2021/09/23 - 2021/09/23
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funasanさん
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「旅に出ます 探さないで下さい」
「Please do not look for me」
松島海岸の売店で見つけたTシャツ(写真)です。
何だか私の心に響きましたね。この言葉。
コロナが明けて、自由に海外に旅立てる日が来たら‥‥
「皆様、世界1人旅に出ます。帰国予定は未定、1年後にお会いしましょう。探さないで下さい。」こんなセリフを言いたいものです。(願望)
旅に生き、旅に死んだ松尾芭蕉は「奥の細道」で宮城・松島を訪れています。しかし、不思議にも松島での句は残していないそうです。
日本3大景勝地の松島、芭蕉にとっては旅の大きな目的地だったはずです。松島が余りにも美しく天才でも句に出来なかったのでしょうか?それとも期待外れ?芭蕉よりはるかに老境の域になっている私は芭蕉になった気になって遊覧船に乗ってみました。
◎新著(アマゾン・キンドル版)出版しました
『ホテル上級会員の世界ーマリオットのプラチナに憧れ、ヒルトンのダイヤに目がくらんだ、シニア男性の夢物語』
私のホームページに上記書籍の紹介あり。
『第二の人生を豊かに』
http://www.e-funahashi.jp/work/index.htm
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仙台市街から車で1時間くらいで松島(写真)に到着。1日500円の有料駐車場に車を停めて松島観光を始めます。驚くことに(コロナ禍の中)観光客がいっぱい来ていました。今日は祝日9月23日(木)秋分の日です。
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松島湾に面して全室バルコニー付きのホテル(写真)がありました。名前は「松島センチュリーホテル」。目の前は景勝地「松島湾」です。
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古いホテルのようですが、こうゆうホテルを見ると嬉しくなります。高層階のバルコニーに座って、コーヒーを飲みながら絶景の松島湾をただ眺めるのみ。何もしない贅沢な時間を過ごしたいですね。
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妻は観光旅行が好きで、行きたい場所にどんどん進んでいきます。私は彼女の後についていくだけです。松島湾に浮かぶ名所「五大堂」に至る朱塗りの橋(写真)が気分を盛り上げてくれます。
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「五大堂」(写真)の歴史は古く、807年、坂上田村麻呂が建立し、1604年、伊達政宗が改築したと言われます。国の重要文化財に指定され松島のシンボルとなっています。まずは、ここでお参りをしてから遊覧船乗り場に行きます。
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五大堂から見た松島湾と松島センチュリーホテル(写真)。今日は天気に恵まれ絶好の観光日和です。
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中央桟橋から松島湾を一周する遊覧船「仁王丸」(写真)に乗船します。出航時間は毎時9時から16時まで、1時間ごとです。11時発の船に乗船したのですか長蛇の列ができていました。
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仁王丸コース(写真)の遊覧時間は約50分、料金は大人1500円です。(注:新造船就航記念特典1000円)
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いよいよ出航です。多くの乗客を乗せて豪華客船は日本を離れる~、ではありませんが、ちょっとしたクルーズ気分になります。
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「仁王丸」は2020年就航の新造船でした。free Wifiと電源コンセント完備、売店もありコーヒーが飲めます。定員400名の大型観光船なので、混んでいる感じはしません。トイレが非常に綺麗なのに驚きました。
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船尾のオープンデッキには大勢の乗客が松島を見送っています。いい感じ。
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今日は9月23日の秋分の日、天気は晴れ、暑くも寒くもない最高の観光日和です。松島湾の遊覧船は他の会社の船もあり、後続の大型船が後を追ってきます。
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ヨットの練習なのでしょうか、穏やかな風に帆を受けてセーリングしています。実に気持ちが良さそうです。
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松島湾には大小の島が浮かび美しい景観をなしています。岩肌から松が育つ姿はたくましさを感じます。
