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大阪府の北西部に位置する箕面市は、落差33mの箕面大滝や、「勝運の寺」、「勝ちダルマの寺」として、受験・商売・就職・スポーツなど、あらゆる場面での『勝運』を祈って全国から訪れる参拝者が後を絶たない勝尾寺がある町として知られています。<br /><br />京都の羅城門から九州の太宰府に至る重要な街道として、古くは山陽道と呼ばれていた西国街道が、奈良時代以降に現在の箕面市の南部を東西に横断するように整備され、萱野地区内に「草野駅(かやののうまや)」、箕面地区に「豊島牧(てしままき)」、瀬川・半町地区には本陣や旅宿が置かれました。<br /><br />江戸時代には大坂を経由せずに京と西国を結ぶ近道として、ひろく西国諸大名の参勤交代に利用された西国街道は、多くの人々が往来する交通の要衝として賑わいました。<br /><br />そんな西国街道沿いの、西から萱野、粟生新家、小野原の各地区には、年々市街地化が進む現在の箕面市にあって、かつての街道筋らしい落ち着いた佇まいの町並みが残されています。<br /><br />茨木市との境にある小野原には、先ず、江戸時代に疫病が流行した際、その侵入を防ぐため寛政8年(1796年)に村人によって立てられたとされる常夜燈が東西一対で2基残っています。<br /><br />さらに、東の常夜燈と同じ場所には、延元元年(1336年)に楠木正成が勅命により兵庫の湊川へ出陣する際、その水を飲んだと伝えられている井戸、その井戸にちなんで「楠水龍王」と名付けられたお堂、「左 京ふしみ」と書かれた道標などが残っており、往時の西国街道の遥かなる世界へと誘われます。<br /><br />なお、井戸そのものは個人の宅地内にあるため、現在は見ることができないようです。

2020 小野原散歩

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2020/11/05 - 2020/11/05

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nao

naoさん

大阪府の北西部に位置する箕面市は、落差33mの箕面大滝や、「勝運の寺」、「勝ちダルマの寺」として、受験・商売・就職・スポーツなど、あらゆる場面での『勝運』を祈って全国から訪れる参拝者が後を絶たない勝尾寺がある町として知られています。

京都の羅城門から九州の太宰府に至る重要な街道として、古くは山陽道と呼ばれていた西国街道が、奈良時代以降に現在の箕面市の南部を東西に横断するように整備され、萱野地区内に「草野駅(かやののうまや)」、箕面地区に「豊島牧(てしままき)」、瀬川・半町地区には本陣や旅宿が置かれました。

江戸時代には大坂を経由せずに京と西国を結ぶ近道として、ひろく西国諸大名の参勤交代に利用された西国街道は、多くの人々が往来する交通の要衝として賑わいました。

そんな西国街道沿いの、西から萱野、粟生新家、小野原の各地区には、年々市街地化が進む現在の箕面市にあって、かつての街道筋らしい落ち着いた佇まいの町並みが残されています。

茨木市との境にある小野原には、先ず、江戸時代に疫病が流行した際、その侵入を防ぐため寛政8年(1796年)に村人によって立てられたとされる常夜燈が東西一対で2基残っています。

さらに、東の常夜燈と同じ場所には、延元元年(1336年)に楠木正成が勅命により兵庫の湊川へ出陣する際、その水を飲んだと伝えられている井戸、その井戸にちなんで「楠水龍王」と名付けられたお堂、「左 京ふしみ」と書かれた道標などが残っており、往時の西国街道の遥かなる世界へと誘われます。

なお、井戸そのものは個人の宅地内にあるため、現在は見ることができないようです。

同行者
一人旅
交通手段
自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • 小野原へやって来ました。

    小野原へやって来ました。

  • 小野原の町並みに入ると、すぐに風情ある町家が出迎えてくれました。

    小野原の町並みに入ると、すぐに風情ある町家が出迎えてくれました。

  • 下屋の瓦がずり落ちて、無残な姿を見せる町家です。<br /><br />大屋根には、落下防止のため単管にシートを張って保護しています。

    下屋の瓦がずり落ちて、無残な姿を見せる町家です。

    大屋根には、落下防止のため単管にシートを張って保護しています。

  • 小野原の町並みです。

    小野原の町並みです。

  • 瓦葺の塀をめぐらせたお屋敷です。

    瓦葺の塀をめぐらせたお屋敷です。

  • 主屋の厨子2階部分には、木製の窓がはめられています。

    主屋の厨子2階部分には、木製の窓がはめられています。

  • 西国街道沿いの小野原の町並みには、江戸時代に疫病が流行した際、その侵入を防ぐため寛政8年(1796年)に村人によって立てられたとされる常夜燈が東西に2基残っていますが、こちらは西の常夜燈で、「金毘羅大権現」の銘が刻まれています。

    西国街道沿いの小野原の町並みには、江戸時代に疫病が流行した際、その侵入を防ぐため寛政8年(1796年)に村人によって立てられたとされる常夜燈が東西に2基残っていますが、こちらは西の常夜燈で、「金毘羅大権現」の銘が刻まれています。

