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台湾では劇場公演が徐々に再開していて、4ヶ月ぶりに観劇に行ってきた。そのついでに劇場のある大稻埕近辺の散策をしてきた。<br /><br />大稻埕:<br />大稲埕(だいとうてい/ダーダオチェン/Twatutia)は現在の台湾台北市大同区附近の名称であり、艋舺を継承して台湾で最も発展した地方である。清末から日本統治時代にかけて、大稲埕は経済、社会、文化の中心地として台湾の発展の中心地であったばかりか、人文等の学術の中心地でもあり、現在でも往時の様子を伝える建造物等が散見できる。(https://ja.wikipedia.org/wiki/大稲テイ)<br /><br />

歴史ある大稻埕、再認識

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2020/07/04 - 2020/07/05

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xiaomai

xiaomaiさん

台湾では劇場公演が徐々に再開していて、4ヶ月ぶりに観劇に行ってきた。そのついでに劇場のある大稻埕近辺の散策をしてきた。

大稻埕:
大稲埕(だいとうてい/ダーダオチェン/Twatutia)は現在の台湾台北市大同区附近の名称であり、艋舺を継承して台湾で最も発展した地方である。清末から日本統治時代にかけて、大稲埕は経済、社会、文化の中心地として台湾の発展の中心地であったばかりか、人文等の学術の中心地でもあり、現在でも往時の様子を伝える建造物等が散見できる。(https://ja.wikipedia.org/wiki/大稲テイ)

  • MRT中山駅から歩いて大稻埕に到着後、まず向かったのはこちら。

    MRT中山駅から歩いて大稻埕に到着後、まず向かったのはこちら。

  • 台湾人なら誰もが知る「望春風」を作詞した李臨秋(1909-1979)の故居。内部見学は団体のみを予約で受け付けるとのことで行った日はできなかった。李臨秋が手掛けた曲には台湾語歌曲の代表作になったものが多く、「望春風」の他にも、「四季紅」「補破網」などがある。<br /><br />https://www.youtube.com/watch?v=m5kbn_PBYpo<br />「望春風」は一目惚れした男性への少女の純粋な気持ちを歌っている。<br /><br />https://www.youtube.com/watch?v=YWNW-97DzR4&amp;feature=emb_title<br />のちに戦争が始まり、軍歌「大地は招く」に改編され、作曲した鄧雨賢はかなりショックを受けたらしい。<br /><br />https://www.youtube.com/watch?v=vqgR5lOeKnY<br />「望春風」は若い歌手によりリメイクもされている。

    台湾人なら誰もが知る「望春風」を作詞した李臨秋(1909-1979)の故居。内部見学は団体のみを予約で受け付けるとのことで行った日はできなかった。李臨秋が手掛けた曲には台湾語歌曲の代表作になったものが多く、「望春風」の他にも、「四季紅」「補破網」などがある。

    https://www.youtube.com/watch?v=m5kbn_PBYpo
    「望春風」は一目惚れした男性への少女の純粋な気持ちを歌っている。

    https://www.youtube.com/watch?v=YWNW-97DzR4&feature=emb_title
    のちに戦争が始まり、軍歌「大地は招く」に改編され、作曲した鄧雨賢はかなりショックを受けたらしい。

    https://www.youtube.com/watch?v=vqgR5lOeKnY
    「望春風」は若い歌手によりリメイクもされている。

  • 大稻埕の目抜き通りである迪化街のすぐ近くにある貴徳街。迪化街とは打って変わって非常に閑静なエリア。

    大稻埕の目抜き通りである迪化街のすぐ近くにある貴徳街。迪化街とは打って変わって非常に閑静なエリア。

  • その貴徳街にある旧錦記茶行。その商いを営んでいた陳天來(1872-1939)の故居でもある。陳天來は日帝時代に茶商公会会長や台北市協議会員を務め、台北の孔廟の修築にも経済的な貢献している。1930年には茶商公会会長として製茶税の撤廃を陳情し成功した。

    その貴徳街にある旧錦記茶行。その商いを営んでいた陳天來(1872-1939)の故居でもある。陳天來は日帝時代に茶商公会会長や台北市協議会員を務め、台北の孔廟の修築にも経済的な貢献している。1930年には茶商公会会長として製茶税の撤廃を陳情し成功した。

