2016/09/20 - 2016/10/14
394位(同エリア2119件中)
さわ子さん
2016年秋、羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由オスロに到着し、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、エストニア、ラトヴィア、リトアニア、デンマークとヨーロッパ7カ国を訪問し、コペンハーゲンから羽田に帰って来ました。今回も絵画鑑賞が主な目的の再訪です。
旅程の概略です。
★ 9月20日 羽田からスカンディナヴィア航空でコペンハーゲン経由でオスロへ。オスロ泊。
★ 9月21~22日 オスロ泊。
★ 9月23~24日 ベルゲン泊。
★ 9月25日 フロム泊。
★ 9月26日 ベルゲン泊。
★ 9月27~28日 ストックホルム泊。
★ 9月29日 船中泊。
★ 9月30日~10月1日 ヘルシンキ泊。
★ 10月2~4日 タリン泊。
★ 10月5~7日 リガ泊。
★ 10月8~10日 ヴィルニュス泊。
★ 10月11~12日 コペンハーゲン泊。
★ 10月13日 コペンハーゲン空港からスカンディナヴィア航空で羽田へ。
この26回目の旅行記は、デンマークのコペンハーゲンの美術館をハシゴした記録(2)です。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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25回目の旅行記からの続きです。
国立美術館の絵画の鑑賞を終え外に出ます。正面玄関からローゼンボー公園内の離宮を望んでいます。玄関前の円形の構造物は、通常は水が張ってある浅い池のようで、冬には小さいながらもスケート.リンクになるのでしょう。 -
ローゼンボー離宮を拡大しました。
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可愛い花が咲いています。国立美術館を出てエスター.アンレッグ公園内を横切って次のヒヤシュブルング.コレクション美術館に向かいます。この美術館は同じ公園内で国立美術館の北西の裏手にあります。
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国立美術館の裏手には小さな池もあります。白鳥がいました。
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さっき昼食を摂った国立美術館の新館が見えています。
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公園内の小さな子供の為の遊び場です。
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エスター.アンレッグ公園の北西側にあるヒヤシュブルング.コレクション美術館前に着きました。タバコ産業で財を成し、芸術家のパトロンでもあり芸術作品の収集家でもあった実業家のハインリヒ.ヒアシュプルング(Heinrich Hirschsprung:1836-1908)が彼のコレクションを1902年にコペンハーゲン市に寄贈しました。1911年に、このコレクションのためのネオ.クラシック様式の建物が新たに建設され、収集作品が一般公開されるようになりました。
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この美術館では特別展として、2016年9月から翌年の1月まで「イタリアの光の中で "In the Light of Italy"」と唄い、1879年から1886年頃までローマ南東部アブルッツォ山脈近くにある2つの小さな町、ソーラとチヴィタ.ダンティーノでイタリアの夢を追求したデンマークとノルウェーの芸術家のグループの作品展です。彼らは、イタリアの光、記念碑的な風景、そしてとりわけ地元住民の豊かで刺激的な日常生活に触発されて、よりリアリズムの方向に彼らの絵画スタイルを発展させました。
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ヒアシュプルングは1866年から絵画の収集を始めました。最初の作品は、デンマーク民衆の生活を描いた風俗画で知られるユリウス.エクスナー(Julius Exner:1825-1910)の1856年頃の作品「若い女の子は老人に花を嗅がせる小さな女の子」でした。この女の子はお孫さんでしょうか、それとも近所の子供でしょうか。微笑ましいシーンです。ユリウス.エクスナーは、王立美術アカデミーを卒業し、その支援金を得て1857年と1858年にイタリアのヴェネツィアなどの各都市、ドレズデン、ウィーン、スイス、パリなどを旅しています。
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これは1866年の作品で「目隠し遊び」です。農家の家屋の中で民族衣装の若い人達が遊びを楽しんでいます。女の子が目隠しされた男の顔の前に布切れを差し出しています。何かの匂い当てのゲームでしょうか。右側では孫を抱いているのでしょうか、老人が楽しそうに見ています。部屋の中では鴨らしき鳥も見えます。壁には多数のお皿が綺麗に並んでいます。民族衣装を着た農民や浜辺の漁師は、19世紀の風俗画の典型的なモチーフでした。
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ヒアシュプルングは、特に若い画家のペーダー.セヴェリン.クロイヤー(Peder Severin Krøyer:1851-1909)の作品を1874年に初めて購入し、それ以降、精神的にも経済的にも彼を支援しました。クロイヤーは、ノルウェーで生まれましたが、母親の妹を里親としてコペンハーゲンで育ちました。1864年から70年にかけて、彼はデンマーク王立美術アカデミーで学び、1873年に金メダルと奨学金を受け取っています。「イタリアの光の中で "In the Light of Italy"」の画家グループの1員です。
