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起雲閣の休館日が水曜とは気づかずに、前日一度訪問していた。<br />9月30日、宿泊した海峯楼をチェックアウトした後、一目散に訪問した。<br />子供たちが小さい頃、熱海に宿泊したことがあったが、その折りにはこのような建築物を見学しても飽きてしまうだろうと見送ったことがあった。<br />次に訪問の機会がくるまでに、こんなにも長い時間がかかるなんて思いもしなかった。<br /><br />3000坪からなる広大な敷地。手入れの行き届いた日本庭園を取り囲むように、三代にわたってオーナーが変わるごとに、その時代時代の意匠をこらした建物が造られていった。合計9棟の建物が回廊式に配置されていて、渡り廊下でつながっているので、ぐるりと見て廻れるようになっている。<br /><br />現在は熱海市の所有とのこと。そしてこの施設の維持、管理を任されているのは地元の女性からなるNPO法人だそう。特に今となっては貴重な手すきガラスの数々。割れてしまったら再現は不可能とのことで、台風の折りなどには特に気を使って管理をされているそうだ。<br /><br />(表紙写真はそのうちの一棟の「孔雀」。ガラスの歪んだ様子は外部から撮った方がわかりやすいようだ。)

熱海三大別荘の一つ、起雲閣・大正時代からの歪んだガラスなど貴重な文化財を守るのは女性だけのNPO法人。

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2021/09/29 - 2021/09/30

266位(同エリア3212件中)

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mistral

mistralさん

起雲閣の休館日が水曜とは気づかずに、前日一度訪問していた。
9月30日、宿泊した海峯楼をチェックアウトした後、一目散に訪問した。
子供たちが小さい頃、熱海に宿泊したことがあったが、その折りにはこのような建築物を見学しても飽きてしまうだろうと見送ったことがあった。
次に訪問の機会がくるまでに、こんなにも長い時間がかかるなんて思いもしなかった。

3000坪からなる広大な敷地。手入れの行き届いた日本庭園を取り囲むように、三代にわたってオーナーが変わるごとに、その時代時代の意匠をこらした建物が造られていった。合計9棟の建物が回廊式に配置されていて、渡り廊下でつながっているので、ぐるりと見て廻れるようになっている。

現在は熱海市の所有とのこと。そしてこの施設の維持、管理を任されているのは地元の女性からなるNPO法人だそう。特に今となっては貴重な手すきガラスの数々。割れてしまったら再現は不可能とのことで、台風の折りなどには特に気を使って管理をされているそうだ。

(表紙写真はそのうちの一棟の「孔雀」。ガラスの歪んだ様子は外部から撮った方がわかりやすいようだ。)

旅行の満足度
4.5
同行者
カップル・夫婦
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  • まずパンフレットの建物の配置図を載せます。<br />下方、左手が薬医門。<br />私たちは右手の駐車場に車を停めて入ってきました。

    まずパンフレットの建物の配置図を載せます。
    下方、左手が薬医門。
    私たちは右手の駐車場に車を停めて入ってきました。

  • 現在、熱海市には約1万戸の別荘があるそうだが、その約7割は平成以降に建てられたマンション別荘だそう。<br />いわゆる別荘、黄金期の建物は「双柿舎」「凌寒荘」「旧日向別荘」など残り少なくなってしまっている。<br /><br />起雲閣は2002年、熱海市の指定有形文化財に指定されている。<br /><br />(写真は薬医門から見学者用玄関にいたるアプローチ。駐車場は裏手にある為、門の正面写真を撮影しそこなった。)

    現在、熱海市には約1万戸の別荘があるそうだが、その約7割は平成以降に建てられたマンション別荘だそう。
    いわゆる別荘、黄金期の建物は「双柿舎」「凌寒荘」「旧日向別荘」など残り少なくなってしまっている。

    起雲閣は2002年、熱海市の指定有形文化財に指定されている。

    (写真は薬医門から見学者用玄関にいたるアプローチ。駐車場は裏手にある為、門の正面写真を撮影しそこなった。)

  • 玄関口。<br />入館は午前9時から午後5時まで(但し入館は4時半まで)<br />入場料は610円。

    玄関口。
    入館は午前9時から午後5時まで(但し入館は4時半まで)
    入場料は610円。

  • 入口から続く廊下、右手には綺麗にみがかれたガラス戸が。<br /><br />「起雲閣」はもともと1919年(大正8年)海運王と呼ばれ、<br />鉄道相も務めた内田信也が<br />足の悪かった母のために建てた純和風の別荘。

    入口から続く廊下、右手には綺麗にみがかれたガラス戸が。

    「起雲閣」はもともと1919年(大正8年)海運王と呼ばれ、
    鉄道相も務めた内田信也が
    足の悪かった母のために建てた純和風の別荘。

  • その為に、車椅子での移動が楽なように<br />廊下と畳の部屋との段差をなくした、当時としては珍しい<br />バリアフリーの設計となっている。<br /><br />最初に見学する和館1階「麒麟」<br />三方が畳廊下で囲まれている。

