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福岡県中西部、筑紫地域の市である太宰府を訪れました。飛鳥時代に「大宰府」が置かれたことにより栄え、太宰府天満宮や多くの史跡が遺り、毎年たくさんの観光客が訪れる観光都市でもあります。最近は、新年号「令和」に関連しての盛り上がりもありました。<br />★太宰府天満宮とその門前町を散策。ご当地グルメもしっかり。<br />★大宰府にゆかりのある史跡を探訪。<br /><br />[いただいた郷土料理/ご当地グルメ]<br />◎「仙頭」の、モツ鍋<br />◎「甘木屋」「お石茶屋」の、梅ヶ枝餅<br />◎「YAMAYA BASE DAZAIFU」の、明太フランス

太宰府_Dazaifu 遠の朝廷(とおのみかど)!天神さまを祀る、新年号『令和』発祥の都

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2020/02/23 - 2020/02/23

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RAINDANCE

RAINDANCEさん

福岡県中西部、筑紫地域の市である太宰府を訪れました。飛鳥時代に「大宰府」が置かれたことにより栄え、太宰府天満宮や多くの史跡が遺り、毎年たくさんの観光客が訪れる観光都市でもあります。最近は、新年号「令和」に関連しての盛り上がりもありました。
★太宰府天満宮とその門前町を散策。ご当地グルメもしっかり。
★大宰府にゆかりのある史跡を探訪。

[いただいた郷土料理/ご当地グルメ]
◎「仙頭」の、モツ鍋
◎「甘木屋」「お石茶屋」の、梅ヶ枝餅
◎「YAMAYA BASE DAZAIFU」の、明太フランス

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
グルメ
4.0
同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
レンタカー ANAグループ
旅行の手配内容
個別手配

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  • 福岡への2泊3日の旅、2日目は一足伸ばして太宰府へ向かいます。観光の拠点とした福岡天神の渡辺通に近い「HOTEL Mei」を出発。

    福岡への2泊3日の旅、2日目は一足伸ばして太宰府へ向かいます。観光の拠点とした福岡天神の渡辺通に近い「HOTEL Mei」を出発。

  • 予約をしておいたタイムズレンタカーへ。

    予約をしておいたタイムズレンタカーへ。

  • ホンダのフィットでした。

    ホンダのフィットでした。

  • 福岡市を離れる前に、市内で少し早めのランチです。

    福岡市を離れる前に、市内で少し早めのランチです。

  • 中央区の「大名(だいみょう)」という地区ににやってきました。天神の西隣です。餃子で有名なテムジンの本店がありますが、目的はここではありません。そもそもまだ開いてないし。

    中央区の「大名(だいみょう)」という地区ににやってきました。天神の西隣です。餃子で有名なテムジンの本店がありますが、目的はここではありません。そもそもまだ開いてないし。

  • 「もつ鍋 前田屋」には行列が始まってます。が、目的はここでもありません。

    「もつ鍋 前田屋」には行列が始まってます。が、目的はここでもありません。

  • 大名中央通りから大名小前えのき通りへ。「天麩羅処ひらお」にも行列。大名にも美味い店が多いんですね。目的はここでもありません。

    大名中央通りから大名小前えのき通りへ。「天麩羅処ひらお」にも行列。大名にも美味い店が多いんですね。目的はここでもありません。

  • 明治6年(1873年)に開校した旧大名小学校のレンガ塀と門が遺されていました。

    明治6年(1873年)に開校した旧大名小学校のレンガ塀と門が遺されていました。

  • 福岡をはじめ九州各県の名物が味わえるという定食屋「博多 弁天堂」、ここも人気のお店。なのですが...

    福岡をはじめ九州各県の名物が味わえるという定食屋「博多 弁天堂」、ここも人気のお店。なのですが...