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突然、モーターボートの一群が疾走してきました。なかなか迫力があります。go go go 。大勢の観光客が松島湾に集まってきて楽しんでいます。
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久しぶりですね、こんなに(大勢の中で)気分よく観光旅行できるのは‥。昨年の1月、中国武漢発の新型コロナのパンデミックで世界は変わってしまいました。
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コロナ感染を気にせず「自由に旅に出られる」ということがどんなに素晴らしいことかよく分かりました。人間は無くしてはじめてものの価値が分かるものですね。
ここで一句、「人はみな 無くして悟る ものの価値」 -
松島湾クルーズのハイライト「仁王島」(写真)を過ぎると外洋に出て波が少し高くなってきます。そしてUターンします。
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秋の訪れとともに松島湾には多くの筏(いかだ)が浮かび、牡蠣(カキ)の養殖の季節となります。湾内には多数の島々があるにもかかわらず潮の流れが良く水質がいいそうです。
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宮城県の牡蠣の生産は広島県に次いで第2位ですが、水質がいいせいか生食用が9割を占めるそうです。海のミルクと言われるクリーミーな生牡蠣を食べてみたいものです。
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さて、松尾芭蕉が「奥の細道」に旅立ったのは元禄2年(1689年)3月、芭蕉46歳の時です。江戸を発ち、奥羽・北陸の各地を巡り8月に大垣に着くまでの約150日間の長旅です。
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当時としては老境の域に達した芭蕉なのか、彼は各地を旅する中で、永遠に変化しない本質「不易」と、変化し続ける「流行」があることを体験、この両面から俳諧の本質に迫ろうとする「不易流行」説を創出していきます。
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芭蕉と俳諧に無知な私は何が何だかよく分かりませんが、私は旅だけは好きで、旅をしないと生きていけない人間です。私にとって「不易」とは旅であり、「流行」とは「老い」でしょう。
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「旅に死す」とは、まさに「不易」と「流行」が合体した私の理想です。実際に芭蕉はみちのくの旅のあと、大阪で倒れ51歳で死亡しました。芭蕉辞世の句は「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」お見事!
松島湾から仙台市にもどり「青葉城跡」(写真)観光をします。 -
1600年、関ヶ原の合戦後に伊達政宗は徳川家康に新居築城を願い出ました。そして、1603年、広瀬川の渓谷を見下ろす青葉山に仙台城(青葉城)を築城しました。現在は再建された大手門の脇櫓と石垣が残っています。
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ちょっとにわか勉強ですが伊達政宗の江戸時代の功績を見てみました。彼は田畑を整備し、運河を造って江戸へ米(コメ)を出荷するための渡し口として「石巻港」を開くなど、仙台藩を発展させるために尽力しました。
写真:政宗公騎馬像 -
仙台藩から出荷された米は江戸で広く流通し、江戸で消費される米の何と3分の1は仙台藩で作られた奥州米だったと言われます。
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また、伊達政宗は西洋世界にも関心があり、1613年、伊達家の家臣「支倉常長」はじめとする180名余りの使者をメキシコ、スペイン、ローマに派遣しました。
写真:大広間跡 -
これは日本初の外交交渉でしたが、幕府によるキリスト教弾圧により失敗に終わりました。それにしても江戸時代の初期に東北地方の1つの藩がやったとは思えない壮大なプロジェクトですね。
写真:仙台城跡からの眺め -
伊達政宗は戦国大名として名を馳せると同時に処世術に長けた人物だったようです。彼の名言「伊達家五常訓」より
1 仁に過ぎれば弱くなる
2 義に過ぎれば固くなる
3 礼に過ぎればへつらいになる
4 知に過ぎれば嘘を吐く
5 信に過ぎれば損をする
写真:仙台城跡からの眺め -
何事も行き過ぎると自分を窮地に落とす恐れがでてくる。何事もほどほどに、適当に済ますのが肝要かと。中庸の精神、まさに「暑さ寒さも彼岸まで」秋分の日に相応しい教えです。
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戦国時代の動乱を生き抜き、仙台藩の基礎を作った独眼竜政宗に敬意を表しましょう。(反省:かなりいい加減な仙台観光旅行でした)
→盛岡観光に続く
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