2017/04/11 - 2017/04/11
604位(同エリア828件中)
旅四郎さん
バスが故障して動かなかったので、バラデロからタクシーでハバナへ行くことにした。ハバナに着いたらすぐに予約していた宿に行ったが、トラブルがあって別の宿に泊まることになった。この旅行の最初にハバナ観光をしたので、まだ行っていない所を中心に散策したが、バスでコヒマルやヘミングウェイ博物館に行こうと思っていたが、上手く行けずに断念した。サン・フランシスコ広場とビエハ広場の周辺を中心に散策した。
4月11日(火)タクシーで午前中にバラデロを出て、昼前にハバナ旧市街に到着。軽く昼食をとって、アルメリア4月9日博物館、消防士博物館を見学。カサ・デル・アバーノを見学して葉巻を購入。サン・フランシスコ広場に行き、サンフランシスコ ・デ・アシス修道院、ガレリア・カルメン・モンティリャ、ホテル・ロス・フライレスを見学。ビエハ広場に行き散策して、次にホテル・アンボス・ムンドスを見学。宿に戻って一服して、フロリディータに行って夕食。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 1.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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4月11日(火)バラデロのバスターミナルに行ったが、故障でバスが出ないので、タクシーで出発した。ハバナの海底トンネルを通り過ぎると、目の前に電気通信博物館のビルが見えてきた。午後11時20分頃にハバナの旧市街に到着。タクシーは3人で乗ったので割り勘でCUC30を支払た。CUC1=110円で換算すると約3300円だった。
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すぐに宿泊予定のカサ・ユシに行ったが、満室だから他の宿を紹介するという。最初にハバナに来た時に泊まった宿で早くから予約していたのにおかしいじゃないかと文句を言ったが埒が明かないので、仕方なく案内された何軒かの中でましなカサにチェックインした。非常に気分が悪い。荷物を置いて市内散策に出かける。
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午後1時頃にハンバーガーを買って公園で食べた。アギアル通りを歩いているとジョンソン・ドラッグストアがあった。覗いてみると、カウンターの奥の棚には昔ながらの白い薬瓶が2階までずらりと並んでいて美術館のような美しさがある。
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ランパリージャ通りを歩いていると、グアヤサミン公園に出た。ラテンアメリカの独立運動のリーダーであるシモン・ボリバルの像が建っていた。
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グアヤサミン公園の近くのメルカデレス通りにアルメリア4月9日博物館があった。舞踊団アルメリアと同じ建物の中に武器庫があった。この武器庫は、1958年4月9日にバティスタ政権の打倒をめざす7月26日運動の作戦実行中に攻撃され、4人の若い革命家が亡くなった。翌年の1月に革命は勝利を収め、この場所を史跡として、倒れた殉教者を記念する国定公園に指定された。
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博物館は1971年4月9日に開館し、入り口には当時のさまざまな武器、狩猟やスポーツフィッシングのアクセサリー、フィデル・カストロから寄贈された興味深い武器のコレクション、シエラマエストラでの戦闘中にチェ・ゲバラ自身が使用したM2カービン銃も展示されており、ショップとしても営業している。
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消防士博物館も近くにあった。1890年にメルカデレス通りにあったイサシ金物店で大きな火災が発生し、ハバナの消防士20人以上がこの場所で命を失った。写真は展示されている当時の馬引き蒸気ポンプ車。この博物館の目的は、住民の防火意識を促進し、消防士の仕事の重要性を認識することにある。
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グアヤサミン公園の近くにはコンデ・デ・ビジャヌエバもある。18世紀に建てられた邸宅をホテルに改装したもので、敷地内は写真のようにアースカラーで装飾された日差しが注ぐ空間になっている。パティオの周りに部屋が配置され、植民地時代のモザイク模様が残された壁が当時の面影を偲ばせる。
ホテル コンデ デ ヴィラヌエバ ホテル
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このホテルの中2階にカサ・デル・アバーノというシガーショップがある。充実した品揃いが楽しめ、特に葉巻ショップの職人が手で巻いた非量産品のハウスシガーは葉巻愛好家に人気がある。
ホテル コンデ デ ヴィラヌエバ ホテル
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店内には各種銘柄、サイズの葉巻が取り揃えられ、葉巻、タバコなどの保管に使用される湿度制御ボックスであるヒュミドールも販売されている。記念に葉巻を1本買った。料金はCUC10.50だった。
