2020/09/27 - 2020/09/27
1位(同エリア108件中)
かっちんさん
震災前の三陸鉄道島越駅(しまのこしえき)は、宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」に出てくる、火山島の名前にちなんだ「カルボナード島越」という名前と、メルヘンチックな外観の駅舎が人気でした。
2011年3月11日の東日本大震災による大津波で旧駅舎は跡形もなく流失。その跡地は「島越ふれあい公園」として整備され、津波に耐えた宮沢賢治の詩碑や駅の階段(一部)、写真なとが震災の伝承施設となっています。
新駅舎は2014年に当時のデザインをイメージしたモダンな八角形の塔屋の新たな駅舎として線路の北側に完成しました。
島越の港には北山崎断崖クルーズ観光船の発着所があり、観光客で賑わいます。
JR山田線は大正12年に盛岡~上米内(かみよない)間が開通し、昭和9年に三陸の宮古まで、昭和14年に釜石製鉄所の釜石まで開通しました。
盛岡~宮古間には北上山地の区界(くざかい)峠があり、新緑、紅葉の季節には車窓から山岳路線の素晴らしい眺めが楽しめます。
今日の午後は新田老駅から島越駅に移動し、津波の被害にあった震災の伝承施設を訪れます。
そして偶然「リゾートうみねこ号」最後の運転に出会うことができました。
帰りは三陸鉄道、JR山田線を通り盛岡へ向かいます。
途中、三陸鉄道では塩害に強いコンクリート橋梁、JR山田線では廃止された浅岸駅跡、大志田駅跡を車窓から確認します。
なお、旅行記は下記資料を参考にしました。
・田野畑村観光情報「島越駅」
・たのはた「島越駅周辺見どころガイド」案内板
・鉄道チャンネル「89%がトンネルでした【私鉄に乗ろう98】三陸鉄道リアス線 その30」
・YASUZIROのきままに撮影「三陸鉄道のコンクリート橋」
・土木ウォッチング「三陸鉄道 小本川橋梁」
・日本コンクリート工学会「槇木沢(まきざわ)橋梁」
・国土交通省「浸水深」とは
・田野畑村の公共交通と観光交通HP
・たのはた広報、2012.5:「ツリーイズシャイニング」バス停
・電気新聞「三陸鉄道リアス線にマカプゥ列車。久慈~盛間を2020年8月まで走るぞ!」
・岩手県北バスHP
・岩手県「河川の整備(閉伊川)」
・盛岡・八幡平広域観光推進協議会「昭和の学校 箱石校 ( 宮古市 ) 」
・ファイナルアクセス「川井村立箱石小学校 閉校」
・山の駅・昭和の学校HP
・ウィキペディア「島越駅」「山田線」「浅岸駅」「大志田駅」「リゾートうみねこ」
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
イチオシ
三陸鉄道「新田老駅」
ここから久慈行きの列車に乗り、北上します。 -
3つ目の「島越駅」に到着
出発した列車は「第一島越トンネル」に吸い込まれて行きます。 -
うさぎ駅長のお出迎え(島越駅)
駅の愛称は「カルボナード」。
駅舎には、きっぷ売場、駅務室、待合室、売店、飲食スペース、展示室などがあります。 -
旧島越駅跡(島越駅ホームから)
現在の駅南側に駅跡があり、松前川橋梁から続く高架線上に単式ホーム、海側(左側)に旧駅舎がありました。
東日本大震災による津波が旧駅舎を襲い、駅の土台、階段の一部を除き、駅舎、ホーム、高架線路の全てが流失しました。
駅舎跡地はその後「島越ふれあい公園」として整備され、「青い八角形ドーム」の東屋は旧駅舎を思い描けます。 -
現在の島越駅
八角形の塔屋と屋根の駅舎は、旧駅舎の面影があります。 -
島越周辺の地図
島越港からは北山崎断崖クルーズ観光船が出ており、北三陸を代表する景勝地「北山崎」や三陸ジオパークの迫力ある断崖風景を洋上から満喫できます。
島越ふれあい公園は海の近くです。 -
築堤になった三陸鉄道(島越駅から)
震災復興工事により、高架橋から防潮堤のような築堤に変わりました。
では、海岸に降り、町を歩いてみます。 -
復興工事中の松前川水門(島越)
新たな水門が海側に作られています。 -
島越ふれあい公園
青いドームの東屋と宮沢賢治の詩碑が見えます。
ここに旧駅舎がありました。 -
宮沢賢治の詩碑(ふれあい公園)
詩集「春と修羅 第二集」には、大正14年(1925)の三陸海岸への旅で、田野畑村羅賀の港から発動機船に乗船し、山田・釜石方面へ向かった際の旅程を詠ったとされる詩「発動機船一、二、三」があります。
この詩を紹介する碑が、平井賀海岸、島越駅、田野畑駅の3ヶ所に建立されています。
