2021/10/26 - 2021/10/27
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aliceさん
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この旅行記スケジュールを元に
取り損ねていた夏季休暇を消化すべくどこへ行こうか思案していたときに、そうだ!神在月の出雲大社へ行こう!と思い立ち、日程を決めたものの。
よく考えたら神在月とは旧暦10月なので、今年は11/5~12/3だったんですよね…
まあ神在月の一ヶ月はかなり混むようなので、空いているうちに行けてよかったかな。
1日目出雲、2日目松江と初めての島根を満喫してきました。
石見銀山や足立美術館にも行きたかったけど時間が足りず…
7月の大雨の影響により立入規制となっている龍頭が滝も気になるし、近いうちにまた行きたいな。
- 旅行の満足度
- 4.5
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9時半過ぎに松江到着。
大手前駐車場に車を止めて松江城へ向かいます。松江城 名所・史跡
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入口には松江開府の祖、堀尾吉晴公の銅像がお出迎え。
松江城 名所・史跡
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松江城
堀尾吉晴により、築城開始から5年の歳月をかけ、慶長16年(1611)に完成。
本丸にそびえる天守閣は、桃山初期の城郭の特徴を残し、華やかな造りを排した実戦本意の造りとしても知られています。
別名「千鳥城」とも呼ばれる城の外壁は大部分が黒塗りの下見板張り。
外層5層、内部6階で、城内には松江の街や城の関連資料が展示され、最上階は望楼式になっていて、松江市街を一望できます。
天守閣の最上部の屋根にあるシャチホコは、木彫りで銅張り、高さは約2mもあり、これは現存しているモノでは最も大きいもの。
2015年に天守が国宝に指定されました。松江城 名所・史跡
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馬溜
敷地に入るとすぐ大きな長方形の広場(枡形)になっています。
隠れるところがなく、戦時には侵入した敵を大手門や高石垣上の塀の狭間から鉄砲や矢で集中的に狙い撃ちする場所です。松江城 名所・史跡
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正面の巨大な石垣は高さは13mで、松江城で一番高い城壁になっています。
石垣の上には二ノ丸中櫓と太鼓櫓が見えます。松江城 名所・史跡
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大手門跡
江戸時代の絵図・文献資料によると、長さ8間(14.5m)、幅3間半(6.4m)のしゃちほこを付けた大きな門で、防御の要となる門でした。
明治時代に壊されてしまい、左右に残る石垣も復元ですが、足元に残る礎石は発掘調査で見つかったもの。松江城 名所・史跡
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大手前から天守を目指す一番長い坂は「本坂」と呼ばれています。
松江城 名所・史跡
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本坂の途中から太鼓櫓を振り返って。
石垣が立派です。松江城 名所・史跡
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三ノ門跡を通り抜けて…
松江城 名所・史跡
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二ノ門跡も通り抜けます。
松江城 名所・史跡
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二ノ門跡の先を左手に曲がって興雲閣へ。
興雲閣 美術館・博物館
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興雲閣
松江城二ノ丸に建つ明治建築の洋館。
明治36年(1903)に完成した県内に残る数少ない明治建築で、明治40年(1907)、皇太子嘉仁親王 (のちの大正天皇) のご宿泊所としても使用されました。
正面には車寄せがあり、周囲を豊かな装飾で飾る柱を配した優美な造りです。
戦後は各種展示会場、市教育委員会庁舎などに転用された後、『松江郷土館』として郷土の歴史・民俗資料などが展示されました。
平成23年(2011)3月に閉館し、階段室を移設して現在の形態となった明治45年に復原するとともに、建物そのものの持つ歴史と魅力を生かした新たな活用のため、平成25年度から平成27年度にかけて保存修理工事を行いました。興雲閣 美術館・博物館
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1階入って左手に続いている廊下。
興雲閣 美術館・博物館
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その奥右手のお部屋には資料展示がありました。
興雲閣 美術館・博物館
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2階へと続く大階段。
興雲閣 美術館・博物館
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窓からの光が幻想的。
興雲閣 美術館・博物館
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踊り場から。
興雲閣 美術館・博物館
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2階から。
興雲閣 美術館・博物館
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2階は大広間で、左手は休憩スペースになっていました。
興雲閣 美術館・博物館
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右手には貴顕室があります。
興雲閣 美術館・博物館
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貴顕室
明治40年(1907)皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)の山陰道行啓の際、御座所や誤寝所として使われた部屋です。
建具とシャンデリアの本体は現存するものを修復して展示しています。
カーテンボックス、カーテン、じゅうたん、照明のガラスシェード、机と椅子は当時のものが残っていないため古写真をもとに復元しています。興雲閣 美術館・博物館
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拝謁ノ間と御座所
興雲閣 美術館・博物館
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拝謁ノ間と御寝所(畳敷)
興雲閣 美術館・博物館
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ベランダへと続くお部屋。
興雲閣 美術館・博物館
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ベランダへ出てみました。
興雲閣 美術館・博物館
