2019/09/05 - 2019/09/08
57位(同エリア215件中)
のまどさん
初訪問のリトアニアは中世の時代にはポーランドとともに黄金時代を築きましたが、バルト海に面した小国であるため趣きがだいぶ違います。ヨーロッパの小国の街は首都でものどかな風情があります。
訪問の目的はカウナスの杉原千畝博物館。領事代理として着任した日本大使館でホロコーストから逃れてきたユダヤ人に日本の通過ビザを発行したことは有名ですが、失職を覚悟して人道支援に寄与した気骨のある人物だったことを知りました。
BGMは同国出身のハイフェッツ。精緻な音程の取り方と卓越した技術が美点ですが、ビブラートやスラーなどの長音が艶やかです。曲目はもはやこじつけですが、同じユダヤ系の作曲家メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲。
https://m.youtube.com/watch?v=N0tqdhbnpn8
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ワルシャワより1時間強でカウナス到着。ポーランドとリトアニアは1時間ほどあるので到着は深夜1時過ぎ。リトアニアはシェンゲン域内なのでパスポートは不問のはなのに提示を求められた。菊の御紋を見ただけでしたが。
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翌朝、5ユーロの朝食は高額かもしれませんが、重宝しました。母も満足していました。
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空港から徒歩1分のエアポートホテル、バスタブなしでも満足です。
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市街地まではバスで移動。
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カウナス駅、駅舎はなかなかです。
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ホームを見学します。
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というのもこの街訪問の趣旨である杉原千畝がこの駅から列車が発車するまで危機迫るユダヤ人にビザを発行し続けたからです。
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駅のロッカーに荷物を預けてそんなに賑わっていない市場に立ち寄ります。
「私ね、こういうの好きなの。」
私が察する限り、自由を謳歌していた香港で母が好きだった市場。動物の生が死へと一変する市場で家族の食の支えるために広東語を習得するとともに日本で得るべからぬ自信を得たのだと旧ソ連の香りさえするこの地で思う。 -
満足に窓ガラスが張れない家がある一方、
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羨むような邸宅も見受けられます。
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住宅街の中に杉原千畝が駐在していた領事館がありました。確かに見過ごしてしまいそうな小さな家で、たまたま通りかかった近所の方が笑顔で指さして教えてくれました。
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存続が危ういと言われる記念館は扉を開けた瞬間に日本の香りがします。実際に使われていたスタンプを手に取って押すことができるのですが、母子ともに畏れ慄いて手を触れませんでした。
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イチオシ
執務していた机はアール・デコ調。ガラスに覆われた日章旗に姿勢を正します。
岐阜県に生まれた杉原氏は幼い頃から成績優秀であるにも関わらず、父親希望の医学への道は選ばずに語学を選びました。都の西北にある変人の巣窟でも異彩を放ち(あくまで私見)、外務省の試験に合格したのを機に同校を退学しました。 -
満州国に赴任して抜群の記憶力と弛まぬ努力でロシア語を習得するも、結婚した白系ロシア人女性からソ連のスパイであると言いがかりを付けられたことで関東軍から忌避され、帰国を余儀なくされます。一文無しで再婚後にヘルシンキを経てカウナスに領事館代理としてカウナスに駐在しました。
独ソ戦の最前線を見張る目的で派遣されました。そこへポーランドをはじめヨーロッパから逃れたユダヤ人がもはや唯一可能なルートであるシベリア経由でアメリカ大陸に向けた日本の通過ビザを求めて領事館に群がるようになります。
1940年7月、本国からの返信を待たずに杉原氏はビザ発行を開始します。 -
裏庭より。
国際的に孤立していた日本が1936年に日独防共協定を以ってナチスと同盟する一方で注視していたソ連。その前線にロシア語のエキスパートとして送り込まれた杉原氏は前歴からソ連に目を付けられ、ポーランド諜報機関に協力した事実を掴んだナチスからもスパイとしてマークに遭いました。
今では平和な民家に見えるこの邸宅は80年前様々な利害が絡まる情報戦の最前線でした。 -
「私のしたことは外交官としては間違っていたかもしれない。しかし、私には頼ってきた何千もの人を見殺しにすることはできなかった」
ウィキペディアによると日本政府の決断の遅さを見越してビザを発行したようです。 -
地下のアパートで正座していた猫ちゃん。
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カウナスの象徴的な建築物、聖ミカエル聖堂。
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イチオシ
寝る間も惜しんで夫人のマッサージを受けながら1か月余りビザを発行し続け、退去命令が本国から出されると領事館内の書類を焼却した後、ホテル「メトロポリス」に一時的に滞在した際もビザを書き続けた。
時間があればお茶でもしたかったが、立ち寄ったのは玄関のみ。カウナスから日本までの便があればこのホテルに滞在したかった。当時のカウナスはリトアニアの首都でアール・デコが流行していたようです。 -
列車でカウナスを去るまで発行したビザは2139枚。
6000人救ったと言われていますが、ビザは家族単位で発行され、シベリアを横断できずに収容所で命を落としたユダヤ人も多いので人数については議論がありますが、たとえ一人でも人命を救えた人はどれだけいるのでしょうか。 -
杉原記念館に広告があった日本食レストラン鎌倉。注文したのは手打ち麺。リトアニアのビールとともにおいしくいただけました。異国の地で日本人を相手に商売することがいかに難しいかのまどには痛いほど解ります。日本の調味料が手に入りにくいと思われる当地で現地の素材を生かして日本食の筋を通すお店を応援します!!