これは1875年の作品で「ホーンベック(Hornbæk)での朝、漁師が上陸」です。ホーンベックは、デンマークとスウェーデンを隔てるオーレスン海峡に面した、デンマークのシェラン島の北海岸にあるヘルシンオア市の一部です。ここは海辺のリゾート.タウンになっています。漁船が次々に戻って来ています。左側では既に2艘の漁船が陸に上げられていて、中央では大勢の人が船を引き上げている最中です。右側遠くに見える陸はスウェーデン側です。 -
パネルの左側を拡大しました。漁船は続々帰ってきていますが、とても大勢の人が魚の引き取りに集まっています。
若い画家達がスカーエン(Skagen)に集まる前1873年に、クロイヤー達はこのホーンベックで海の魅力に触れました。シェラン島の北の海岸線に沿って定住した若い画家達は、海、広い砂浜、水平線上のスウェーデンの青い丘、植林された吹き晒しの木々に魅了されました。しかし、彼らはまた、地元の漁師の天候に曝された顔と海での危険の物語にも興味をそそられました。 -
パネルの右側を拡大しました。右端では女性達が採れた魚の選別をしているようです。中央では漁船の陸への引き上げに男性達が活躍しています。
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こちらはクロイヤーの1880年の作品で「イタリアのアブルッツォの野外労働者」です。アブルッツォは、デンマークとノルウェーの若い画家がコミュニティを作ったイタリアの地です。この力仕事に女性の労働者も加わっています。
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これも1880年の作品で「猫と戯れる農民衣装の少女」です。女の子の帯にじゃれつく猫の毛並みの表現が印象的です
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こちらも1880年の作品で「ソーラでの朝食」です。画家仲間とコミュニティを作ったイタリアのソーラの町でのシーンです。仲間には女性画家はいなかったようなので、この女性は給仕係だったのでしょうか。
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これもクロイヤーの1880年の作品で「ナポリの花屋のナンニーナ」です。
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これは1881年に描いた「ヒルシュスプルング家の肖像」です。家族7人の内、右端に座っていた夫人と娘さんを拡大して撮影しました。
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こちらは家族全員の絵画でヒヤシュブルング.コレクションのウェブ.サイトの "https://www.hirschsprung.dk/" からの借画です。実際のパネルより上下が少しカットされています。
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これはクロイヤーの1882年の作品で「漁を休んだ時の食料品店」です。食料品店に大勢の漁師が集まっています。左のカウンター.テーブルには、ビール瓶らしきものが多数置いてあります。その中に子供が二人、天秤計を真剣に見つめています。この作品は、クロイヤーが最初にスカーゲンを訪れ、町との生涯にわたる関係を始めた1882年に遡ります。
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女の子と男の子を拡大しました。
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こちらは別ヴァージョンの作品で、縦横のサイズが上掲のパネルの半分以下なので、筆が荒く見えます。
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これはクロイヤーの1884年の作品で「夏の日のスカーエンの南の浜」です。スカーエン(Skagen)はデンマーク最北端の町で、スウェーデンのイェーテボリ(Göteborg)が東の方向の対岸にあります。浅瀬の海の中で多くの子供達が裸で遊んでいます。それを少し俯いて見ている女の子が浜にいます。
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女の子を拡大しました。右奥の引き上げられた船の側では、服を脱ぎ始めている子供達も見えます。
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こちらは水の中で遊ぶ子供達です。
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これは1889年の作品でクロイヤーの妻マリエの肖像画です。
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これは1890年の作品「ラヴェッロのオステリア」です。ラヴェッロは、南イタリアのアマルフィ海岸で少し内陸に入った町です。今の基準で見ると、殺風景で少し侘しいオステリアです。
