2019/10/13 - 2019/10/13
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morisukeさん
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オッサンネコです。
唐突ですが、私は神社・仏閣が大好きです。
溢れ出る信仰心が抑えられないから…というわけではなく、
今流行りの御朱印集めやパワスポ巡りがやりたい…ってわけでもない。
純粋にそこにある古いものが大好きだからです。
凛とした空気の中で、そこにある古いものに思いを馳せる。
これがモリネコ流の至福の時間の過ごし方、なのであります。
じゃあどんな場所が好みかと申し上げますと、
その国の一宮の様な、格式の高い立派な神社・仏閣にも惹かれますが、
愛すべきは地元の人たちにひっそりと、でも確かに信仰されてきた神社・仏閣の方。
そんなわけで、今回は北総にある少し風変わりな神社・仏閣を3つ訪ねてみました。
選定の基準は、心の鐘を鳴らす一撃必殺の個性があるかどうか。
・神崎神社(なんじゃもんじゃの木)
・幡谷薬師堂
・大鷲神社(魂生大明神様)
その時の記録です。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
-
どうもどうも、オッサンネコことモリネコちゃんです。
本日のスタートは、神崎町にある神崎神社からお送りします。
神崎町は、成田市と香取市に挟まれた人口約6,000人の小さな町ですが、
かつては利根川水運と酒蔵で賑わった歴史の古い町でもあるのです。
そんな町に水戸黄門でお馴染みの水戸光圀が名付けた神木があるそうな。
その名を「なんじゃもんじゃの木」と云う。
え… なんじゃもんじゃ (=゚Д゚=)??
そやつはパワースポットで有名な神崎神社の境内にあるらしい。
そんなユニークなお名前の神木を聞いてしまったからには…
この目で確かめに行かねばならんでしょう (; ・`д・´)キリッ
というわけで、なんじゃもんじゃの真相を確かめるべく、
小高い森をのんびり上って行きまっす♪ -
神崎神社のご拝殿に到着。
はい、雰囲気イイですね~ ( *゚∀゚)=3
ではここで神崎神社のプチ情報をぶっ込みます。
神崎神社の創設された年代は不詳とのことですが、
元々は別の土地にあった社を、白鳳2年に此処へ移してきたのだそう。
白鳳という年号は神社縁起によく使用される私年号になるのですが、
それでも白鳳2年って言ったら673年っすよ…
どんだけ~ ( ゚Д゚) -
こちらは拝殿前の立派な狛犬様。
拝殿に向かって左側、口をグッと結んでいるので吽形の狛さんです。
足元にはチビ狛さん。 -
拝殿に向かって右側、口をワッと開いているので阿形の狛さんです。
正確には、こちらの狛さんは獅子なのですが…
足元には縁起物のお玉様。 -
そして、神崎神社のご祭神はと言うと、
色々祀られていますが、代表的な神様は天鳥船神(アマノトリフネ)。
その名の通り、神々の乗り物=船を神格化した神様でございます。
そもそも古事記に出て来る神様は、個性が強烈すぎる輩が多いのですが、
天鳥船神はどちらかと言うと、地味キャラまっしぐらです。
定食に例えると、たくあん的ポリっとした存在 ( ゚д゚)ハッ!
そんなわけで、天鳥船神を崇める神社は全国的にも数少ないのですが、
神崎神社はそんな数少ない神社の一つになっています。
そしてこの拝殿の横に見えているのが… -
モンスター級の立派なクスノキ。
これぞ「なんじゃもんじゃの木」でございます ( ゚Д゚)
そもそも、クスノキは他の樹木より長生きするので巨大化しやすく、
御神木になるポテンシャルが非常に高い樹木となります…。
なにせ、日本巨木ランキングを上から見ても1位・2位はクスノキ。
さらにはTop10の内8本はクスノキが占めるほど ヽ(゚∀。)ノ
日本各地には樹齢3000年を超えるクスノキもあるので、
ここ神崎町のクスノキは、規模としてはまだまだ小さい方になります。 -
しかし…
神崎神社のクスノキは、一撃必殺性のナニカを持っていました。
大きさは未だ発展途上ですが、目を奪われるのはその奇形なのです。
まぁ御神木というのは、巨大か奇形かのどちらか、になるんですが…
この巨大クスノキの主幹は真ん中の幹になるのですが、
明治40年の火災で燃えてしまい、7mの高さ痛々しく切断されています。
現在の巨木は、この主幹から出たひこばえで、
2本のひこばえが高さ20mの巨大クスノキを形成しているのです。
ふはぁ…これは圧巻ですねぇ (゚Д゚)≡゚д゚) -
こちらが燃えちゃった主幹部分。