  • ...私たちの目的はその隣、この細い路に入ります。

    ...私たちの目的はその隣、この細い路に入ります。

  • 「もつ鍋 仙頭 大名本店」。

    「もつ鍋 仙頭 大名本店」。

  • 隠れ家的なお店です。”にじり口”とまでは言いませんが、かがまないと入れない狭い入口。

    隠れ家的なお店です。”にじり口”とまでは言いませんが、かがまないと入れない狭い入口。

  • レトロモダンな店内。

    レトロモダンな店内。

  • 1階奥のテラス席に案内されました。

    1階奥のテラス席に案内されました。

  • お通しと前菜。

    お通しと前菜。

  • そして”仙頭もつ鍋”をチョイス。

    そして”仙頭もつ鍋”をチョイス。

  • 自家製塩ダレ、炙りモツ、塩麹レモン...と、ちょっと変わりダネのもつ鍋。

    自家製塩ダレ、炙りモツ、塩麹レモン...と、ちょっと変わりダネのもつ鍋。

  • 自家製塩ダレがベースの秘伝のスープに塩麹レモンがさっぱりと効いて美味い。

    自家製塩ダレがベースの秘伝のスープに塩麹レモンがさっぱりと効いて美味い。

  • 炙りモツを追加です。炙ることで余分な脂と臭みが抑えられ、クセがなくヘルシーな感じ。こってり好きには向かないかもしれません。

    炙りモツを追加です。炙ることで余分な脂と臭みが抑えられ、クセがなくヘルシーな感じ。こってり好きには向かないかもしれません。

  • 薬味で味を変えながら。

    薬味で味を変えながら。

  • ごちそうさまでした。上述のようなテイストであり、女性のお客さんが多いですね。妻は喜んでくれました。

    ごちそうさまでした。上述のようなテイストであり、女性のお客さんが多いですね。妻は喜んでくれました。

  • 腹ごしらえを終え、太宰府へ向け出発。

    腹ごしらえを終え、太宰府へ向け出発。

  • 福岡市中心部から南へ約20km、高速道路を使って30分強で大宰府に到着。太宰府天満宮の西500mほどのところにある「太宰府駐車センター」に駐車(有料)。ここが天満宮周辺で一番大きな駐車場かと思います。

    福岡市中心部から南へ約20km、高速道路を使って30分強で大宰府に到着。太宰府天満宮の西500mほどのところにある「太宰府駐車センター」に駐車(有料)。ここが天満宮周辺で一番大きな駐車場かと思います。

  • 「天神様通り」を東進し、太宰府天満宮を目指します。

    「天神様通り」を東進し、太宰府天満宮を目指します。

  • 有名な神社には、昔も今も参拝客を相手にした門前町が栄えます。

    有名な神社には、昔も今も参拝客を相手にした門前町が栄えます。

  • 2002年に九州ラーメン総選挙で1位を獲得した「ラーメン暖暮(だんぼ)」の支店。行列です。

    2002年に九州ラーメン総選挙で1位を獲得した「ラーメン暖暮(だんぼ)」の支店。行列です。

  • ”明太子”のやまや太宰府店に併設されている「YAMAYA BASE DAZAIFU」。明太フランス専門店 です。魅力的なご当地グルメですが、ここへは後で寄ることにしましょう。<br />

    ”明太子”のやまや太宰府店に併設されている「YAMAYA BASE DAZAIFU」。明太フランス専門店 です。魅力的なご当地グルメですが、ここへは後で寄ることにしましょう。

  • 太宰府駅前広場。

    太宰府駅前広場。

  • 広場を抜けると、太宰府天満宮参道に入ります。

    広場を抜けると、太宰府天満宮参道に入ります。

  • 参道に入ると、年代を感じる建物が散見されます。ここはカフェ。

    参道に入ると、年代を感じる建物が散見されます。ここはカフェ。

  • 菓子処。

    菓子処。

  • 多くの観光客で賑わってます。

    多くの観光客で賑わってます。

  • スタバの太宰府店、建築家・隈研吾氏により設計されました。木組み構造を用いたデザインです。隈氏は木組みのデザインがお好きですね。

    スタバの太宰府店、建築家・隈研吾氏により設計されました。木組み構造を用いたデザインです。隈氏は木組みのデザインがお好きですね。

  • 左右に誘惑が多いこの通り、境内にあと一歩というところで妻がついにこの「甘木屋」につかまってしまいました。

    左右に誘惑が多いこの通り、境内にあと一歩というところで妻がついにこの「甘木屋」につかまってしまいました。

  • 目当ては、太宰府名物の「梅ヶ枝(うめがえ)餅」です。もう完全にロックオン...この状況で「後にしよう」などと言うとたちまちご機嫌ナナメになるので、ここは休憩するしかありません。

    目当ては、太宰府名物の「梅ヶ枝(うめがえ)餅」です。もう完全にロックオン...この状況で「後にしよう」などと言うとたちまちご機嫌ナナメになるので、ここは休憩するしかありません。