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こちらは1893年の作品で「クロイヤー、マリエ夫婦と作家で詩人のオット.ベンソンの昼食会」です。オット.ベンソンは、ノルウェーの作曲家グリークの歌曲の作詞をしています。前掲のオステリアに比べると素敵な場所です。雰囲気のあるこの絵画では、カップのチャリンという音や卵の殻を割る音が聞こえるようです。 ランチ.テーブルの向こう側で、ゲストである作家オットー.ベンゾンをクロイヤー夫婦が注視しています。
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これは1899年の作品で「夏の夕、スカーエンの浜を愛犬と歩くクロイヤー夫婦」です。月の光が水面に映る静かな海を二人は遠く見つめています。
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前回の旅行記で作品を5点紹介した「デンマーク美術黄金時代」の画家クリストファー.ヴィルヘルム.エッカースベルグ(Christoffer Wilhelm Eckersberg:1783-1853)の作品2点です。
これは1815/16年の作品で「ローマのコロッセウムの内部」です。御多分に洩れず、遺跡のコロッセウム内部にも、その壁を利用して小さな教会の建物が造られてています。 -
こちらはエッカースベルグの1841年の作品「鏡の前で髪を整える半裸の女性」です。
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こちらもデンマーク美術黄金時代と呼ばれる時代を代表する画家の一人のコンスタンティン.ハンセン(Constantin Hansen:1804-1880)の作品2点です。
これは1838年のスケッチ画の「ナポリの桟橋でのシーン」です。 -
これは「ナポリ港の桟橋での"狂えるオルランド"の朗読者」と題名が付いた1839年の作品です。国立美術館のウェブサイトの "https://www.smk.dk/"から借画しました。上掲のスケッチを元にローマで完成された作品だそうです。右後方の塔は灯台です。上掲の絵の灯台の形が異なっていますが、こちらの方の形で描かれた他の画家の絵画があります。左後方の建物も違いがあります。更に人物にも違いが見えます。
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こちらは1860年の作品で「母と子」です。幼児が左手に持つ人形の首が抜けてしまったようです。お母さんがその取れた首を持っています。
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こちらもデンマーク美術黄金時代を代表する画家の一人であり、肖像画やジャンルの画家のヤアアン.ローズ(Jørgen Roed:1808-1888)の作品3点です。ヤアアン.ローズは、王立美術アカデミーで、上掲の画家の父親で肖像画家のハンス.ハンセンに教えを受け、更にコンスタンティン.ハンセンとの友情も深めました。ハンスの死後、前掲の画家クリストファー.ヴィルヘルム.エッカースベルグの教育を受けます。アカデミーの留学資金を得て1837年から4年間イタリアに居住しました。
これは1837年の作品「ローマの農民家族の少年」です。 -
これはローズの1838年頃の作品「ポセイドン神殿」です。ポセイドン神殿の遺跡がギリシャ.アテネの南東、スニオン岬の丘にありますが、周りには何にも建物の遺跡はありません。どうもこれではないようです。調べてみると、ナポリ近辺で活躍したイタリアの画家アルチェステ.カンプリアーニ(Alceste Campriani:1848-1933)の作品で「ペストゥムのポセイドン神殿の眺め」を見つけました。ローズは王立美術アカデミーの支援で1837年から4年間イタリアに滞在しナポリにも旅行しています。ペストゥムは、ナポリの南東75Kmの海岸沿いにある古代ギリシャ、ローマの遺跡で世界遺産になっています。ペストゥムはポセイドニアが訛ったものだそうです。
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こちらはローズの1839年の作品で「スビアコ近くのサン.ベネデット修道院のスカラ.サンタ(聖なる階段)」です。スビアコはローマの東50Kmの山あいにある村です。西方教会における修道制度の創設者として知られるサン.ベネディクトは、この地の洞窟で隠修生活を行い、最初の修道院を建てました。絵画の中で階段に配置されているい人物は客観的に観察され、構成は動的です。鑑賞する人の視線は、下の教会に通じる通路のフレスコ画の丸天井を通して導かれ、そこから階段が上の教会に続いています。僧侶と教会に通う人々は、建築に人間的な次元を与えるだけでなく、作品のリズミカルな構成を結び付けるのに役立ちます。このスカラ.サンタからの眺めは、フレスコ画も含め現在も変わっていません。
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デンマーク美術黄金時代と呼ばれる時代を代表する画家の一人であるヴィルヘルム.マーストラン(Wilhelm Marstrand:1810-1873)の作品3点です。マーストランは、王立美術アカデミーの留学資金で1836年から4年間イタリアに滞在しました。後にアカデミーの教授となり、クロイヤーやミカエル.アンカーも教えています。
これは1840年の作品「姉妹のベッド」です。 -
デンマークの芸術家がイタリアで興味を持ったのは古代遺跡だけではありませんでした。人々の生活シーンやポートレートも人気のあるテーマでした。この1836年の絵画では、ヴィルヘルム.マーストランドは、伝統的な衣装を着たイタリアの若い女性を描いています。
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こちらは1854年の作品「ヴェネツィアの旅人」です。気分が悪くなったのでしょうか、女性が心配そうに男性を見ています。
