2009/01/02 - 2009/01/06
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まさとし 国連加盟国全て訪問済さん
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12/24 東京・羽田(1950)→EK6257→大阪(2110/2315)→EK317→ 機内
12/25 →ドバイ(555/1010)→EK516→ニュー・デリー(1445) Rajdhani Palece
12/26 ニュー・デリー(1630)~ 列車内
12/27 ~ムンバイ(835) YMCA
12/28 ムンバイ(1900)~ バス車中泊
12/29 ~パナジ(オールドゴア) ORAV'S G.H.
12/30 パナジ(アンジュナ・ビーチ) パナジ(2000)~ バス車中泊
12/31 ~ハンピ 民宿
1/1 ハンピ~ホスペット(2230)~ バス車中泊
1/2 ~バンガロール~チェンナイ JMJ G.H.
1/3 チェンナイ(1700)~ 列車内
1/4 ~ラーメシュワラム Sri Ramanatha Swamy Tourist Home
1/5 ラーメシュワラム(815)~マドゥライ Hotel Gangai
1/6 マドゥライ(920)~コーチン(1930) Hotel Bharat
1/7 コーチン(アーバンライフ) Southern Residency
1/8 コーチン(550)~バルカラ(ビーチライフ) 民宿
1/9 バルカラ(1720)~トゥリヴァンドラム MANJALIKULAM T.H.
1/10 トゥリバンドラム(1100)→EK521→ドバイ(1335) Gulf Star Hotel
1/11 ドバイ滞在 空港待機
1/12 ドバイ(350)→EK316→大阪 大阪(1915)→EK6252→東京・羽田(2025)
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(1月2日)
バンガロールには定刻通り早朝6時半に到着した。バスを下ろされたのはちょうどバンガロール・シティー駅の前で都合がいい。 -
チェンナイ行き列車の出発まで2時間ほどある。荷物を駅に預け、駅前をうろうろすることにした。プリーの朝食をとった。
トイレに行きたくなってきた。でも公衆トイレはどこも満員だ。朝込むのはどこの国でも同じようだ。こんな時は外国人特権を生かして駅近くの中級ホテルでトイレを拝借することにした。少し気まずかったが問題はなかった。
9時発のチェンナイへの列車は最終目的地はパトナーを経由してネパール国境まで行くようだ。チェンナイまでは全行程のほんの一部なので簡単に予約が取れたのかもしれない。 -
チェンナイまでは6時間ほどで寝台の上段なので日中でも遠慮なく横になることができる。昨夜は夜行バスだったので仮眠するのにちょうどいい。
途中の駅でホームに降りて深呼吸。 -
居眠りしていたらチェンナイは案外近かった。時間は午後3時を回っている。
ターミナル式のチェンナイ・セントラル駅。 -
到着したチェンナイ・セントラル駅の駅舎。
今夜はチェンナイで泊ることになるがチェンナイ・セントラル駅から近郊電車でもう一つのターミナル駅エグモア駅へ向かうことにした。チェンナイにあるこれら二つの駅は植民地時代の特徴ある赤い駅舎が印象的だ。 -
ターミナル駅間の移動は近郊電車を使う。ムンバイで走っていた車両とタイプは同じだ。
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エグモア駅。
この駅の近くで宿を探すことにした。明日の出発がここエグモア駅からだからで、切符を買いに行ったりするのも便利だ。
でも駅前でいい宿が見つからずリキシャで少し離れたところの宿を紹介された。400ルピー(780円)でかなり快適だ。
早速エグモア駅へ翌日のティルティラパリ行き列車の予約に行ってみた。しかし満席だ。タミルナドゥ州を縦断する列車なのでチェンナイから州内各地へ移動する人で混雑しているのだろう。前日予約は甘かったようだ。バスで行くべきなのだろうか。しかしバスターミナルまで遠いのでできるだけ列車を利用したい。 -
とりあえず観光でもしようと旧市街の方へ行ってみた。
近郊電車で旧市街の最寄りであるビーチ駅へ向かった。一部の電車のターミナル駅になっている。旧市街には植民地時代の建物が目に付くが、はるばる見に行くような建物はない。
日も暮れてきたし建物を見ている余裕はなくなってきた。
周辺には大規模なバザールがあってたくさんの人でにぎわっている。大都会でありながら庶民的な雰囲気で活気がある。 -
バザールをうろついていたら自分の居場所がわからなくなり、駅に戻れなくなったのでリキシャでセントラル駅へ戻った。
