2021/08/04 - 2021/08/08
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ちゃおさん
機は和歌山上空から右に旋回し、泉南の海岸線に沿って北上する。旋回前にチラと見えた四国徳島は、空から見ると本当に近い場所にある。今も徳島ー和歌山間にフェリーが運航されていると思うが、この紀淡海峡がこれ程狭まった海峡だったとは、地上を動いたり、歩いたり、走ったりしている限りでは、全く理解できない。これこそ指呼の間か。
和歌浦の細長い砂州を目の端に捉え、波静かな加太の海に入る。ここから先は茅渟(ちぬ)の海だ。大阪湾、茅渟の海。血塗られた海、豊穣の海。大阪四天王寺山門前から春秋のお彼岸に真っすぐ西に沈む太陽。年に2回の正中日没、西日が大阪湾を真っ赤に染めている。聖徳太子が四天王寺西門から眺めた茅渟の海は今眼下にある。泉州、泉南茅渟の海。
以前大さんが退職後のセカンドキャリアアップで、立川の専門学校に通っていたが、その校門の前にある古くからの居酒屋。店内には古い大正時代のサントリーの広告パネル、竹下夢二の美人画が何枚か掛けられていたが、そこで出されたのが泉州沖の鰯の刺身。脂の乗ったうるめ鰯の絶品だった。ああ、大阪の人はこんな美味しい鰯を食べているのかと・・。銚子沖の鰯とは身の締りも脂の乗りも全く違っていた。
眼下の茅渟の海を眺めながら、嘗て大さんと立川の居酒屋で食べた泉州沖の鰯の刺身を思い出した。矢張りこの海は豊穣の海なのだ。この海の中心に堺があり、茶道の宗匠になる以前の千利休はこの浜での魚商人だったと言われる。堺が外国交易で栄える以前からこの辺りの湊町は栄えていたに違いない。中国の泉州が当時世界最大の国際貿易港、ここ泉州の堺湊も当時日本の最大貿易港。和泉という地名も案外この辺りから来ているのかも知れない。
- 旅行の満足度
- 4.5
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