    その為に、車椅子での移動が楽なように
    廊下と畳の部屋との段差をなくした、当時としては珍しい
    バリアフリーの設計となっている。

    最初に見学する和館1階「麒麟」
    三方が畳廊下で囲まれている。

  • 庭園ごしに見えるのは、二代目の所有者、鉄道王と称される<br />根津嘉一郎が増築した洋館。<br /><br />畳廊下にはめられたガラス戸には<br />今となっては珍しく、再現するのは難しいと言われる<br />「大正ガラス」がはめこまれていて<br />その微妙なゆがみ具合は、mistralも大好きなもの。<br /><br />このガラスを守るために、スタッフの方々は<br />台風や大雨の折には苦労して動きの悪くなった<br />木の雨戸を立てるという。

    庭園ごしに見えるのは、二代目の所有者、鉄道王と称される
    根津嘉一郎が増築した洋館。

    畳廊下にはめられたガラス戸には
    今となっては珍しく、再現するのは難しいと言われる
    「大正ガラス」がはめこまれていて
    その微妙なゆがみ具合は、mistralも大好きなもの。

    このガラスを守るために、スタッフの方々は
    台風や大雨の折には苦労して動きの悪くなった
    木の雨戸を立てるという。

  • 「麒麟」<br />真っ青な群青壁が印象的だが、<br />この色は、1947年(昭和22年)、3代目の所有者<br />となる石川県能登町出身の実業家桜井平五郎が<br />敷地、建物を買い取り、旅館「起雲閣」を開業する際に<br />自らの出身地に因んで塗り替えたもので、「加賀の青漆喰」と<br />呼ばれる石川県加賀地方の伝統的技法だそうだ。<br /><br />もともとの建物自体が、高く取られた天井や付け書院まわりなど、<br />贅沢なつくりとなっている。<br /><br />

    「麒麟」
    真っ青な群青壁が印象的だが、
    この色は、1947年(昭和22年)、3代目の所有者
    となる石川県能登町出身の実業家桜井平五郎が
    敷地、建物を買い取り、旅館「起雲閣」を開業する際に
    自らの出身地に因んで塗り替えたもので、「加賀の青漆喰」と
    呼ばれる石川県加賀地方の伝統的技法だそうだ。

    もともとの建物自体が、高く取られた天井や付け書院まわりなど、
    贅沢なつくりとなっている。

  • 二階に上がってきた。<br />右手には「大鳳」の間がある。<br />右側にみえる格子状のものは耐震補強のために<br />設置されたもの。<br /><br />左下には「玉姫」などの洋館が見えている。

    二階に上がってきた。
    右手には「大鳳」の間がある。
    右側にみえる格子状のものは耐震補強のために
    設置されたもの。

    左下には「玉姫」などの洋館が見えている。

  • 見下ろせる玉姫のサンルーム。<br />屋根にも採光確保の為にガラスが載せられている。

    見下ろせる玉姫のサンルーム。
    屋根にも採光確保の為にガラスが載せられている。

  • ここ茄子紺色の壁の「大鳳」には<br />1948年(昭和23年)3月18日から2泊、山崎富栄と共に<br />太宰治が滞在したそうだ。<br />入水自殺をする3か月前だった。<br /><br /><br />

    ここ茄子紺色の壁の「大鳳」には
    1948年(昭和23年)3月18日から2泊、山崎富栄と共に
    太宰治が滞在したそうだ。
    入水自殺をする3か月前だった。


  • 付書院の障子の組子は割り竹で作られていて<br />竹の節が模様のように取り入れられている。<br />当然、節があるために、障子張りには手間がかかるだろう。

    付書院の障子の組子は割り竹で作られていて
    竹の節が模様のように取り入れられている。
    当然、節があるために、障子張りには手間がかかるだろう。

  • 後に庭園を歩いた際に撮影。<br />外部から撮影した方がガラスが歪んでいる様子がわかる。<br /><br />庭園は、2代目となる所有者であり茶人としても知られた<br />根津自身が自ら指揮をしたそうだ。<br />後方の中央付近には、熱海梅園から2か月かけて運んだという<br />約20トンもの「根津の大石」が鎮座している。

    後に庭園を歩いた際に撮影。
    外部から撮影した方がガラスが歪んでいる様子がわかる。

    庭園は、2代目となる所有者であり茶人としても知られた
    根津自身が自ら指揮をしたそうだ。
    後方の中央付近には、熱海梅園から2か月かけて運んだという
    約20トンもの「根津の大石」が鎮座している。

  • 「玉姫」「玉渓」を庭園より撮影。<br /><br />3代目の桜井の時代<br />1950年(昭和25年)には熱海の大火にみまわれたそうだが<br />従業員による消化活動と、土塀や高木により延焼を免れ、<br />そのおかげで貴重な文化財が今に残る。<br />