  • お餅生地にあんこが詰められ焼き上げられており、表面は香ばしくカリッとします。出来立て熱々をハフハフ言いながらいただきました。

    お餅生地にあんこが詰められ焼き上げられており、表面は香ばしくカリッとします。出来立て熱々をハフハフ言いながらいただきました。

  • ...ということで、態勢万全で境内へ。

    ...ということで、態勢万全で境内へ。

  • 太宰府天満宮は、天神様(菅原道真)を祀る全国約一万二千社の総本宮で、”学問・至誠・厄除け”の神として尊崇を集めています。

    太宰府天満宮は、天神様(菅原道真)を祀る全国約一万二千社の総本宮で、”学問・至誠・厄除け”の神として尊崇を集めています。

  • 心字池に架かる太鼓橋。

    心字池に架かる太鼓橋。

  • 「今応社」と橋。心字池に架かる神橋は三つあり、過去・現在・未来を表すそうで、そこを通ると心身が清められるのだとか。

    「今応社」と橋。心字池に架かる神橋は三つあり、過去・現在・未来を表すそうで、そこを通ると心身が清められるのだとか。

  • 海の神様が祀られているという「志賀社」、長禄2年(1458年)に再建された国の重文です。

    海の神様が祀られているという「志賀社」、長禄2年(1458年)に再建された国の重文です。

  • 大正3年(1914年)に再建された「楼門」。

    大正3年(1914年)に再建された「楼門」。

  • 楼門は、表と裏で形が違うという珍しいもの。

    楼門は、表と裏で形が違うという珍しいもの。

  • 境内にはたくさんの梅の花。

    境内にはたくさんの梅の花。

  • 「本殿」。現在の建物は天正19年(1591年)竣工、築四百年以上の桃山様式とのこと。

    「本殿」。現在の建物は天正19年(1591年)竣工、築四百年以上の桃山様式とのこと。

  • ずっしりと重厚で歴史を感じる建物です。

    ずっしりと重厚で歴史を感じる建物です。

  • 豪壮華麗でもあります。菅原道真は学問の才能を発揮し学者・政治家・文人として活躍しましたが、謀略により京都から大宰府に流され、延喜3年(903年)に住んでいた太宰府政庁でその生涯を終えました。

    豪壮華麗でもあります。菅原道真は学問の才能を発揮し学者・政治家・文人として活躍しましたが、謀略により京都から大宰府に流され、延喜3年(903年)に住んでいた太宰府政庁でその生涯を終えました。

  • 本殿をお参りした後は、天開稲荷社へ。

    本殿をお参りした後は、天開稲荷社へ。

  • 「夫婦楠」。

    「夫婦楠」。

  • 「野見宿禰(のみのすくね=菅原道真の先祖)の顕彰碑」と「筆塚」。

    「野見宿禰(のみのすくね=菅原道真の先祖)の顕彰碑」と「筆塚」。

  • 「包丁塚」。

    「包丁塚」。

  • 数軒の茶店が並ぶ梅林。

    数軒の茶店が並ぶ梅林。

  • 梅林を抜けて...

    梅林を抜けて...

  • 「天開稲荷社」にやってきました。

    「天開稲荷社」にやってきました。

  • 鎌倉時代末期に京都の伏見稲荷大社から御分霊を勧請され、もともとは宮司邸に祀られていたそうです。

    鎌倉時代末期に京都の伏見稲荷大社から御分霊を勧請され、もともとは宮司邸に祀られていたそうです。

  • 奥の院(石室)への参道「天へ続く道」。

    奥の院(石室)への参道「天へ続く道」。

  • こちらが石室。

    こちらが石室。

  • 「九州最古のお稲荷さん」として、パワースポットとしても知られているそうです。

    「九州最古のお稲荷さん」として、パワースポットとしても知られているそうです。

  • さて、太宰府の門前町へ戻りましょう。あ!このシチュエーションは...

    さて、太宰府の門前町へ戻りましょう。あ!このシチュエーションは...

  • 「奥の院まで上がってちょっと疲れたなぁ、何か甘いものでもいただきながらちょっと休まない?」...やはり、妻が甘いものに吸い込まれるパターンです。...「はい」。