写真は夜のセントラル駅。
そのままエグモア駅へ電車を乗り継いだ。エグモア駅で明日の列車の時刻表を眺め、どうするか考えた。出発は7時50分。二等車の自由席移動が過酷なのはわかるが座れないことはないだろう。6時過ぎには駅に来た方がいいかもしれない。気合いを入れてティルティラパリまで二等座席車で移動しようと決心した。
そのとき時刻表にラーメシュワラム行きの列車が目に入った。
ラーメシュワラムはスリランカに一番近いインドの町でヒンドゥーの聖地となっている。
ラーメシュワラムへの路線は軌道統合工事が後回しにされ、まだ工事中で運休中かと思っていた。バスでしか行けないと思い、途中のティルティラパリなどを経由してのんびり行こうと思っていた。でも最近運転が再開されていたようだ。
ラーメシュワラムはタミルナドゥー州で一番はずせない場所だ。ティルティラパリに行けなくてもいいので、列車でこのままチェンナイからラーメシュワラムまで直接入りたい。列車の経由地にたいした町がないので今からでも明日出発の切符は買えるのではないか。夕食を食べたあと、8時までやっている予約窓口にもう一度顔を出してみた。すると予約はあっさり確保できた。
寝台車の上段だ。出発は明日の夕方。今日4時にチェックインしているので24時間制を採用している南部の宿では一泊分の値段で明日の4時まで滞在することができる。効率的で経済的な旅行になってきた。
今夜はゆっくり眠れそうだ。明日はチェンナイのビーチにでも行ってみよう。
今回の旅の南部のハイライトであるラーメシュワラムまではいろいろな場所を経由してバスで行くことを考えていた。
早くても明後日の夕方くらいになると思っていたがこんなにスムーズに行けるとは夢にも思っていなかった。ゲージコンバート(軌道統合)直後の路線にも興味がある。 -
マサラの実が浮かんだチャイ
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駅前のスイーツの店
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(1月3日)
早朝出発の予定だったが、今夜の夜行列車に乗ることになったので今日一日チェンナイに滞在できる事になった。
10時過ぎ近郊電車を乗り継いでマリーナビーチへ行くことにした。 -
最寄り駅はMRTSとかいう最新の近郊電車だが、インドの最新は例外なく老朽化が進んでいる。車両はいつものボロい車両だ。
でも駅は高架で一見新しい。 -
ライトハウス駅で下車。
駅舎の外観は都市部の鉄道らしい雰囲気はある。 -
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歩いてマリーナビーチに向かった。
しかしビーチは椰子の木もなくだだっ広い運動場みたいな感じで南国情緒はない。 -
下車した駅名の由来になっている灯台(ライトハウス)。
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ただ波打ち際では地引き網をしている人たちがいてつり上げた魚をかごに入れいていた。
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そのすぐそばでは水揚げされた魚が売られている市場があった。
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いろんな魚が並に、中には鮫も混じっていた。
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マリーナビーチの灯台近くにあるサントメ教会へ行ってみた。
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そのまま細い路地を徒歩でカーパーレーシュワラ寺院へ向かった。カーパーレーシュワラ寺院はチェンナイでもっとも有名なヒンドゥー寺院だ。
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周辺には色鮮やかな花が売られる店が多く目につく。
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タミル・ナドゥ州のヒンドゥー教寺院は今回初めてだがカーパーレーシュワラ寺院周辺の雰囲気がシンガポールのヒンドゥー寺院に似ている。
僕自身もっともなじみがある雰囲気でもある。 -
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最後にチェンナイで最大のショッピングセンター「スペンサープラザ」に行ってみた。
店内はグローバルなメーカーの専門店もあり吹き抜けになったエアコンの効いている店内はインドにいるとは思えない。と表現するする人は多いが、結局おおざっぱなつくりはインドにいることは間違いない。