    「玉姫」「玉渓」を庭園より撮影。

    3代目の桜井の時代
    1950年(昭和25年)には熱海の大火にみまわれたそうだが
    従業員による消化活動と、土塀や高木により延焼を免れ、
    そのおかげで貴重な文化財が今に残る。

  • 鉄道王と呼ばれ東武鉄道の再建に尽力した<br />根津嘉一郎の手に渡ったのは1925年(大正14年)。<br />「根津熱海別邸」と呼ばれた。<br />その後1938年頃まで徐々に敷地は拡大されていった。<br /><br />1932年(昭和7年)建築された<br />「玉姫」は居間、食堂、サンルームからなる。<br /><br />サンルーム<br />開口部は大きくとられ、その上の高窓、<br />そして天井のステンドグラス<br />屋根さえもガラスで葺かれている。<br />

    鉄道王と呼ばれ東武鉄道の再建に尽力した
    根津嘉一郎の手に渡ったのは1925年(大正14年)。
    「根津熱海別邸」と呼ばれた。
    その後1938年頃まで徐々に敷地は拡大されていった。

    1932年(昭和7年)建築された
    「玉姫」は居間、食堂、サンルームからなる。

    サンルーム
    開口部は大きくとられ、その上の高窓、
    そして天井のステンドグラス
    屋根さえもガラスで葺かれている。

  • 天井部分のステンドグラス

    天井部分のステンドグラス

  • 天井との間にある<br />唐草模様のレリーフ

    天井との間にある
    唐草模様のレリーフ

  • サイドボードも風格あるもの。

    サイドボードも風格あるもの。

  • ここ起雲閣で<br />NHKの朝の連続ドラマ「花子とアン」の一部ロケが<br />行われた。<br />柳原白蓮の再婚相手である炭鉱王の自邸として<br />ロケに使われたそうだ。

    ここ起雲閣で
    NHKの朝の連続ドラマ「花子とアン」の一部ロケが
    行われた。
    柳原白蓮の再婚相手である炭鉱王の自邸として
    ロケに使われたそうだ。

  • 床のタイル(一部分しか撮らず、今になって後悔!)<br /><br />今だにこの美しさ。<br />京都の泰山製陶所(池田泰山が1917年京都に創業した製陶所。<br />美術工芸品としての花瓶など、建築用装飾品としてのタイル、<br />モザイク、照明などの制作をしていた。)で焼かれたもの<br />だそうで、さすがの美しさ。

    床のタイル(一部分しか撮らず、今になって後悔!)

    今だにこの美しさ。
    京都の泰山製陶所(池田泰山が1917年京都に創業した製陶所。
    美術工芸品としての花瓶など、建築用装飾品としてのタイル、
    モザイク、照明などの制作をしていた。)で焼かれたもの
    だそうで、さすがの美しさ。

  • 食堂<br />正面には暖炉があり<br />ヨーロッパのデザインを基本にしているようだが<br />「折上格天井」は日本の神社仏閣の建築用式であり<br />和洋折衷。<br />この部屋には立ち入りができず見落としてしまったが<br />「喜」の文字をデザイン化した中国風彫刻や<br />唐草模様の彫刻などシルクロード美術の影響も<br />見られるようだ。

    食堂
    正面には暖炉があり
    ヨーロッパのデザインを基本にしているようだが
    「折上格天井」は日本の神社仏閣の建築用式であり
    和洋折衷。
    この部屋には立ち入りができず見落としてしまったが
    「喜」の文字をデザイン化した中国風彫刻や
    唐草模様の彫刻などシルクロード美術の影響も
    見られるようだ。

  • 暖炉内部に貼られたタイルの色彩が素晴らしい。

    暖炉内部に貼られたタイルの色彩が素晴らしい。

  • 「玉渓」へと続く。

    「玉渓」へと続く。

  • 中世チューダー様式を取りいれたそうだが<br />「名栗仕上げ」(ノミなどで独特の削り跡を残る日本古来<br />からの加工技術)を取り入れ、ヨーロッパの山荘風の<br />造りになっている。<br />暖炉上部には仏様とその下部にあるサンスクリット語が<br />装飾としてあしらわれている。<br />

    中世チューダー様式を取りいれたそうだが
    「名栗仕上げ」(ノミなどで独特の削り跡を残る日本古来
    からの加工技術)を取り入れ、ヨーロッパの山荘風の
    造りになっている。
    暖炉上部には仏様とその下部にあるサンスクリット語が
    装飾としてあしらわれている。