http://www.kamakura.lt -
中央広場、今日も晴れています。
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カウナス城。日本人の団体旅行客も見受けられました。こじんまりとした古都が気に入りました。ここでゆっくり旅が終えられたらどんなによかったことか。
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時間がなくなったのでタクシーで駅まで移動してロッカーに預けていた荷物を引き取ります。鉄道が工事中のようで、隣の駅までバスで移動。
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そして何と歩道橋。お土産で重くなった母のスーツケースを親切に持ってくれた地元の中年男性にお礼を言います。「ツアーで北欧に行った時は自分の荷物を持つことなんてなかったわ」と。
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だいぶ待たされてようやく電車が動きました。ヴィルニュスまでは2時間以上。
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旅の最後にふさわしくきちんとしたホテルを押さえました。マーブル・レジデンスホテル。朝食付きプランが安かったので。もちろんバスタブ付き。
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母の機嫌が悪いので手っ取り早く繁華街のレストランで夕食。ガイドブックで予習したリトアニアの伝統料理が食べられて、お酒も入って上機嫌になりました。一方の私はサービスの悪さに悪態をつきたくなる衝動を抑えていました。チップ、現金払いなどもってのほか。
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翌日の朝食。なかなか良かったです。
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ホテル近くの琥珀博物館。バルト海周辺は琥珀がたくさん採れるようです。母は既にガイドブックに載っていた琥珀のばらまき土産を買いましたが、購入したものは恐らく琥珀でなく樹脂か松脂だと思います。本人には言いませんでしたが。
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50セント払って琥珀酒を試飲しました。コップのそこにわずかに液体が見られるので団体客の飲み残しかと思って瓶を手に取って注ごうとしたところ店員が青い顔をして「もう入っていますよ」と。香りは強く精が付きそうですが、なんだろうこの罪悪感。
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昼食は市場にて。地球の歩き方にも載っていて母が楽しみにしていました。
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市場で売っていた品はエキゾチック。バルト三国に来たことを実感します。
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中央のテーブルに母を座らせて私は食料を調達。生カキとリトアニア名物のツェッペリナイ。全行程の中でこの食事が一番だったそうです。
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今日は歩かなくていいようにHop-on Hop-offの観光バスを利用する事にしました。
似たような車両でも3社が競合しているようです。 -
バスから見る新市街。ヴィルニュスはヨーロッパ切って平均年齢が低い若い都市だと。高層ビルの林立は違和感があるが、箱物は投資の象徴。
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ヴィルニュスの塔に上ります。
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イチオシ
塔の上から眺めた新市街。
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「こっちの方が好きだわ」と母が指す旧市街。こんなに新旧がはっきり分かれている街も珍しいと思います。
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帰りはモノレールで。
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アイスクリームで涼み、ホテルの部屋で一休みします。
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夕食前にユダヤ人縁の場所を散歩します。Zemach Shabadの像。猫を抱いた少女に語り掛けるのはユダヤ人の地位向上に寄与した医師。
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ゲットーの碑は気だるそうな若者が集うカフェの上にありました。ヴィルニュスのゲットーは初期の衛生状態が比較的よく、文化活動や教育も行われていた一方、リトアニアのユダヤ人はナチスが占領した3年の間に95%も虐殺されました。
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そしてヴィルニュス・シナゴーグ。一部罹災しましたが、1903年に建立して以来今日まで使われている唯一のシナゴーグです。
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中途半端なグーと歪なチョキ。謎のオブジェ。頼むから平和の祈りを表しているとか言わないでくれ。
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母娘最後の晩餐は小洒落た店で。盛り付けが凝っていました。自家製カシスワインは一本頼んだことを後悔しました。
6日間、あっという間でした。明日母のフライトが早いので就寝を早めにしたかったのですが、色々と話すこともあり、何より日本に接近している台風19号に気を揉んでいました。 -
