2021/11/11 - 2021/11/11
7024位(同エリア17076件中)
Halukaさん
- HalukaさんTOP
- 旅行記114冊
- クチコミ933件
- Q&A回答5件
- 183,383アクセス
- フォロワー18人
パリから僅か10キロの緑溢れる静かな町Louveciennes 。17世紀ヴェルサイユ宮殿にほど近いマルリー宮殿が作られ、それらの宮殿の供水のために作られたマルリーのマシンと水道橋が町を通り、またパリから鉄道が開通したので、貴族やブルジョワ達がLouveciennes で館を構えることが流行りました。19世紀にはピサロ、シスレー、ルノアールなど印象派の画家たちが王族が去り、静けさに戻った町を好んで訪れ、多くの作品を残しました。印象派の道の一部として人々を惹きつけます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
パリ市内Saint-Lazare駅からの列車に乗ります。
-
約30分強、Louveciennes で下車。Louveciennes は人口7000人あまりの小さな町。
-
駅の真ん前にあるパネル、印象派画家ピサロのLe Printemps à Louveciennes" 1870。
当時デンマーク領だったSaint Thomas島(現在はアメリカ領)で生まれたピサロCamille Pissarroは1869年-1972年Louveciennes に住んでいました。当時のLouveciennes は画家、作家、ブルジョワ達の別荘地でありました。 -
原作はロンドンのNational Gallery にあります。
-
駅から徒歩約7分、静かな住宅地に一際広い邸宅が現れます:Château du Pont ,城は16世紀に、スコットランドの女王マリー・スチュアートMarie Stuartの秘書であるクロード・ナウClaude Nau卿によって購入され、今も彼の子孫が受け継いでいるプライベートの城で、見学不可。1987年3月16日から歴史的建造物として登録されています
ルノワールPierre-Auguste Renoirの弟子ジャンヌバウドットJeanne Baudotは、「Le Château du Pont en hiver, effet de neige」の絵を描きました。 -
近くにある秋色溢れ出す家。周囲一軒家が多く、しかも大きい。ヴェルサイユ宮殿に近く、パリから鉄道が開通後、貴族やブルジョワ達がこぞってやって来ました。2015年Louveciennes に世界に最も高いお城がサワウジの王子によって買収されたと報じられていました。
-
そこから3分、大きな公園があります。Parc de Trois Grilles.
-
公園の中にあるMaison de L’étang, château Mallet-Vernes とも呼ばれ、1853年、フランス銀行の創始者Guillaume Malletのために作られたもの。現在は協会に属し、会議などに貸し出ししています。
-
緑溢れる公園から教会Église de Louveciennes を望みます。
-
公園の反対側を出たらすぐ教会、教会の先にあるLouveciennesの市庁舎。
-
そのまま前進し、大通りRoute de Versailles を渡ると、水道橋が見えます。
-
巨大な水道橋が聳え立っています。セーヌ川の水がここを通ってヴェルサイユ宮殿まで運ばれましたね。
-
Route de Versailles を渡って戻り、左手に進みます。右手には先ほどの教会。
-
Route de Versailles を進んでいくこと約五分、右手にルノアールのRoute de Versaillais 1895のパネルが立っています。
-
原作はリールのPalais des Beaux Arts にあります。
-
右折しrue de Voisins を歩いて2分、角にピサロのUne Rue de Village, Louveciennes,1871のパネルがあります。
-
原作はManchester Art Gallery にあります。
-
角を右折し、Avenue Saint-Martinに入ると、左手にシスレーのL’Aqueduc de Marly, 1874.のパネルがあります。右手の奥に微かに水道橋が見えます。
-
原作はThe Toledo Museum of Art, Toledo, Ohio.
年月が経ち、樹木が伸びましたね。 -
道路を渡り、反対方向にピサロのRentrer du Village de Voisins, 1872. があります。
ピサロが多産な画家で、生涯残した油彩画作品は1300点以上あり、シスレーの900点弱よりも多い。 -
原作はオルセー美術館にあります。
-
その絵画の中心に描いてあるのはVoisin 城、パネルを通りすぎ、まっすぐ進むと、城にあたります。現在はBNP Parisbarの研修センターになっています。
-
Voisins 城は当初米海軍侯爵が買った城だが、ルイ14世の大元帥で子供の頃の友達でもあるLouis Ogier de Cavoye がヴェルサイユ宮殿に近いためそれを買い上げ、住んでいました。
-
近くにあるマダムディユバリーゆかりの薬局。
-
Google mapに従い、Rue de la Machine へ向かうと、大きな屋敷が現れました。何の標識もありません。
-
中に入ると、広い庭園に池があり、池の向こう側に白い城が聳え立っています。車が城の方から出てきて、そばで止まり、マダムが車から降りて:Bonjour, ここはプライベートの敷地だ。:あ、恐れ入ります。ドアが開いており、公園だと思ったもんで、、、:朝来客がいて、帰った後ドアを閉め忘れた。と。
そして親切に邸や周りの観光ポイントをいろいろ教えてくださいました。 -
実はこれはPavillon des eaux 、ヴェルサイユ及びマリー宮殿に供水するマルリーのマシンが完成した時ルイ14世がプロジェクトの提案者であり総督であるLiège(現ベルギー)人のArnold de Villeに与えたもの。彼はマシンのプロジェクトにより莫大な収入を得られ、このお城で死ぬ年まで住み続けました。