  • 太い柱は、古寺か神社の柱とも、江戸時代の帆船の帆柱<br />ともいわれているそうで<br />日本建築上では「床の間」「床柱」にも見立てられそう。

    太い柱は、古寺か神社の柱とも、江戸時代の帆船の帆柱
    ともいわれているそうで
    日本建築上では「床の間」「床柱」にも見立てられそう。

  • 1947年(昭和22年)実業家桜井平五郎が買い取り<br />起雲閣と名づけて旅館を開業。<br /><br />和室には滞在された文豪の、<br />或いは熱海にご縁のある文豪についての展示がされている。

    1947年(昭和22年)実業家桜井平五郎が買い取り
    起雲閣と名づけて旅館を開業。

    和室には滞在された文豪の、
    或いは熱海にご縁のある文豪についての展示がされている。

  • 1948年(昭和23年)3月15日<br />宿泊していた山本有三(写真左はし)を志賀直哉(中央)・<br />谷崎潤一郎(右はし)が訪問し、文芸対談を行ったおり<br />の記念写真。<br />3人とも撮影の為に庭に降りたためか<br />足元は下駄履。

    1948年(昭和23年)3月15日
    宿泊していた山本有三(写真左はし)を志賀直哉(中央)・
    谷崎潤一郎(右はし)が訪問し、文芸対談を行ったおり
    の記念写真。
    3人とも撮影の為に庭に降りたためか
    足元は下駄履。

  • 和室内部の展示の様子。

    和室内部の展示の様子。

  • どこの和室からも庭園が見渡せて

    どこの和室からも庭園が見渡せて

  • 次の間には文机でも置かれていたのか?<br />さぞかし執筆もはかどったことと想像。<br /><br />

    次の間には文机でも置かれていたのか?
    さぞかし執筆もはかどったことと想像。

  • 「尾崎紅葉」(1868-1903年)関連の展示室<br /><br />熱海に因んだ小説「金色夜叉」の紹介などの展示室。<br />

    「尾崎紅葉」(1868-1903年)関連の展示室

    熱海に因んだ小説「金色夜叉」の紹介などの展示室。

  • 1897年(明治30年)読売新聞で連載が始まった<br />「金色夜叉」<br />寛一と、お宮をめぐっての金と恋の物語は当時の日清戦争<br />後の社会背景にマッチし大人気となった。<br />もともと病弱だったようで、長期連載が災いしたのか<br />胃癌になり、小説も中断したそうだ。<br /><br />写真は三越劇場で上演された際の文学座のポスター。

    1897年(明治30年)読売新聞で連載が始まった
    「金色夜叉」
    寛一と、お宮をめぐっての金と恋の物語は当時の日清戦争
    後の社会背景にマッチし大人気となった。
    もともと病弱だったようで、長期連載が災いしたのか
    胃癌になり、小説も中断したそうだ。

    写真は三越劇場で上演された際の文学座のポスター。

  • もともとの松の位置は<br />現在地よりもずっと内陸側だった。

    もともとの松の位置は
    現在地よりもずっと内陸側だった。

  • 「坪内逍遥」関連の展示のあった部屋。<br />シェイクスピアの翻訳家としても有名な<br />明治の文豪。

    「坪内逍遥」関連の展示のあった部屋。
    シェイクスピアの翻訳家としても有名な
    明治の文豪。

  • 本人が描かれたという自画像が愉快。<br /><br />熱海には「双柿舎」と名付けられた坪内逍遥の別荘があり<br />大正9年から昭和10年に亡くなるまでの15年間を<br />そこで過ごされたようだ。

    本人が描かれたという自画像が愉快。

    熱海には「双柿舎」と名付けられた坪内逍遥の別荘があり
    大正9年から昭和10年に亡くなるまでの15年間を
    そこで過ごされたようだ。

  • 庭園側よりの景観。

    庭園側よりの景観。

  • 根津は東側の棟から建築を始め<br />「金剛」「ローマ風呂」<br />は1929年(昭和4年)竣工。<br /><br />建築当初の名残がのこる床のタイル。<br />当時はすべての床がこの入り口の小部屋と同じ<br />タイル張りだったそうだ。

    根津は東側の棟から建築を始め
    「金剛」「ローマ風呂」
    は1929年(昭和4年)竣工。

    建築当初の名残がのこる床のタイル。
    当時はすべての床がこの入り口の小部屋と同じ
    タイル張りだったそうだ。

  • まるで絨毯の模様のようなタイル。

    まるで絨毯の模様のようなタイル。

  • そのタイルが貼られている小部屋は<br />照明器具、天井に埋め込まれた?ガラスなど<br />小部屋といえども手抜きがない。

    そのタイルが貼られている小部屋は
    照明器具、天井に埋め込まれた?ガラスなど
    小部屋といえども手抜きがない。

  • ステンドグラス、チェストなども<br />さりげなく素敵。

    ステンドグラス、チェストなども
    さりげなく素敵。

  • 暖炉コーナー

    暖炉コーナー

  • 暖炉上部にあるスペード、ハート、クラブ、ダイヤを<br />象った模様、

    暖炉上部にあるスペード、ハート、クラブ、ダイヤを
    象った模様、

  • ほかにも草花模様などが<br />洋館としては珍しい螺鈿細工が施されている。

    ほかにも草花模様などが
    洋館としては珍しい螺鈿細工が施されている。

  • 続くローマ風浴室。<br />何度かの改築をへて<br />1989年の改築では<br />道路の拡幅工事に伴って、<br />ローマ風浴室の位置と向きが90度替えられたそうだ。<br /><br />浴槽内のタイルも素晴らしく、又<br />浴槽周囲に貼られた「木製タイル」は<br />滑り止め効果や、肌触りが良いようにと配慮されて<br />作られたそうだ。<br />

