2021/10/23 - 2021/10/24
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ミズ旅撮る人さん
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今年(2021年)の5月に、岐阜県の伊奈から走る明知鉄道での
蒸気機関車の運転体験を運転室で見学しました。
今回は、明智駅のホームから、その様子を見学しました。
前回、あまり見られなかった運転席の写真も撮らせてもらいました。
さすがに実際に運転している機関車の運転席は、ピカピカです。
その後、妻籠宿に泊まり夕暮れと早朝の撮影をしてから、
長野県木曽郡上松の山の中にある赤沢自然休養林で走っている
トロッコ列車に乗車して来ました。ここにはかつて走っていたアメリカの
ボールドウィン製の蒸気機関車が保存されています。
それを見に行ったのですが、赤沢自然休養林は、森林浴発祥の地だそうで、
沿線に木道が続いており、7つの散策コースが整備されていました。
とても気持ちの良い散策路で、トロッコで終点まで行き、
そこから歩いて戻って来るのが人気のようでした。
鉄道に乗るばかりでなく、たまには歩くのもいいですね。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
岐阜県恵那市にある明知鉄道の明智駅です。
鉄道の名称と駅名は漢字が違います。
「日本大正村」のある所で、町の中に点在する大正期の建物を
散策するのが人気です。明智駅 (恵那市) 駅
-
SLの運転体験は、年に数回しか行われないため、
前回5月に体験した後が、10月になってしまいました。
この体験では、明智駅構内一部区間(約100m)を1往復します。
体験の時間は、10:30~、11:30~、13:10~、14:10~の
一日4回です。
ちょうどお昼休みの時間に着いたので、係の人にお願いして
車庫にいる機関車の撮影をさせてもらいました。 -
前回は、体験が終わった途端に雨が降り出す天候で、
どんより暗かったのですが、
今回は見事な青空が広がり、機関車や車掌車も輝いて見えます。 -
展示品ではない機関車にドキドキします。
営業運転している機関車では触れないし、
人がいっぱいで近寄るのも一苦労です。
それが静かにここにあるのですから感動ものです。 -
なんて明るい車庫なんでしょう。
屋根があるとは思えないくらい光が差し込みます。 -
ピカピカの足回り。
-
スポーク型の動輪。
動輪の内側のバランスに白い文字か数字がうっすら見えるのが、
このC12244の特徴です。 -
あれ?奥の連結棒に「C5693」と書いてあります。
同じC12から部品をもらうことはよくありますが、
全然違う機種からも譲り受けることがあるんですね。 -
「SLふれあい整備体験」というイベントが、7/25にありました。
やってみたかったな。もう、開催されないのかしら? -
こんな立派な経歴書があったのに、前回は気づきませんでした。
昭和48年に廃車になってからは明智小学校に保存されていましたが、
平成25年に明智駅に移転し、動態保存するべく補修が行われました。
動態保存と言っても、石炭を燃料にする方法では管理維持が難しいので、
近年ではコンプレッサーで圧縮空気を使った動力で動かすことが
増えています。 -
そのお陰で、まったくの素人がSLを運転するなんて事が出来るのです。
石炭をボーボー燃やしていたら絶対に近寄らせてもらえません。 -
前回は既に機関士や体験者が座っていたので、
撮れなかった運転席周りも撮らせてもらいます。 -
私の大好きな速度計。
緑色に塗られていることが多いですが、これは銀色。 -
壁に取り付けられている奥の方が「バイパス弁コック」です。
前回、説明を随分書いたので、そちらを参照してください。 -
これが「逆転機」です。これは「ギア」なので、
マニュアル車を運転していれば、すんなり理解できます。
上のつまみはハンドルが動いてしまわないようにするストッパーです。
逆転機を右に回すと、その先についている大きなネジが回り、
ネジの上にある目盛も先端に向かって動いて行きます。
最奥端まで行き着くと「前進」です。 -