-
かつて城に住んだいた貴族や王子さまのことが刻まれています。
-
城前の道路にあるシスレーの絵のパネル、Chemin de la Machine, 1873.原作はオルセー美術館蔵。
-
Pavilion des eaux に隣接するPavillon de la Musique, Arnold de Ville死後数十年の1768年、ルイ15世の公妾マダムデュ・バリーが城を拡大改造して入居、1793年捕まるまで住んでいました。
マダムデュ・バリー、madame du Barry, 本名Matie-Jeanne Bécu, 貧しい家庭の私生児として生まれ、その美貌によって数々の上流階級の男性の愛人になり、終いにルイ15世の公妾になります。フランス革命時期にギロチンにかけられました。 -
1980年代に日本人中原清子とフランス系米人の夫が家族企業の日本Sanyoの名義を違法に使って城を買収し、中の家具を全て売却した後城を放棄したままにしました。彼らは後企業によって訴えられています。(Wikipediaより)
その後フランス人によって買い上げ、丁寧に修復しました。現在は協会に属し、イベント等がある時のみ開放されます。 -
城の前にある水道のパイプ。往事を忍ばせられます。
-
Rue de la machine をずっと進むと、展望台に出ます。セーヌ川向こうを一望できます。マダムディユバリーは城がセーヌ川を望めないため展望できる所を作ったそうです。右側の城壁の内側がそうでしょう。
-
階段を降ります。
-
茂みの中にパネルが立っています。
-
Louveciennes, Hauteurs de Marly, ver 1873. 原作はオルセー美術館蔵。
絵の中にある右側の建物が火事によって焼失されもうありません。そのせいか、あたりは人気がなく、落ち葉が道路を覆い、道が歩きにくい。シスレーの絵の中の綺麗に整った情景とだいぶ雰囲気が違っていました。
原作の色彩の印象派的な手法が印象派の第一回展示会より一年も早いので、評論界を震撼させていました。 -
斜面が続く道を降ります。濡れた場所は滑ります。降りた先へセーヌ川、マルリーのマシンが河の中央に位置します。
-
マシンの紹介パネル。
-
道路を渡った所に二枚のパネルが立っています。外側にはシスレーのRoute de Saint ーGermain a Marly, 1872.
-
原作はテキサスのMcNay Art Museum にあります。
-
奥にもう一枚シスレーのBarrage de la Machine de Marly, 1876.
背後には今も残っているマシンが見えます。
シスレーのマシンの絵は数枚あり、ルイ14世時代が残った記念すべきものを華麗に描き上げています。それらの作品は初めて新聞界の高い評判を得ました。 -
原作は個人蔵。
この辺シスレーの絵がたくさん残っています。シスレーは1872年Voisin に住んでいました。その頃は多くの作品を完成しています。生涯900近くの絵を描きましたがそのほとんどが風景画。人物があっても風景の一部に化し、顔や輪郭が模糊としています。 -
川岸からマシンを見上げます。エンジンは今も使っているが、パイプはもう使っていません。地下を通しているそうです。
-
Pont. Abbe Pierre を渡ります。
-
右手のÎle de la Loge に降り、ずっと端へ向かうと、左手にパネルが立っています。
-
シスレーのBateau à l’écluse de Bougival, 1873. 原作はオルセー美術館蔵。
-
橋をまた渡り、259番バスに乗ってJaurès で下車、右折して1分、バービストロLe Brazza が見えます。
住所:2 Rue Jean Jaurès, 78560 Le Port-Marly -
シスレーが1876年L'Inondation à Port-Marly シリーズを描いた場所。絵画の中のバーNikolaはLe Brazza に変わったほかはほぼ同じ風景が残っています。シスレーの絵のパネルが立っているはずだが見当たりません。バーのお姉さんに尋ねたら撤去されたと。しかしバーの中に絵があるよと。
-
バーの中に案内されました。奥の壁一面にシスレーの絵L'Inondation à Port-Marly をスイス画家Paul Monnierが臨模した絵が広がっています。お姉さんが親切によく見えるように椅子を下ろしてくれました。
-
シスレーのL'Inondation à Port-Marly シリーズ絵画が全部で7枚あります。こちらの原作はオルセー美術館蔵。
色彩に富んだ空、水と光が輝く風景が洪水の無情を忘れさせられます。画家ピサロが「少ない傑作だ」と絶賛していました。 -
最後にお姉さんに感謝の意を込めてコーヒーを頼み、シスレーの絵の中の情景を想像しながらコーヒーを啜ります。
-
バス259番で終点サンジェルマンアンレイへ。
-
バス停の向こう側にある図書館と観光案内所。
-
観光案内所。
-
夕日に輝くサン=ジェルマン=アン=レー城 (Château de Saint-Germain-en-Laye ,12世紀にルイ6世によって建設された王宮、太陽王ルイ14世の出生地。現在は国立考古学博物館( Musée d'Archéologie Nationale )になっています。
-
城横の公園へ。
-
公園の敷地が一望して端が見えないほどとても広い。もう回る気力がないので、覗いただけ。
-
RER のA線でパリ市内中心へ。
印象派の道を辿っている内に、今迄知らなかった町を発見し、見聞を増やすことができました。
今度は印象派の道のBougival地区へ行ってみたい。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
パリ(フランス) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
58