  • 西の常夜燈脇の町家の様子です。

    西の常夜燈脇の町家の様子です。

  • 苔とノキシノブのなすがままに身を任せる古木。

    苔とノキシノブのなすがままに身を任せる古木。

  • 脇道から見た西国街道の町並み。

    脇道から見た西国街道の町並み。

  • 西国街道の町並みを見返したところです。<br /><br />こちら側から見たシートを張って落下防止した町家は、見るも無残な姿です。

    西国街道の町並みを見返したところです。

    こちら側から見たシートを張って落下防止した町家は、見るも無残な姿です。

  • 名栗加工の柵があるお屋敷は・・・

    名栗加工の柵があるお屋敷は・・・

  • 土蔵、門、塀を残して、新しく建て替えられています。

    土蔵、門、塀を残して、新しく建て替えられています。

  • 小野原の町並みです。

    小野原の町並みです。

  • 晒葺の屋根に、下見板仕様の扉を入れた軽快な門のあるお屋敷です。

    晒葺の屋根に、下見板仕様の扉を入れた軽快な門のあるお屋敷です。

  • こちらの主屋は、晒葺の下屋をおろしています。

    こちらの主屋は、晒葺の下屋をおろしています。

  • こちらのお屋敷の主屋は、白漆喰塗籠めの虫籠窓がある、重厚な建物です。

    こちらのお屋敷の主屋は、白漆喰塗籠めの虫籠窓がある、重厚な建物です。

  • あえて黄土色の土壁に格子戸を入れた門は、軽快感を与えています。

    あえて黄土色の土壁に格子戸を入れた門は、軽快感を与えています。

  • 丸窓がいいアクセントになっています。

    丸窓がいいアクセントになっています。

  • 塀越しに太い松の切り株が無残な姿を見せていますが、枯れてしまったんですね・・・。

    塀越しに太い松の切り株が無残な姿を見せていますが、枯れてしまったんですね・・・。

  • 簾掛けと人工竹で編んだ目隠し壁が特徴的です。

    簾掛けと人工竹で編んだ目隠し壁が特徴的です。

  • こちらの建物にも晒葺の下屋がおろされています。

    こちらの建物にも晒葺の下屋がおろされています。

  • 陽の光に射抜かれるハナミズキの紅葉。

    陽の光に射抜かれるハナミズキの紅葉。

  • 交差点の一角を占める、豪壮なお屋敷です。

    交差点の一角を占める、豪壮なお屋敷です。

  • かわいい図柄の接続桝を見つけました。

    かわいい図柄の接続桝を見つけました。

  • 小野原の町並みです。

    小野原の町並みです。

  • こちらの長屋門は、一部をガレージとして使っておられるようです。

    こちらの長屋門は、一部をガレージとして使っておられるようです。

  • ベンガラ塗の名残が残る塀。

    ベンガラ塗の名残が残る塀。

  • これは珍しい、外壁に銅板を貼った土蔵。<br /><br />通常は、銅板部分に漆喰を塗るのが一般的なんですが・・・。

    これは珍しい、外壁に銅板を貼った土蔵。

    通常は、銅板部分に漆喰を塗るのが一般的なんですが・・・。

  • そんな土蔵のあるお屋敷は、大きな出格子窓のある長屋門を設けておられます。

    そんな土蔵のあるお屋敷は、大きな出格子窓のある長屋門を設けておられます。

  • 外壁に銅板を貼った土蔵を見返した姿です。

    外壁に銅板を貼った土蔵を見返した姿です。

  • 木製建具が入れられた主屋です。

    木製建具が入れられた主屋です。

  • 小野原の町並みです。

    小野原の町並みです。

  • さて、東の常夜燈が見えてきました。

    さて、東の常夜燈が見えてきました。

  • 東の常夜燈は、江戸時代に疫病が流行した際、その侵入を防ぐために西の常夜燈とともに立てられたもので、こちらは「大神宮」の銘が刻まれています。<br /><br />また、東の常夜燈の奥には、楠木正成が兵庫の湊川へ出陣する際に飲んだと伝えられている井戸にちなんで、「楠水龍王」と名付けられたお堂が建てられています。<br /><br />なお、井戸そのものはお堂左手の個人宅地の中にあります。

    東の常夜燈は、江戸時代に疫病が流行した際、その侵入を防ぐために西の常夜燈とともに立てられたもので、こちらは「大神宮」の銘が刻まれています。

    また、東の常夜燈の奥には、楠木正成が兵庫の湊川へ出陣する際に飲んだと伝えられている井戸にちなんで、「楠水龍王」と名付けられたお堂が建てられています。

    なお、井戸そのものはお堂左手の個人宅地の中にあります。

  • こちらは、「左 京ふしみ道」と書かれた道標。

    こちらは、「左 京ふしみ道」と書かれた道標。

  • 「楠水龍王の地」と刻まれた石標。

    「楠水龍王の地」と刻まれた石標。

  • こちらは、小野原の氏神である春日神社の御旅所です。

    こちらは、小野原の氏神である春日神社の御旅所です。

  • 五穀豊穣を祈る春日神社の「秋季例大祭」の際には、お神輿が巡行します。

    五穀豊穣を祈る春日神社の「秋季例大祭」の際には、お神輿が巡行します。

  • こちらは須賀神社の跡です。<br /><br />須賀神社は元々ここにありましたが、1町村1社を原則として明治39年(1906年)に施行された神社合祀令によって春日神社に統合されました。

    こちらは須賀神社の跡です。

    須賀神社は元々ここにありましたが、1町村1社を原則として明治39年(1906年)に施行された神社合祀令によって春日神社に統合されました。

  • こちらは稲荷社です。

    こちらは稲荷社です。

  • 桜の紅葉が訪れ始めた春日神社の御旅所。

    桜の紅葉が訪れ始めた春日神社の御旅所。

  • こちらはかわいいお地蔵様。<br /><br />供えられたお花に埋もれています。

    こちらはかわいいお地蔵様。

    供えられたお花に埋もれています。

  • 爽やかな秋空の下、ここまで歩いてきましたが・・・

    爽やかな秋空の下、ここまで歩いてきましたが・・・

  • そろそろ家路につくことにします。

    そろそろ家路につくことにします。

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