逆転機の先に付いている目盛です。「M」が中間のMIDを表します。
ここの使い方も前回、じっくり書いているので、省略します。 -
そして、この機関車にしかあり得ない運行表。
-
右上から斜めにある鉄の棒が「加減弁ハンドル」で、
アクセルの役割をします。 -
真新しい圧力計。
-
金色に光るコックは、上が「単独ブレーキ」で、
下が「自動ブレーキ」です。体験では上だけを使います。 -
車で言うアクセルペダルのようなものは、実は汽笛を鳴らすものです。
汽笛を鳴らすには2つの方法があり、もう一つは頭の上から垂れているコックを引くことです。 -
運行表のすぐ左に汽笛を鳴らすコックがあります。
運転していると両手が忙しいので、足でペダルを踏むようです。 -
明知鉄道の一般車両も車庫にいました。
-
運転体験では、機関士の制服を着用します。
ここから先は体験者のみなので、私は明智駅のホームに移動します。 -
体験者4人と係員たちが、集まっています。
1回1時間の中で、最大4名が体験をします。
一人の体験時間は、10分弱になります。
体験者たちは、関東や関西などの遠方から来る人が多く、
10分で終わってしまうのではもったいないので、
4回すべてに申し込む常連さんがいました。 -
明知鉄道は、年間を通して様々なイベント列車を運行しています。
9~11月は「きのこ列車」です。 -
12~3月は「じねんじょ列車」です。
-
ホームには、ヘッドマークがずらっと並んでいます。
-
車庫の奥にいた機関車が出入り口まで出て来ました。
いよいよ体験会の始まりです。 -
軽く汽笛が鳴ると、機関車はそろそろと前進を始めます。
体験者は1時間に4人で、この回は常連さんが2人いたので、
常連1人、初心者1人でペアとなって、2人がまず運転室に入ります。
後の2人は後ろの車掌車です。 -
機関車の走るのは、明智駅の一番向こうの線路なので、
構内に留置されている2輌の列車に
真ん中が遮られてしまいます。
目の前を通過する時が見られないのが残念です。 -
前回は1回に2人だけだったので、
本職の機関士がデモンストレーションで1往復しましたが、
今回は常連さんがその役を担ったそうです。
常連さんが運転すると、シュッシュッと蒸気(圧縮空気ですが)を
吐き出す音がして、ずんずんと進んで行きます。
それが初心者が運転すると、恐る恐る進むので何も音がしないのです。
外から見ていると、その違いがおもしろいです。 -
移動距離は約100mだけです。
それでも、初心者には、なんと長い100mでしょう。
前回運転室にいた時は、コンプレッサーの音が大きくて、
あまり機関車の音がわかりませんでしたが、
外から見ているとコンプレッサーの音よりは機関車の出す音の方が
よく聞こえました。そこに蒸気の音がないのが寂しいですが。 -
明知鉄道のマスコットキャラクター「てつじぃ」です。
-
13:19着の「きのこ列車」が入線して来ました。
機関車の窓から、白い手袋が手を振っています。 -
「きのこ列車」のヘッドマークは付けていないんですね。
明智光秀のラッピング列車が先頭でした。 -
いや、反対側に付いていました。
2輌編成で、後ろの車輛で食事をするようになっています。 -
せっかくなので、前回の運転席の様子を載せておきます。
初心者には、機関士がマンツーマンでとことん教えてくれます。 -
このように窓から頭を出して確認することもあるので、
雨天・荒天時はたいへんです。運転体験は雨天は中止になります。
4人が運転し終わると、機関車の後方に集まって、
SL談義に花が咲きます。
常連さん達は、北海道の三笠鉄道村での運転体験で知り合ったそうです。
蒸気機関車の運転が出来る場所は限られているので、
知った顔と再会することもあるでしょう。
運転体験は、そうした「顔見知り」を得る機会ともなります。
次回は11月にありますが、既に満員だそうです。 -
妻籠宿に泊まって、翌日は長野県木曽郡上松町にある
「赤沢自然休養林」に行きました。
この看板もそうですが、まるで蒸気機関車がトロッコを
牽引しているように見えます。
実際には車庫に保管されているだけで、
トロッコはディーゼル機関車が牽引しているのです。赤沢自然休養林 紅葉
-
「赤沢自然休養林」は、昭和57年に「第1回全国森林浴大会」が
