2008/08/27 - 2008/08/28
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まさとし 国連加盟国全て訪問済さん
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現在の中国東北地方と呼ばれる地域はかつて日本の領土だった。そのような事情から現在でも当時の遺産を多く眼にすることができる。今回はそれら日本時代の産物を求め各地を回ってみました。
①8/27 東京(1010)→NH903→大連(1210)(あじあ号15:00~、ロシア人街、中山広場) 大連(大連賓館)
②8/28 (大連ふ頭)大連(1134)→長白山号→瀋陽(1457) 瀋陽(宿泊先不明)
③8/29 瀋陽(1040)→調兵山(SL見学) 調兵山(駅前賓館)
④8/30 調兵山(1130)→瀋陽(1800)→長春 長春(春誼賓館)
⑤8/31 (長春市内観光)長春(1148)→ハルピン ハルビン(1925)→ 夜行
⑥9/1 →延吉(図們日帰り) 延吉(考世茂ホテル)
⑦9/2 延吉(長白山日帰り) 延吉(台咲大厦客房)
⑧9/3 延吉(市内観光) 延吉(台咲大厦客房)
⑨9/4 延吉(1215)→OZ352→ソウル(1545) ソウル(1710)→OZ106→東京(1930)
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今回の旅の入り口は遼東半島の先端に位置する商業都市「大連」。今回の旅のテーマである満州国の玄関口だった場所でもある。実際大連は日本の関東州という租借地扱いだったので満州国ではないのだが。
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大連へのアクセスは全日空。
平日の朝はとにかく混雑が激しく、入国審査場は長蛇の列だ。今回パスポートを新しく作り直したので「自動化ゲートシステム」の指紋登録が失効してしている。今回は行列に並ぶのを覚悟していたが、幸い自動化ゲートの受付開始が8時からに変更されていたのでその場で登録をすませ、そのままゲートを利用することができた。結果的には並ばずに済んだ。
一度登録すれば今後行列の心配がなくなる。平日の朝はとにかく混雑が激しいので自動化ゲートは必需だ。 -
全日空の大連行きは10:10発。所要時間は3時間とかなり近距離の国際線だ。
機内食は先日終了した北京オリンピックにあやかって「金目鯛の煮付け」とのこと。
国内線感覚で現地時間の12時半に大連周水子国際空港に到着した。
とりあえずは前回の使い残しの中国元が残っていたので両替せずに到着ロビーへ出た。空港で両替すると50元(830円)の手数料を取られる。今日は様子を見て市中の銀行で両替すればいい。
空港から市内へはそれほど遠くないので迷わずタクシー乗り場に向かった。予約してある今夜の宿泊先「大連賓館」が駅から離れているのでバスで行くと駅でさらにタクシーを使わなくてはならず面倒だ。今回はスーツケースできているので歩くのは避けたい。
とはいえ市内まで安く行けると感じるのは中国人も同じで、タクシー乗り場は大行列だ。その時、誰も並ぶように指示を出していないのに自然に列が作られている光景を見て中国も進歩したんだなと思ったりする。タクシーは次から次に到着するので列の流れは速く、すぐに自分の番は回ってきた。空港から町の中心部までは15分ほどだ。
大連駅を通り過ぎ中山広場が見えてきた。日本時代は大広場と呼ばれた大連の中心部だ。この都市を区画整備したのはロシア人だが、建物を建設したのは日本人で今でも町の中心部には日本時代の建造物が多く残っている。 -
今夜の宿泊先はこの広場に面している大連賓館だ。かつて満鉄直営の「ヤマトホテル」だった建物だ。このホテル以外にも中山広場に面している建物はすべて日本統治時代のものだ。今回の旅のテーマは満州なのでヤマトホテルから旅を始めると気分も乗ってくる。
とはいえ場所はいいがホテルは今では老朽化が進み、値段(1泊7500円)は安くないのに設備的には中級ホテル以下の部類だ。 -
大連賓館のエントランス。
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正面口の車止めは立派だがフロントは閑散としていて寂しい感じだ。でも天井などを見ているとヤマトホテル時代の高級感が漂ってくる。
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エレベーターで客室へ向かった。廊下も薄暗く部屋もかろうじて快適に過ごせる設備はそろっている感じだ。
部屋でゆっくりしたいが、そうも言っていられない。3時から満州鉄道の看板列車だった「あじあ号」を牽引していたパシナ型蒸気機関車の見学に行くことになっている。パシナは現在瀋陽と大連にそれぞれ1両だけ残されている。瀋陽では見学が難しいので現在大連でしか見ることはできない。しかし大連でも個人では見ることはできず旅行会社を通して見学を申し込まなくてはならない。そのツアーが3時からだ。それまでに大連駅の向かいにある東北国際旅行社に行かなくてはならない。 -
大連駅周辺は発展著しく高層ビルが建ち並ぶ。
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駅前に着いたが、しばらく時間があったので駅で明日の瀋陽への列車の切符を購入することにした。大連の駅舎は満鉄時代のもので出発と到着客をフロアごとに分離されている。今では空港などで当たり前のように取り入れられているが、このスタイルは当時の駅としては画期的なものだったらしい。
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一階に切符売り場があり、早速ここで瀋陽行きの切符を購入した。当日でも買えるだろうが事前に買っておいた方が計画を立てやすい。
