
アイススプーン、バターナイフ、餅ヘラ、マドラー、和菓子楊枝などは、津別町が産地なんですね。 -
横浜の駅弁「崎陽軒シウマイ弁当」(さんさん館の展示)
弁当箱の木製容器も津別町で作ってます。 -
津別町のイメージキャラクター「まる太くん」(さんさん館の展示)
津別町の大きなミズナラの木の丸太から生まれたクマの子どもです。
ラグビーが盛んな町なのでラガーシャツを着ています。 -
帰りは美幌経由北見行き(津別バスターミナル)
行きのルートより少し遠回りで、北見まで1時間13分かかります。
この北海道北見バスは牛柄でなく、水色の青空の下に大勢の人が集まり「笑顔の毎日に”こんにちは”」と挨拶しているようです。 -
黄色に色づく豆畑(バス車窓、津別)
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収穫した玉ねぎコンテナ(バス車窓、美幌)
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黄金色の稲穂(バス車窓、端野)
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デザインマンホール「北見」(大通西)
北見バスターミナルに到着し、市内線に乗り換えるときに見つけたマンホール。
1市3町が合併した北見市をPRするために、平成27年12月に設置したものです。
・北見自治区の歴史を語るうえで欠かせない「ハッカ記念館」
・端野自治区の広大な田園と太陽で育つ「玉ねぎ」
・有名選手を多数輩出した常呂自治区の「カーリング」
・留辺蘂自治区にある世界最大級の「からくりハト時計塔」
など、合併した北見市の魅力がぎゅっと詰め込まれています。 -
「とん田仲通」バス停(とん田西町)
国道39号上の「とん田仲通」でバスを降り、「とん田通り」を500mほど歩き「北見SL広場」へ向かいます。
「とん田西町」の地名は屯田兵村の名残りです。
明治30~31年(1897-98)に北方の警備と開拓を兼ねた屯田兵が野付牛(北見)にも置かれ、付近に屯田兵練兵場などがありました。
昭和27年(1952)に屯田兵村が「とん田町」に設定されるのですが、当時の当用漢字に「屯」が入っていなかったため平仮名の「とん」を採用。
昭和46年(1971)には「とん田東町・西町」に分かれ現在に至ります。 -
デザインマンホール「とん田兵屋」(とん田通り)
野付牛(北見)には屯田歩兵第四大隊第一中隊の200戸が入地。
明治30年頃入植した各戸主に家族が暮らす「とん田兵屋」が与えられ、マンホールのデザインになっています。 -
「北見SL広場」に到着(栄町5)
石北大通公園内にある「北見SL広場」には、C58・D51蒸気機関車、貨車移動機が静態保存されています。
石北大通公園は国鉄石北本線が地上を走っていた時の線路の跡地です。
現在のJR石北本線は公園の地下にあるトンネル内を通っています。 -
C58-119号機(SL広場)
昭和14年(1939)汽車製造会社にて製造され、石北本線、池北線、釧網本線で活躍したうちの1両です。
C58はローカル線の客貨車両用機関車として427両製造されました。
愛称は「シゴハチ」。 -
イチオシ
協三工業製10t貨車移動機(SL広場)
昭和50年(1975)協三工業にて製造され、駅構内での貨車移動に使われたものです。
最初名寄本線紋別駅構内、その後、石北本線相内駅構内で使われました。 -
凸形の貨車移動機(SL広場)
横から見ると、おもちゃみたいな車両。
動力はディーゼル機関。 -
一般的な名称は「10t貨車移動機」(2019年4月4日に訪問)
国鉄の車両と扇形機関車庫を保存している岡山県の「津山まなびの鉄道館」を見学した時、同じような貨車移動機がありました。
鉄道遺産に興味のある方は旅行記をご覧ください。
『鉄道文化遺産を次世代へ伝える「津山まなびの鉄道館」~扇形機関車庫と転車台2019~(岡山)』
https://4travel.jp/travelogue/11492333 -
「石北大通公園」(SL広場)
「SL広場」の隣にはJR石北本線「北見トンネル(地下トンネル)」の地上部分が西北見駅まで続いています。
コンクリートの建物は換気施設で、点検用階段もあり非常時に使用されます。
では、公園内を北見駅へ向かって歩きます。 -
「モミジの翼果」(石北大通公園)
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クリスマスツリーみたいな「プンゲンストウヒ」(石北大通公園)
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「北四条通り」を横断(石北大通公園)
鉄道が地上を走っていた当時は踏切だったのですね。 -
またありました「換気施設」(石北大通公園)
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「石北大通 歩行者専用道」(石北大通公園)
公園の北見側出発点に来ました。 -
この先は国道39号を横断(地下トンネル)
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北見駅へ続きます(地下トンネル)
地下トンネルはルートインの裏を通り北見駅構内へ続いているので、国道39号の歩道を歩くことにします。 -
デザインマンホール「野付牛町役場」(大通西)
市政施工前の野付牛町時代 大正5年~昭和17年に、北6条東1丁目、現北見中央郵便局横にあった「野付牛町役場庁舎」の写真をもとにデザインしたものです。
6個目のマンホールです。 -
女満別空港行き(北見バスターミナル)
フリーパスチケットで乗れるのでお得です。 -
夕陽を浴びる「稲穂と白花豆畑」(バス車窓)
北見駅前を出発し、美幌へ向かっています。 -
イチオシ
美野峠から北海道の絶景(バス車窓)
国道39号は「美野峠(みのとうげ)」を越え、北見町から美幌町に入ります。
峠の名前の由来は、美幌の「美」、野付牛(北見の旧地名)の「野」から。 -
夕食はスープカレー(女満別空港)
北見駅前から42分で女満別空港に到着。
空港内のレストランで野菜たっぷりの「スープカレー」を夕食にし、羽田へ帰ります。
北見では懐かしい国鉄車両と多数出会うことができ、昔、国鉄で旅をした思い出がよみがえりました。
平地につくられた北見トンネルは以前から不思議だったのですが、その謎が解けました。
これで道東8日間の旅を無事終えます。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ねもさん 2022/04/03 22:14:29
- あちらにご返信ありがとうございます
- かっちんさん
昨秋、北見にも!? 実に広い足跡に驚きます。
高校生まで北見でした。わが故郷にようこそ!
でも、私の知らない北見がいっぱいです(津別もチミケップ湖も知りません(><))。私が勝てるのは北見トンネルの由来くらい(笑)
- かっちんさん からの返信 2022/04/04 09:58:56
- RE: あちらにご返信ありがとうございます
- ねもさん
こんにちは。
北見も故郷なんですね。
北見をじっくり歩いたのは初めてで、歴史ある町と交通の拠点であったことを知りました。
北見トンネルの地上を歩いてみると横断している道路が多く、渋滞解消に役立っていることがよくわかります。今の時代であれば鉄道を高架にしたのかも知れませんね。
かっちん
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