2021/01/31 - 2021/01/31
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はなまりんさん
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2021年 三社詣り第三弾。
① はこざき八幡宮
② かしい神宮
③ しかうみ神社
お正月の最終日に、駆け込みで福岡市東部の三社詣りを決行!
マイカーで午後から出かけて、夕方までには戻りました。半日の行程です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
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【筥崎八幡宮】
東区の筥崎八幡宮からスタートです。車はお宮の東側の駐車場に停めました。
側面からお宮に入ったので、いきなり楼門です。
入ってビックリ、この行列!!
一月の晦日が日曜日と重なったので、駆け込みでお宮参りをしようという方たちなのでしょう。誰しも、考えることは同じですね。
ソーシャルディスタンスを取る必要もあるので、余計行列が長くなってます。筥崎宮 寺・神社・教会
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筥崎八幡宮は、宇佐・石清水と共に、日本三大八幡宮の一つに数えられています。筑前の国一の宮です。明治政府的には、もちろん、官幣大社です。
御祭神は応神天皇・神功皇后・玉依姫命。
応神天皇はこの近くの宇美という所でお生まれになったと言います。その母が、仲哀天皇の后、神功皇后。
楼門は、入母屋造りの檜皮葺きで、大きな屋根は敷地の7倍もの広さがあるんだそうです。バーンと張り出してますね! -
筥崎八幡宮の扁額は、亀山上皇の御宸筆です。
13世紀の元寇の折、日本軍の本陣の置かれていたこのお宮は、焼き討ちに会って、すべて燃え尽きてしまいました。後年、壮麗な神社として再建された際、この楼門と鳥居を結ぶ長い参道は、一直線に中国の方をを向いて造られたといいます。そして、扁額の文字は、かの有名な「敵国降伏」なのです。
ちなみに、蒙古軍は、神風が吹いたおかげで一夜のうちに全滅してしまったと伝わっています。その故か、筥崎八幡宮は厄除・勝運の神として深い信仰を集めています。
神風とは、台風だったのでしょうか。
福岡市には、元寇防塁という土塁が、百道の海岸に今でも残っています。蒙古軍と日本軍の激しい戦闘の跡を物語る遺跡です。 -
一の鳥居。これぞ結界ですね。
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広い境内です。たくさんの鳩がいるはずなんですが、あまり降りてきていません。どこに行ったのかな?以前は、楼門の屋根にもびっしりと鈴なりだったのですが…
秋の大祭「放生会(ほうじょうえ)」は、生き物を放って、命の恵みに感謝を捧げるというお祭りです。参道に夜店やサーカスなどたくさんの店が立ち並んで、それは賑やかで大人気のお祭りなのですが、近年人出が凄すぎて歩くのもままならないほど。
それで、地元の人たちは、混雑している場所のことを「ほうじょうやのごたあね!」と言うんですよ。 -
筥崎宮の「筥」については、身重の神功皇后が朝鮮征討から戻り、この地で応神天皇を出産された折、へその緒を納めたのが「筥」であり、それをこの地に埋め、その傍らに松の木を植えたとされる言い伝えがあります。その松が「筥松」なのだそうです。
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神社のある場所は現在”箱崎”という町名ですが、この北側には”筥松”という土地があります。史実なのか伝承なのか気になるところですね。
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たくさんの絵馬。
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本殿に向かって右手に、屋根の大きな建物があります。
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内側にはかなり年代を経ていると思われる絵が四方に掛けてあります。でも、傷みがひどすぎて解読不能。
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末社と思しきお宮がいくつもあります。
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こんなにたくさん。
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狛犬さん。片方だけで申し訳ないです。
ここで、筥崎八幡宮を後にして、二社目に向かいます。 -
【香椎神宮】
二社目の香椎神宮は、箱崎から国道3号線を東進し、香椎で南へ下って、JRと西鉄電車の線路を渡って行かなければいけません。 -
神社には広い駐車場があります。日曜日ですが、ゆっくり停められました。
直近の鳥居です。何番目の鳥居でしょうか?香椎宮 寺・神社・教会
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出た! 官幣大社!