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ベランダから二之丸を見たところ。
中櫓が見えます。興雲閣 美術館・博物館
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ベランダ
興雲閣 美術館・博物館
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反対側も
興雲閣 美術館・博物館
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平日の午前中とあって、貸し切り状態で見学できました。
興雲閣 美術館・博物館
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外側から
興雲閣 美術館・博物館
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もう一枚
興雲閣 美術館・博物館
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続いて二之丸を見て回ります。
南櫓
二之丸の南東角に建てられた2階建ての櫓です。
江戸時代前期の文献や絵図に「南櫓」または「南ノ貮重屋くら」という名前が見られ、幕末には「御召蔵」とも呼ばれていました。
この櫓の用途は分かっていませんが、建てられた位置から、城下町の南東方向を監視する櫓であったことが考えられます。
平成13年(2001)に3つの櫓(太鼓櫓・中櫓・南櫓)と瓦塀が復元されました。松江城 名所・史跡
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中に入れたので入ってみました。
中央に2階への階段があります。松江城 名所・史跡
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1階
松江城 名所・史跡
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2階へ。
松江城 名所・史跡
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2階
松江城 名所・史跡
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南側の窓からの眺め。
松江城 名所・史跡
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二之丸瓦塀には鉄砲狭間がずらりと並んでいます。
松江城 名所・史跡
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中櫓
二之丸の東側に建てられた平屋建ての櫓です。
江戸時代前期の文献や絵図には「中櫓」または「東ノ矢蔵」という名前が見られ、幕末には「御具足蔵」とも呼ばれていました。
この櫓の用途は分かっていませんが、「御具足蔵」という名前のように、中に武具などを保管する倉庫であったことが考えられます。松江城 名所・史跡
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こちらも中へ入ってみました。
松江城 名所・史跡
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真ん中で仕切られて2つの部屋になっています。
松江城 名所・史跡
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太鼓櫓
二之丸の北東角に建てられた平屋建ての櫓です。
中櫓と同規模の櫓ですが、入口に庇がつくところが異なります。
江戸時代前期から幕末までの文献や絵図には、いずれも「太鼓櫓」という名前で記されているように、場内に時刻や号令を告げる太鼓が置かれていた櫓であったことが考えられます。松江城 名所・史跡
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こちらも中へ。
松江城 名所・史跡
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隅には太鼓が置いてありました。
松江城 名所・史跡
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二ノ丸御殿跡
松江城 名所・史跡
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二ノ丸御殿跡の隣には井戸屋形が復元されていました。
松江城 名所・史跡
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井戸の中を覗いてみました。
松江城 名所・史跡
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興雲閣の隣の松江神社へお参り。
松江神社 寺・神社・教会
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右手の狛犬はマスクをつけていました。
こちらの狛犬は「構え型」と呼ばれる、後ろ足を立てていつでも飛びかかれる態勢の狛犬です。
全国的には少し珍しいですが、出雲地方の神社では多く見られるそう。松江神社 寺・神社・教会
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いよいよ天守へ向かいます。
松江城 名所・史跡
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南多聞櫓(復興)
当時は本丸の6か所に2重櫓があり、多聞櫓で結ばれていました。
多聞櫓は細長い長屋造りの建物で、外壁と倉庫を兼ねていました。松江城 名所・史跡
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復興された一ノ門をくぐると天守の入場券売り場があります。
松江城 名所・史跡
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3館共通入場券(松江城・小泉八雲記念館・武家屋敷) 1100円
松江城 名所・史跡
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松江城天守
五重六層による大型の城郭建築で、天守の平面規模では姫路城に次いで2番目、30mに及ぶその高さは姫路城・松本城に次いで3番目となり、古さでも丸岡城・犬山城・彦根城・姫路城に次ぐ5番目となります。
形状としては入母屋造りの二重櫓の上に、二重の望楼を載せた古典的な望楼型のスタイルで、南北に入母屋屋根の破風が取り付き、南側に入母屋造りの附櫓が連なる複合式天守です。
入母屋の破風屋根が幾つも織り成す複雑な外観は、千鳥が羽根を広げた様な姿にも見えることから「千鳥城」とも呼ばれており、南面から見るとその姿がよくわかります。松江城 名所・史跡
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思っていたよりも大きかったです。
松江城 名所・史跡
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正面から。
松江城 名所・史跡
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附櫓から入城します。
松江城 名所・史跡
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附櫓・地階
附櫓:入口を固める防御のかなめ
地階:石垣に囲まれた籠城の備え松江城 名所・史跡
