2020/08/19 - 2020/08/21
3位(同エリア12件中)
xiaomaiさん
- xiaomaiさんTOP
- 旅行記407冊
- クチコミ483件
- Q&A回答3件
- 692,745アクセス
- フォロワー61人
媽祖、虎爺、阿基拉を訪ねる嘉義市、嘉義県新港、雲林県北港の旅。媽祖は台湾でもっとも広く信仰を集める海神で、各地にその廟があるが、北港にある朝天宮が台湾の総本山とされている。虎爺も広く知られ、新港の奉天宮が台湾で虎爺をお祀りする本拠地となっている。阿基拉(あきら)は嘉義農林学校野球部の名ピッチャー、呉明捷のこと。1931年夏季甲子園大会で初出場ながら、準優勝をした嘉義農林は台湾野球界の誇りであり、呉明捷は英雄的存在。そのストーリーを描いた『KANO 1931海の向こうの甲子園』という台湾映画が2014年にリリースされ、台湾では爆発的ヒットをした。
この旅行記は、北港の行程をまとめたもの。
-
新港から北港まではバスで10分ほど。北港到着後はまず宿泊する朝聖高悦ホテルへ向かった。このホテルは朝天宮のすぐ目の前にあり、非常に便利。
-
建物に入り、宿泊施設もある商業ビルが当初の建設目的であったことを知った。残念ながら、その目論見は外れ、ひと気のない寂しさが内部に広がっていた。
-
ホテルのレセプションは4階にある。
-
広いロビー
-
朝食スペース
-
ロビーから客室へ向かう通路
-
459号室。
-
広さは十分。
-
テレビは日本語放送は見られず。
-
バスタブの深さが十分にあり、とてもよかった。
-
上山採薬という台湾製のシャンプーとボディウォッシュ。ネットで調べたら、けっこうな価格だったけれど、購入を検討したくなるほど高品質だった。
-
カーテンを開けると......
-
出ることができないベランダ。景観はごく普通な町並みが見えるだけ。
-
ホテルの6階に上がると、朝天宮の全景が見られるところがある。
-
右手奥に媽祖像。
-
馬祖で見た媽祖の巨像には及ばないものの、15mの高さがある。
馬祖の旅~媽祖、阿兵哥、海鮮(1)
https://4travel.jp/travelogue/11638367 -
朝天宮へは翌日行くことにして、まずは武徳宮へ向かうことにした。バスで行こうと思ったものの、待ち時間が30分以上あったため、徒歩で向かった(2kmほど)。
-
北港武徳宮を建造したのは、1955年に北港で漢方治療を始めた陳茂霖氏。1961年ごろ、夫人が体調を崩し、一向に回復しなかった。それで、神仏に祈るようになり、1963年に乩身扶乩(神様の言葉を代言する職業)から、自宅内に神様がおられ、その神を敬虔にお祀りすれば、自然と治癒するだろうと言われた。その後、自宅に香爐を設け、ひたすら神に祈ると、夫人の病は完治した。1970年ごろ、乩身扶乩から自宅内の神が、清の道光年間に陳という姓の者が中国からお連れした玄壇元帥趙公明であると知らされ、出資者を集め、1980年現在の地に武徳宮を落成させた。2010年代までは台湾で最大の財運の神を祀る廟だった。
-
金紙を燃やす爐も非常に大きい。
-
マスク着用が義務付けられていたものの、実際にそうしていた人はごくわずか。実際、汗でマスクがびしょびしょになるほどの暑さだったから、社会的距離をとり、熱中症対策に備える方がむしろよい状態だった。
-
お香に点火をするところは正殿の右側にある。
-
画像左下から伸びているのは、手にしているお香。日本の線香と異なり、とても長い。
-
カンフーモンキーと書かれたTシャツを着た男性が彼女を連れてお参りに来ていた。
-
武徳宮の主神は五位主神五路武財神とその副神である黒虎将軍、三仙姑(趙公明の姉妹である三霄娘娘:雲霄、瓊霄、碧霄)、趙公明の両親。その他、三官大帝、関聖帝君、文昌帝君、天上聖母など、多くの神々が合祀されている。