ホテル コンデ デ ヴィラヌエバ ホテル
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海岸の方向に歩いてサン・フランシスコ広場に行った。広場は中央に象徴的な4頭のライオンの台座に支えられた噴水のある人気の場所。1836年に白いカララ大理石で造られたもの。
プラザ デ サン フランシスコ 広場・公園
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広場の北にはロンハ・デル・コメルシオ・ビルが建っている。スペインの建築家トマス・ムアの設計によるルネッサンス様式の建物。1909年3月にオープンし、1959年のキューバ革命まで証券取引所として使われていた。今はオフィスビルになっている。
プラザ デ サン フランシスコ 広場・公園
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ロンハ・デル・コメルシオ・ビルの前には写真のオブジェが置かれている。台座にはエティエンヌとあり、作者と思われる。作品名は“会話”で、「ヴィットリオ・ペロッタがハバナ市の歴史家の事務所に寄贈した文物」と書かれている。2012年に設置された。
プラザ デ サン フランシスコ 広場・公園
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広場の東にはハバナ湾に面してシエラ・マエストラ・クルーズ・ターミナルが建っている。1914年に開業した折衷的なスタイルの建物で、キューバに旅行するクルーズの到着場所になっている。古くはこの場所にはハバナ船積みドックが建てられ、共和国の一般税関、港の一般検査、入国管理などの機能を果たしていた。
プラザ デ サン フランシスコ 広場・公園
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広場の南にはサンフランシスコ ・デ・アシス修道院がある。1548年から1591年の間に建てられバロック建築。高さ48mの塔があり、植民地時代には数世紀にわたって市内で最も高い建造物だった。
Basilica Menor y Convento de San Francisco de Asis 寺院・教会
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写真はフニペロ・セラの像で、スペインのフランシスコ会修道士であり、カリフォルニアでは征服者として一連の伝道所を造った。1988年9月25日にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世によって列福を受けた。カリフォルニアの先住民に対して行った残虐行為とその残忍性から、作家のジョージ・モンビオットはセラを「カリフォルニアのアドルフ・アイヒマン」と呼んでいる。
Basilica Menor y Convento de San Francisco de Asis 寺院・教会
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建物は3つの身廊で構成されており、カトリック教会の12人の使徒を表す12本の柱で支えられている。現在、 修道院の小聖堂は、 その優れた音響効果により 有名なコンサートホールに改装された 。この日も演奏のリハーサルをしていた。
Basilica Menor y Convento de San Francisco de Asis 寺院・教会
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広場には写真のパリの騎士像がある。銅像の人物の本名は、スペインのルーゴ出身のホセ・マリア・ロペス・レディン。彼はやっていない罪で投獄され釈放後、正気を失ってしまい、1950年代を通して何年もハバナの街をさまよい、人生、哲学、宗教、政治について話し合い通行人を楽しませた人気のストリート・キャラクター。
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18世紀に再建されたスペイン植民地時代の古い家の中に写真のガレリア・カルメン・モンティリャがある。高い支柱、半円形のアーチ、正面に3つのドアとバルコニーが見える。見学は無料。
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写真の左端の絵画に描かれた人物がベネズエラの画家カルメン・モンティリャ。1944年に生まれ、ベネズエラとアルゼンチンで造形芸術を学び、2004年に故郷で亡くなった。
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緑豊かな室内のパティオにはキューバの著名なアーティスト、アルフレド・ソサブラヴォの巨大な壁画が飾られている。
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サン・フランシスコ広場とビエハ広場の間にホテル・ロス・フライレスがある。入口にはカソックで顔を覆っている修道士の彫刻が置かれて、スタッフも修道士に扮し、中世の修道院の雰囲気を醸し出している。ロス・フライレスはスペイン語で修道士のことで、同じような像はホテルの中にも置かれている。