開催された森林浴発祥の地だそうです。
売店の傍では、紅葉が始まっていました。 -
森林鉄道の乗り場は、この階段を上がったところにあります。
向かって左が上り、右が下りです。 -
木曽森林鉄道記念碑
-
色付き始めた葉に秋の陽光が当たって輝いています。
-
運賃は900円。終点で降りても、折り返して来ても同額です。
紙の切符の代わりに桧の板をくれました。
「赤沢開園50周年」と書かれています。
桧ですから、いい香りがします。森林鉄道らしくていいですね。 -
森林鉄道は、時期によって1時間に1本ですが、8月後半と10月後半
から営業運転最後の日までは、30分に1本運行されます。
この時は、出発した直後だったので、
乗り場の横にある「森林鉄道記念館」を見学します。 -
古い客車と思ったら、側面に「理髪車」と書かれています。
これは初めて見たなあ。でも中は公開されていませんでした。 -
こちらの客車は「待合室」になっています。
-
「森林鉄道記念館」に入ります。
-
導入された車輛の記録です。
「酒井C-4型」昭和35年6月製造485万円 -
機関車「DB-4」浅田鉄工所製、昭和7年購入35万円
-
内燃機関車「DB-4」酒井工作所製、昭和23年購入287,500円
-
電接時計、吉田精機。昭和35年3月製。
正式名称は「電線接続時計」で、親機から電気信号によって
子機を制御するものだったようです。 -
「吉田式車輛動揺測定器」と読めますが、見たことないなあ。
なぜ6~13なの? -
「信号機」停車場構内へ列車の進入を指示する装置。
-
保線区で使用していた器具。
1916年、本格的な機関車と軌道を用いた森林鉄道「小川線」が
開通します。
上松と赤沢を結んだ小川線は木曽森林鉄道の幕開けでした。
やがて木曽森林鉄道の軌道は、この地域だけで500kmを超える規模に成長します。 -
犬釘がずらっと勢揃い。
木曽森林鉄道の軌道の幅は762mm。
「狭軌、ナローゲージ」と呼ばれます。 -
ボールドウィン蒸気機関車(11.3t)
昭和4年、アメリカのボールドウィン社から購入した蒸気機関車で、
小川・王滝森林鉄道の木材輸送や、沿線住民の足となっていた。
昭和12年火粉防止装置のため煙突が改良され、昭和35年まで
活躍していたが、同年10月には原形のまま、アメリカへ里帰りした。 -
エッチ・ケー・ポーター蒸気機関車
大正8年、アメリカのエッチ・ケー・ポーター社より購入した
蒸気機関車(8.4t)で、木曽谷に入った4番目のものである。
小川・王滝森林鉄道の短距離木材輸送と、構内入替作業に、
昭和24年頃まで使用された。 -
ボールドウィン蒸気機関車
大正4年、アメリカのボールドウィン社から、
初めて購入した蒸気機関車(9.7t)で、小川・王滝森林鉄道の
木材輸送や沿線住民の足として、昭和35年まで活躍していた。
この写真は改造前の姿であり、現在ここに展示保存している。 -
日本軌道会社蒸気機関車
大正7年に購入した日本軌道会社製の蒸気機関車(8.1t)で、
同社製購入2台目のものである。
小川森林鉄道・同黒沢支線の木材輸送に、昭和24年頃まで活躍した他、
構内の入替作業に使用された。 -
昭和50年5月30日。この日を最後に木曽の森林鉄道は
60年の歴史に幕を下ろした。 -
「昭和34年、蒸気機関車は十分役目を果たして、
ディーゼル機関車に引き継いだ。」
第2次世界大戦で資源が枯渇すると、
蒸気機関車の燃料となる石炭も不足したため代用品として、
木材の枝や端材を使用することになりました。
数年間にわたる試行錯誤ののち、火の粉を散らさない巨大な煙突と、
より燃料を積み込める枠を積み上げ、木曽森林鉄道独特のスタイルが
蒸気機関車に備わりました。
しかし戦況が悪化し、蒸気機関車は解体され鉄材として供出されました。
10両あったボールドウィン号は、大戦後には3台に減っていました。
やがてそれらも、1960年にディーゼル機関車に交換され、
引退の時を迎えました。
3兄弟のうち2台が名古屋港からアメリカに里帰りし、
現在はカリフォルニア州の交通博物館に保存されています。
ディーゼル機関車での木曽森林鉄道も、
1975年に最後の運行を終えました。 -
停車場で通票(タブレット)を渡す駅長さん。女性だったんですね。