-
廣天大道院
-
神様の壁彫刻
-
武徳宮は黒虎将軍もお祀りしている。こちらの虎将軍は他の廟と異なり、肉類をお供えしない。画像はマスコットの販売機。
-
上記販売機のそばにいた猫。
-
妻の病気治癒を切に願い、自宅内にいらした神を祀り始め、それが後にこのような立派な廟になるとは、ご本人も当初は思わなかっただろう。
-
「お金があるのは本当にいいことだ」財運の神をお祀りしているからこそ、掲げられる額。
-
歴史が長い廟ではないが、一見するに値する廟だ。
-
その後、北港をぶらり旅。ふと見つけた「北港白沙屯媽祖協進聯誼會」。媽祖の誕生日に、台湾中が注目する、とても大きな祭事が行われる。
-
北港公館里の彩画
-
北港水道頭文化園区。前進は1929年に建造された北港第一浄水場。朝天宮の多数に及ぶ参拝客の生活用水確保、北港の農工業の発展、住民の生活用水需要の増加に対応するべく、水道とともに浄水場が建設された。1967年に第二浄水場が建設されるまで、その役目を果たし、2006年に県指定の古跡となった。
画像は高さ約20mで、3層構造の貯水塔。 -
貯水塔のすぐ脇にある、煉瓦造りの機械棟
-
18時すぎ、北港観光大橋を渡る。この橋はその名に違え、嘉義県新港に位置する。このことからも、北港と新港が非常に近いこと、そして、朝天宮と奉天宮の間で正統性の争いが起きるのが理解できる。
-
笨港水仙宮の門。馬上におられるのは関羽将軍。
-
笨港天后宮
笨港は汀州からの移民が多く、その中に媽祖の神像を持つ者がいて、家でお祀りしていたところ、霊験あらたかであったため、1713年に媽祖廟を建て、皆で共同管理をしていた。1938年の地震で倒壊し、2002年には火災に遭った。現存するのは2011年に建て直したもの。 -
笨港天后宮の祖家媽
-
清乾隆帝の時期、笨港は台湾の重要な港で、人々は商売繁盛と航行安全を祈念し、笨港水仙宮が1739年に創建された。笨港天后宮の前に笨港水仙宮がある。
-
主祀は禹帝(大禹)、楚王(項羽)、伍盟輔匠(伍子胥)、屈大夫(屈原)、魯班
師匠(魯班公)で、関聖帝君(関公)を合祀する。 -
北港観光大橋の下を流れるのが北港渓。中国大陸との貿易で多くの商品がこの川を使って運ばれ、北港(笨港)の繁栄を支えていた。
-
18時41分に大橋から見た眺め。
-
歩行者用の大橋。徒歩で笨港天后宮や笨港水仙宮へ行く観光客や参拝客には便利。しかし、北港へは行っても、笨港の宮まで訪れる人は少ない。
-
夕食をとるため、朝天宮の門前をうろつく。でも、19時にもなると、営業している店は少なく、人が多く集まっている「阿敏」に入店。
-
ところが、空席がないばかりでなく、席が空くのを待っている人も多かった。
-
ホテルまで歩いて数分の距離だったから、テイクアウトすることにした。
-
1950年に営業を開始した名店であることを知ったのは後のこと。
-
夕食を手に入れ、ホテルへ。ホテルのある建物内部は夜になると、ライトアップされる。しかし、人がいなく、かえってもの寂しい雰囲気。
-
この日の夕食は蝦仁小排飯(65元)。とてもおいしかったから、翌朝も食べようと思ったら、17時半からの営業であると知りがっかり。
-
蟳羹(カニのとろみスープ、35元)も非常においしかった。台南然り、北港然り、台湾南部の料理は日本人の口に合うものが多いように思う。
-
夜の朝天宮。朝4時から深夜0時まで参拝ができる。
-
翌朝は6時に起床し、現地の人からも評判のよい「老等」へ朝食に。
-
日本人の感覚からすると、不衛生な感じに見えるかもしれないけれど、台湾ではいたって普通。
-
北港の人々が好み、この店の看板料理でもある麵線糊。
