2008/12/27 - 2008/12/28
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まさとし 国連加盟国全て訪問済さん
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12/24 東京・羽田(1950)→EK6257→大阪(2110/2315)→EK317→ 機内
12/25 →ドバイ(555/1010)→EK516→ニュー・デリー(1445) Rajdhani Palece
12/26 ニュー・デリー(1630)~ 列車内
12/27 ~ムンバイ(835) YMCA
12/28 ムンバイ(1900)~ バス車中泊
12/29 ~パナジ(オールドゴア) ORAV'S G.H.
12/30 パナジ(アンジュナ・ビーチ) パナジ(2000)~ バス車中泊
12/31 ~ハンピ 民宿
1/1 ハンピ~ホスペット(2230)~ バス車中泊
1/2 ~バンガロール~チェンナイ JMJ G.H.
1/3 チェンナイ(1700)~ 列車内
1/4 ~ラーメシュワラム Sri Ramanatha Swamy Tourist Home
1/5 ラーメシュワラム(815)~マドゥライ Hotel Gangai
1/6 マドゥライ(920)~コーチン(1930) Hotel Bharat
1/7 コーチン(アーバンライフ) Southern Residency
1/8 コーチン(550)~バルカラ(ビーチライフ) 民宿
1/9 バルカラ(1720)~トゥリヴァンドラム MANJALIKULAM T.H.
1/10 トゥリバンドラム(1100)→EK521→ドバイ(1335) Gulf Star Hotel
1/11 ドバイ滞在 空港待機
1/12 ドバイ(350)→EK316→大阪 大阪(1915)→EK6252→東京・羽田(2025)
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結局1時間遅れでムンバイ・セントラル駅に到着した。
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駅前はタクシーの客引きや出迎えの人で大混乱だ。
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ムンバイ・セントラル駅はムンバイを代表するターミナル駅だが駅舎は地味だ。
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ムンバイでの宿はセントラル駅近くのYMCAに泊ることにした。ムンバイの宿事情は悪く、インド門周辺にも安い宿はあるが設備的に不安もある。最近テロがあったので観光客が減っている可能性もあるが、空いているかという以前に宿が閉鎖されていては話にならない。
そんなわけで文句なしの設備を持ち、2食付きのYMCAの方が安心だ。スタッフや設備の評判もいい。
また次の目的地ゴアへのバス乗り場もここからだと近い。
値段はシャワー共同のシングルで970ルピー(1891円)だ。 -
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ムンバイの街へ出た。
まず明日のゴア行きのバスの切符を購入しておくことにした。宿に近い長距離バスターミナルに向かった。 -
最初切符売り場の場所がわからず、人に聞いたら古びたターミナルビルの2階とのことだ。入り口はわかりずらい。インドを代表する商都の代表的なバスターミナル予約がこんなとこにあるとは知るよしもない。
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長距離バスターミナルの予約窓口はずいぶん閑散としていて窓口は一つしかない。ひっそりと行列ができていて本当ににここで買えるのか不安になりつつも簡単にチケットは購入できた。
インド人は一応行列を作るので時間はかかるが、割り込みなど余計な神経を使うことはない。
ムンバイで長居する理由はないので出発は明日の午後7時だ。 -
ムンバイ・セントラル駅から近郊電車でチャーチゲート駅へ出た。
一応切符を購入したが、改札はない。この混雑では検札などあり得ない雰囲気だ。 -
チャーチゲート駅は近郊電車専用の駅で駅舎も簡素でとりわけ特徴はない。
でも駅前はコロニアル調の重厚な建造物が目に付き、華やかな雰囲気だ。それらの建物は植民地時代に建てられた鉄道関連の施設だ。中には予約窓口が入っている。貧乏くさいバスターミナルとはえらい違いだ。
駅前の公園には緑も多く日差しも強いので開放感のある街だ。でも人の多さは半端ではない。「いったいみんなどこへ向かっているんだ?」というくらい人の往来が激しい。 -
歩いてインド門の方へ向かった。バスはよくわからないのでタクシーしか交通手段はないが、歩いてもたいした距離ではない。ムンバイは日差しは強いが、湿度は高くなく、歩いていてもそれほど汗をかかないので快適だ。