    「奥の院まで上がってちょっと疲れたなぁ、何か甘いものでもいただきながらちょっと休まない?」...やはり、妻が甘いものに吸い込まれるパターンです。...「はい」。

  • 「お石茶屋」にて。

    「お石茶屋」にて。

  • ここの梅ヶ枝餅は、ちょっと皮が厚めでもっちり感があり、これはこれで美味し。

    ここの梅ヶ枝餅は、ちょっと皮が厚めでもっちり感があり、これはこれで美味し。

  • 門前町へ戻る前に、天満宮から連絡通路がのびている九州国立博物館へ寄り道。

    門前町へ戻る前に、天満宮から連絡通路がのびている九州国立博物館へ寄り道。

  • 「九州国立博物館」。平成17年(2005年)に開館した、国内4番目の国立博物館です。

    「九州国立博物館」。平成17年(2005年)に開館した、国内4番目の国立博物館です。

  • 国立博物館の中でも最大級ということで、建物だけ見に来ました。

    国立博物館の中でも最大級ということで、建物だけ見に来ました。

  • この博物館のコンセプトは、“日本文化の形成をアジア史的観点から捉える”ということで、アジア諸地域との文化交流の歴史を中心に展示しているのだそう。そのひとつがこの「あじっぱ」、日本と交流のあったアジアやヨーロッパの国々の文化を五感で体感することができる施設です。

    この博物館のコンセプトは、“日本文化の形成をアジア史的観点から捉える”ということで、アジア諸地域との文化交流の歴史を中心に展示しているのだそう。そのひとつがこの「あじっぱ」、日本と交流のあったアジアやヨーロッパの国々の文化を五感で体感することができる施設です。

  • 無料なので、少し見ていきました。

    無料なので、少し見ていきました。

  • 門前町に戻り、天満宮周辺も少しぶらついてみましょう。こちらは天満宮の南に建つ「光明寺」。前庭の“仏光石庭”と本堂裏の“一滴海庭”が、昭和を代表する作庭家の重森三玲によるもの。撮影禁止なので画像がないのが残念。

    門前町に戻り、天満宮周辺も少しぶらついてみましょう。こちらは天満宮の南に建つ「光明寺」。前庭の“仏光石庭”と本堂裏の“一滴海庭”が、昭和を代表する作庭家の重森三玲によるもの。撮影禁止なので画像がないのが残念。

  • 「浮殿(うきどの)庭園」、鎌倉時代に御旅所(おたびじょ)として造られた浮殿(うきどの)で、戦前までは心字池にあったらしいが、2005年に天満宮の南のこの場所に整備されたそう。

    「浮殿(うきどの)庭園」、鎌倉時代に御旅所(おたびじょ)として造られた浮殿(うきどの)で、戦前までは心字池にあったらしいが、2005年に天満宮の南のこの場所に整備されたそう。

  • 天満宮を後にする前に、先述の通り天神様通りの「YAMAYA BASE DAZAIFU」に立ち寄り。

    天満宮を後にする前に、先述の通り天神様通りの「YAMAYA BASE DAZAIFU」に立ち寄り。

  • ”明太フランス”を味わっていきます。

    ”明太フランス”を味わっていきます。

  • 続いて、天満宮の北東2kmほどの場所にある「宝満宮竈門(ほうまんぐうかまど)神社」へ。

    続いて、天満宮の北東2kmほどの場所にある「宝満宮竈門(ほうまんぐうかまど)神社」へ。

  • 社伝によると、天智天皇の代(668年-672年)に大宰府が現在地に遷された際、鬼門に位置する宝満山に八百万の神々を祀ったのが始まりとか。

    社伝によると、天智天皇の代(668年-672年)に大宰府が現在地に遷された際、鬼門に位置する宝満山に八百万の神々を祀ったのが始まりとか。

  • 本殿・拝殿にはかなりの行列。この神社は『鬼滅の刃』の聖地として話題になっているらしい。”かまど”というその名前、宝満山の修験者は”市松模様”の装束を着ること、鬼滅の作者が福岡出身であること...が、その背景にあるようです。

    本殿・拝殿にはかなりの行列。この神社は『鬼滅の刃』の聖地として話題になっているらしい。”かまど”というその名前、宝満山の修験者は”市松模様”の装束を着ること、鬼滅の作者が福岡出身であること...が、その背景にあるようです。

  • 続いて、今度は南西に5kmほど移動し、大宰府政庁跡に近い「観世音(かんぜおん)寺」にやってきました。

    続いて、今度は南西に5kmほど移動し、大宰府政庁跡に近い「観世音(かんぜおん)寺」にやってきました。

  • 7世紀後半、天智天皇が母である斉明天皇の供養のために建立を発願したという、九州を代表する古刹。その本堂は、元禄元年(1688年)福岡藩三代藩主黒田光之によるものとのこと。

    7世紀後半、天智天皇が母である斉明天皇の供養のために建立を発願したという、九州を代表する古刹。その本堂は、元禄元年(1688年)福岡藩三代藩主黒田光之によるものとのこと。

  • ここで見るべきは、鐘楼に吊るされている...