タブレットは保線区の器具の所にぶら下がっていました。 -
これが、入り口の前にあった「理髪車」の中の写真です。
山奥で働く人たちのために、理髪車が巡回した。
町の様子が重要な話題であった。
まるで遠洋漁業に出掛けたように、林業従事者も髪が伸びるくらいの間、
下山出来なかったのですね。 -
10台保有していたという蒸気機関車たち。
小さいけれど転車台もありました。 -
在りし日のボールドウィン製蒸気機関車。
あの不格好な煙突は、燃料が木材になったため、火の粉をまき散らして
沿線火災を起こさないためだったんですね。
同じボールドウィンの蒸気機関車は、置戸森林鉄道にも使用されていて、
秋田県の「東北森林局 仁別森林博物館」と、群馬県沼田市の
「林野庁森林技術総合研修所 林業機械化センター」に
保存されています。 -
資材不足の戦後製造された立山重工業製、昭和25年購入。
-
H.K.PORTER製、大正10年購入。
-
ワルシャート弁装置を付けたドイツ・オーレンシュタイン・コッペル製、大正14年購入。
-
かつての森林鉄道の路線図です。500kmを超える路線は、
山ひだをなぞって、あちこちに張り巡らされていました。
日本は林業が盛んな国でした。
化石燃料ばかりに依存せず、豊富な森林資源を活用できない
ものでしょうか。 -
記念館に併設されている機関庫には、3輌の機関車が展示されています。
C4型ディーゼル機関車、昭和33年製 -
F4型ボギー式機関車
ボギー式とは、前後に運転席のある車両の事で、
複雑な駆動メカニズムであることから、
維持修繕が大変であり、大活躍とはいきませんでした。
本来ボギー車は、動揺が少ないことから乗り心地が良く、
常に正面運転が出来、軸間が短く4軸駆動なので
勾配・カーブの多い森林鉄道には最適構造でした。
昭和30年代に入ると各地で森林鉄道が廃線になり、この機関車は
はるばる北海道から運ばれ、同型では最後まで木曽で活躍しました。 -
ボールドウィン蒸気機関車
大正4年に小川入森林鉄道が開通した時に
アメリカのボールドウィン社から輸入。
輸入された形状は、バランスの取れた優美な姿でしたが、
経費節減のため石炭を木片に変えたことから、
火の粉回収装置を付けた煙突が異常に大きくなりました。
木曽谷の木材輸送の先駆者として、昭和34年まで42万kmを走り続け
「軽便」と呼ばれて地元にも親しまれました。
改造前の写真は、先程の白黒写真を参照してください。 -
煙突が重くて、前につんのめりそうな姿は、
燃料の石炭を使えなくなったための苦肉の策なんですね。
この機関車は以前は、ディーゼル機関車に牽かれて
車庫の外に出ていたようですが、今はここで余生を暮らしています。 -
足元の木の板に「100」と見えます。「木曽のポーは100歳」
木曽森林鉄道ボールドウィン号100周年 2014.9.28 -
運転室は釜でほとんどが占められています。
-
屋外には、予備のディーゼル機関車がいます。
-
トロッコ列車が帰って来ました。
機関車はすぐに切り離されて、一旦記念館の脇の線路に進み、
ポイントを切り換えて隣の線路を後進して行きます。
それを合図に乗客たちは、客車に乗り込んで行きます。
客車は5輌連結されており、定員100名となっています。 -
10月後半から最終日(2021年は11/7)までは、
連日30分に1本が運行されます。
これは、乗車が目的だからではなく、休養林の中のハイキングのための
利用客が多いためです。そろそろ紅葉が始まりかけていました。 -
散策コースは、全部で7本あり、1.5kmの入門編から、
3.3km110分のコースまであり、
それらの外周を歩く健脚コースもあります。 -
沿線の木道では、トロッコ列車にカメラを向ける人がたくさんいます。
-
ディーゼル機関車は、後ろ向きで運転しています。
かつては転車台がありましたが、この路線には無いので、
仕方がありません。 -
沿線には川が流れているため、明るくて散策にはピッタリです。
バス停からトロッコの終点丸山渡まで、線路に沿って歩くコースは
「ふれあいの道」で、往復2.8km。約60分です。
これを半分トロッコで行って、半分を歩いて帰る人が乗客の大半でした。
このコースは、車いすの人でも散策が出来るようになっています。 -