途中食事を取ることにした。入った店はベジタリアンでエッグ・ビリヤニを注文した。ムンバイでもベジタリアンが多いようだ。
でも卵は大丈夫なようだ。 -
そのまま歩いてインド門の方へ向かった。
タージマハルホテルが建つ一角に「アポロホテル」というのがある。タージマハルホテルを建てたインド人実業家ジャムシェードジー・タタが植民地時代、インド人であることで入場を拒否されたホテルだ。この出来事がきっかけでタタはもっと大きなホテルを建設しようとタージマハルホテルが建設された。
アポロホテルはずいぶん新しい建物になっている。おそらく残っているのは名前だけだろう。 -
テロの影響でインド門やタージマハルホテルにはバリケードが張られ、敷地に入るには形式的ではあるが荷物検査のゲートもある。
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またインド門には近づけないようにバリケードが張ってる。
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タージマハールホテルの方にもバリケードが張られている。ムンバイ同時多発テロからまだ1ヶ月たっていないこともあり厳戒態勢だ。
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テロの舞台となったタージマハルホテルはタワー部分(写真)の新館では営業を再開しているようだが予約済みの宿泊客しか入り込めない雰囲気だ。
タージマハルホテルは世界中に展開する高級ホテルチェーンだが、ムンバイのタージマハールホテルには特別に興味があったがコロニアル調の旧館に入れないなら意味がない。 -
タージマハルホテルは正面から近づけないので裏から回りこむことにした。
赤いドームを冠した荘厳なホテルの外壁は美しい。 -
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海岸線の方へ出てみた。こちらからも正面へは近づけないようになっている。
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右にはインド門が見える。
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タージマハルホテル周辺は露天やこぎれいな店が軒を連ね、インド人観光客でにぎわっている。
欧米人観光客はほとんど見かけない。ムンバイでの見所はこの周辺のみに集中している。今日は疲れてきたので宿に戻ることにした。明日の朝また来てみよう。 -
タクシーでチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(旧ヴィクトリア・ターミナス)へ向かった。
チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(旧ヴィクトリア・ターミナス)はインドを代表する植民地時代の建造物でヴィクトリア調の刺々しい建物はあまりにも印象的だ。
ムンバイに来たのはこの建物を見に来たと言っても過言ではない。 -
あまりにも重厚で駅だと言われなければ何の建物かわからないくらいだ。駅舎は現在もムンバイを代表するターミナル駅として利用され、インド最大の乗降客を誇る主要駅で長距離列車の発着駅にもなっている。
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それだけの知名度があったために残念ながらここもテロの標的になってしまった。でも事件から1ヶ月が過ぎ、被害の名残は全く感じられず元の賑やかな駅に戻っている。
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チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス(旧ヴィクトリア・ターミナス)から近郊電車でダダール駅まで行き、ムンバイセントラル駅まで戻ることにした。
列車は路線が限られているので利用しやすい。ダダール駅を経てムンバイ・セントラル駅に戻ってきた。 -
夕食は宿泊先のYMCAで食べることができる。時間は夜8時半からだ。インドの夕食は遅い。
食事ははビュッフェ形式でかなり本格的な料理が並んでいる。カレーがベースで日本のまともなインド料理屋のランチみたいな感じだ。 -
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盛るとこんな感じ。チキンやマトンなど肉も含まれているので美味そうだ。
食後はチャイが出てきた。この宿に泊っているのはインド人の家族連ればかりで外国人は泊っていないようだ。 -
(12月28日)
7時半から朝食だ。YMCAの朝食はオムレツやフルーツなど昨日同様種類も豊富だ。 -
食後すぐに電車とタクシーを乗り継いでタージマハルホテルへ向かった。
チャーチゲート駅に到着。ここからタクシーを捕まえた。
朝日に染まるタージマハルホテルは昨日より美しいはずだ。 -
