2019/09/03 - 2019/09/03
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Tomさん
約2年半前(2019年8月20~9月6日)の旅行レポートです。
この旅行に関する最初のアップロード以来2度の中断を経て今回は最後(9月6日)まで辿り着くことができればと思っています。この旅行の最初の投稿で言及したようにPCクラッシュから復元できた写真を使っていたり情報が古かったりで、見映えや内容が十分でなかったりします。
イングランド第4日目(9月3日 ロンドン1日目)はロンドン市内の観光です。この日に関する写真の復元があまり思わしくなく、数が少なかったり他のサイトからの拝借もあります。
前回のロンドン訪問(2017年3月)と同様、ロンドン市内の交通はトラベラーズ・オイスター・カードを使い、観光スポットへの入場はロンドン・パスを使いました。これらはロンドンへの旅行者には定番と言っていいもので、予め日本で購入したり手続きができます。英国政府観光庁のサイト https://www.visitbritain.com/jp/ja を参照してください。
今日のルートはウェストミンスター寺院、テムズ川クルーズ、ロンドン塔を訪れ、一旦ホテルに戻ってから再度ロンドン中心部へ出てミュージカル「オペラ座の怪人」を見ましたが、残念ながらミュージカルに関する写真は全くありません。
今回の旅行とは直接関係しませんが、このミュージカル公演はコロナウィルス感染症の影響で2019年から2021年10月頃まで約1年半のブランクがありましたが、現在(2022年1月)はチケットが販売されているようです。個人的には、ブランクを無視するとあと14年で50周年を迎えるので、そこまでロングラン公演を続けていってほしいと思っています。
表紙の写真は、これも言わずと知れたウェストミンスター寺院の西側入り口(教会や寺院は正式な入り口を西側に設けているのがほとんど)。この寺院は典型的なゴシック建築で世界遺産として登録されているのは世界中に知られているところです。観光客用の入り口は北側翼廊にあり、寺院内を巡回した後この西側から出てくることになります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
千年以上の長きにわたり様々に改築・増築を繰り返されて現在の形になった。初期の寺院は1065年にエドワード証聖王によって完成。内部の壁と床には歴代の王や女王、政治家などが多数埋葬されている。
ゴシック様式の建物になったのは1200年代半ばで、この西塔は1700年代に造られ他の部分と共に現在の姿になった。
内部の撮影は禁止されているが、公式サイトがあり、展示物や歴史等が紹介されている。 https://www.westminster-abbey.org/ja -
ウェストミンスター寺院の公式Webサイトの画像。
主祭壇と13世紀のモザイク床。歴代国王(女王)の戴冠がこの床で行われてきた。 -
ウェストミンスター寺院の公式Webサイトの画像。
主祭壇の後方にあるエドワード証聖王の聖廟。一般の巡回コースよりも人の背丈ほどの高さの床上にあり、事前に申し込む特別ツアーによってそこまで案内される。 -
ウェストミンスター寺院の公式Webサイトの画像。
エドワード証聖王聖廟の更に奥にあるヘンリー7世によって建立された聖母礼拝堂。
ヘンリー7世と王妃エリザベス・オブ・ヨークの墓、エリザベス1世とメアリー1世の墓、スコットランド女王メアリーの墓などがある。天井が素晴らしい。 -
ウェストミンスター寺院の公式Webサイトの画像。
一般巡回コース最終部分、西塔の辺りに展示されている戴冠式用椅子。
1297年に作られ、当初の目的のまま使われ続けていることでは英国最古のもの。
1950年12月に台座にはめ込まれていた「運命の石」が紛失したが、数か月後に発見されエリザベス2世の戴冠式(1953年)に支障はなかった。1996年にこの石は約700年ぶりにスコットランドに返還され現在はエジンバラ城にある。 -
ウェストミンスター橋の袂へ。
この戦車に乗っている女性像はイギリスがローマ帝国に支配されていた時代のノーフォーク地方を治めていた女王ボーデッカ。脇には彼女の2人の娘が同乗している。 -
ローマの圧政に苦しめられていたボーデッカが紀元61年(62年?)、皇帝ネロの時代に反乱を起こしたが、戦術に長けていたローマ軍に敗れ毒をあおった。ビクトリア女王がボーデッカを称え、この像を作らせた。
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ウェストミンスター橋からテムズ川クルーズに乗船。
対岸にロンドン・アイが見える。 -
9月3日ともなれば、観光客の数も減って、船は特に混雑することはなかった。
この船もホップオン・ホップオフ式でロンドン・パスを使えば1日自由に乗り降りできる。ここウェストミンスター桟橋からグリニッジ桟橋までの航路がある。
王立海洋博物館訪問の後、グリニッジ桟橋から船でロンドン市内に戻った時の様子はこちら: https://4travel.jp/travelogue/11041517 -
ボートは下流方向へ出発。
正面奥はホワイト・ホール(宮殿)があった場所。残念ながら今は跡地だけ。 -
中央奥がセント・ポール大聖堂(St. Paul's Cathedral)。
手前の赤い建物は学校。 -
パブ「アンカー」 (The Anchor)。
ロンドンで最も古いパブで、800年以上もここにある。 -
ロンドン塔。
乗り降り自由なのでここで下船。
別なボートの船尾にある citycruises とはロンドン・パスが有効なクルーズ会社名。 -
桟橋に接岸するために方向転換。
正面奥の塔は1066年にウィリアム征服王によって建築が開始されたホワイト・タワー。 -
接岸準備中にロンドン塔隣のタワー・ブリッジを撮影。
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ロンドン塔は、王宮、牢獄、動物園、貨幣鋳造所、兵器庫、宝物保管庫、処刑場などさまざまに使われてきた。
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ロンドン塔の向かい側には巡洋艦「ベルファースト」が公開展示。
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ロンドン塔内、衛兵の行進。
王冠など王室の宝石類を保管する建物を警備している。 -
ビーフイーターによる塔内ツアー。
結構早口なので聞き取るのに苦労。 -
ロンドン塔内のホワイト・タワー。
ウィリアム征服王によって建造された。 -
宝物館前の衛兵。
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宝物館への入り口。
内部撮影禁止。 -
タワー・グリーン(ただの芝生)。
ここで貴族等、身分の高い人々の処刑(斬首)が行われた。
奥に見えるチュダー様式の建物はクィーンズ・ハウス。
ヘンリー8世がアン・ブーリンのために造らせたが、彼女は彼に処刑される前にここに滞在(幽閉)させられた。 -
アン・ブーリンはタワー・グリーンではなくこの辺りで処刑されたということが定説になっている。
中央奥の平屋の建物は、アン・ブーリンやキャサリーン・ハワード、ジェーン・グレイらが埋葬されている Royal Chapel of St. Peter ad Vincula。 -
ロンドン塔内からタワー・ブリッジを望む。
-
そろそろ出口方面へ。
通り抜けできる塔がブラディー・タワー。高貴な身分の囚人が幽閉されていた場所で、幼王エドワード5世と弟リチャードが父方叔父のリチャード(後のリチャード3世)に幽閉され殺された場所でもある。
隣の円筒状の塔がウェイクフィールド・タワーで、中世の拷問に関する展示がある。 -
塔から出て来たところ。
前回(2017年3月)とは違った場所が出口となっていた。 -
出たところからホワイトタワー方向を振り返る。
この後、一旦ホテルに帰り、再び中心部に出て、「オペラ座の怪人」を見る。
9月3日の写真は以上で終了。
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