ホテル ロス フライレス ホテル
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美しいステンドグラスの窓で飾られたロビーバーが目を惹く。中央に静かな中庭があり、美しい苔で覆われた噴水と植民地時代にまでさかのぼる古い井戸がある。かつてフランス海軍の侯爵と船長の邸宅だった。
ホテル ロス フライレス ホテル
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少し歩くとビエハ広場に出る。16世紀に作られた歴史ある広場で、周囲には木のベランダが特徴の17世紀の植民地時代の建物に囲まれている。広場の中央には噴水がある広場では処刑や闘牛、祭りの場所として使われ、最も裕福な市民はベランダから見ることができた。
ビエハ広場 広場・公園
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広場には歴史的に重要な建物が数多くあり、遺産として残すプロジェクトにより老朽化したものも見事に修復された。広場にはモダンな花の彫刻があり、非常に特徴的。現在ではレストラン、カフェ、バー、醸造所が点在している。
ビエハ広場 広場・公園
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オビスポ通りの一角に位置する写真のホテル・アンボス・ムンドスはアーネスト・ヘミングウェイが常宿としていた。ピンクのコロニアル様式のファサードを備えた5階建ての正方形のホテル。
ホテル アンボス ムンドス ホテル
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ホテルの1階はショッピングセンターになっている。中に入ると現在も使用されている古いオーティス社製のエレベーターがあり、これに乗って屋上まで行った。
ホテル アンボス ムンドス ホテル
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屋上には屋上庭園とバーがあり、ハバナの旧市街のを眺めながらくつろぐことができる。
ホテル アンボス ムンドス ホテル
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ヘミングウェイが泊まっていた511号室は5階にあり、現在いくつかの所持品を所蔵する小さな博物館になっている。
ホテル アンボス ムンドス 511号室 建造物
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この部屋は、1932年にハバナ旧市街の景色を楽しんだ作家ヘミングウェイのキューバの「最初の家」になった。
ホテル アンボス ムンドス 511号室 建造物
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ヘミングウェイは「このホテルが書くのに良い場所だ」と言っている。室内にはシングルサイズのベッドや手紙、ルイ・ビトンの旅行鞄、彼のヨット「ピラール」の模型や釣り竿などが展示されている。
ホテル アンボス ムンドス 511号室 建造物
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写真はヘミングウェイが使用したタイプライターで、このホテルで小説『誰がために鐘が鳴る』の最初の部分や『午後の死』、『アフリカの緑の丘』、『持つと持たぬと』などの作品も執筆された。1954年にノーベル文学賞を受賞した。
ホテル アンボス ムンドス 511号室 建造物
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ホテル・アンボス・ムンドスを出て、オビスポ通りを歩いているとオビスポ公園の近くに手工芸品のフリーマーケットが出ていた。革製品や木彫りの人形、アクセサリーなど土産物になるようなものを売る店が所狭しと並んでいた。
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宿に帰って少し休んでから出かけた。今夜はキューバで最後の夕食になるので、どこがいいか考えて末に、やはりフロリディータに行くことにした。
ラ フロリディータ 地元の料理
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入口近くには長いカウンター席があり、バーになっている。奥にあるレストランに行って、まずダイキリを注文。これが本当に美味しくて、キューバに来て大好きになった。
ラ フロリディータ 地元の料理
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魚料理のグリルを注文。料金はCUC11だった。
ラ フロリディータ 地元の料理
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帰るころに店の入り口近くで、女性のグループがキューバ音楽の演奏をしていた。宿に帰って帰国準備。旅の終わりはいつも一抹の寂しさがある。
ラ フロリディータ 地元の料理
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