島越駅の詩碑は東日本大震災の津波により、駅舎やホームもすべて流失したなかで奇跡的に残りました。
賢治は明治三陸大津波が起きた明治29年(1896)に生まれ、昭和三陸大津波があった昭和8年(1933)にその生涯を閉じています。
人生の区切りに奇しくもふたつの大津波が発生していることは、なんとも不思議です。 -
津波高表示塔(ふれあい公園)
東日本大震災の大津波が到達した高さGL=17.9mが塔の先端部です。
田野畑村の最大震度は4。
津波到達時刻は、地震発生から39分後の、2011年3月11日15:25。 -
旧島越駅の階段(ふれあい公園)
旧島越駅は、東日本大震災の大津波により全壊流失しましたが、ホームに続く階段の一部が唯一残りました。
この階段は、昭和59年(1984)三陸鉄道開業から約27年間、宮古市や久慈市の高校や病院に通う学生やお年寄り、また、田野畑村を訪れる観光客など、村の玄関口として利用されました。 -
震災前の島越(ふれあい公園の展示写真)
平成14年(2002)の写真。
旧島越駅前にある弓なりの海岸は夏に海水浴場となり、防波堤に囲まれた港からは北山崎断崖クルーズが出港しました。
家並みは海岸近くから松前川沿い、港から高台へと続いています。 -
海水浴で賑わう島越(ふれあい公園の展示写真)
平成14年(2002)の写真。 -
駅名「カルボナード島越」の由来(ふれあい公園の展示)
右側に宮沢賢治の姿が・・・ -
イチオシ
八角形の塔屋とドームの島越駅(ふれあい公園から)
-
島越ハザードマップ(ふれあい公園の展示)
「浸水深」とは地面から水面までの高さをいいます。
海岸近くの赤色は10m以上。
高台のオレンジ色(2m以上5m未満)は、一般家屋の2階の軒下まで浸水することを示しています。 -
防波堤を乗り越える波(島越)
今日の海は荒れています。 -
切り立った断崖(島越)
ふれあい公園から県道44号を海沿いに北方向に歩いてみました。
この先は峠を越えるので引き返します。 -
オレンジ色の「第一島越トンネル」(島越)
トンネル入口のオレンジ色は、コケでしょうか?
島越駅で列車を見送った「第一島越トンネル」(216m)の出口です。 -
魚市場のある港(島越)
ふれあい公園に戻り、今度は南側にある島越港の魚市場を目指します。 -
怪獣が水を撒く散水車(島越)
復興工事用の散水車です。 -
防潮堤工事中の海岸(島越港)
-
新しい防潮堤と陸閘(島越港)
工事中です。 -
田野畑村魚市場(島越港)
津波により被災し、仮設魚市場の後、再建された魚市場です。
北山崎断崖クルーズ観光船の発着所もあります。 -
復興した高台の住宅(島越港)
高台の坂道を少し上がってみます。 -
高台への急坂(島越港)
津波浸水深想定区域の表示があります。
先ほどのハザードマップでは紫色(5m以上10m未満)の区域です。 -
さらに高い位置にある「島越大神社」(島越港)
-
高台から眺める魚市場(島越港)
-
イチオシ
小学生がデザインした「ツリーイズシャイニング」バス停(島越港)
東日本大震災で流出した村内のバス停を再整備するため、村は田野畑小全校児童にデザインを依頼。
その中から村の自然や復興をイメージした2作品を選び、その中の一つです。
☆や◇のマークは明日への光みたいな感じで復興をイメージして描いた作品とのこと。
「タノくんバス」は、朝夕のスクールバスですが、誰でも乗車できます。
自宅まで迎えに来てくれる乗合バス「くるもん号」は、火水金土日に2~4便運行し予約制です。 -
岸壁に待機するウミネコ(島越港)
北山崎断崖クルーズ観光船が出航すれば追いかけて観光客から餌がもらえるのですが、今日は海が荒れて運航休止。
ウミネコは我慢強く待ちます。 -
イチオシ
島越駅に別れを告げる「ありがとうリゾートうみねこ号」(ふれあい公園から)
島越ふれあい公園に戻ると偶然「リゾートうみねこ号」最後の運転に出会うことができました。
「リゾートうみねこ号」は、当初の予定では2011年4月23日を初日として八戸駅より八戸線・三陸鉄道北リアス線経由宮古までリゾート列車で運行される予定でした。
しかし、東日本大震災の発生に伴い、暫定的に八戸線のみの運行を開始し、その後三陸鉄道田野畑駅までの運転となった経緯があります。
田野畑~宮古間の島越駅を走るのは、この運転が初めてで最後となりました。 -
島越駅を出発する「リゾートうみねこ号」(ふれあい公園から)
-
震災前の島越の町並み(島越駅にあるジオラマ)
-
宮古行き列車(島越駅)