しめ縄が巻かれていて、本当に神様が宿っていそうな様相ですね。
最後に気になる気になる「なんじゃもんじゃ」の由来ですが、
案内板にはこう書かれていました。
延宝2年、水戸光圀公がこの神崎神社を参拝した際に、
「この木は何というもんじゃろうか」と感嘆されたそうでして。
それ以来、この神木は「なんじゃもんじゃ」の名をあやかって
広く世の中に知れ渡ることになったんだとか。
あ、水戸黄門は名付け親ではなかったのね ( ゚д゚)ハッ! -
神崎神社の参拝道の脇に、苔むした古い狛犬さんを見つけました。
これまた味わいがある佇まいになっていますねー。
神崎神社の参拝はこの辺にして、次のスポットに移動しませう。 -
続いて向かったのが幡谷薬師堂。
先程の神崎神社からは車で20分ほどです。
場所の説明が難しいので、興味がある方はGoogle Mapで検索してね。
さてさて、求める「美しきモノ」はと言うと、
県道から奥まった先の竹やぶの中にあるのです (ΦωΦ)フフフ… -
奥に進んで行くと、巨大なスダジイと薬師堂がお迎えしてくれます。
この狐が出てきそうな独特の雰囲気…
良い (*゚ロ゚)b -
境内の石畳も苔むした状態で荒れ放題になっていますぅ。
うーむ、この荒廃感、溜まりませんぞ ( ゚Д゚) -
イチオシ
満を持して本堂前に到達しました♪
境内の苔生し具合も然りですが、建物全体の痛みも相当ひどいです。
この薬師堂ですが、他の方のブログを拝見する限りは、
阿弥陀如来を本尊とする「東光寺」というお寺の境外仏堂だそうです。
ちなみに、阿弥陀如来は西方極楽浄土の教主であり、
私たちが死んだ後に極楽浄土に導いてくれるありがたい仏様になります。
一方、薬師堂の本尊である薬師如来は東方瑠璃光浄土の教主なので、
現世で病気や苦しみを取り除いてくれる仏様になります。
薬師如来も結局は人々を阿弥陀如来の元へ導く仏様になりますが、
隣接した場所に阿弥陀如来と薬師如来を配置することで、
現世と極楽浄土、此岸と彼岸と言ったような、仏教観の世界が現れている気がします。 -
折角なので、お賽銭をしに向拝に上がってみたのですが、
階段や廻縁の踏み板は足をかけるたびに、悲鳴のような軋み音がします。
踏み板をぶっ壊さない様に、そーっとお参りを果たしませう (-人-;) -
はて、このオブジェは何だろう…
と思ったら、これ木鼻の彫刻ですな。
後ろに引っ掛けられる突起が見えるので、掛け鼻の彫刻が欠落して、
元に戻される事もなく、此処にそっと置かれている様です。
何となく犬っぽく見えますので、原型は獅子ですかねぇ …(゚^ ゚ ;) -
向拝から境内を振り返ります。
かつては住職や檀徒もいたそうですが、今はその面影もありません。 -
イチオシ
時が止まったような不思議な場所ですが、
廃寺へのカウントダウンは確実に加速しています。
この情緒ある文化財がこのまま痛んでいくのを忍びなく思う一方、
静かに朽ちていく姿が溜まらなく美しく思えるのもまた事実。
生々流転 夢も栄華も 人の世も -
さて、ここ幡谷薬師堂は古い仏堂だけが目を引くのではなく、
石仏や石碑など、同敷地内に貴重な文化財がたくさん残されてるのです。
その一つが「市川團十郎の先祖の居住地」と記された石碑。
歌舞伎の市川一門が、成田の新勝寺と結び付きがあるのは有名ですが、
その祖は初代團十郎の曽祖父、堀越十郎という人物にまで遡ります。
十郎は元々北条家の家臣だったのですが、小田原征伐により一路逃亡。
落ちのびて隠遁した先がここ下総の幡谷村で、
十郎はそのまま農民として幡谷村に土着することになります。
その後、十郎の孫である重蔵は、田舎暮らしに嫌気が差し江戸に逃走。
その江戸で生まれたのが、海老蔵こと初代市川團十郎になるのでっす。
初代團十郎は子宝に恵まれなかったので、成田山に願を掛けたところ、
なんとまぁ御利益覿面なお話で、念願の長男を授かったそうな…。
以来、團十郎は歌舞伎の演目で「成田山分身不動」を上演する様になり、
江戸の町人たちの間では、成田山詣でが一躍ブームになるのですぅ。
そんなわけで成田山は今も参拝者が絶えない霊験あらたかな寺院ですが、
そのご先祖の土地はご覧の通りひっそりとしています (゚Д゚)≡゚д゚)、 -
幡谷薬師堂の敷地内にある古い庚申塔。
真ん中は庚申信仰の本尊であると言われる青面金剛像。
千葉は全国的に見ても庚申信仰が盛んだった事もあり、
街角や田舎の路傍で、庚申塔を見かける機会が多い気がします。
ちなみに、青面金剛は仏教思想におけるキャラではなく、
中国の道教思想から生まれ、日本で独自に進化した偶像になります。
なので、本来は青面金剛と仏教寺院は関係性が低いのですが、
明治初期の廃仏毀釈の際に、難を逃れて此の地に辿り着いたものの様な気がします。 -
