2013/09/16 - 2013/09/19
1002位(同エリア4821件中)
tigerさん
- tigerさんTOP
- 旅行記132冊
- クチコミ3件
- Q&A回答2件
- 77,291アクセス
- フォロワー31人
新型コロナウイルスのお陰で、Stay Home が続いています。そこで、整理していない
昔の旅行を纏める気になりました。(この旅行記はその第9弾)
当時を思い出しながら楽しんで作成しています。 2020.09記
旅行記 その4(最終編)
【日程】2013年9月16日~19日
【12日目】イスタンブール観光:「トプカプ宮殿」、「ブルーモスク」、「地下宮殿」
イスタンブール泊
【13日目】イスタンブール観光:「アヤソフィア」、「ドルマバフチェ宮殿」
イスタンブール泊
【14日目】イスタンブール観光:「ボスポラス海峡クルーズ」
IST 17:10発 TK0050にて 帰国の途 機中泊
【15日目】NRT 10:25着
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
【12日目】9月16日(月)午前「トプカプ宮殿」(イスタンブール旧市街)
今日は、午前中にトプカプ宮殿、午後にブルーモスクを観光。
「皇帝の門」を目指します。 -
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」(イスタンブール旧市街)
「皇帝の門」を振り返ると、アヤソフィアが僅かに見えます。 -
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」挨拶の門(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」挨拶の門(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」(イスタンブール旧市街)
市街を俯瞰できる正義の塔、塔の下は会議の間
トプカプ宮殿は、15世紀半ばから20世紀初頭にかけて、強大な
権力を持っていたオスマン朝の支配者の居城として建設された。 -
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」会議の間(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」会議の間(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」会議の間(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」(イスタンブール旧市街)
宮殿の奥にあるバーダット・キョシュキュから、ボスポラス海峡が
見渡せます。
マルマラ海、ボスポラス海峡、金角湾の三方を海に囲まれた丘の上、
東西交易の接点である重要な位置に「トプカプ宮殿」が立つ。 -
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
ハレムの方へ向かっています。 -
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
金角湾、新市街方向が見えます。 -
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
-
イチオシ
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
-
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
愛妾のテラス -
【12日目】 午前「トプカプ宮殿」ハレム(イスタンブール旧市街)
愛妾のテラス -
【12日目】 昼食はグランドバザールの一画にあるレストランで
-
【12日目】午後 「ブルーモスク」1616年建造
正式名称は「スルタンアフメット・ジャーミー」
6本のミナレット、高さ43m、直径27.5mの大ドーム、
4つの副ドーム、30の小ドームを持つイスラム教寺院。 -
【12日目】午後 「ブルーモスク」(スルタンアフメット・ジャーミー)
-
【12日目】午後 「ブルーモスク」(スルタンアフメット・ジャーミー)
-
【12日目】午後 「ブルーモスク」(スルタンアフメット・ジャーミー)
-
【12日目】午後 「ブルーモスク」(スルタンアフメット・ジャーミー)
-
【12日目】午後 「ブルーモスク」(スルタンアフメット・ジャーミー)
大きなモスクだけに、身を清める場所が沢山並んでいます。 -
【12日目】午後 「ブルーモスク」遠景(昨日撮影)
-
【12日目】午後 明日観光する「アヤソフィア」
「アヤソフィア」を見ながら、「地下宮殿」へ向かっています。 -
イチオシ
【12日目】午後 「地下宮殿」
6世紀ビザンチン帝国の時代に造られ、オスマン朝時代まで
使われた地下貯水施設。約20㎞離れた森から引いた清水を
貯水していた。 L=140m、W=70m、H=8m の規模。
ここから、アヤソフィアやトプカプ宮殿等へ給水されていたらしい。 -
【12日目】午後 「地下宮殿」メドゥーサの首
-
【12日目】午後 「地下宮殿」メドゥーサの首
-
【12日目】午後 夕食は、ベリーダンス・デイナー・ショー
-
【12日目】午後 夕食は、ベリーダンス・デイナー・ショー
-
【12日目】午後 夕食は、ベリーダンス・デイナー・ショー
-
【13日目】9月17日(火)午前 定番コースの皮製品のお土産店
今日は、この後に「アヤソフィア」と「ドルマバフチェ宮殿」観光。 -
【13日目】午前 「アヤソフィア」遠景(昨日撮影)
ギリシャ正教の大本山だったが、後にイスラム教寺院に姿を変えた。