  • 1階部分が茶葉を売り買いしたところで、2階は客を接待した場所、そして、3階は陳天來の自宅スペースだった。

    1階部分が茶葉を売り買いしたところで、2階は客を接待した場所、そして、3階は陳天來の自宅スペースだった。

  • 非常に立派な建築物だから、内部見学ができるようになるとよいのに。

    非常に立派な建築物だから、内部見学ができるようになるとよいのに。

  • 環河快速道路を渡り、大稻埕埠頭へ向かった。

    環河快速道路を渡り、大稻埕埠頭へ向かった。

  • 35度前後の暑さでは訪れる人はほとんどいない。<br /><br />以前は、船で国内外から届いた商品がこの埠頭に下され、大稻埕の商店で取引されていた。台湾一の経済の街として、さぞや賑やかだったことだろう。

    35度前後の暑さでは訪れる人はほとんどいない。

    以前は、船で国内外から届いた商品がこの埠頭に下され、大稻埕の商店で取引されていた。台湾一の経済の街として、さぞや賑やかだったことだろう。

  • 台北らしからぬ美しい画像が撮れた。

    イチオシ

    台北らしからぬ美しい画像が撮れた。

  • PIER5 大稻埕碼頭河岸特区

    PIER5 大稻埕碼頭河岸特区

  • 飲食店が並んでいたけれど、営業は日が暮れる頃からのようだった。

    飲食店が並んでいたけれど、営業は日が暮れる頃からのようだった。

  • 淡水河対岸の夜景を眺めながらの飲食もきっといいだろう。

    淡水河対岸の夜景を眺めながらの飲食もきっといいだろう。

  • 暑かったけれど、景色はとてもよかった。

    暑かったけれど、景色はとてもよかった。

  • 川沿いに南下すると、大稻埕千歳宮。民国60年代(昭和46~55)に建造され、50年ほどの歴史を有する。大稻埕の河岸で御神体が引き上げられ、「李府千歳」として崇められるようになった。

    川沿いに南下すると、大稻埕千歳宮。民国60年代(昭和46~55)に建造され、50年ほどの歴史を有する。大稻埕の河岸で御神体が引き上げられ、「李府千歳」として崇められるようになった。

  • さらに南下すると、延平宮。延平郡王こと鄭成功を祀る宮。鄭成功の母は日本の田川マツで、日本では国性爺という名で歌舞伎などの芝居に登場する。

    さらに南下すると、延平宮。延平郡王こと鄭成功を祀る宮。鄭成功の母は日本の田川マツで、日本では国性爺という名で歌舞伎などの芝居に登場する。

  • 延平宮には学問の神である文昌帝君や<br />

    延平宮には学問の神である文昌帝君や

  • 縁結びの桃花女神も祀られている。

    縁結びの桃花女神も祀られている。

  • さらには、大上聖母として多くの台湾人に崇められている媽祖も。御供物を置く台の上に犬がいた。きっと涼をとっていたに違いない。大上聖母は心の広いお方だから、赦してくださる。

    さらには、大上聖母として多くの台湾人に崇められている媽祖も。御供物を置く台の上に犬がいた。きっと涼をとっていたに違いない。大上聖母は心の広いお方だから、赦してくださる。

  • 前足が「赦してください」という気持ちを表しているようにも見えた。

    前足が「赦してください」という気持ちを表しているようにも見えた。

  • 財神も祀られている。

    財神も祀られている。

  • 南京西路をまっすぐ来た場合は、この小さな入り口を利用する。

    南京西路をまっすぐ来た場合は、この小さな入り口を利用する。

  • 南京東路は台北市の主要幹線だけど、南京西路の出発点はこんな感じ。

    南京東路は台北市の主要幹線だけど、南京西路の出発点はこんな感じ。

  • 暑い中を歩いて大稻埕へ戻ってきた。この界隈は春節前に多くの人が買い物に来るところ。東京で言えばアメ横、大阪で言うなら黒門市場。規模は異なるけれど、そんなイメージの場所。

    暑い中を歩いて大稻埕へ戻ってきた。この界隈は春節前に多くの人が買い物に来るところ。東京で言えばアメ横、大阪で言うなら黒門市場。規模は異なるけれど、そんなイメージの場所。

  • いつも参拝客が絶えない大稻埕霞海城隍廟。創建は1856年。

    いつも参拝客が絶えない大稻埕霞海城隍廟。創建は1856年。

  • 都市の守り神である霞海城隍老爺をはじめ、文武二判官、謝将軍・范将軍などが祀られている。縁結びの月下老人に特にお願いに来る参拝者もいる。

    都市の守り神である霞海城隍老爺をはじめ、文武二判官、謝将軍・范将軍などが祀られている。縁結びの月下老人に特にお願いに来る参拝者もいる。

  • 老若男女、敬虔な信者が次々と訪れる。コロナウィルスの関係で、海外からの観光客がいないから、台湾らしさ100%。

    老若男女、敬虔な信者が次々と訪れる。コロナウィルスの関係で、海外からの観光客がいないから、台湾らしさ100%。

  • お経を唱えていた。

    お経を唱えていた。

  • 音楽は電子ピアノだった。ずいぶん現代化している。

    音楽は電子ピアノだった。ずいぶん現代化している。

  • 劇場は永楽市場の入る、この建物の9階にある。

    劇場は永楽市場の入る、この建物の9階にある。

  • 1階には生鮮食品、衣料生地などを売る店の他、食堂がある。

    1階には生鮮食品、衣料生地などを売る店の他、食堂がある。

  • ゴロンと豚足......