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デンマークの海洋画に特化した画家アントン.メルビュー(Anton Melbye:1818-1875)の1841年の作品「夏の夜のヴォアディングボー」です。ヴォアディングボーはシェンラン島の南端の町です。これは白夜の夏の夜でしょう。メルビューは、デンマーク国王クリスチャン8世が乗船してバルト海や北海へ航海した軍艦への同乗が許されました。更にモロッコへの航海にも同行しています。この画家の弟に、同じ海洋画家のヴィルヘルムと風景画家のフリッツがいます。
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風俗画を多く手がけたデンマークの画家クレステン.ダルスゴー(Christen Dalsgaard:1824-1907)の作品3点です。
これは1847年の作品「牧師館」です。彼は、デンマークの伝統的な風習や民族衣装、職業の人々の姿を描き、多くのデンマークの画家と異なり外国での修行はありませんでした。 -
こちらはダルスゴーの1863年の作品「回復期」です。病気から回復中の少女が椅子に座り読書をしています。右手と膝掛けに草花が見えます。
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これは1879年の作品「彼は本当に来るのかしら?」です。左手に仕掛かり中の編み物を持っています。右手には編み棒を持って口に当てているようです。
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教会の祭壇画や人物画、風景画を描いたデンマークの画家アントン.ドーフの1905年の作品「漁師の夫が漁から帰ってくるのを待っている若い妻」です。若い妻は窓を開けて海を見つめ、右端では赤ちゃんがスヤスヤと眠っています。ドーフは、王立美術アカデミーで絵画を学び、肖像画や風俗画の制作で活躍を始めました。1859年から2年間、アカデミーからの奨学金でイタリアを旅行しています。アカデミーからの受賞後からシェラン島の漁師の姿が題材に加わりました。ドーフの仕事の最も大きい部分は、教会の祭壇画を描く事でした。
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デンマークの画家カール.ブロッホ(Carl Bloch:1834-1890)の1853年の作品「書斎の俳優クリスチャン.マンツィウス」です。カール.ブロッホは、コペンハーゲンに生まれ、絵画の才能と興味を示し、1849年から王立美術アカデミーで前掲のヴィルヘルム.マーストランに学びました。1850年代は風俗画を描いていましたが、1859年から1865年の間のイタリア滞在後期に宗教画や歴史画を手がけるようになりました。
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カール.ブロッホの1858年の作品で「ユトランド半島の西海岸で、迫り来る嵐を心配し、浜で漁師の帰りを待っている家族」です。遠くの浜でも引き上げられる船の周りに大勢の人が集まっています。海の方向を心配そうに(?)見ている犬も描かれています。この写真では切れてしまいましたが、右上に丘があり、そこにも5人の人々が海を見つめています。
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デンマークのロマンティック派の画家ルドヴィグ.アベリン.シューの1861年の作品「フェンスマークの農家の1室」です。フェンスマークはシェラン島の南部の村です。こちらの絵画も微笑ましいシーンです。若い母親が編み物をし、横のクリブでは赤ちゃんが眠っています。彼は王立美術アカデミーで学び銀メダルを受賞しましたが満足せず画家を諦め掛けました。しかし親戚の支援で26歳の時イタリアに旅行しますが3年後フィレンツェで病死してしまいます。
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自然主義的な風景と鮮やかな色の人物画を描いたヴィゴ.クリスチャン.ペダーセン(Viggo Christian Pedersen:1854-1926)作の「ソーラ、オークスの木の下での羊の放牧」です。ソーラは、イタリアの夢を追求した若いデンマークとノルウェーの芸術家のグループが集まったイタリアの町です。ヴィゴ.クリスチャン.ペダーセンは芸術家の家庭に生まれ、王立美術アカデミーを卒業し、ヨーロッパ各地を旅しました。
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こちらはペダーセンの1884年の作品で「ソーラのリーリ川で洗濯に精出す女性達」です。
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デンマーク印象派の画家テオドア.フィリップセン(Theodor Philipsen:1840-1920)の作品6点です。フィリップセンは馬や牛などの家畜がいる風景画を多く描いています。フィリップセンもクロイヤー達と共にイタリアのソーラとチヴィタ.ダンティーノに集まった若い画家のグループの一人です。
まず1点目は1879年の作品「オステリアの前の馬に乗った3人の無骨者」です。 -
これはフィリップセンの1883年の作品で「灰色の天気のソーラの風景、運河で洗濯する女性達」です。ソーラは何度も出てきますが、デンマークやノルウェーの若い画家が集まったイタリア中部の村です。
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これも1883年の作品「ソーラの山道、羊、山羊、ロバを連れた道端の羊飼い」です。