これから東京まで帰るため、島越13:10発の宮古行きに乗ります。 -
マカプゥと仲間たち(三陸鉄道の車両)
乗る列車は東北電力のマスコットキャラクター「マカプゥ」たちを描いたラッピング列車です。 -
PCトラス橋の「槇木沢橋梁」(車窓)
島越~岩泉小本間にある「槇木沢川(まきざわ)橋梁」は、2径間連続の下路プレストレスト・コンクリート(PC)トラス橋です。
プレストレスト・コンクリートとは、コンクリートに埋め込んだピアノ線やPC鋼棒を緊張することで、コンクリートに常に圧縮力が掛かるようにし、外力が作用してもコンクリートに引張りが生じないようにしたもの。
鉄道建設公団は三陸鉄道が海岸線に近いため、鋼構造では塩害の問題があると判断し、コンクリート構造にしました。 -
まもなく「岩泉小本駅」(車窓)
日本三大鍾乳洞の一つ「龍泉洞」への玄関口です。 -
PC斜張橋の「小本川橋梁」(車窓)
岩泉小本~摂待間にある「小本川橋梁」は世界で初めて鉄道専用橋として建設されたPC斜張橋です。
この橋梁はPC橋の長大化のための技術開発を期待して建設されたものです。 -
イチオシ
田老駅で反対列車と交換(車窓)
-
快速「さんりくトレイン宮古」
宮古からJR山田線に乗り換え、快速「さんりくトレイン宮古」で盛岡へ向かいます。
車両はハイブリッド気動車HB-E300系「リゾートあすなろ」編成を使っています。
写真は盛岡駅で撮影。 -
盛岡行きの「106急行バス」(車窓)
宮古から盛岡へ行くには、「JR山田線の鉄道」と国道106号を走る岩手県北バス「106急行バス」があります。
所要時間は鉄道とほぼ同じで2時間15分程度。
JR山田線は平日4往復、休日5往復。106急行バスは平日12往復、休日9往復です。
宮古駅を5分先に出発した106急行バスに「さんりくトレイン宮古」が追いつきますが、盛岡には106バスの方が13分早く到着します。 -
JR山田線沿いに流れる「閉伊川」(茂市付近)
閉伊川(へいがわ)は北上山地の区界峠(くざかいとうげ)に源を発し、山間部を蛇行しながらJR山田線、国道106号に沿って東流し、宮古で太平洋に注ぎます。 -
閉伊川に架かる吊橋(腹帯付近)
-
稲のはざかけ(箱岩付近)
刈り取った稲を稲木に掛けて天日で干している光景が見られます。 -
稲のはざかけ(箱岩付近)
-
後部運転席からの眺め(箱岩付近)
山深いJR山田線を走っています。 -
解体中の「箱石小学校」
「箱石小学校」は明治7年(1874)に創立され、昭和60年(1985)に閉校しました。
その後、「昭和の学校」として再利用され、昭和時代のレトログッズが展示されていました。
しかし、2014年には老朽化したため、「昭和の学校」展示物は花巻市の「山の駅・昭和の学校」に移転。
2012年に通った時は箱石小学校の校舎がそのまま残されていたのですが、現在解体中です。 -
解体中の「箱石小学校」
-
解体前の箱石小学校(2012-9-8撮影)
一度は訪ねてみたかった学校です。 -
川内駅で列車交換(2012-9-8撮影)
川内駅構内には、SL時代の給水塔が残されています。
かつてここでSLに給水し、区界峠に向かって勾配を登ったのでしょう。 -
宮古行きの列車(川内駅)
キハ110のディーゼルカーです。 -
区界駅(後部車窓)
区界峠を越えて区界駅に到着し、出発したところ。
次の上米内駅(かみよないえき)までの25.7km間に廃止された2駅があります。 -
浅岸駅跡(後部車窓)
平成28年(2016)3月24日に廃止になった浅岸駅。
スイッチバックのあった駅で、右側にある道がその痕跡でしょうか。 -
イチオシ
大志田駅跡(後部車窓)
平成28年(2016)3月24日に廃止になった大志田駅。
ここもスイッチバックのあった駅です。
残されている分岐した線路は保線車両用のもので、スイッチバック時代の線路位置とは異なっている情報があり(若干宮古側に移設)。 -
盛岡近くの稲のはざかけ(上米内付近)
この後、盛岡駅に無事到着し、東北新幹線で東京へ帰ります。 -
在り日しの山田線キハ52(2007-9-1撮影)
山田線には以前この塗装色のキハ52が走っていました。
2007年当時、宮古駅で撮影したものです。
これで北三陸の旅4日間を終えます。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
野田・普代・田野畑(岩手) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
57