    ここで見るべきは、鐘楼に吊るされている...

  • この「梵鐘」です。7世紀末に鋳造された日本最古の梵鐘だそうです。日本書紀に出てくる鐘はこれのことという説もあり、菅原道真がこの鐘の音を漢詩に詠んだとも。

    この「梵鐘」です。7世紀末に鋳造された日本最古の梵鐘だそうです。日本書紀に出てくる鐘はこれのことという説もあり、菅原道真がこの鐘の音を漢詩に詠んだとも。

  • で、こちらは観世音寺の隣の「戒壇院(かいだんいん)」。

    で、こちらは観世音寺の隣の「戒壇院(かいだんいん)」。

  • 戒壇院とは僧尼が戒めを受ける登壇の場で、まずは奈良の東大寺に天平勝宝6年(754年)に鑑真和上によって設けられたものだそうです。「山門」から入ります。

    戒壇院とは僧尼が戒めを受ける登壇の場で、まずは奈良の東大寺に天平勝宝6年(754年)に鑑真和上によって設けられたものだそうです。「山門」から入ります。

  • 続いて、天平宝字5年(761年)に栃木の下野薬師寺と福岡のこの観世音寺に設けられ、下野薬師寺は東方の国々の僧尼が、この観世音寺は西方の僧尼が授戒する場とされたそうです。こちらが「本堂」。

    続いて、天平宝字5年(761年)に栃木の下野薬師寺と福岡のこの観世音寺に設けられ、下野薬師寺は東方の国々の僧尼が、この観世音寺は西方の僧尼が授戒する場とされたそうです。こちらが「本堂」。

  • このため下野薬師寺戒壇は東戒壇、観世音寺の戒壇は西戒壇とも呼ばれたのだとか。「西戒壇」と掲げられた東門。

    このため下野薬師寺戒壇は東戒壇、観世音寺の戒壇は西戒壇とも呼ばれたのだとか。「西戒壇」と掲げられた東門。

  • そして最後に訪れたのは...満を持して「大宰府政庁跡」です。

    そして最後に訪れたのは...満を持して「大宰府政庁跡」です。

  • 今はただの跡地ですが、ここが千三百年前には九州の政治・文化の中心であり、日本の外交、対外防備の先端拠点でした。

    今はただの跡地ですが、ここが千三百年前には九州の政治・文化の中心であり、日本の外交、対外防備の先端拠点でした。

  • 正殿があった場所。新年号の「令和」は、大宰府近辺にあった大伴旅人邸で開かれた「梅花の宴」で詠まれた32首の歌の序文から採用されたということで、令和元年には大宰府が盛り上がりました。

    正殿があった場所。新年号の「令和」は、大宰府近辺にあった大伴旅人邸で開かれた「梅花の宴」で詠まれた32首の歌の序文から採用されたということで、令和元年には大宰府が盛り上がりました。

  • この礎石の大きさから、さぞかし大きな建物だったのでしょう。

    この礎石の大きさから、さぞかし大きな建物だったのでしょう。

  • これだけの庁がここに存在したのは、大陸を見据えたからだとも言われています。白村江の戦いで大敗した日本は大陸からの脅威に備えなければならず、その防衛の総司令部だったとも。

    これだけの庁がここに存在したのは、大陸を見据えたからだとも言われています。白村江の戦いで大敗した日本は大陸からの脅威に備えなければならず、その防衛の総司令部だったとも。

  • そんな大宰府も鎌倉時代に入るまでに解体・廃絶され、政治経済の中心は北部へと移っていったそうです。

    そんな大宰府も鎌倉時代に入るまでに解体・廃絶され、政治経済の中心は北部へと移っていったそうです。

  • ...というわけで、「大宰府」と「太宰府」の歴史をかみしめて、我々もそろそろ北部(博多)へと移っていくのでした。この後は、中洲の屋台です。あーそれも楽しみ。<br /><br />福岡(中心部)の旅行記は、よろしければこちらをご覧ください。<br />https://4travel.jp/travelogue/11676572

    ...というわけで、「大宰府」と「太宰府」の歴史をかみしめて、我々もそろそろ北部(博多)へと移っていくのでした。この後は、中洲の屋台です。あーそれも楽しみ。

    福岡(中心部)の旅行記は、よろしければこちらをご覧ください。
    https://4travel.jp/travelogue/11676572

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