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これもフィリップセンの1883年の作品「ソーラの宿屋」です。
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これは1883/86年頃の作品「ローマ郊外フラミニア街道の家畜用の水飲み場」です。フラミニア街道は、後にローマ帝国初代皇帝になったアウグストゥスが指揮し建設された300Kmを超える重要な戦略上の街道で、ローマの北でアドリア海に面した海浜都市リミニまで通じでいます。水飲み場の後方に大衆向けのレストランであるトラットリアの看板の店が描かれています。
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2012年春の北部イタリアのドライブ旅行で撮影したリミニのアウグストゥス凱旋門です。ローマ元老院が初代皇帝アウグストゥスに贈ったもので、古代ローマ時代の凱旋門では現存する最古のものです。
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これも1883年の作品でイタリアのソーラでの情景を描いた絵画でロバの蹄鉄を交換している鍛冶屋さんのシーンです。
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デンマークの画家でスケーエンに集まった画家のグループの一人のミカエル.アンカー(Michael Ancher:1849-1927)の1880年の作品「砂丘の中の盲目のクリスチャンとタイン」です。地元のスカーゲンの女の子と盲目の男性は、熱い砂の上に座っています。彼らの穴の空いた服や男性の汚い足は、貧しい地元住民の過酷な生活条件を証明しています。アンカーは1865年に前掲の画家テオドア.フィリップセンに会い画家の道を志ざします。1874年に仲間に誘われ初めてスケーエンを訪れます。1880年代にスケーエンはフランス印象派に影響を受けて、戸外制作をするデンマークや北欧の画家たちの集まる場所となっていました。この作品の女性のタインは、前日の旅行記で紹介しましたオードロップゴー美術館展示の1881年頃の作品「かぎ針編みの若い女の子」にとても良く似ています。こちらの方は糸巻き作業を屋外でやっています。
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これはスケーエンで知り合い、1880年に結婚したミカエル.アンカーの妻のアンナ.アンカー(Anna Ancher:1859-1935)の1883/86年の作品「台所のメイド」です。メイドさんは目隠しにもなる日除けの布を張った窓辺で仕事をしています。アンナ.アンカーの光の巧みな使用と親密さの感覚を呼び起こす鋭く研ぎ澄まされた能力は、この雰囲気のある油絵で明らかです。
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デンマークのロマンチックな風景画家ピーター.クリスチャンタム.センスコフガード(Peter Christian Skovgaard:1817-1875)の作品「冬の景色」です。何か特別な行事が行われるようで、それを見ようと二人の女性が雪道を走って行きます。道の奥では多数の乗馬の人物が見えます。この画家の2人の息子、ヨアキム、ニールスそして娘のスゼット.ホルテンを画家として育てています。
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上掲のピーター.センスコフガードの長男のヨアキム.センスコフガード(Joakim Skovgaard:1856-1933)の作品8点です。幼い頃からデンマーク黄金時代の伝統に基づく父親の指導を得た後、王立美術アカデミーで研鑽しました。その後パリの学校でリアリズムへの傾向に影響を受け、イタリアやギリシャへの旅行で象徴主義への関心を高めました。ローマでは、前掲の画家テオドア.フィリップセンが採った印象派の絵画へのアプローチに影響を受けました。
この絵は1878年の作品「曇り空の下、ロラン島の春の羊毛刈り 」です。ロラン島はシェラン島の南に位置する島です。この絵はヨアキム.センスコフガードが外国に修行に行く前の作品です。 -
これは1883年の作品で「チヴィタ.ダンティーノでの秋の刈り入れ」です。チヴィタ.ダンティーノは、ソーラと共に若い画家達が集まったイタリアの町です。黄金色に輝く麦の穂の中の二人です。これを見ると、昔の麦の刈り入れ作業の大変さがよく分かります。
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こちらも同じ1883年の作品で「ソーラの郊外」です。農家の人々が集まっています。
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これも1883年の作品「ソーラの市場」です。子豚が広場でウロウロしていますが、この子豚も売り物でしょうか。
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こちらは1884年の作品で「ソーラのリーリ宿屋前の広場」です。
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これはヨアキム.センスコフガードの1884年の作品「ソーラの市場の日」です。夫婦らしき男女が子豚を売っているようです。この作品に似た1893年の作品が国立美術館にあります。