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石打棚
附櫓入り口上部と地階の南側に石打棚があります。
天守に侵入してきた敵を鉄砲などで狙う際、足下を安定させるために石垣の上に設けられた棚状の台で、天守の防御力を高めています。松江城 名所・史跡
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附櫓
松江城 名所・史跡
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地階には昭和の解体修理工事で再用できなかった部材が展示してあります。
旧鯱松江城 名所・史跡
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古材
松江城 名所・史跡
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祈祷札(国宝)
平成24年(2012)に再発見された、松江城の築城年の記された祈祷札。
「慶長拾六年」の記載があり、松江城天守の完成時期を示す貴重な一次資料です。
天守地階の柱に掲げられていたことが判明しました。
天守内にはレプリカが展示されています。松江城 名所・史跡
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井戸
現存天守では唯一、天守内にある井戸。
かつて24mの深さがありましたが、現在は半分が埋められています。
名古屋城や浜松城にも天守内に井戸がありましたが、そのうち現存しているのは松江城のみ。松江城 名所・史跡
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一階
松江城 名所・史跡
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武者走りから全体を見たところ。
松江城 名所・史跡
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狭間(鉄砲狭間・矢狭間)
天守各階・四方に、鉄砲や矢を放つために設けられています。
2階の狭間には石垣を登ってくる敵を狙う角度の狭間もあります。
天守4階には松江城内で唯一△の形の狭間が作られています。松江城 名所・史跡
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天守最大柱
地階~1階の東西2本の通し柱は包板を持たない松江城天守最大の柱で、天守国宝化の決め手となった祈祷札もこの柱の地階部分に打ち付けられていました。
天守の軸組構造の中で最も大切な柱として、重要視されていたことがわかります。松江城 名所・史跡
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彫込み番付
番付は、木造建築で建物を組み立てるために予め部材につける符号。
松江城天守の番付には彫込と墨書の二種類があり、彫込番付は地階から2階で柱の根元等に刻まれているのを9カ所確認することができます。松江城 名所・史跡
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月山富田城の材料を再利用
堀尾氏が松江城の前に拠点とした月山富田城から運ばれてきたと考えられている材木。
昭和25年まで松江城の1階床の梁を支えていました。
刻まれた富の文字を囲む形は築城主・堀尾家の家紋の分銅紋とされています。松江城 名所・史跡
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富の文字が刻まれた古材
松江城 名所・史跡
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二階
松江城 名所・史跡
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2階全体を見たところ。
松江城 名所・史跡
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包板
天守を支える柱には、一面だけ、あるいは二面、三面、四面に板を張って鎹(かすがい)や鉄輪(かなわ)で留められている物があります。
この柱を覆う板を「包板(つつみいた)」と呼びます。
天守にある総数308本の柱のうち130本に施してあり、割れ隠しなど不良材の体裁を整えるためのものと考えられています。松江城 名所・史跡
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武者走り
松江城 名所・史跡
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石落とし
石垣に近づく敵を鉄砲や石などで攻撃するために設けられた穴で、松江城天守には2階の四隅と東・西・北壁、附櫓の南側に設けられています。松江城 名所・史跡
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四隅の石落とし
松江城 名所・史跡
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壁画や…
松江城 名所・史跡
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鎧兜などが展示してあります。
松江城 名所・史跡
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三階
松江城 名所・史跡
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3階全体を見たところ。
松江城 名所・史跡
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2階分を貫く通し柱
2階から3階に上がる階段が、松江城の特徴である通し柱が2階分を貫いていることを見られる唯一の場所。松江城 名所・史跡
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花頭窓
質実な造りの松江城天守において、3階の南北張出部にある花頭窓は外観上のアクセントとして風格を与えています。
花頭窓自体に実用性はなく装飾を目的としたもの。松江城 名所・史跡
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廃城令をつたえる書
明治4年(1872)1月、松江藩は松江城を廃城したいとの伺いを太政官に提出し、伺いが認められ廃城と決定したことを松江藩庁が領内に知らせる書状。
廃城の申し立ては「火器類の高性能化と兵制の変化が、かつては必要であって城郭も意味を無くし贅物となった」という理由でした。松江城 名所・史跡
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四階・五階
松江城 名所・史跡
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4階全体を見たところ。
松江城 名所・史跡
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4階の唐破風の痕跡
松江城天守を描いた古い絵図(出雲国松江城絵図など)には、外観4層に「唐破風」が描かれています。
現在の天守には唐破風はありませんが、4階の東西両面には、唐破風の痕跡と考えられる「貫跡」が残っています。松江城 名所・史跡
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格子窓(武者窓)
窓に太い格子を縦に取り付け、外から内部が見えづらくする役割を持ちます。