今日は日曜日だがすでに朝から観光客が大勢いる。まだ気温が上がる前なので涼しくしのぎやすい。
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インド門からムンバイ最大のみどころであるエレファンタ島行きの船があるので行ってみることにした。チケットを買い船に乗り込んだ。しかしエレファンタ島へは一時間もかかることに乗ってから気づいた。
20分くらいかと思っていたのだ。120ルピー(234円)とずいぶん高いわけだ。
チェックアウトは12時。それまでに宿に戻らなくてはならない。島を往復するだけなら十分間に合うのだが島の頂上にある石窟を見学しに行っていると絶対間に合わない。戻ってきたら午後3時過ぎるだろう。 -
仮に宿をもう一泊分請求されても千数百円。せっかくムンバイまで来ているのだから島をすべて観光すべきなのではないか。こういうときは日本円で比較すべきだ。
節約するのは大事だが、貴重な経験を放棄するのは節約ではない。とりあえずYMCAとはあとでレイトチェックアウトのことで値段交渉すればいい。多少割り引いてくれるかもしれない。ここまで来たのだから島を観光しよう。そう決心し、島へと向かった。
インド門やタージマハルホテルを正面から見るためには船に乗らなくてはならない。 -
正面から見たインド門。
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正面から見たタージマハルホテル。
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一時間後エレファンタ島に到着した。ムンバイの謙遜とは一転、緑豊かな静かな島だ。
でも山頂がずいぶん遠く感じたのと石窟自体たいしたことないのではという思いがした。
気が変わりそのままムンバイに戻ることにした。エレファンタ島の桟橋は長く、岸まで列車が往来しているのは興味深い。 -
一度この列車に乗って島への入場ゲートまで行ったあと桟橋に歩いて戻った。
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ムンバイ行きの船に乗り込んだら係員がどうしたんだという顔をしてきたがそのまま乗り込んだ。客は僕一人。貸し切り状態だ。
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一時間でインド門横の桟橋に戻ってきた。
そのままタクシーでチャーチゲート駅へ向かった。
チャーチゲート駅から電車でムンバイ・セントラル駅へ。11時45分にセントラル駅に到着し、急いで宿に向かおうとしたら検札に引っかかった。混雑している電車に車掌は来ないはずだと思っていたらホームで駅員が乗客の切符をチェックしていた。
階段の数は限られているのでもう逃げられない。結局罰金254ルピーを払う羽目になってしまった。乗車券4ルピーの60倍だ。でも切符など買っていたら12時に間に合わなかったので致し方ない。そのままYMCAへ。ぎりぎりチェックアウトの時間に間に合った。
荷物はそのまま夕方まで預かってもらうことにした。こんなことなら朝チェックアウトをしておけば良かったと後悔。 -
午後はタクシーでドビーガートという洗濯場へ向かった。高架橋から見下ろすドビーガートは白い洗濯物がまぶしい。
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そのまま電車に乗って再度チャーチゲート駅へ向かうのだが、きちんと切符を買うことにした。
ムンバイの植民地時代の建造物。 -
ムンバイ市庁舎。
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ムンバイ大学図書館の時計塔。
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最高裁判所。
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ゴアのパナジへ向かうバスは19時発だ。
セントラル駅近くの長距離バスターミナルから出発する。長距離バスターミナルは薄暗く人もまばらで本当にここから出発するのか不安になる。 -
出発までバス乗り場の食堂でマサラドーサを食べることにした。
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19時前に案内されたバスは思いっきりローカルなバスだ。行き先は英語表記されておらず、ヒンドゥー語のみだ。
観光地のゴアに向かうはずなのに外国人観光客はまったく見あたらない。
バスは定刻通り出発。ムンバイ北部のバスターミナルに立ち寄ったが、終始空いていて隣の席には誰も座ってこないのでゆったり座れる。しかし夜半過ぎかなり冷え込んできた。窓を閉めていても隙間風が入ってくるのでダウンジャケットを着ることにした。
深夜も頻繁にバスターミナルに立ち寄りながら南を目指した。
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