    続くローマ風浴室。
    何度かの改築をへて
    1989年の改築では
    道路の拡幅工事に伴って、
    ローマ風浴室の位置と向きが90度替えられたそうだ。

    浴槽内のタイルも素晴らしく、又
    浴槽周囲に貼られた「木製タイル」は
    滑り止め効果や、肌触りが良いようにと配慮されて
    作られたそうだ。

  • 旅館時代には特別室のお風呂として<br />限られた人しか入浴出来なかったそうだ。

    旅館時代には特別室のお風呂として
    限られた人しか入浴出来なかったそうだ。

  • おしゃれなガラス窓のデザイン

    おしゃれなガラス窓のデザイン

  • こんな窓もオリジナル。

    こんな窓もオリジナル。

  • 起雲閣の建物 100年として<br />簡単な説明がまとめられている。

    起雲閣の建物 100年として
    簡単な説明がまとめられている。

  • 廊下をさらに進むと<br />「染殿の湯」と呼ばれる浴室がある。<br /><br />1927年(昭和2年)根津が入手した土地から温泉が発見された。<br /><br />源泉地付近を染殿と呼ぶことから付けられた名前。

    廊下をさらに進むと
    「染殿の湯」と呼ばれる浴室がある。

    1927年(昭和2年)根津が入手した土地から温泉が発見された。

    源泉地付近を染殿と呼ぶことから付けられた名前。

  • この浴室は一般向き?

    この浴室は一般向き?

  • 離れのような「孔雀」<br />もともとは内田によって日本の伝統的な様式で<br />「麒麟」棟の隣に建てられていたが<br />そのご曳家で移動。<br />(最初の移動は昭和28年、その後昭和50年代に現在地へと移る。)<br />

    離れのような「孔雀」
    もともとは内田によって日本の伝統的な様式で
    「麒麟」棟の隣に建てられていたが
    そのご曳家で移動。
    (最初の移動は昭和28年、その後昭和50年代に現在地へと移る。)

  • 旅館業に変ってからは<br />船橋聖一が滞在し、数々の名作が<br />ここで執筆されたそう。<br /><br />和室の周りを「麒麟」と同じように<br />畳廊下がぐるりと取り囲む。

    旅館業に変ってからは
    船橋聖一が滞在し、数々の名作が
    ここで執筆されたそう。

    和室の周りを「麒麟」と同じように
    畳廊下がぐるりと取り囲む。

  • 左手「床の間」「付け書院」のある<br />伝統的な和室

    左手「床の間」「付け書院」のある
    伝統的な和室

  • 庭園側からガラス戸を撮影すると

    庭園側からガラス戸を撮影すると

  • ガラスのゆがみ具合が良く撮れることを発見。<br /><br />1999年(平成11年)旅館が廃業となり、3000坪もある起雲閣は競売にかけられることになった。<br />そこで立ち上がったのは市民たち。このままでは解体されマンションでも建設されかねない状況だったようだ。<br />次々に出てくる問題をなんとかクリアし、現在はその時の市民たちで作り上げたNPO法人が指定管理者として委託を受け管理運営をしているそう。代表も女性、スタッフの方々も女性で、館内の案内係などや改修計画などにも携わるそうだ。

    ガラスのゆがみ具合が良く撮れることを発見。

    1999年(平成11年)旅館が廃業となり、3000坪もある起雲閣は競売にかけられることになった。
    そこで立ち上がったのは市民たち。このままでは解体されマンションでも建設されかねない状況だったようだ。
    次々に出てくる問題をなんとかクリアし、現在はその時の市民たちで作り上げたNPO法人が指定管理者として委託を受け管理運営をしているそう。代表も女性、スタッフの方々も女性で、館内の案内係などや改修計画などにも携わるそうだ。

  • 音楽サロン<br />1981年(昭和56年)<br />当時は宴会場として新築された。

    音楽サロン
    1981年(昭和56年)
    当時は宴会場として新築された。

  • この音楽サロン、2階にある小音楽サロン、<br />新たに整備された和室などもあり<br />各種コンサート、茶道・華道などの文化活動の場<br />として貸し出されるそう。