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こちらがその作品で縦横サイズが半分以下で、上掲のパネルの下絵の可能性があります。この写真は、国立美術館のウェブサイトの "https://www.smk.dk/"から借画です。
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これは1884年の作品で「リーリ川の秋の日」です。水浴をする女性達が描かれています。
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これは1886年の作品で「ソーラのリーリ川での洗濯の日」です。川に水汲みに来ているようで、女性達は大きな甕を持っています。
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デンマークの画家兼イラストレーターのエリック.ヘニングセンの1886年の作品「子供殺し」です。ヘニングセンは、社会主義的な現実主義者で、貧しい人や弱者に寄り添った絵画を描いています。若い女性は、未婚の母親として直面するであろう貧困と偏見を避けるために、生まれたばかりの子供を殺してしいました。「最高の正義は最高の不正義;厳格すぎる正義は不公正に通じる」と言う格言が添えられています。この画家の印象的な作品2点を前日の旅行記で紹介しています。
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デンマークの画家クリスチャン.サートマン(Kristian Zahrtmann:1843-1917)の作品2点です。サートマンは、クロイヤー達と共にイタリアのソーラやチヴィタ.ダンティーノの町で集まっています。
この絵画は1883年の作品で「パラツェット.ファルネーゼの中庭」です。彼のイタリア人の風俗画は、気取らないリラックスした雰囲気が特徴です。パラツェット.ファルネーゼの静かな中庭では、勤勉な靴職人が妻と一緒にテーブルの前に座っている様子が描かれています。男の子がテーブルの端に立って、大人が何をしているのかを好奇心を持って見つめ、別の女性が後方でアイロンをかけるのに忙しくしています。各人は、深い集中の状態で、彼らの周囲に全く気づいていません。 -
これは1883年の作品で「チヴィタ.ダンティーノの町でライムを運ぶ若い女性達」です。この画家は、17世紀のデンマークの王女、レオノーラ.クリスティーナといった、デンマークの歴史における悲劇的な女性を描いた作品で知られています。
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ノルウェーの画家クリスチャン.マイヤー.ロス(Christian Meyer Ross:1843-1904)の1884年の作品で「ソーラの水汲み場」です。ロスは、コペンハーゲンの王立美術アカデミーを卒業し、ミュンヘンやパリで更に研鑽し1879年からローマに定住しました。
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風俗画や風景画を得意としたノルウェーの画家エイリッフ.ペーテシェン(Eilif Peterssen:1852-1928)の作品4点です。ペーテシェンは、ノルウェーの学校を卒業後デンマーク王立美術アカデミーで半年ほど学びました。更にドイツの複数の学校でも勉強をし、イタリアにも旅行しています。1882年にはデンマークの画家のペーダー.セヴェリン.クロイヤーらの「スケーエン派」の画家と共に活動しました。
この絵は1880年の作品で「ソーラのオステリアでのシエスタ」です。 -
これは1882/83年の作品「ローマのモンタナラ広場」です。モンタナラ広場は、カピトリーノの丘の西側で、古代ローマの劇場であるマルケッルス劇場の近くにありましたが、ムッソリーニ時代に姿を消しました。この絵の背景の建物がマルケッルス劇場のようです。
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上掲画面の手前で赤ちゃんを抱いて座る女性を拡大しました。
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ペーテシェンの「陶器売りのミケーレ.アルカンジェロ」と題名が付いた1882年の作品2点です。
これは座ってお仕事中のようです。後ろの傘は修理を請け負ったものでしょうか。手で支えている陶器の、釉を塗って輝く内側が印象的です。 -
こちらは次の場所への移動開始の状態でしょうか。彼の左手下には2個の壺が残っています。上掲のパネルは小さなものですが、こちらは大きな縦型のパネルです。
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最後の展示室は画家の紹介に使われていました。
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1時間15分程のヒヤシュブルング.コレクション美術館滞在を最後に、今日の美術館ハシゴ訪問を終了します。中央の看板は特別展の案内です。この美術館の建物はネオクラッシク様式で建てられ、ペディメントとドーリア式の柱のあるファサードを備えています。
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これはヒヤシュブルング.コレクション美術館や国立美術館があるエスター.アンレッグ公園の西側にあり、紅葉した蔦が壁面を覆う学校の建物です。
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エスター.アンレッグ公園の南西角から南の方向を望んでいます。通りの右側遠くにコペンハーゲン大学社会科学部の建物の青銅のドーム、聖アンドリュー教会の尖塔が見えています。
