2010/02/21 - 2010/03/06
27位(同エリア61件中)
エフサさん
巣ごもりながら、以前の旅行を振り返ってみた。4トラに出逢っていれば、もっとまともな写真が撮れただろうにと悔やむ事多し。
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イエローカード
日本から直行すればルワンダ入国時にイエローカードの提示は必要ない。けれど周りの国が YELLOW FEVER なので万が一の陸路移動を想定して、とりあえず取得してから行くことにした。
2016年に有効期限が10年から一生涯に変更された。ありがたい。コロナもこうなれば嬉しいのだが。
4トラ仲間のハードボイルド・トラベラーさんがかつてワシと同様、ナイロビ経由で隣国入りした。帰りのナイロビで、イエローカードがなくて空港検疫に引っかかり、強制連行された挙げ句にその場でブスッと強制注射。日本の1/4の価格でイエローカードをゲットしたと言うエピソードの持主だ。
ワシなら絶対にパニクるな。さしずめシドニー・ポワティエにスコポラミン(自白剤)を打たれるスパイの心境。まさにハードボイルドだど。彼は常に肝の据わった旅の強者だ。すごいよなぁ。
https://4travel.jp/travelogue/11639188 -
ナイロビからケニア航空でキガリに入る。飛行機が最終アプローチに入り、赤土の大地が見えて来た。
ラテライト。太古の土が広がる千の丘の国ルワンダ。
ジェノサイドの悲劇を乗り越えて、アフリカのシンガポールを目指す国。 -
入国する数時間前にテロが起きていた。庶民でにぎわう朝の市場にグレネードが撃ち込まれたのだ。当時、西に接するコンゴ民の東部には反政府武装勢力がくすぶっていてPKOもうまく機能していなかった。たまにルワンダにも火の粉が及び犠牲者が出たらしい。
ジェノサイド、キリングフィールド。今そこにある惨状。コンゴ民では未だに続いている。そして新たな地で歴史はまた繰り返される。 -
Sainte-Famille Church (聖家族教会)
ここでも沢山の人が犠牲になった。
考えられない方向に足の曲がった老人が前の歩道に座っていた。酷い言い方を承知の上で言えば、地べたにグシャっと潰されて上半身だけ起き上がっている、そんな感じだった。子供の頃、デパートの前に座っていた傷痍軍人を思い出した。
物乞いかなと思ったが、彼の前には器がない。このままで大丈夫だろうかと思いつつも通り過ぎる。彼のプライドを傷つけたくないと言う気持ちもあった。
ノーリアクションの彼が気になり、教会も覗いてみたいとの思いもあって引き返してみると彼の姿が消えていた。ほんのわずかの間の出来事だった。 -
シンバ
小規模のスーパーマーケットだが庶民的な品揃えが良いせいか、結構にぎわっている。近くの交差点には自動小銃を担った兵士が一人立っていた。 -
シンバの辻向いのこのビルの一階にもスーパーマーケットがあった。中は冷房が効いていて心地よく、背もたれのないベンチで休んでいると背後に何やら人の気配。見ると微笑む女性が一人。ナンパか? ワンピースにベルト、そしてショートジャケット。スリムな体にぴったりと似合っている。
なんだろうと思いリュックを背負いながら立ち上がり振り返ると彼女の姿が消えていた。 -
買い物の後でリュックを見ると鍵のかからない方のファスナーが開いていて、中のクリアファイルが抜き取られていた。
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とは言え治安はとても良い。夜な夜なホテル近くのこの店に生ビールを呑みに通っていた。ナイロビとは雲泥の差だ。
オープンテラスのカウンター。男達は黒っぽい服を着ている。暗い夜道で彼らと出くわすと、まるでウェルズの小説の男、眼球だけが消えずにもだえ苦しむ透明人間に鉢合わせた様で、心臓が縮み上がるほど驚いた。
ウワァっ! と言ったら向こうも ウワァっ!っと言って、互いに腰を抜かしそうになった。ワシも相当な強面らしい。 -
滞在したホテルはここ、Umubano
アフリカには「ン」で始まる地名や人名は珍しくない。気のせいかレセプションの人が「ンムバーノ」と発音した様な気がした。シリトリが長引きそうだ。
部屋の机の引出しの聖書の横に、避妊具が2つ置かれていた。思わずため息。
「汝、姦淫するなかれ」
その夜、誰かにノックされたが無視をした。翌日、部屋の清掃後、引出しには聖書だけが残されていた。 -
ホテルの近くに小学校があり、下校途中の制服を着た子供達に出会った事があった。皆んなキラキラした目で駆け寄って来て色々と話しかけてくる。今ならさしずめ出川哲朗になった様な気分か。
ワシが子供の頃、片田舎の街角で外人さんを見かけて、とても興奮したことを思い出した。
ここではワシが異邦人。彼らにとって今日、日本人と話した事がちょっとしたイベントになったのなら嬉しい限り。 -
バスはトヨタのハイエース。千原せいじのアフリカの旅で、すっかりお馴染みになった車種だ。
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バスストップ
でもバスには乗らない。街は足で周る。バイタクなどもってのほかだ。メットで頭が納豆臭くなるのはいやだ。 -
途上国の車のほとんどが日本車だ。ルワンダもしかり。圧倒的にトヨタが多い。
ルワンダの車は右側通行、左ハンドル。右ハンドルの日本車は乗りにくいだろうな。
アフリカのどこかで日本の中古車の輸入販売を禁止した国があった。事故が絶えないというのがその理由だ。8割が逆ハンドルだったら、実状にそぐわぬ道路交通法は矛盾だらけだ。 -
道路を走る除雪グレーダ(ブルドーザーの前のブレードが車体の真ん中にあるタイプ)を見かけた。アフリカに除雪車?と思って見たその背中にはなんと「横手市」の看板が!
思わず
「横手~!」
と叫んでしまった。 -
ルワンダ。千の丘の国。
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街にはゴミ一つ落ちていない。
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毎月最終土曜日は勤労奉仕の日
皆んなで周辺の草取りやゴミ拾い、下水掃除や木を植えたりする日だ。かつて殺し殺され合った隣人同士が話し合いながら各々の地域で作業を進めてゆく‥
何が彼らを変えたのか? -
その日、道路ののりめんの修復に駆り出された囚人達を見かけた。囚人服の上下はなんとピンク!
こりゃ~あ、目立つわ。 -
真ん中にある調理用のバナナ。
ルワンダ料理は豆とかバナナとか野菜主体の料理が多い印象を受けた。しかもあまり脂っこくない。極めて健康的だ。
定食屋で初めて調理用のバナナを食べた時はイモだと思った。そう、ジャガイモの煮っ転がしの様だった。肉じゃがならぬ肉バナナは最高に旨かったな。なんの肉か聞くのを忘れたが、まさかゴリラの肉ではあるまい。 -
帰りの空港で、日本のおばちゃん達に出会った。全員高齢者。ゴリラツアーで山に入って来たらしい。
トレッキングシューズにキャハン、モンベルのパーカーにサファリハット。足元からズボンへの蟻の侵入対策もバッチリ。おばちゃん達は元気のかたまりだった。 -
聞けばアジスアベバ→ドバイ 経由で帰るらしい。
ワシは、ナイロビ →アムステルダム 経由。
ヨーロッパからのアフリカ入りは、既に過去のものとなっていた。
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