    この音楽サロン、2階にある小音楽サロン、
    新たに整備された和室などもあり
    各種コンサート、茶道・華道などの文化活動の場
    として貸し出されるそう。

  • ほぼ一周してきた。<br />喫茶室「やすらぎ」で一休み。<br />もとは旅館時代のバーコーナーのようだ。<br />カウンターに腰をおろし<br />お抹茶と和菓子をいただいた。<br /><br />心地よい風が吹き抜けていた。

    ほぼ一周してきた。
    喫茶室「やすらぎ」で一休み。
    もとは旅館時代のバーコーナーのようだ。
    カウンターに腰をおろし
    お抹茶と和菓子をいただいた。

    心地よい風が吹き抜けていた。

  • 起雲閣の管理・運営をされているのは<br />NPO法人あたみオアシス21。<br /><br />法人活動理念として&lt;熱海市民や熱海を訪れる人たちに対して熱海市の観光活性化、歴史文化財の保護、地場産業の推進に資する活動をすることによって、住みよく、誰もが自分らしく輝き続けることができるまちづくりに寄与することを目的とする。>とあった。<br /><br />熱海名物のミカン、橙をジャムに加工したものもここで販売されていて、お土産の一番人気とのこと。<br />

    起雲閣の管理・運営をされているのは
    NPO法人あたみオアシス21。

    法人活動理念として<熱海市民や熱海を訪れる人たちに対して熱海市の観光活性化、歴史文化財の保護、地場産業の推進に資する活動をすることによって、住みよく、誰もが自分らしく輝き続けることができるまちづくりに寄与することを目的とする。>とあった。

    熱海名物のミカン、橙をジャムに加工したものもここで販売されていて、お土産の一番人気とのこと。

  • 蔵<br />内田邸創建以前から存在していた蔵だそう。<br />その後内部など修復をされ<br />公開されている。


    内田邸創建以前から存在していた蔵だそう。
    その後内部など修復をされ
    公開されている。

  • 海峯楼となりにあった「旧日向別邸」内部<br />ブルーノ・タウト設計の内部写真パネルがあった。

    海峯楼となりにあった「旧日向別邸」内部
    ブルーノ・タウト設計の内部写真パネルがあった。

  • つるし雛飾り<br /><br />とても見ごたえある館内だった。<br />こののち、伊勢原市を経由して帰宅する予定です。

    つるし雛飾り

    とても見ごたえある館内だった。
    こののち、伊勢原市を経由して帰宅する予定です。

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  • pedaruさん 2021/10/23 05:22:09
    起雲閣
    mistralさん おはようございます。

    再び熱海別荘起雲閣を訪問しました。何度来てもいいですねぇ、パソコンの中だけですが(笑)。
    もちろん奈良や京都の国宝の寺院建築もいいですが、明治大正時代の建築も大好きです。時間的にも近いという感覚があるのと、西洋の香りを取り入れたところなど、見逃せませんね。タイルやステンドグラス、各所のアイアンワークもいいなぁ!

    最近ですが私が住む町で、古い家が取り壊されていました。ステンドグラスなど窓に取り入れて素敵な家でしたのに残念です、あの窓のステンドグラスはどうなるのか、壊されて捨てられるのだろうか?それがなかなか工事が進まず、前を通るたびに、ステンドグラスを気にしていました。ある時工事の人に聞きましたら、ステンドグラスは再利用すると言っていました。貴重なものがこれで保存されると知り、とても安堵しました。

    mistralさんの写真も解説も素晴らしく、このまま本にして出版したらどうかと思います。値段は格安で\2800、税抜きです(笑)。

    pedaru

    mistral

    mistralさん からの返信 2021/10/23 13:06:15
    RE: 起雲閣
    pedaruさん

    こんにちは。
    再度のご訪問、メッセージまでいただき、とっても嬉しいです。

    > 再び熱海別荘起雲閣を訪問しました。何度来てもいいですねぇ、パソコンの中だけですが(笑)。
    > もちろん奈良や京都の国宝の寺院建築もいいですが、明治大正時代の建築も大好きです。時間的にも近いという感覚があるのと、西洋の香りを取り入れたところなど、見逃せませんね。タイルやステンドグラス、各所のアイアンワークもいいなぁ!

    pedaruさんもそうお感じになりますか?
    私も全く同感です。最近は飛鳥にはまっておりますが、起雲閣のような
    大正、昭和初期の建築もまた格別の味わいがありますね。
    特に古いガラスには心惹かれます。