アヤソフィアは、14世紀にオスマン帝国が征服した後はイスラム教の
モスクとなった。そして、偶像崇拝を禁止するイスラム教に背くこと
から、キリスト教のモザイク画は漆喰で塗りつぶされていた。
1931年にモザイク画が発見され、初代大統領アクテュルクは
ここを「博物館」として一般に公開することにした経緯がある。
ところが、2020年8月にトルコのエルドアン現大統領が、博物館と
していた「アヤソフィア」をモスクにしてしまいました。
(モスクになったものの、現在も入場観光は可能な様子:2020.09記載) -
【13日目】午前 「アヤソフィア」
さて、入場して観光です、大勢の観光客でごった返していました。 -
【13日目】午前 「アヤソフィア」
-
【13日目】午前 「アヤソフィア」
よく見ると、キリスト教関係の絵があります。 -
【13日目】午前 「アヤソフィア」 右の方は、工事用足場。
-
【13日目】午前 「アヤソフィア」
-
【13日目】午前 「アヤソフィア」
-
【13日目】午前 「アヤソフィア」
-
【13日目】午前 「アヤソフィア」
ドームの上の方にも、キリスト教関係の絵があります。 -
【13日目】午前 「アヤソフィア」
-
【13日目】午前 「アヤソフィア」
大空間の内部は一部修復工事中。 -
【13日目】午前 「アヤソフィア」
-
【13日目】午前 「アヤソフィア」
2階ギャラリー部分には、聖堂時代のキリスト教関係のモザイク画が
あります。
イスラム教では偶像崇拝が禁止されているため、これらのモザイクは
500年間漆喰で塗りつぶされていた。 -
【13日目】午前 「アヤソフィア」
また、モスクに戻ってしまったが、モザイク画はそのまま保存
されるでしょう。トルコは観光業で稼ぐ割合が多いはずです。
-
【13日目】午前 「アヤソフィア」
-
【13日目】午前 金角湾を渡って新市街へ
-
【13日目】午後 イスティクラル通り(新市街)
-
【13日目】午後 イスティクラル通り(新市街)
-
【13日目】午後 イスティクラル通り(新市街)
-
【13日目】午後 「ドルマバフチェ宮殿」(新市街)
-
【13日目】午後 「ドルマバフチェ宮殿」(新市街)
-
【13日目】午後 「ドルマバフチェ宮殿」(新市街)
ボスポラス海峡に面して立つオスマン帝国最後の宮殿。
1843~1856年にかけて造られ、トプカプ宮殿に代わるスルタンの
居城として機能した。
現在も迎賓館として使われている。 -
【13日目】午後 「ドルマバフチェ宮殿」(新市街)
-
【13日目】午後 「ドルマバフチェ宮殿」(新市街)
治世ゲート -
【13日目】午後 「ドルマバフチェ宮殿」(新市街)
宮殿はボスポラス海峡に面している。館内は撮影禁止。 -
【13日目】午後 新市街⇒⇒旧市街 (アタテュルク大通り)
ヴァレンス水道橋を使って、地下宮殿へ注がれていたと言われる。 -
【13日目】午後 「グランドバザール」(旧市街)
バザール入口 -
【13日目】午後 「グランドバザール」(旧市街)
-
【13日目】午後 「グランドバザール」(旧市街)
-
【14日目】9月18日(水)午前
今日は、ボスポラス海峡クルーズ観光後、夕方の便で
トルコを発ち帰国します。 -
【14日目】 午前
-
【14日目】 10:16 クルーズ乗船(貸切でした)
-
【14日目】 午前 「ドルマバフチェ宮殿」(ボスポラス海峡クルーズ)
-
【14日目】 午前 (ボスポラス海峡クルーズ)
-
【14日目】 午前 「ベイレルベイ宮殿」(ボスポラス海峡クルーズ)
1865年に建てられた宮殿。オスマン帝国の迎賓館、皇帝の
夏の離宮として使われた。 -
【14日目】 午前 (ボスポラス海峡クルーズ)
-
【14日目】 午前 (ボスポラス海峡クルーズ)
海峡を大きな貨物船が黒海へ向けて航行しています。 -
【14日目】 午前 (ボスポラス海峡クルーズ)
-
【14日目】 午前 「ルメリ・ヒサール」(ボスポラス海峡クルーズ)
1452年オスマン帝国の皇帝メフメット2世が、
強敵コンスタンティノープル攻略の拠点として、僅か4か月で造った。 -
【14日目】 午前 「ルメリ・ヒサール」(ボスポラス海峡クルーズ)
-
【14日目】 午前 (ボスポラス海峡クルーズ)
ボスポラス海峡を渡る橋が少なく、いつも渋滞しています。
日本企業が海峡に沈埋トンネルを作り、アジアとヨーロッパ間に
鉄道を通す工事をしています。 -
【14日目】 午前 (ボスポラス海峡クルーズ)
-
【14日目】 午前 旧市街(ボスポラス海峡クルーズ)
-
【14日目】 午前 (ボスポラス海峡クルーズ)
-
【14日目】 午前 新市街(ボスポラス海峡クルーズ)
-
【14日目】 午前 乙女の塔(ボスポラス海峡クルーズ)
かつて刑務所や灯台として使用された。 -
【14日目】 午前 旧市街(ボスポラス海峡クルーズ)
左側:「アヤソフィア」
右側:「ブルーモスク(スルタンアフメット・ジャーミー)」 -
【14日目】 午前 ガラタ橋(ボスポラス海峡クルーズ)
この橋の下のレストランで昼食を頂きました。 -
【2週間にわたり、お世話になりました】
・ドライバーのラザマンさん
・日本語ガイドのゴンジャさん。
・添乗員の山本さん。ゴンジャさんと息の合うコンビでした。
9月18日(水)イスタンブール 17:10発 TK0050便にて 帰国。
これで、トルコ共和国 15日間周遊の旅行記は終了です。
ご覧いただき有難うございました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
イスタンブール(トルコ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
91