    ゴロンと豚足......

  • 実名登録での入場となるため、早めに会場へ。この日観たのは明華園日字戯劇団による『陰陽界錯中錯』で、明華園が得意とする喜劇。劇場のある建物の隣に祀られている城隍老爺も、酒飲みでおっちょこちょいの役で登場。崇めるべき神ですら、身近な存在にしてしまう。これこそ台湾らしいところ。

    実名登録での入場となるため、早めに会場へ。この日観たのは明華園日字戯劇団による『陰陽界錯中錯』で、明華園が得意とする喜劇。劇場のある建物の隣に祀られている城隍老爺も、酒飲みでおっちょこちょいの役で登場。崇めるべき神ですら、身近な存在にしてしまう。これこそ台湾らしいところ。

  • 明華園は1929(昭和4)年に陳明吉(1912-1997)が創始した、台湾で最大規模の歌仔戲劇団。明吉の死後、7男4女により、天、地、玄、黄、日、月、星、辰の八つの子劇団が作られた。<br /><br />日字戯劇団の団長は陳勝在(陳明吉5男)で、明華園総団で重要な丑役。同じく総団小旦役で重要な位置を占める鄭雅升はその妻。日字戯劇団で売りの陳昭薇は長女で、息子の陳駿杰もこの日の芝居に出ていた。<br />

    明華園は1929(昭和4)年に陳明吉(1912-1997)が創始した、台湾で最大規模の歌仔戲劇団。明吉の死後、7男4女により、天、地、玄、黄、日、月、星、辰の八つの子劇団が作られた。

    日字戯劇団の団長は陳勝在(陳明吉5男)で、明華園総団で重要な丑役。同じく総団小旦役で重要な位置を占める鄭雅升はその妻。日字戯劇団で売りの陳昭薇は長女で、息子の陳駿杰もこの日の芝居に出ていた。

  • 公演後は握手会。一番左に写っているのは知り合いの柯進龍くん。梨園の出身ではなく、自身が歌仔戲が好きで、台湾戯曲学院に進学した。以前は短いセリフしかない役や牛の役などをしていたけれど、この日の芝居では、宝塚で言うなら、3番手がする役を演じていた(翌日は2番手の役)。努力し認められていることを本人以上にうれしく思う。

    公演後は握手会。一番左に写っているのは知り合いの柯進龍くん。梨園の出身ではなく、自身が歌仔戲が好きで、台湾戯曲学院に進学した。以前は短いセリフしかない役や牛の役などをしていたけれど、この日の芝居では、宝塚で言うなら、3番手がする役を演じていた(翌日は2番手の役)。努力し認められていることを本人以上にうれしく思う。

  • 劇場のある9階からの景色。

    劇場のある9階からの景色。

  • 以前、大稲埕は台湾新文化の啓蒙の地であり、京劇、話劇、布袋戯、歌仔戯などの上演が多くの劇場でなされていた。

    以前、大稲埕は台湾新文化の啓蒙の地であり、京劇、話劇、布袋戯、歌仔戯などの上演が多くの劇場でなされていた。

  • この建物は以前「周氏進春茶行製茶工廠」だった。価値あるこの古い建造物を残すため、2014年に人形劇場「納豆劇場」として再出発。台原文化会長である林経甫氏が、亡父林柳新が日本留学中に納豆を販売し学費を稼いでいたという勤勉な精神を心に留めておくべく、この劇場名となった。座席数50~60の小劇場。

    この建物は以前「周氏進春茶行製茶工廠」だった。価値あるこの古い建造物を残すため、2014年に人形劇場「納豆劇場」として再出発。台原文化会長である林経甫氏が、亡父林柳新が日本留学中に納豆を販売し学費を稼いでいたという勤勉な精神を心に留めておくべく、この劇場名となった。座席数50~60の小劇場。