翌朝、母を空港で見送った後、私はホテルに戻ってチェックアウトまで寝ようと思いましたが、全く睡魔がなく、横になったまま時間を過ごしました。
チェックアウト後に見つけた看板。 -
名前を検索したところ、リトアニア語しか出てきませんでしたが、作家のようです。
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目的はホロコースト博物館、通称グリーンハウス。
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杉原千畝を記念したモニュメントがあります。中は本当に空いていてほぼ貸切でした。
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ハイフェッツがリトアニア出身であることはここで知りました。ロシア革命が起こった直後、一家がアメリカに移住したのは彼が16歳の時。パガニーニの再来あるいは20世紀最大のバイオリニストという名声を手にしたのは天賦の才能がホロコーストを逃れたから。
しかし、何故イスラエルでワーグナーを弾いたのか。 -
リトアニアのユダヤ人はソ連を恐れてナチスに協力したリトアニア政府からも迫害を受けていた。また戦後もソ連によって弾圧された。説明パネルを全て端から端まで読破したが、昨夜のカシスワインに当たって頭痛がして今ひとつ頭に入らず。
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「ビデオを見ますか」と促されて通されたユダヤ人の隠れ家のレプリカ。写真左の椅子に座って係員が去った後、右の壁に写された映像は隠れ家での生活を記録したリトアニア版アンネの日記とも言える15歳の少年の話だったが、ホラー映画『リング』の画像並みに不気味だった。しかもビデオが終わって部屋に光が全くない中放置された。30秒くらいしてから係員が駆けつけてきたがその時間が5分くらいに感じた。
これほど恐怖を覚えた経験は他に記憶にない。 -
間もなくヴィルニュスを去る時間です。日程に恵まれて良かった。
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マラソン大会が行われていました。ホテルに呼んでもらったタクシーの運転手さんがホテルの近くに入れずに徒歩5分ほどの所に駐車し、迎えに来て荷物を持ってくれました。
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ヴィルニュス空港はめちゃくちゃ小さいです。
母の成田行きの飛行機が飛ぶか気が気でなく、ずっとスマホで追っていました。 -
糖分たっぷりビールの国に帰ってきたよ。
翌朝3時に目が覚めてしまい成田空港の到着情報を見ていました。台風19号が去った直後、強気のフィンランド航空は1時間ほど遅れて着陸。空港からの交通機関はなく、1万5千万人もの乗客が足留めに遭ったそうです。母は運良く成田に住む友人宅に身を寄せることができました。
最初から最後までハプニング満載。帰ってすぐは懲りたと言っていましたが、日が経って周囲の人から「そんな旅行、私なら絶対にしない」と言われるようになって感慨深く思うようになったようです。まったく、とんだ娘を持ったものです。
<完>
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この旅行記へのコメント (2)
-
- マーさん 2020/08/13 19:07:34
- こんにちは
- 初めまして、マーと申します。
ポーランドⅡ旅行記 何回か読ませて頂き 今回のリトアニア カウナス編
非常に楽しみにお待ちしておりました。 ワタシも昨年、念願だった
ポーランドへ飛ぶことが出来、あのとてつもなく広いビルケナウの敷地に立ち
いろんな事を感じる事が出来ました。 昔から旧ナチス・ドイツの
犯したホロコーストに興味を持っており、今回の旅行記でのメインである
「杉原千畝記念館」ワタシも出来れば訪ねてみたい場所の一つなのです。
あっ ところで「のまどさん」は ベルギーにお住まいなのですね
ワタシも昔ですが、ブリュッセルとブルージュにそれぞれ一週間ほど
滞在した事があり、ブリュッセルでは日本の商社駐在員のお宅に
泊めて頂いたりした思い出があります。一番印象に残ってるのはやはり
ブルージュの街並みでした。 ヨーロッパをバックパッカーで
半年間程、旅してたものですから(笑)
突然のメッセージ失礼だとは思いましたが、とても印象に残る
旅行記で以前から読ませて頂いてましたのでコメント差し上げた次第です。
これからも楽しみにしております。(各地のビール紹介も)
- のまどさん からの返信 2020/08/15 01:14:44
- RE: こんにちは
- マーさん、初めまして。
フォローいただき、丁寧なコメントまでいただいて大変ありがとうございます。
> ポーランド?旅行記 何回か読ませて頂き 今回のリトアニア カウナス編
> 非常に楽しみにお待ちしておりました。
ありがとうございます。アウシュヴィッツ・ビルケナウをはじめ今回の訪問場所はどこも心が痛くなりましたが、百聞は一見にしかずで現地に行って実物を見ると本当に考えさせられます。なぜホロコーストなどが行われたのか、人間は歴史から学ぶことができるのかという命題にポジティヴな結論が得られない中、杉原千畝のような日本人が英断を下して人命を守ったことが救いだと思いました。
> ワタシも昔ですが、ブリュッセルとブルージュにそれぞれ一週間ほど
> 滞在した事があり、ブリュッセルでは日本の商社駐在員のお宅に
> 泊めて頂いたりした思い出があります。一番印象に残ってるのはやはり
> ブルージュの街並みでした。 ヨーロッパをバックパッカーで
> 半年間程、旅してたものですから(笑)
ブリュージュは小国ベルギー最大の目玉なので魅力的な街ですよね。ブリュッセルは長年住んでいて慣れてしまっているのですが、外国から帰ってくるとほっとします。機会があれば是非またお越し下さい。
マーさんのポーランドダーク旅行記、興味深く拝見しました。他の旅行記もテーマを深く追求されてとても面白いです。これからも楽しみにしています。
> これからも楽しみにしております。(各地のビール紹介も)
やや度を過ぎた飲酒量ですが、末長くお付き合い下されば幸いです。今後ともよろしくお願いします。
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