「呑曇渕(どんどんぶち)」
-
美しい清流に沿って歩く散策路は楽しそうです。
2021年8月の豪雨のため、散策路は通行止めが多く発生しています。
駒鳥コース(2.7㎞)、中立コース(2.1㎞)、向山コース(2.0㎞)は、
その半分が通行できないため、多くは折り返して元来た道を
戻ることになります。
その代わり、通行不可だった渓流コース(1.5㎞)が開通しました。
交流センターなどで入手できる既成のパンフレットとは
状況が異なっているので、
現地で紙に印刷した「令和3年10月11日から」と書かれた
散策マップをご確認ください。 -
甚だお粗末な写真ですが、「昭和40年御船代木伐採跡地」です。
後方の、囲いがされた場所です。 -
すぐ反対側にある「御船代祭(みふなしろさい)跡」です。
これは1985年に挙行された、第61回式年遷宮行事の一環です。
伊勢神宮御用材をここで伐採しました。
この時、森林鉄道で木材を運搬する様子が全国に放送され、
評判になりました。
それから2年後、赤沢森林鉄道が運行を始めました。
元々、木曽赤沢の山は1906(明治39)年より、
伊勢神宮の式年遷宮の際の御神木用地となっていて、
2度に亘り森林鉄道がそれを運びました。
それがきっかけで、現在のトロッコ運行が始まったのです。 -
丸山渡に到着しました。ここで乗客の殆どが降りて行きました。
森林鉄道にしか興味がなかったのですが、この沿線を見て、
初めて歩いてみたいと思いました。ちょっと遠いのですが・・・ -
木曽五木
木曽谷に生息している樹木のうち、古くから木材として利用価値が
高かったヒノキ・サワラ・ネズコ・アスナロ・コウヤマキを
総称して木曽五木と言います。
木曽地方の森林は豊臣秀吉の時代から江戸幕府初期に掛けて
築城や武家屋敷・寺院等の建築資材として大量に伐採され、
森林資源が減少したことから1665年以降から留山(住民が入ることを禁止する山)等により森林の保護政策が採られました。
さらに1708年以降、木曽五木等の停止木制度(特定樹種の伐採禁止制度)を設け、許可なく伐れない木に指定しました。また、木曽の住民には「木一本首一つ」という厳しい伐採禁止の措置をとりました。
現在生育している木曽桧は大量に伐採された以降に自然に種が落ちて
育ったもので、樹齢はおよそ300年です。 -
機関車は、切り離されて前方に移動します。
-
空っぽの客車。客車5両の名称は「木曽五木」になっています。
-
トロッコ列車は、丸山渡からは乗車できません。
ここで降りても、折り返して記念館に戻っても料金は一緒です。
歩き疲れて、トロッコで帰りたい人もいるでしょうに、
帰りはこんなに空車で帰るだけなんて。
ここには係員がいないので料金を徴収できないからのようです。 -
出発しました。
散策する人は「呑曇渕」から先の駒鳥コースは通行できないので、
アップダウンのある冷沢コースかふれあいの道コースになります。
秋の気持ちのいい日です。行ってらっしゃい! -
記念館に帰って来ました。
沿線にある中立橋で、列車を待ち構えます。 -
中立橋です。現在ここから先は通行止めのようです。
紙の散策マップにはそう書いてあったのですが、
立て看板などは見なかったような気がします。ご確認ください。 -
トロッコは動画で撮ってしまいました。
-
中立橋からの眺めです。夏は気持ち良さそう。
-
中立橋を下から見上げます。吊り橋だったらもっと嬉しいんだけど。
-
紅葉の季節に是非とも歩きたい。そういう気分にさせてくれる所です。
これだけ整備されていれば、ハイキングや登山の覚悟がなくても
気軽に行くことが出来ます。
日本は森林が多いのだから、もっと積極的にこうした施設を
作って欲しいな。 -
木曽駒ケ岳がうっすら雪化粧をしています。
秋が深まり、一時華やかになった後、
木曽の深山は静かな眠りにつきます。 -
さて、蛇足ではありますが、この日の中央道は異常なほどの渋滞を
引き起こしていました。
17時の時点で、甲府南IC付近から八王子まで4.5時間、
高井戸まで6時間以上でした。
最近、高速道路が大渋滞になることが多いです。ご注意ください。
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