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2020年2月20日(木)、今回の旅7日目、セントルシア(St Lucia)の朝10時前、セントルシアトップ10ツアー(Top 10 of St. Lucia)で観光中。首都カストリーズ(Castries)の町は、どこにも止まることもなく通過し、あっという間にバスは町の後ろのモーンフォーチューン(Morne Fortune)に登りだす。カストリーズ市街地の南にある標高260mの丘。元々はモーンデュブック(Morne Dubuc)と呼ばれていたが、1765年にビギー(Vigie)の町からこの場所に軍事本部と政府の管理棟を移した時に現在名に改名された。<br /><br />幸運の丘を意味しているが、その名とは程遠く、フランスとイギリスとの間の血なまぐさい戦場となった。1784年にフランスが砦を築くが、1794年にはイギリス軍が占領し、シャーロット砦(Fort Charlotte)と命名し、その後も2国の争いがイギリス領が確定する18世紀末まで続く舞台となった。19世紀後半には、ここは石炭補給港であるカストリーズ港を守る重要な砦となったが、20世紀に入り、1906年に砦は放棄され、以後は学校として使われていた。現在建っている建物は19世紀後半に建てられたもので、それ以前のものは兵舎や火薬庫、砲台の跡や墓地などが残るだけ。<br /><br />丘からはカストリーズの町と港のパノラマを一望でき、バスもまずは坂道の途中で初めて停車し、車内からの撮影タイム。クルーズ船は絵になるし、湾の景色も素晴らしい。続いて、ヘアピンカーブで方向を変えると総督邸(Government House)前でも社内撮影用の停車。1895年にコミッショナーの家兼オフィスとして建てられたもので、1958年から総督邸として使われている。さらにその先のプロボスト公園(Provost Park)は湾の見張り台として使われたところで、1798年から1802年まで島の副知事を務めたプロボスト将軍の名前が付けらた公園となっている。<br /><br />その先は東カリブ諸国機構(Organisation of Eastern Caribbean States, OECS)の事務局ビル。立派な建物。お隣の趣のある建物はレストラン・ラフォルテ(Le Forte Restaurant) 。これらの建物と道を挟んで広がるのはサーアーサー・ルイスコミュニティカレッジ(Sir Arthur Lewis Community College)。1985年創立のこの国唯一のコミュニティカレッジ。1979年にノーベル経済学賞を受賞したセントルシア国籍も持つイギリス人のアーサー・ルイス(Sir William Arthur Lewis)の名を冠している。コミュニティカレッジはイギリスでは地元の児童青年以外にも教育を提供している教育機関を指し、イギリスの植民地だったセントルシアでも同義。<br /><br />10時、カレッジの一番奥にあるのはシップリー砲台(Shipley Battery)に到着。ここで初めてバスから降りることが出来る(下の写真)。大砲が設置されているが町の景色はさほどよくない(下の写真2)。たぶん、港に対する防御はさっき通ったプロボスト公園の方がメインだったんだろう。降りてないので推測であるが。<br /><br />この砲台にはデレク・ウォルコット(Derek Walcott)の墓と1796年にフランスからこの島を奪回したアイルランドの第27歩兵連隊、愛称イニスキリン(Inniskilling)の記念碑(1932年建立)がある。ウォルコットの墓の横のベンチには彼の有名な詩、愛の後の愛(Love After Love)の最後の1節、「座って、自分の人生を楽しもう(Sit. Feast on your life)」が刻まれている。何のためかは分からなかったが、若い兵隊さん達が観光(?)に来ており、セントルシアの国旗を持って記念撮影などしていた。<br /><br />15分ほどでバスに戻り、再びカレッジを抜けて行くが、出口近くにあった火薬庫跡(Powder Magazine)は1763年から65年の間にフランス軍によって建設されたもので、この丘に残る一番古い建物。<br /><br />そこから5分ほど丘の裏側を少し降りて行くとあるのがエウドヴィッチアートスタジオ(Eudovic&#39;s Art Studio)。町に入る前に見た独立記念碑の作者でもあるヴィンセント・ジョセフ・エウドヴィッチ(Vincent Joseph Eudovic)の工房。彼は1942年生まれで、彼の彫刻は、セントルシアで絶滅した木材の一種であるローリエカネル(Laurier Canelle)を使用しているという点でユニークだそうだ。工房を見学し、作品展示を見てからキーホルダーなど購入。6US$。<br />https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.4284063691663622&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />島の南部観光に続く

セントルシア カストリーズ モーンフォーチューン(Morne Fortune, Castries, St. Lucia)

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2020/02/20 - 2020/02/20

24位(同エリア29件中)