無駄なスペースも多い。 -
それにしても外国人の少ない町だ。普通このような大都市を代表するショッピングセンターには必ず欧米人の姿があるはずなのだが。
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そのままリキシャでエグモア駅に戻った。チェンナイに戻ってから肉料理を食べられるようになったので昼はマトンカレーを食べることにした。やはり肉はパワーが付く。
宿に戻り、チェックインしてからちょうど24時間後の3時半にチェックアウト。少し早いのでネットカフェに立ち寄ってから駅に向かった。
写真は滞在したチェンナイのゲストハウス。 -
チェンナイ・エグモア駅発ラーメシュワラム行きの列車は結構混雑している。
巡礼客らしく車内ですべに盛り上がっている気合いの入った信者もいる。列車は停車駅は少なく、大半の客はラーメシュワラムへ行くようだ。
夕食は時間になったら食堂の人が注文を取りに来るので待ってればいいだけで楽だ。値段も30ルピーと安い。
夜9時には就寝だが明日の到着は早い。
(1月4日)
朝の5時にラーメシュワラム駅に到着した。
予定時間より15分早く到着したのと、ホームが暗かったのでしばらく着いた事に気づかなかった。今までたくさんインドの列車に乗ってきたが、予定より早く到着したのはこれが初めてだ。
この路線は行き違いもなく、遅れる要素はないが早く着くのはそれはそれでいい加減だ。個人的には大幅に遅れてもう少し外が明るくなってからの到着の方が良かったのだが。 -
ラーメシュワラムの駅舎の中には大勢の野宿する客がいた。インド人は本当に野宿が好きだ。混雑しているのだろうか。宿はあるのか不安になってきた。
駅前から馬車に乗り市内へむかった。
真っ暗でどこへ向かっているのかわからないが一件の宿の前に到着した。
そして部屋はあるようだ。 -
ここもチェンナイ同様24時間制の宿なので明日の早朝5時半にはチェックアウトしなくてはならない。24時間制のデメリットは深夜に到着した場合深夜に出発しなくてはならないことだ。
昨日はメリットを有効活用したのでそううまい話は続かないということか。
部屋がすぐに見つかっただけでもありがたく思わなくてはならない。
写真はラーメシュワラムで滞在した宿。 -
ラーメシュワラムの街並み。
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ラーメシュワラムはインド人の巡礼客で活気に満ちている。
その中心となるのがラーマナータスワーミ寺院。 -
まず海辺のガートへ行ってみた。沐浴する人で浜辺は大混雑。カニャークマリもすごかったが、ここもすごい人だ。
日曜日だからか。
欧米人旅行者が全く見あたらないのも不思議な感じだ。まさにインド人のための聖地であり観光地だといった感じだ。
日本人にはあまりなじみのないラーメシュワラムだが、ここもインド人巡礼者のパワーを感じることができる。 -
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おみやげ物屋。ココナッツでできたサルとガネーシャの人形は買ってしまった。
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インド人の巡礼者。
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プリーの店。朝はたいていこれを食べることになる。
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ラーマナータスワーミ寺院に入ってみた。
回廊には土産物屋が並んでいる。 -
この寺院の回廊はあまり派手な色は使われていない。
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寺院の中の沐浴場。
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ラーマナータスワーミ寺院
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ラーメシュワラムがある島の先端部「ダーナシュコディ」へバスで行くことができる。
ダーナシュコディからはアダムスブリッジという珊瑚礁の島を伝ってスリランカに繋がっている。
ここへ行く巡礼者も多くバスは大混雑だ。1時間に1本しかないといわれているがかなり頻繁に出ているようだ。 -
超満員のバス
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1時間ほどでダーナシュコディに到着。集落には椰子の葉でできた民家が軒を連ね食堂なども営業している。