こちらは十九夜念仏塔の本尊である如意輪観音。
如意輪観音は例外なく座った状態で、片手を頬に当てているので、
見分けるのは非常に簡単でございます。
十九夜念仏塔は、庚申講と同じく日本独特の民間信仰で、
江戸時代から昭和初期にかけて日本各地で盛んに行われていましたが、
今ではもうほとんど見られなくなったそうです。
遥か昔、モリネコの祖母ちゃんがやってたのを見た記憶があるのですが、
記憶違いでしょうか… (ΦДΦ) -
他にも敷地内には無数の石仏がずらっと並んでいます。
石仏に彫られている年代は、元禄、宝永、享保、寛政…
どれも聞いたことある江戸時代の年号ですねぇ。
一番古いのは元禄なので、もう300年以上も前のものになります。
どんだけ… ( ゚Д゚) -
興味は尽きないのですが、調査を阻むやつらが現れました。
藪蚊 ハンパねぇ ( ゚Д゚)
ちょっとでも立ち止まろうものなら、羽音がブンブン聞こえるほど。
藪蚊たちの歓喜の襲撃に耐え切れず、幡谷薬師堂を後にしたのでした。 -
最後にやって来たのが、印旛郡栄町は安食にある大鷲神社。
鳥居をくぐって小高い森の丘の上に本殿があります。
神社の創建年代は不明ということですが、
現存する本殿は天保2年(1831年)に建てられたものとなります。
歴史が深い神社でありますねぇ、なんてコメントは置いといて…
そう、私が此処に来た理由は社会科学習じゃあございません (-ω-`)
私の本命は、日本一と名高い「魂生大明神」を拝見すること。
果たして日本一の魂生大明神とは何者なのか…
さぁ魅惑のワンダーランドに突入して行きませう…。 -
魂生大明神のお話は一旦置いといて…
まずは大鷲神社を参拝しに行きます (*゚∀゚)ノ
男坂・女坂と二つのルートがありますが、最終的には上で合流します。
男坂の方がキツイ階段が待ってますが、まぁ神社なんてどこもそんなもんです。 -
こちらが大鷲神社の社殿。
祭神は天日鷲神、大国主神、少名毘胡名神、そして日本武尊。
天日鷲神(あめのひわしのかみ)は麻植の神様とも呼ばれており、
他にも紡績や製紙業にまで、守備範囲が広い神様となります。
栄町のある北総もかつては麻の産地だったと言うことで、
天日鷲神が祭神になっている理由も納得できますねぇ ( *゚∀゚)=3 -
イチオシ
裏の本殿に回ると、これはまた素晴らしい彫刻が見られますな。
本殿の真ん中には琴を演奏する奏者の彫刻があるのですが、
この彫刻が音楽の分野で不思議な効用を及ぼすんだそうで。
曰く、ここ大鷲神社で酉の市で特設されるステージで唄った歌手は、
翌年の紅白に出場できるという謎過ぎるジンクスがあるんだとか。
瀬川瑛子、三笠優子、松原のぶえ、鳥羽一郎、冠二郎、
おおぅ… 中々の大物ではないか (゚Д゚ )!!
是非とも最近ハマっているAdoちゃんにも此処で唄ってもらって、
紅白出場を果たしてもらいたいのであります。 -
さて、大鷲神社の参拝も済んだところで、本命に参りませう。
この大鷲神社が珍系の人たちに愛されている理由…
それは男と女の合縁奇縁なご縁があふれているからです ( ̄▽ ̄;)ポッ
まずはこちら、縁結び合体の椎の木。
古事記に出て来るイザナギ・イザナミは、四六時中合体して、
日本列島や様々な神様をお産みになったのは有名なお話。
この二股の木は、その中睦まじい姿をなぞったもの、だそうです。
まぁこの辺は序の口、序の口…。 -
次これ、子授け乃大樹…
段々怪しくなってきましたよ…。
案内板には、自然の神霊が宿した御陰(おほと)だと書かれてますねぇ。
なんとびっくり、魂生大明神がこの地に鎮座されてから、
徐々にこの御陰がこの木に出現していったそうです。
魂生大明神、恐るべし ( ゚Д゚)
B'zのLove Phantomが脳内でぐーるぐる再生されてます。
二人で一つになれちゃうことを♪ -
こちらが魂生大明神が祀られている魂生神社となります。
すでにちらっと魂生大明神様が見えております…。 -
ついに魂生大明神様とご対面じゃい。
………(」゚ロ゚)」………。
その大きさ。
その黒光りするお艶。
その威風堂々たるお姿。
ハンパねぇ… ( ゚Д゚)
その圧倒的存在感は、まさに漢の中の漢。
きっと私にも霊験あらたかな力を授けてくれるでしょう。
ちなみに、売店には魂生大明神様の形をした飴が売られているそうな。
流石に買って帰ったら嫁にシバかれそうな気がしたので、
今回は残念ながら見送りにしました (o´Д`)ノ”
興味がある方は、買って体験してして下さいまし。
それではまた~。
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