-
もう一つの看板料理である油飯。日本のおこわに類似。
-
おいしい朝食をいただいた後は、朝天宮へ参拝。
1694年樹璧和尚(臨済正宗34代)により創設せられ、のちに僧侶による管理から選ばれた委員による管理制に変更された。道教寺院ではあるが、今まで15代の臨済正宗僧侶が住職を務めている。
この地に朝天宮が建設されたのは、福建省湄洲朝天閣から台湾に迎え入れられた媽祖が笨港に上陸したためで、日本時代には建物の豪華さから、台湾の東照宮と呼ばれていた。 -
大正年間後半に、周辺の道路拡張が行われ、それに伴い市区の改正があり、朝天宮を取り囲む塀が建設された。聖父母殿の左右に洋楼があり、同時期に建造されたと推測されている。
-
7時前でも既に参拝者の姿は少なくなかった。画像は三川。扉は空いているけれど、出入りに使うのはこの3つのどれでもない。
-
三川の右にある龍門を入ると、金紙とお香の授け場がある。交通プリペイドカードであるEasy Cardでの納金も可能であることにビックリ。さすがは台湾媽祖信仰の総本山。
-
参拝者が多いため、その順番が示されている。八殿七爐。仏様を祀る光明殿ではお香をお供えしないため、七爐となる。
-
まずは正殿の媽祖にお参り。
-
1775年に彫られた龍の石柱
-
無事に参拝に来ることができたことを感謝した。
-
続いて、観音佛殿におわす観音様。観音菩薩を主祀し、十八羅漢を合祀。
十八羅漢:(右側)降龍尊者、百納尊者、進香尊者、彌勒尊者、志公尊者、開心尊者、達摩祖師、飛鈸尊者、目蓮尊者。(左側)伏虎尊者、優婆尊者、進花尊者、進燈尊者、梁武帝、長眉尊者、進果尊者、戲獅尊者、洗耳尊者。 -
凌虚殿中門
-
その扉の右側。中央部に螭虎の形で「功参造化」と彫刻されている。
-
「化」
-
左側には「徳配乾坤」。
-
3番目は天界を司る天官大帝(堯)、地界を司る地官大帝(舜)、水界を司る水官大帝(禹)を祀る三官大帝殿。神格は最高位の玉皇上帝に次ぐ。右には縁結びの月下老人(月老星君)。
-
4番目は媽祖の両親、兄、姉、妹を祀る聖父母殿。
-
聖父母殿の前にある火爐。
-
火炉の左右に2頭の狻猊。火と煙が好きで火爐にしがみついている。狻猊の外貌は獅子に似ているとされるけれど、朝天宮のは龍に似ている。
-
火爐の一番下には贔屭。重いものを背中に乗せるのを好む。
-
聖父母殿の対面に彫刻壁がある。
-
よく見ると、いろいろな意味が隠されていることがわかる。
-
旗子と綵球で「祈求」。「旗」と「祈」の発音が同じで、「球」と「求」の発音が同じ。(以下同類)
-
左手の戢と右手の罄で「吉慶」
-
壺で福
-
爐で祿
-
如意で壽
この壁画には「天官賜福」「稱心如意」「高升爵位」の寓意がある。 -
聖父母殿の後方にあるのは、三寶佛(釋迦如來、彌陀如來、藥師如來)を祀る光明殿(お香はお供えしない)。
-
お経を唱えている信徒の方々
-
5番目は学業増進や試験合格を祈る五文昌夫子殿。文昌帝君を主祀とし、文衡帝君(関公)、孚佑帝君(呂洞賓)、文昌帝君(梓潼帝君)、朱衣夫子、魁星夫子(緑衣帝君)を合祀する。廟の説明には文昌帝君の御名が主祀と合祀に入っていたけれど、同一の神様。上記5尊の神を合わせて、「五文昌」と称する。
-
お香を手に、しっかりお参り。
-
その後、文昌帝君にあることをする可否を聖杯でお尋ねしたら、1回で可とのお告げをいただいた。ちなみに、2年以上前、台南市(当時台南県)のある廟でお守りをいただくのに、聖杯でお尋ねしたところ、連続5回以上お許しをいただけなかったことがあった。その時以来、実は聖杯投げの軽度恐怖症になっている。
-
財運アップを祈願する福徳正神殿
-
子授け、安産をお願いする註生娘娘殿。註生娘娘を主神とし、幼児を護る婆姐を配祀。