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ダーナシュコディのビーチにて
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ダーナシュコディが島の最東端だと思っていたが、先端へはまだ距離があるようだ。
岬まで歩いていけるかと思ったが無理だとすぐにわかった。 -
誰も人のいないビーチが続く。
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ふとトラックが東へ走りゆくのが目に入った。あのトラックに乗れば先端まで行けるようだ。
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トラックの乗り場はすぐにわかったがトラックは大半が団体客用にチャーターされ、乗せてくれないような雰囲気だった。一人なのでなんとかならないかと交渉してみた。
するとあっさりトラックに便乗させてもらえることになった。
ありがたいことに助手席の優等席だ。悪路が続くので助かる。 -
道なき道を行く。
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頻繁にツアーのトラックとすれ違う。
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ダーナシュコディの先端部に到着。
しかし値段交渉をせず乗ることに必死になっていたので最東端の浜辺に着いてから120ルピー請求された。100ルピー(195円)に負けてもらったがそれでも高く感じる。とはいえここで置いてきぼりを食うのは都合が悪いのであまり強気交渉もできない。
でも先端へのツアーはぼられてもそれだけの価値あるものだったように思う。 -
アダムスブリッジ方面。この先はスリランカだ。
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浜辺の馬
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帰りは台風(サイクロン)で廃墟になった村に立ち寄り、教会の跡などを見学することができた。
1964年の台風でダーナシュコディの街は壊滅してしまった。この街には駅があり、スリランカへの鉄道連絡船が出ていたようだが復旧は難しそうだ。 -
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ダーナシュコディに戻り、そのままラーメシュワラムへのバスに乗り込んだ。
混雑しているがなんとか帰りも席にありつけた。ラーメシュワラムまでは1時間近くかかるので立っているのは辛い。しかも超満員だ。 -
一度ホテルに戻ったあと鉄道駅の方へ行ってみた。今朝到着したとき暗闇だったのでもう一度どんな感じか見に行ってみたい。
途中通学の子供たちを乗せたリキシャが通り過ぎた。 -
駅近くの床屋にて
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ラーメシュワラム駅。
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ゲージコンパート(軌道統合)され線路はきれいに整備されている。
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インドはイギリス植民地時代に建設された鉄道が全土を網羅しているが、地域によって線路の幅がまちまちだった。特に南部のタミルナドゥ州はつい最近までインドの標準規格ではないメートルゲージ(1000mm)が使用されていた。ちなみにインドの標準軌は1676mmだ。
チェンナイのターミナル駅が不自然に二つに分かれているのは軌道の幅の違いが原因だ。セントラル駅は広軌でエグモア駅が狭軌といった感じだ。
乗り換えが必要で不便なこの状態を改善しようとインドはここ最近ゲージコンバート(軌道統合)を行ってきた。その工事の最終段階がマドゥライからラーメシュワラムへの路線だ。完成したのはつい最近だ。 -
ラーメシュワラムは全て工事が終わり、メートルゲージの名残を探すのは不可能だ。
ただ駅から海へと続く廃線跡が残っているのが確認できた。ほとんどのレールは撤去されていたが、一部線路が放置されメーターゲージの名残を確認することができた。
かつてイギリス植民地時代はここから港へ引き込み線が敷かれ、スリランカへの連絡船が出ていたはずだ。 -
今の国際情勢からしてスリランカへの鉄道連絡船が復活する事はまずあり得ない。ましてインド側の軌道が広軌化されてしまい、メートルゲージを採用しているスリランカとの鉄道連絡船は絶望的になってしまった。