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コペンハーゲンも自転車天国です。中央で女性が漕ぐ3輪自転車は幼児が乗っているのでしょうか。
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ローゼンボー公園内に入りました。 木々の葉が色付き始め、とても綺麗でした。
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ローゼンボー離宮庭園内の彫像です。このブロンズ像は、クリスチャン8世の2番目の夫人のキャロライン.アマリエ王妃です。
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こちらのブロンズ像は「リトル.ガンバー」です。リトル.ガンバーは、ドイツ語の音楽劇の一種であるジングシュピールの「漁師」に登場する架空の人物だそうです。
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可愛い小鳥もこの公園に住み着いているようです。
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前方に見える建物の並びに、ダヴィデ.コレクション美術館がありました。
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芝生に先程見た同型の3輪自転車が置いてありました。このタイプは幼児の乗車にも荷物の運搬にも利用されています。
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ローゼンボー公園の南端の正面にある赤煉瓦の建物です。"Bolia.com"と言う名の家具店です。ファサード上部の可愛いブロンズ製の飾りが目に付きました。
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こちらは赤ちゃんや幼児のための衣服やおもちゃを扱うお店のショー.ウィンドーです。
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これは着物を着た日本の少女を描いたコケシ風の絵です。
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懐かしい観光ポスターです。ジジが初めてコペンハーゲンを訪れた1973年に見ました。1959年に制作されたポスターだそうです。
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デンマークのメーカー"Larry vs Harry"製の、ブリッツ(Bullitt).ブランドのカーゴ.バイクです。これでも2輪自転車です。日本にも輸入されているようです。興味のある方は下記のウェブ.サイトをご覧ください。
"https://www.eurobike.net/larryvsharry" -
ショッピング.ストリートのストロイエに入りました。右手の奥に百貨店のイルムが見えてきました。まだ4時半で通りを歩く人は疎らです。
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イルムのファサードです。イルムの商標の下が正面玄関です。窓を囲む柱には、頭像を含む繊細な彫刻が施されています。
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上掲の写真の上方です。アール.ヌーボー風には見えない変わったデザインです。
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建物中央に吹き抜けの空間が造られています。ジジババはこのデパートで家族へのお土産を買いました。
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買い物を終えストロイエ通りを歩いて行きます。左手先にレゴのお店が見えてきました。
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これは貨物を運ぶための3輪自転車の荷物室で子供達が遊んでいる情景です。
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トルコ料理のレストランの宣伝をするサンドイッチ.マンが歩いていました。
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レゴのお店のショー.ウィンドーです。
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ちょっと入って見ました。
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ジジの顔もレゴで組み立てたようにギザギザになっています。
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驚くべき長さと量の頭髪の男性です。
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ストロイエ通りの途中にあるガメルトーゥ(Gammeltorv)広場カリタスの噴水です。女性が幼児を育んでいます。
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今日1日の歩行は17.513歩でした。明日は今回の北欧の旅の最終日です。今夜は荷造りで頑張ります。
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