外には突き上げ戸がついています。
格子は鉄砲を広角に撃てるように◇型に取り付けられています。松江城 名所・史跡
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格子窓から本丸を見下ろしてみました。
松江城 名所・史跡
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梁の上から立ち上がる柱
2階分の通し柱の配置と同様に、柱と梁を逆T字に組み合わせるなど短い柱を巧みに利用し、建物の中心に荷重がかからないように工夫が施されています。
4階でその様子が確認できます。松江城 名所・史跡
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箱便所
西側大破風の内側を利用して藩主用の箱便所がおかれていたといわれています。
天守内に便所が設けられていたのは珍しいそう。松江城 名所・史跡
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4階から5階への階段には踊り場があります。
松江城 名所・史跡
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天守最上階は天狗の間と呼ばれ、360度、松江の町を見渡すことができます。
5階の柱は綺麗に製材され、太さも均一に揃えられています。
また、敷居の痕跡や鴨居が残されており建具があったと考えられています。松江城 名所・史跡
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天守5階には国宝指定の証である指定書の写しが展示されています。
原本は、国宝に附指定された祈祷札2枚、鎮宅祈祷札4枚、鎮物3点とともに松江歴史館に収蔵されています。松江城 名所・史跡
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天守からの眺め。
北側松江城 名所・史跡
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東側
松江城 名所・史跡
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南側
宍道湖が見えます。松江城 名所・史跡
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西側
松江城 名所・史跡
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窓が全て開けられていてとっても開放感があります。
松江城 名所・史跡
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あとは下るのみ。幅が狭く急な階段です。
松江城 名所・史跡
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踊り場から見た四階。
松江城 名所・史跡
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階段の引き戸
1階と4階の階段開口部は、水平の引き戸を引き出すと開口部を塞ぐ構造になっている。戸締まりのための管理用、あるいは籠城用のものと考えられています。
こちらは4階のもの。松江城 名所・史跡
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3階
松江城 名所・史跡
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桐の階段
板の厚さ約10cm、階段の幅1.6mで1階から4階の各階に設けてあります。
防火・防腐などのために桐材を使ったと考えられます。
4階から5階への階段はクリ材が多く使われています。松江城 名所・史跡
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暗くて見にくいですが、1階階段の引き戸。
松江城 名所・史跡
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地階と附櫓の間の鉄扉。
松江城 名所・史跡
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附櫓の入り口まで下りてきました。
松江城 名所・史跡
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外から天守を眺めます。
松江城 名所・史跡
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天守の石垣は、天然の石をそのまま加工せずにパズルの様に積み上げた野面積み(のづらづみ)と呼ばれる工法で、有名な近江の穴太衆が手掛けたもの。
粒が不揃いな方が堅固に組まれるようで、彦根城でも見られます。
築城全体の工期5年の内、3年はこの石垣積みに充てられていたそう。松江城 名所・史跡
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附櫓
松江城 名所・史跡
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附櫓と天守
松江城 名所・史跡
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天守東側の祈祷櫓跡と石垣。
松江城 名所・史跡
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武具櫓跡と石垣。
松江城 名所・史跡
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青空に映える千鳥城。
松江城 名所・史跡
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復興された南多聞櫓は売店・休憩所として使用されています。
松江城 名所・史跡
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小学生と高校生が校外学習に訪れていました。
下りてきたときには保育園(?)の子たちも。松江城 名所・史跡
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高校生がクラス写真を撮っていたアングルから撮ってみました。
たしかにベストショットですね。松江城 名所・史跡
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一ノ門を振り返って。
松江城 名所・史跡
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野面積みの石垣。
松江城 名所・史跡
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石垣の間から見える天守。
松江城 名所・史跡
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本坂を下っていきます。
松江城 名所・史跡
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お堀
松江城 名所・史跡
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堀川めぐりの遊覧船。
平日とあって乗っている人は少なかったです。
その④へ続く……松江城 名所・史跡
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