    > 最近ですが私が住む町で、古い家が取り壊されていました。ステンドグラスなど窓に取り入れて素敵な家でしたのに残念です、あの窓のステンドグラスはどうなるのか、壊されて捨てられるのだろうか?それがなかなか工事が進まず、前を通るたびに、ステンドグラスを気にしていました。ある時工事の人に聞きましたら、ステンドグラスは再利用すると言っていました。貴重なものがこれで保存されると知り、とても安堵しました。

    pedaaruさんのお住まいのあたりには、きっと古いお屋敷がまだまだ沢山
    残っていることでしょうね。
    そのお屋敷が取り壊されるとあっては、それぞれの部材の行きつく先が
    心配になってしまいますね。きっと素晴らしい材質のものが使われていた
    ことでしょう。
    ましてステンドグラス!でしたら。
    通りがかりに気にかけておられるpedaruさんのお姿が目に浮かぶようです(笑)
    私もきっと気になって気になって仕方ないことと思います。
    もし取り壊されたなら、そのカケラだけでも欲しいなあ、など想像します。
    でも再利用される、ということでしたら一番の行き先で、
    きっと新築の家の中でもひときわの存在感を示すことでしょうね。

    > mistralさんの写真も解説も素晴らしく、このまま本にして出版したらどうかと思います。値段は格安で\2800、税抜きです(笑)。

    過分の価格設定で恐れ入ります。
    この旅行記を作っているおりに知ったのですが
    NPOのスタッフの方々が、この起雲閣の写真集(ガイドブック?)を作成
    され、現地で1000円で販売されていたようです。・
    一部を拝見しましたが、素晴らしい写真の数々と、その価格設定では
    とうてい勝てませんね。

    内部は大まかには旅行記に載せたとおりなのですが、
    細部のちょっとした飾りとか、見落としたものがまだまだ沢山あることを
    後で知りました。
    できることなら、近場でもありますし、もう一度復習をかねての
    見学をしてみたいです。

    mistral
  • yunさん 2021/10/18 20:29:51
    近くでも 見知らぬところ
    mistralさん

    起雲閣、初めて認識いたしました。
    我が家からは小一時間で到達できる熱海なれど、最後に訪れたのは…。
    若き頃、会社の保養所があり訪問「坂だらけ」のイメージが強いです。

    起雲閣の敷地、かなり広いのにまず驚き。
    すこしずつ整地したのかも知れませんが、熱海の認識が変わります。
    mistralさんは古いガラス大好きですか。歪んでメラメラするガラス…、カメラを向けたくなる素材。女性には惹かれる要素がおおいにありですね。
    そして同じくタイルも!
    登場したタイルたちの何とも言えない色合い。
    この様なものたちに出会うと、嬉しくて口角上がります。

    幼き頃、木枠のガラス引戸をコトコトを開け閉めした薄い記憶が蘇りました。
    (普通のガラスではありますが…笑)

    これは、ぜひ、近々出かけたい!と思っています。
    yun

    mistral

    mistralさん からの返信 2021/10/18 22:00:15
    RE: 近くでも 見知らぬところ
    yunさん

    こんばんは。
    メッセージ、ありがとうございました。

    > 起雲閣、初めて認識いたしました。
    > 我が家からは小一時間で到達できる熱海なれど、最後に訪れたのは…。
    > 若き頃、会社の保養所があり訪問「坂だらけ」のイメージが強いです。

    わたしも、熱海といえば社員旅行、というイメージにずっと縛られていました。

    > 起雲閣の敷地、かなり広いのにまず驚き。
    > すこしずつ整地したのかも知れませんが、熱海の認識が変わります。

    起雲閣内部が、これほど!とは、実際内部を歩いてみるまでは想像していませんでした。

    > mistralさんは古いガラス大好きですか。歪んでメラメラするガラス…、カメラを向けたくなる素材。女性には惹かれる要素がおおいにありですね。
    > そして同じくタイルも!
    > 登場したタイルたちの何とも言えない色合い。
    > この様なものたちに出会うと、嬉しくて口角上がります。

    そうでしょう!
    古いガラス、タイルも、カケラでも良いから欲しいなあ、と思ってしまいます。
    実は旅行記を書きながら、見落としてきたものたちが次々に出てきて
    (大すじは旅行記のとおりなのですが、ちょっとした隅にあるものとか、
    小さな存在だけれどちゃんと対面しておきたかったなあとの後悔、
    おわかり頂けると想像しています。)
    今になって困っています。

    > 幼き頃、木枠のガラス引戸をコトコトを開け閉めした薄い記憶が蘇りました。
    > (普通のガラスではありますが…笑)

    yunさんはずっとお若いと思っていますが
    小さいころの木枠のガラス戸には格別の思い出がありますね。

    > これは、ぜひ、近々出かけたい!と思っています。

    はい、是非とも!
    私の見落としたものたち、
    yunさん、出会ってきて下さいね。

    mistral
  • しにあの旅人さん 2021/10/18 06:51:00
    貴重な建物
    すごい、の一言です。
    歪んだガラスというのはパリで見たことがあります。ナポレオン3世時代に建てられたという建物でした。1850~70年くらいのものでしょう。厚さが3ミリくらいありました。当時の技術では薄いガラスは作れなかったのか、これが好みだったのかは、わかりません。でも多分できなかった。
    厚さも不揃い、表面も触ってわかるくらい凹凸がありました。
    同じようなものではないでしょうか。