しかし、明治政府にこんなこと言われなくても、香椎神宮は由緒正しい古いお宮なのです。何しろ、1800年の歴史を誇り、仲哀天皇崩御の地であることから、その昔は香椎廟と呼ばれて特別な地位にあったというんですから。 -
まさに、仲哀天皇と神功皇后が御祭神。
仲哀天皇がこの地で崩御された後、その志を継いだ神功皇后はこの香椎の浜から新羅征伐に出陣された、と言われています。 -
香椎神宮の来歴や仲哀天皇、神功皇后については、なにしろ記紀の中に記されていることなので、神話の世界の話で架空の事なのだという説もありますが、それにしては故実があまりにもたくさん今に伝えられていることから、やはり実際の歴史なのだという説もあります。
妊娠5か月で巻くはらおびなど、医学的に正しいものだと信じていたのに、実は出撃中の皇后が、出産を遅らせるために石を挟んで巻いたのが起源、などと知れば、これはもう、神功皇后は実在の人物であってほしいと願わずにはいられません。でなきゃ、約5か月もの間、毎日毎日、それに掛ける子どもの人数分の日数を、帯び巻きに精進していた妊婦は、浮かばれませんよ。
おまけに、腹帯の習慣は日本だけの風習なんだそうですね… -
さて、本殿に向かいます。
あらら、ここでも、太鼓橋の向こうにお多福の入り口が!
この楼門も立派。 -
楼門をくぐり、階段を登って
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拝殿に向かいます。
朱の色が鮮やかです。 -
美しい本殿。横から撮影しました。
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屋根が重なり合い、壮麗な御殿のようです。
この建築様式は「香椎造」と呼ばれ、国内唯一のもので、国指定重要文化財なのだそうです。 -
最近、ほんとに絵馬の奉納が増えました。
絵やらコメントやら、上手ですね。若い人たちの物が多いのかな? -
とても広い境内です。大木のご神木もそびえています。
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ご神木は綾杉というんだそうです。神功皇后お手植えだとか。
え?1800年以上も前??!! 屋久杉もビックリ!! -
おや、お稲荷さんが隣り合って並んでいます。
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稲荷神社と鶏石神社。
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左側の稲荷のお狐さん。お稲荷さんだからキツネ。
怖いお顔で睨んでますね。足元にあるのは何かしらん? -
あれ?右側のはお狐さん…じゃなくて、ニワトリさん?! はぁ?!
鶏石神社って…?? 狛犬ならぬコマドリ?? -
広い境内を回っていると、奥の方に「顕彰碑」なるものが建っていました。
「軍艦香椎」とあります。
太平洋戦争に従軍した船に、「香椎」の名を冠した軍艦があったのですね。知りませんでした。その顕彰碑なのだそうです。
昭和15年竣工、そして出撃。東南アジア海域、インド洋等で戦い、昭和20年1月、米軍との激しい交戦の末、ついに海中に没したと記してあります。 -
福岡県を始め、九州各県。また、全国各地出身の殉職者の名前が刻んであります。その数およそ一千。
使い古された言い回しですが、現在の日本の平和は、こういう方々の献身の礎の上に築かれているんだと、改めて思い至りました。
合掌。 心がシンと冷えます… -
【志賀海神社】
香椎宮を後にして、志賀島に向かいます。
三社目は志賀島にある志賀海神社。
国道3号線を離れ、海ノ中道を志賀島に向かって走ります。左側が博多湾、右側は玄界灘です。海の中道海浜公園 公園・植物園
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志賀島のほぼ付け根にあたる小高い山の中腹に、志賀島海神社はあります。
静かな佇まいです。
海神の総本社として、また竜神の集まる龍の都として、パワースポットの一つに数えられています。志賀海神社 寺・神社・教会
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またありました。今度は官幣小社ですって。明治政府の格付けですね。
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お潮井取りの清め砂です。体の右側、左側、中央に振りかけてお清めをするように、と書かれています。
もちろん、私たちも丁寧にお清めをしてから、階段を上りました。
福岡では、山笠のお祭りの前に箱崎浜で行われるお潮井取りが、有名ですね。 -
御祭神は
仲津綿津見神 ナカツワタツミノカミ
底津綿津見神 ソコツワタツミノカミ
表津綿津見神 ウハツワタツミノカミ
ワタとは海のことであり、志賀海神社は海の守り神なのです。
玄界灘は荒波の海の難所。海上交通の要衝を守る神様は、まさに海に生きる人々の心の拠り所だったのでしょう。