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廃線跡にいた子供たち。
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再びラーメシュワラム市街地へ。町中は舗装されている道はほとんどなく、あちこちに水溜まりがある。
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インドを象徴する車アンバサダーも水たまりを避けて走る。
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夕方ガートへ行ってみた。夕暮れの沐浴は今ひとつでまだ明るいのにみんな帰り支度をしていて海に入っているの人はほとんどいなくなった。太陽が出ている暖かいうちに水から上がった方が賢明だということか。何となく軟弱なものを感じてしまう。
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牛とたわむれる少女。
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花飾りを食べる山羊。
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(1月5日)
夜明け前に海岸沿いのガートへ沐浴する人を見に行くことにした。
その前にチェックアウトを済ませ荷物を預けなくてはならない。連日の移動で少し疲れてきたが、限られた時間しかないので長居していても仕方ない。日の出は6時半だが、夜明け前の4時過ぎから寺院周辺から騒がしいスピーカー音が聞こえてきた。ラーメシュワラムのガートが一番活気づくのは日の出の時間帯だ。暗闇の中、ガートへ向かった。 -
浜辺にはあふれんばかりの人で大混乱。夜明けとともにみんな太陽を拝んでいる。
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ラーマナータスワーミ寺院と野良牛。
そのまま荷物を受け取り、市バスでマドゥライ行きのバスが発着するバススタンドへ向かった。 -
バススタンドに到着。市内からここまで利用したバス。2ルピー(4円)だ。
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マドゥライ行きのバスは頻繁に出ているようですぐに出発するようだ。
マドゥライまでは4時間だ。普通の乗り合いバス(写真)で乗客の乗り降りが頻繁にあるので進むのが遅い。 -
ラーメシュワラムのある島からから本土に架かる橋にさしかかった。ずいぶん立派な橋が見える。
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橋を渡りインド本土へ。
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右下には平行して鉄道橋もある。水面すれすれを走っているため船の航行のために可動橋になっている。
基本的に小型船しか通らないので橋はそれほど高くは上がらないようだ。 -
橋の上から海を眺める。
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橋を渡りインド大陸に入ってからもしばらくは細い砂州の上を走るので両脇には海が見える。
そのまま本土を走り、マドゥライへ近づくにつれ主な停留所にしか停まらなくなったのでバスはどんどん進む。
予定通り4時間弱で正午過ぎにマドゥライ・バスターミナルに到着した。マドゥライのバスターミナルはずいぶん規模が大きく、いろんな店が入っていてショッピングセンターみたいになっていた。
久々に文明的な場所に戻ってきた感じだ。とりあえずコーチン行きのバスはあるのか確認したら明日の9時に1本だけあるらしい。今日のバスは行ってしまったようだ。いずれにしても今日はマドゥライに滞在するつもりだ。一旦市内へ出ることになる。 -
その前に昼食だ。
バスターミナルの食堂はメニューも多彩でうれしい。バナナの葉にのせられたチキンビリヤニ。60ルピー(117円)。南部はほとんどの大衆店では皿の代わりにバナナの葉が使われる。
市内へは遠いので市バスで向かうことにした。
マドゥライは宗教都市でヒンドゥー教徒の巡礼者が多いが、それなりの大都会で大半の人は普通の生活をしている。
ラーメシュワラムのような巡礼者で殺気だった雰囲気はない。バスの運転手や乗客、ホテルのフロント、リキシャのオヤジなどみんな穏やかな感じがする。どことなく落ちついた雰囲気で居心地が良さそうだ。 -
宿はここ(ホテル・ガンガイ)に滞在した。1泊160円(312円)。シャワーとトイレ付きでエレベータまである割に安い。