瀋陽への列車はたくさん出ているが、僕が今回乗りたい列車は決まっていて一日に2本しかない「長白山号」という列車だ。ドイツの高速列車ICEをコピーしたデザインで一応中国が独自開発したとの扱いだ。そんな珍しい列車なのでせっかくなので乗ってみたい。しかし座席はすべて軟座扱いなので割高だ。
料金は87元(1460円)。
切符を購入したあと駅前のビルの8階にある東北国際旅行社を訪ねた。ジャルパックなど複数のパッケージツアーの現地ガイドもやっている大連を代表する日本人向けの旅行代理店だ。
今回「あじあ」号に使用されていたパシナ型蒸気機関車の見学費用は車庫までの専用車とガイドと入場料で250元(4200円)だ。所要時間は1時間ほど。一人なので高くなってしまった。でも自力で車庫を見学することは不可能なのでどうにもならない。満鉄の看板列車だった「あじあ」号のパシナ型機関車を見ずして今回の旅は始まらない。大連に来たのは「あじあ」号を見に来たといっても過言ではない。 -
そんなわけでガイドの孫文さんに連れられ、車で10分ほど走り大連駅裏の車庫に連れて行かれた。
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車庫も満鉄時代からのもので今は使われておらず、ガラスは割れ、内部は荒れ果てている。
扉を開けると「あじあ」号(パシナ)が顔を出した。
ちなみにパシナとは「パシフィック型SL7」の略でパシロやパシコなども存在した。 -
車庫の中には「あじあ」号(パシナ)がひっそりと息を潜めているといった感じだ。とにかく70年以上前に作られた機関車がそのまま残っているのはすごい。自分の目でこの機関車を見られたことに感激した。
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1934年に運行を開始した「あじあ号」は当時世界最速で最高時速は130キロ。
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当時の「あじあ」号の写真。
700キロある大連から新京(現長春)を今と変わらない所要八時間半で結んでいた。もちろん当時は運転本数が少ないなど条件は違うだろうが。
パシナは十二両製造された。現存するのはここ大連と瀋陽の二両のみだ。 -
動輪は巨大だ。
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その後、運転室などを見学した。
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ここから石炭を取り出してボイラーへ入れる。
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当時の「あじあ」号の写真。
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機関車自体は見るだけなので時間はかからない。
一通り見て機関区を後にした。
そのまま専用車で大連賓館まで送ってもらった。 -
大連の町へ出た。
中山広場の日本租借時代からの建物。一番印象的なのは横浜正金銀行大連支店の建物。現在は中国銀行の建物として利用されている。 -
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中山広場に面した満州時代の建造物を横目に上海路を北へ進んでみた。めざすは駅の北側にあるロシア人街だ。途中ヤマトホテルと並ぶ有名な旧遼東ホテルがある。今は大連酒店という名前で僕が泊まっているホテルと名前が似ていて紛らわしい。こちらの方はかなり値段が安い。ヤマトホテルのような有名な宿がなければ僕はここに泊っていただろう。
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路面電車と交差する場所には旧日本橋郵便局の建物があり、現在も郵便局としてそのまま使われている。
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大連の重要史跡として保存の対象になっている。大連の古い建物には全てこのようなパネルが張られている。
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線路を隔てた北側にロシア人街がある。線路に架けられた橋が「旧日本橋」で現在は「勝利橋」と呼ばれている。
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ロシア人街の入り口にはロシアの満州進出に影響力を持っていた東清鉄道汽船の事務所がある。とはいえこの赤レンガの建物は近年立て替えられたのでレプリカだ。
現在は大連芸術展覧館というという美術館になっていて中国人アーティストの絵画が展示されている。 -
ロシア人風情街とよばれるロシア人街のメイン通りは復元された建物が多く、歩行者天国になっていて嘘くさいものを感じてしまう。ここだけ遊園地みたいだ。
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歩行者天国の先にはロシアの東清鉄道事務所として建てられた建造物が残っている。この建物は日本統治時代は大連市庁舎や満鉄本社、ヤマトホテルなどにも利用されたことがある。
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一通りロシア人街を見学して中山広場の方へ戻ってきた。
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旧中国銀行(中信実業銀行)
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旧東洋拓殖大連支店(中国交通銀行)
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これは僕が泊まっているホテルの隣にある中国工商銀行。日本時代は大連市役所だった建物だ。