-
三川においでになる千里眼将軍(右)と順風耳将軍(左)。北港朝天宮の千里眼将軍は赤い顔で口を閉じ、頭に2本の角。そして、順風耳将軍は緑の顔で口を開けていて、頭上の角は1本。でも、他の廟では、千里眼が緑色で、順風耳が赤なのが一般的。他の廟との違いが朝天宮の特色の一つとなっている。
-
祀られている神々への参拝後、金神を金爐で燃やす。
-
徒歩で朝天宮から程近い義民廟へ。
-
1786年当時の台湾各地では清朝の官吏が腐敗しきっていて、人々は苦しい生活を強いられていた。それで、全島各地で義民軍が結成され、自己防衛や悪党壊滅に尽力していた。
画像の石碑は昭和7年に作成されたもの。 -
北港に住む108人の勇士と1匹の猛犬が集結して腐り切った清朝官吏に抵抗。
-
抵抗戦において犠牲となった勇者を神格化し、参拝する廟。
-
108人の勇士とともに奮闘した1匹の猛犬も義犬将軍となり、祀られている。
-
義民公塑像(後方)と早期の木造義民爺(大帥、二帥、三帥)
-
土地公
-
義民塚
-
石彫りの義犬将軍
-
左側に見えるのは小さな灯。ペットの幸せ祈願で信者が奉納したもの。
-
李さんという男性が愛犬を連れ、出身地である北港に帰り、媽祖の祭りを見ていた時、犬が爆竹音に驚き、どこかへ走り去ってしまった。1週間探しても見つからず、義犬将軍に飼い犬が見つかるようお願いしたところ、無事に見つかった。このような内容の新聞記事。
-
廟の左手にある義民塚
-
牛が売り買いされる牛墟(屠殺場併設)。日本時代の台湾に80数カ所あった牛墟は、現在は北港のほか、台南市善化、台南市鹽水のみ。元は牛のみが販売対象であったけれど、今では果物や野菜、生活用品を扱う出店がメイン。
-
媽祖景観公園に鎮座する媽祖像
-
南西を向かれている。ちなみに媽祖の出身地である莆田は北西。朝天宮の媽祖像と莆田にある湄洲媽祖祖廟の媽祖像はお顔や手の位置がとてもよく似ている。
-
媽祖の足元の池には鯉と亀。
-
朝天宮の全景を後方から見られる。この画像で洋楼も確認できる。
-
媽祖景観光公園箱の建物の屋上にある。
-
再度、朝天宮を訪れた。
-
参拝者は途絶えない。
-
清朝の雍正帝筆跡の額。
-
文昌殿
-
文昌殿にある1840年に彫られた雙龍戲珠。
-
子授け、安産をお願いする註生娘娘に祈りを捧げる青年。奥さんの代理参拝かな。
-
最後にもう一度正殿へ。
-
正殿に祀られる祖媽、二媽、三媽、四媽、五媽、六媽。左右に千里眼将軍と順風耳将軍。さらに、香花女、太子爺。
-
虎爺がおいでにならないと思っていたら......
-
このようなところにいらした。
-
正殿の屋根
-
その中央に座す麒麟送太子。
-
入口に四海龍王の像が建っている。こちらは西海龍王敖順像。
-
東海龍王敖光像。
-
南海龍王敖明像。
北海龍王敖吉像は見つからず。 -
台湾に住んで24年目。やっと媽祖信仰の総本山たる朝天宮をお参りできた。
-
門前には藤籠屋さんや
-
落花生のお店などが並ぶ。
-
鴨肉で名の知れた老受へ。開店時刻10時半になっても準備中。開店を待つ数組の客が列を成していた。その先頭にいたのが自分。
-
10時40分過ぎに入店。
-
鴨肉飯
-
生姜鴨肉スープ
共においしかった。帰り際、「お待たせして申し訳なかったわね」と店主。待っても食べたいものだから......。 -
ホテルへ戻り、荷物を受け取って、11時半ごろバスで嘉義へ向かった。
(続)
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
北港(台湾) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
131