    暖炉がある。木造日本家屋で暖炉は非常に作るのが難しいので、ダミーかと思いましたが、屋根にチムニーが出ているので、本物もあるようです。ローマ風浴室の上にある写真の暖炉は本物だ。
    本物の暖炉を作れる職人さんは、少なかったでしょうね。これも貴重なものだと思います。

    庭は芝みたい。当時現在のようなエンジン芝刈り機はなかったはずで、どうやって手入れしたのか、興味津々です。
    全部ものすごく貴重な建物ですね。

    mistral

    mistralさん からの返信 2021/10/18 09:54:19
    Re: 貴重な建物
    しにあの旅人さん

    おはようございます。
    いつもメッセージを有難うございます。
    このところ読み逃げだけで失礼しています。

    秋には九州を旅されるとのことでしたが。
    ご実家が九州におありでしたか。
    夫は鹿児島出身でして、古いお墓がまだ残っています。
    近々墓じまいをしなくてはならず、なかなか厄介な事ではあります。

    そもそもガラスの製造はヨーロッパに始まり、もしかしたら
    日本では最初は輸入していたと思います。
    ガラスを円筒形に作り、それを切って平板にすることから始まったそうで、
    そうすると大きなガラス板は出来なかったでしょう。
    おっしゃるように厚さは均等ではなく、ゴツゴツした感じで
    そんなところがますます大好きな所以でもあります。
    光がガラスを透過して床などにゆらゆらと映る色彩には、
    魅了されます。(かなりのガラス好きです。)

    暖炉も当時は火を入れていた事でしょう。
    今となっては、暖炉周辺は綺麗に磨かれていてタイルの様子などがわかりますが、
    当時は実用のためだったと思うと、お金に糸目をつけずに
    贅を尽くして建築されたことがわかります。

    現在の芝刈りは?
    NPO法人のメンバーさん達がされているのか、それとも外注?
    興味深いですね。

    mistral
  • frau.himmelさん 2021/10/16 21:36:23
    大正時代の別荘、すてきですね~。
    mistalさん、こんばんは。
    時間を置いてのコメントで失礼します。

    ここのところ、日本の建築を詳しく投稿なさっているmistralさん、水を得た魚のよう。今回も素敵な旅行記ありがとうございます。
    亡くなった母の実家が、大正時代に建てられた和洋折衷の古い家でしたので、部分的に似たようなところを見つけては懐かしく思いながら拝見しました。

    それにしても、凄いお屋敷ですね。
    太宰治が心中する数か月前に滞在したとか、山本有三、志賀直哉、谷崎潤一郎・・・など、その時代の作家が勢ぞろいしたのではないかと思うような豪華な顔ぶれ。

    mistralさんがおっしゃる「歪んだガラス」と言うのは、手作り故に均一な平らなガラスではないということですね。それは貴重ですよね、割れたら大変!。
    またあそこにもありましたが、天井のステンドグラスや、らん間(?)の色付きガラスはまさにヨーロッパ風の手作りガラスですね。旅行中に、ヨーロッパの歴史あるレストランなどで大事にされているゴツゴツした模様ガラスを思い出しました。

    私もそろそろ国内旅行でも・・・、とチラと頭をかすめるのですが、外出制限に慣れ親しんだ身体には、遠出はどうもまだ億劫で・・・。
    いけませんね。

    himmel

    mistral

    mistralさん からの返信 2021/10/18 09:30:32
    Re: 大正時代の別荘、すてきですね~。
    himmelさん

    おはようございます。
    メッセージをいつも有難うございます。

    お母さまのご実家が大正時代の和洋折衷の建築物だった!
    まさにこの別荘が建てられた時代と重なりますね。
    きっと和洋風の応接間とか、
    もしかしたら同じようなガラスがはめられた窓などがあったのでしょうね。

    「歪んだガラス」とは私の独りよがりの表現でした。
    大正、昭和初期のガラスは、大体が手作業で作られたガラスで、
    そのせいで今のサッシにはめられているガラスのような透明感はなく、
    景色が歪んで見えたり、メラメラした感じがしたり、、、
    ヨーロッパの古い教会やお屋敷にもそういったガラスが
    沢山使われていますね。
    かなり分厚いガラスだったりして、カケラでも良いから
    欲しいなあ、なんて思ってしまいます。
    古いガラス好きなんです。

    旅館業を始められてからは、多分熱海という地の利からか
    避寒も兼ねて?文豪の方々が多く滞在されたようです。
    himmelさんでしたら絶好のぶろぐネタになりそうですね。
    私ははしょってしまいました(笑)

    コロナ禍のせいで、身近な地に、今まで行けなかった地に
    目を向ける事ができています。
    今更ながらの日本再発見です。
    まだまだ知らない事が沢山!ありました。

    mistral

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