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中山広場に面した建物以外にも重要な建物は多い。
その中で最も重要だと思われるのが旧満州鉄道本社ビルだ。元々はロシアが学校として建築していた建物だ。それを満鉄が改修。この周辺には満鉄関連の事務所が他にもある。
現在この建物は中国鉄道の大連事務所が入っている。 -
満鉄本社ビルだったことを表す碑。
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満鉄本社ビルのすぐそばには旧満州日報(現大連日報)などがそのまま残されている。
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また大連には日本租借時代から走る路面電車がある。この路面電車に大連駅まで乗ってみた。最近は新しい車両に更新されつつあるが、日本製の1両編成の列車はまだまだ健在だ。でも実際乗ってみると内装はきれいに改修されていて運転台などは見た目は古いままの装置だが改良はされているようだ。
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大連駅前広場に到着。現在最新の車両に更新されつつあるのでこの車両が姿を消すのはそう遠くない気もする。
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大連の駅前はショッピング街でほとんどが新しい高層ビルだ。三越百貨店だった建物も残っていたりするが、少しインパクトに欠ける。
他の中国の地方都市同様無機質なコンクリートジャングルでこちらの町並みはあまり興味を持てない。 -
そんな中、夕食は中華のファーストフードで飲茶とラーメンを食べることにした。
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徒歩でホテルがある中山広場へ戻ってきた。
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ライトアップされた中国銀行(旧横浜正金銀行)。
今日は朝日本を出てきたのにかなり動き回り少し疲れ気味だ -
翌朝6時に起床。朝食は7時からということで中山広場とその周辺を散歩することにした。
朝大連の朝は北京などと同様、靄がかかっていて太陽は霞んでいる。朝日のまぶしさはなく、そのおかげか気温は低めでしのぎやすい
赤レンガの旧大連警察署は中山広場の中でも少し雰囲気が違う。現在はシティーバンクが入っている。 -
そして中山広場で一番豪華に見えるギリシャ神殿風の建造物が朝鮮銀行。満州では紙幣を発行していた重要な銀行だ。
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満州時代の中山広場の様子。正面の建物は旧横浜正金銀行(中国銀行)だ。
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こちらが旧関東通信局(郵便局)。
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そして僕が滞在している旧ヤマトホテル(大連賓館)だ。
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ヤマトホテルの満州時代の写真。
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大連賓館が重要建造物であることを表すプレート。
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朝食はバイキング形式ではなく、席につくといろいろなメニューがテーブルに人数分運ばれてくるスタイルだ。卵炒めやほうれん草に豚肉の炒め物まであり、朝からボリュームのある食事ができた。
大連を出発するのは11時半なので10時半ぐらいまで時間を有効に使いたい。昨日行けなかった港湾地区に行くことにした。まず人民路を東へ徒歩で進んだ。 -
途中路面電車と交差する。
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こちらが最新型の車両
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赤レンガの旧山下汽船の建物の前を通り過ぎた。
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旧山下汽船のビルは当時としてはかなりの高層建築だったのが伺える。
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その隣が旧大連汽船のオフィスビルになっている。今は中国銀行の支店が入っている。
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さらに進むと大連の税関だったビルを通り過ぎる。
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そのまま港湾広場までやってきた。この広場には船のモニュメントがあり、旧大連取引所だったビルが面している。
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大連取引所。
この建物は今まで見てきた中で圧倒的な大きさがあり迫力があるように感じだ。 -
ここでは大豆などの物産品や兌換紙幣を扱う取引所だった。現在は普通のオフィスビルになっている。
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満州当時はこの大きな広場を馬車が走っていた。