海上交通の安全、海産物の恵み、更には災厄の祓い清め、生活の吉凶など、強い力を持つ神様として篤い信仰を集めていたそうです。神社の規模も大層大きなものだったとか。
古代には、安曇氏と呼ばれる強大な一族がこの辺りを一大拠点として活躍しており、このお宮を守っていたと伝わっています。 -
志賀海神社は、万葉集の歌にも詠まれているお宮です。
この歌は、奈良へ向かって旅立つ官人の歌だそうです。
万葉集巻七に収められています。 -
こちらが、その歌碑。
ちはやぶる 鐘(かね)の岬を過ぎぬとも
われは忘れじ 志賀の皇神(すめがみ)
〔航海の難所である鐘の岬を過ぎたとしても
わたしは海路の無事をお願いした
この志賀の神様を忘れません〕
ちなみに、鐘崎は対岸の宗像の岬です。今は、魚の美味しい漁港として知られています。福岡市民は、美味しいお魚が食べたい時は、この鐘崎か、佐賀の唐津や呼子に行くんですよ。
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階段を上がって、上から見た参道です。海に開かれたお宮ですね!
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階段の途中にあった神様です。たしか、山の神と。
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楼門です。凛とした佇まい。
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楼門の前にある太鼓橋ですが、
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これこの通り、つっかい棒で支えてありました。古い物なのでしょうね。当然、渡れません。ちょっと残念。
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狛犬さんたち。 ほとんど獅子頭ですね!
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楼門をくぐって、中から撮影しました。
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この日はお天気も良く、一層清々しさが増します。
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拝殿です。
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どこまでも清々しい境内。
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本殿を後方から撮影。
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末社も並んでいます。
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もちろん、お稲荷さんも。
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鹿のモニュメント。
ん? しか? 志賀=鹿 ?? -
ギョッ シ、シカのツノ!? こげんいっぱい!! ('Д')
鹿の角が大量に保管されています。
神功皇后が対馬で鹿を狩り、帰りにその角を奉納したのが起源だとか。
その後、幾多の人々が鹿の角を奉納し、今では1万本以上にもなっているのだそうです。
初めて見ると、ちょっとギョッとしてしまいますね。 -
遠くの神様を拝む場所。伊勢神宮の方を向いているとも。
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その根元には神功皇后ゆかりの石。夫婦の亀さん。
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ここから望む玄界灘。雄大な景色です。
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志賀海神社は竜神の集まるパワースポットなので、竜神様のおみくじを購入しました。可愛いですね。
子供の頃、このお宮で執り行われた流鏑馬を見た記憶があります。今は歩射祭というものがあるのだとか。流鏑馬はなくなったのでしょうか?それとも思い違いでしょうか… -
境内の梅の花がチラホラ咲き始めていました。
振り返ってみると、今回訪ねた福岡市東部の神社は、どこも、神功皇后の新羅征伐と関わりのある伝承を持っていました。
三社とも博多湾沿いにある神社です。やはり、神功皇后は実在の人物であり、征討は事実なのではないか、と思えてなりません。
古代の世界に思いを馳せる三社詣りになりました。
次は太宰府方面で三社詣りです!
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