旅行記グループ セントルシア

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ちふゆ

ちふゆさん

2020年2月20日(木)、今回の旅7日目、セントルシア(St Lucia)の朝10時前、セントルシアトップ10ツアー(Top 10 of St. Lucia)で観光中。首都カストリーズ(Castries)の町は、どこにも止まることもなく通過し、あっという間にバスは町の後ろのモーンフォーチューン(Morne Fortune)に登りだす。カストリーズ市街地の南にある標高260mの丘。元々はモーンデュブック(Morne Dubuc)と呼ばれていたが、1765年にビギー(Vigie)の町からこの場所に軍事本部と政府の管理棟を移した時に現在名に改名された。

幸運の丘を意味しているが、その名とは程遠く、フランスとイギリスとの間の血なまぐさい戦場となった。1784年にフランスが砦を築くが、1794年にはイギリス軍が占領し、シャーロット砦(Fort Charlotte)と命名し、その後も2国の争いがイギリス領が確定する18世紀末まで続く舞台となった。19世紀後半には、ここは石炭補給港であるカストリーズ港を守る重要な砦となったが、20世紀に入り、1906年に砦は放棄され、以後は学校として使われていた。現在建っている建物は19世紀後半に建てられたもので、それ以前のものは兵舎や火薬庫、砲台の跡や墓地などが残るだけ。

丘からはカストリーズの町と港のパノラマを一望でき、バスもまずは坂道の途中で初めて停車し、車内からの撮影タイム。クルーズ船は絵になるし、湾の景色も素晴らしい。続いて、ヘアピンカーブで方向を変えると総督邸(Government House)前でも社内撮影用の停車。1895年にコミッショナーの家兼オフィスとして建てられたもので、1958年から総督邸として使われている。さらにその先のプロボスト公園(Provost Park)は湾の見張り台として使われたところで、1798年から1802年まで島の副知事を務めたプロボスト将軍の名前が付けらた公園となっている。

その先は東カリブ諸国機構(Organisation of Eastern Caribbean States, OECS)の事務局ビル。立派な建物。お隣の趣のある建物はレストラン・ラフォルテ(Le Forte Restaurant) 。これらの建物と道を挟んで広がるのはサーアーサー・ルイスコミュニティカレッジ(Sir Arthur Lewis Community College)。1985年創立のこの国唯一のコミュニティカレッジ。1979年にノーベル経済学賞を受賞したセントルシア国籍も持つイギリス人のアーサー・ルイス(Sir William Arthur Lewis)の名を冠している。コミュニティカレッジはイギリスでは地元の児童青年以外にも教育を提供している教育機関を指し、イギリスの植民地だったセントルシアでも同義。

10時、カレッジの一番奥にあるのはシップリー砲台(Shipley Battery)に到着。ここで初めてバスから降りることが出来る(下の写真)。大砲が設置されているが町の景色はさほどよくない(下の写真2)。たぶん、港に対する防御はさっき通ったプロボスト公園の方がメインだったんだろう。降りてないので推測であるが。

この砲台にはデレク・ウォルコット(Derek Walcott)の墓と1796年にフランスからこの島を奪回したアイルランドの第27歩兵連隊、愛称イニスキリン(Inniskilling)の記念碑(1932年建立)がある。ウォルコットの墓の横のベンチには彼の有名な詩、愛の後の愛(Love After Love)の最後の1節、「座って、自分の人生を楽しもう(Sit. Feast on your life)」が刻まれている。何のためかは分からなかったが、若い兵隊さん達が観光(?)に来ており、セントルシアの国旗を持って記念撮影などしていた。

15分ほどでバスに戻り、再びカレッジを抜けて行くが、出口近くにあった火薬庫跡(Powder Magazine)は1763年から65年の間にフランス軍によって建設されたもので、この丘に残る一番古い建物。

そこから5分ほど丘の裏側を少し降りて行くとあるのがエウドヴィッチアートスタジオ(Eudovic's Art Studio)。町に入る前に見た独立記念碑の作者でもあるヴィンセント・ジョセフ・エウドヴィッチ(Vincent Joseph Eudovic)の工房。彼は1942年生まれで、彼の彫刻は、セントルシアで絶滅した木材の一種であるローリエカネル(Laurier Canelle)を使用しているという点でユニークだそうだ。工房を見学し、作品展示を見てからキーホルダーなど購入。6US$。
https://www.facebook.com/chifuyu.kuribayashi/media_set?set=a.4284063691663622&type=1&l=223fe1adec


島の南部観光に続く

  • 写真1 ツアーバス

    写真1 ツアーバス

  • 写真2 シップリー砲台からの景色

    写真2 シップリー砲台からの景色

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