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そのまま港の方に進むと大連ふ頭だ。
大連ふ頭ターミナルは日本時代当時の面影を残している。 -
屋根の形は変わっているが当時と雰囲気は同じだ。
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通りを挟む形で満鉄の大連埠頭事務所だった建物がそのまま残っている。
満州時代、内地からたくさんの連絡船が接岸し、満州内陸へと人が流れた場所だ。満州に上陸して初めて見た風景は今も当時と変わってないはずだ。 -
大連埠頭事務所は今では郵便局などが入っている。
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日本が整備した大連港は今では中国の有数の規模だ。
こんな感じで大連に残る満州時代の建造物を一通り見てきた。日本人街や人民広場に面した関東州庁舎なども見てみたかったが時間がなくなってきたので断念することにした。
バスで中山広場に戻り、ホテルへ戻ることにした。
ホテルから駅までは1キロもないがスーツースだと歩く気になれない。
中山広場のロータリーでタクシーを拾い駅へ向かった。運転手はあまりにも近いのでメーターを回そうとしない。どう考えても初乗りの8元(134円)で行けてしまう。メーターを回さないことで8元は運転手の小遣いになるのだろうが、僕自身も損するわけではないので見て見ぬふりをすることにした。 -
出発30分前に大連駅に到着。
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満州時代に建設された駅舎そのままだ。
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瀋陽への出発を待つ。改札はたいてい15分前から開始される。
瀋陽まではドイツの高速列車ICEのコピーである「長白山号」を利用する。
1日2本運行されている。かつて満州時代は「あじあ号」が看板列車だったが、今ではこの「長白山号」が看板列車となっている。 -
改札が開始されホームに降りた。
そこに停まっているのはまさにドイツが誇るICEだ。 -
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しかし正面から見ると少し情けない顔をしている気もする。
また車体全体のメンテナンスが行き届いていないのか薄汚い感じだ。 -
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車内もICEと同じはずなのだが完全に中国化している。座席配置は集団お見合い式で2+2。シートには布が被せられ、これが車内の雰囲気を中国風にしている。座席を汚さないための配慮なので仕方ないだろう。また客の質も悪いので軟座なのにずいぶん窮屈な感じだ。携帯電話はいいとして車内でラジカセをかけたりラーメンを食べたり、パソコンを使って大音量で映画を見ていたり何でもありだ。
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またデッキには中国仕様のためか給湯器が備えられている。トイレは流れたが、手を洗う水は出なかった。
瀋陽まではノンストップで所要4時間弱。形は高速列車だが在来線を走るので所要時間は他の列車とたいして変わらない。僕の席は進行方向逆で通路側。座席は背もたれが大きいのでほとんど車窓を見ることができない。リクライニングはあるようだが、僕の席は壊れていて倒れない。でも昨日は睡眠不足なのでこんな状態でも居眠りはでき、時間がたつのは早く瀋陽にはすぐに到着した。
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この旅行記へのコメント (4)
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- Antonioさん 2021/03/03 21:38:35
- 大連
- こんばんは。大連も大分変ってきましたね。今は地下鉄が開通しましたし、大連港のあたりには、日本のバブル期に各地で流行ったヨーロッパを再現したようなテーマパークも出来ましたね。数年以内には、京都を再現したテーマパークも完成するはずです。
- まさとし 国連加盟国全て訪問済さん からの返信 2021/03/04 06:40:01
- Re: 大連
- Antonioさん
コメントありがとうございます。中国の動きの速さにはついていくのが大変です。コロナが落ち着いたら真っ先に行ってみたい国の一つですね。
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- ateruiさん 2021/01/13 23:12:46
- 満州時代の建物は素晴らしいですね
- まさとしさん こんばんは
私も 満州時代の 大連 奉天 佳木斯(ジャムス)辺りを
歩いてみたいと 思ってます
父が 佳木斯で 終戦を迎え 奉天で 混乱の時代を過ごしたので
一度どのようなところだったのか と思ってます
アジア号もみてみたいです 一度乗ったことだがあると父が言ってました
簡単に見ることができないようですが みてみたいです
大連の チンチン電車も素晴らしいですね!
ありがとうございました
aterui
- まさとし 国連加盟国全て訪問済さん からの返信 2021/01/14 11:59:39
- Re: 満州時代の建物は素晴らしいですね
- aterui 様
コメントありがとうございます。
身近に満州での生活経験がある方がおられるのは貴重ですね。
佳木斯はロシアにも近くハバロフスクへ陸路で抜けてみたいと思っていた場所です。
中国東北地方はコロナが終息したらぜひまた訪問してみたい場所です。
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