しかし道路を歩いて思ったが、いざ自分の足で町を歩いたらこれほど歩きにくい町は経験したことがない。
とにかく後ろからリキシャや自転車が狭い道を行き交い、常に360度安全確認しなくては危なっかしくて前へ進めない。
最大の問題は道が狭すぎるのだが歩道もなく道はでこぼこ。この町では安全のためにリキシャを利用するのも一つの手かもしれない。こんなところで足を轢かれたらたまったものではない。
マドゥライのミーナークシー寺院周辺にって見た。マドゥライの経済はこの寺院で成り立っている。 -
ミーナークシー寺院が見えてきた。
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寺院周辺は車両関係をシャットアウトして歩行者専用になっているので町唯一の安全地帯になっている。マドゥライははっきりいってここしか見所がない。
寺院の見学は明日の早朝に行くことにして、今日は町を歩いてみることにした。駅や市バスのスタンドに行ってみたが、これといった特徴はなく危なっかしいだけなので宿へ戻ることにした。 -
(1月6日)
早朝ミーナークシー寺院へ見学に行った。朝から濃い巡礼者で混雑している。
寺院の中央にお金を払って入ろうと思ったが、巡礼者ですごい行列ができているので入るのはやめておくことにした。
もしかしたら外国人枠で別ルートで入場できたかもしれないが100ルピー(195円)も払うほどのものでない気がしてきた。
寺院の中央部の貯水池。 -
寺院の大半は無料で見学でき、黄金の回廊的な場所も外にあったので雰囲気は味わえた。
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インド各地からの巡礼者。
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巡礼者とナンディ像。
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寺院西側の巨大なナンディ像。
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朝は店の軒先で生きた食材が搬入される光景をよく目にする。
これはチキン。 -
そしてマトン。
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朝食をとり、8時前に宿に戻った。
9時までにバスターミナルへ行きたい。ホテルの人の話によるとコーチン・エルナクラム行きのバスは昨日のバスターミナルまで行かなくても市内に近い別のバスターミナルを経由するらしい。信憑性に不安はあるがリキシャも安く済むので行ってみることにした。
到着したバスターミナルはタミル語表示ばかりでどこにもエルナクラムの表示はない。ずいぶんローカルな雰囲気だ。エルナクラム行きは1日1本しかないバスなので乗り過ごすのだけは勘弁してもらいたい。
でも周りの人がここで待ってろというのでバスが来るのを信じることにした。
9時半にエルナクラム行きのバスがやってきた。昨日のバスターミナルを9時に出てここまで30分という事か。時間通りだ。
バスの車体には経由地らしき場所がタミル語とケララ州の文字(マラヤーラム語)が併記されている。そしてエルナクラムと英語で表記されていた。とりあえずバスに乗れて一安心だ。
1日1本しかないバスなのに中はガラガラ。タミルナドゥ州とケララ州の交流が少ないことが伺える。交流がないから1本走らせれば十分だということか。
バスは西へ走りペリヤール山脈を越える。3時間ほどして山岳地帯にさしかかった。 -
タミルナドゥ州の平原を見下ろす。
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バスはうなり声をあげながら坂道を上った。インドの車は燃費が悪くパワーがないので大変だ。
この峠は妙に交通量が多く、他にも遅い車ばかりでなかなか進まない。峠越えは長期戦になりそうだ。 -
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標高2000メートル以上ある峠にさしかかった。
峠は一つの町になっていて州の境界にもなっている。峠といってものんびりした雰囲気はなく、バスが立ち往生し行き交う人も妙に多い。そして騒がしく空気の悪いただの田舎町だ。 -
ケララ州に入って英語表記が増えた。タミル人は民族意識が高く自らの文字で統一したい傾向があるようだがケララはそれほどでもないということか。もともと外国との交流に積極的だったケララの特性と象徴する。峠を越えてしばらくして昼食休憩となった。
今回利用しているバス。 -
昼食のビリヤーニ。
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