2021/08/04 - 2021/08/08
72位(同エリア93件中)
ちゃおさん
先刻通過した大きな川は有田川かも知れない。この川は高野山の南隣、護摩壇山を源流にして、その麓の竜神温泉を通り、この有田のミカン畑を横断し、紀伊の海に流れ下る。本州で一番南端の半島、黒潮が海岸を洗い、荒波が岩場に打ち付ける。今は四国徳島の大洋町に奪われた感もある嘗てのサーフィンのメッカ。本四架橋が出来る以前は関西圏から車で来れる唯一の場所だった。大阪からの地の利を考えれば今でもそう、メッカかも知れない。
有田を過ぎると右手に太平洋の海原が広がっている。その大波を弧を描いた砂浜が受け取っている。今日は静かな海だ。さざ波もたっていない。8月夏休み、本来ならこの砂浜も多くの家族連れで賑わっているかと思うが、今は人っ子一人いない。弧を描いた浜辺はずっと先の白浜まで続いている。自然が残された良い海岸線だ。以前ハノイからベトナムの海岸線に沿ってダナンまで列車に乗ったことがあったが、その白砂の海岸、そこには青松は無くとも、息を飲むような美しさだったが、この南紀の海岸線は、そこまでは無いとしても、美しい。見とれた。
特急だから通過駅も多い。が、停車駅はそれぞれ名前を聞いた覚えのある昔からの町だ。海南市の次は簑島。最近は余り出てこないが、以前の高校野球甲子園の常連校、簑島高校はここにある。和歌山までは特急で30分ほどの近い距離だ。一昨年高知を巡礼し、高知県の西の外れ、四万十の先に明徳義塾があり、随分不便な場所の高校で、後で全寮制と聞いて納得したが、その明徳と比べ、ここ簑島は遥かに交通の便の良い場所にある。それから湯浅。今は有田市の一部になっているのか、江戸時代の紀伊国屋文左衛門がこの港からミカン船を江戸に送り出した。元々醤油は南紀の方で、ひしお、として使われ始めたと言われているが、その醤油の発祥の地として、ここ湯浅が位置付けられている。湯浅はバッテリーではなく、醤油の里なのだ。その次が御坊市。名前の通りここには江戸時代頃より本願寺の御坊が作られ、南紀地方の布教の拠点となっていた。皆懐かしい地名だ。海岸線を眺め通り過ぎる駅名を眺めている内に1時間はあっという間に過ぎ、紀伊田辺に到着した。
- 旅行の満足度
- 5.0
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