  • 迪化街の外観に溶け込んでいるコンビニ。

    迪化街の外観に溶け込んでいるコンビニ。

  • エントランスもいい感じ。

    エントランスもいい感じ。

  • 縦に細長い構造になっている。

    縦に細長い構造になっている。

  • 奥のドリンクコーナのところに階段。

    奥のドリンクコーナのところに階段。

  • 3階へは上れない。

    3階へは上れない。

  • 2階部分はイートイン・スペース。清潔なトイレも完備。

    2階部分はイートイン・スペース。清潔なトイレも完備。

  • 階段は急なので注意。元々ここにあったのは、お年寄りが儀礼用品を売る店だったような気がする。<br /><br />参照:https://4travel.jp/travelogue/10655537

    階段は急なので注意。元々ここにあったのは、お年寄りが儀礼用品を売る店だったような気がする。

    参照:https://4travel.jp/travelogue/10655537

  • 大稻埕埠頭に戻り、夕陽を眺めた。

    大稻埕埠頭に戻り、夕陽を眺めた。

  • 中央部を拡大。この日の日没時間は18時48分。

    中央部を拡大。この日の日没時間は18時48分。

  • 日没後、しばらく経ったころ。

    日没後、しばらく経ったころ。

  • 大稻埕埠頭の飲食店が営業を開始していた。

    大稻埕埠頭の飲食店が営業を開始していた。

  • 10数軒が並んでいる。

    10数軒が並んでいる。

  • リバーサイド席は人気。

    リバーサイド席は人気。

  • 土曜とあってか、多くの人が訪れていた。

    土曜とあってか、多くの人が訪れていた。

  • 音楽担当のお兄さん。

    音楽担当のお兄さん。

  • 1階で買って、2階に上がり飲食。

    1階で買って、2階に上がり飲食。

  • 2階はどの店も満席。

    2階はどの店も満席。

  • 「PIER5」も点灯され、お洒落な雰囲気。

    「PIER5」も点灯され、お洒落な雰囲気。

  • コロナウィルスのため、外国人の入国規制がかけられていて、来客は台湾人+台湾在住外国人。

    コロナウィルスのため、外国人の入国規制がかけられていて、来客は台湾人+台湾在住外国人。

  • 暑かった昼はほとんど人がいなかったのに、日が暮れて気温が30度ぐらいに下がると、多くの人がここで、散歩したり、ジョギングやバスケなどの運動をしたりしていた。

    暑かった昼はほとんど人がいなかったのに、日が暮れて気温が30度ぐらいに下がると、多くの人がここで、散歩したり、ジョギングやバスケなどの運動をしたりしていた。

  • 再度、迪化街に戻り、夕食。

    再度、迪化街に戻り、夕食。

  • 澎湖に行った時にも食した土?魚(中国語字体のため、正確に表現されない可能性あり。1つ上の看板参照)。台北の観光地だから、価格は高めだったけれど、おいしかった。

    澎湖に行った時にも食した土?魚(中国語字体のため、正確に表現されない可能性あり。1つ上の看板参照)。台北の観光地だから、価格は高めだったけれど、おいしかった。

  • その後、寧夏夜市へ徒歩で移動。

    その後、寧夏夜市へ徒歩で移動。

  • 南京西路側から入ると、まず遊戯屋台。

    南京西路側から入ると、まず遊戯屋台。

  • その後、細い道に多種多様な飲食店。

    その後、細い道に多種多様な飲食店。

  • 道幅が狭いため、前進する速度は亀級。食べたいと思うものもあったけれど、暑いから結局全てスルーしてしまった。

    道幅が狭いため、前進する速度は亀級。食べたいと思うものもあったけれど、暑いから結局全てスルーしてしまった。

  • 民生西路から見た夜市。人、人、人......。三密どころではない。右手にピンクのベストを着たスタッフが見える。そのスタッフは入場者の手に消毒液を吹きかけている。

    民生西路から見た夜市。人、人、人......。三密どころではない。右手にピンクのベストを着たスタッフが見える。そのスタッフは入場者の手に消毒液を吹きかけている。

  • 人の多さと暑さにぐったりしてしまった。ここへ来るのは平日の方がよいかもしれない。

    人の多さと暑さにぐったりしてしまった。ここへ来るのは平日の方がよいかもしれない。

  • 民生西路にあった店に長い列ができていた。

    民生西路にあった店に長い列ができていた。

  • 日本語で言う「牡蠣オムレツ」の店だった。でも、実際は、西洋風のオムレツとはまったく異なるもの。台湾では全国で普遍的に見られる国民食。<br /><br />そのままMRT雙連駅まで歩き、帰宅の途についた。暑い中をけっこう歩いて疲れたのか、この日はよく眠れた。台湾はいつ来ても楽しいところだけれど、真夏は要注意。

    日本語で言う「牡蠣オムレツ」の店だった。でも、実際は、西洋風のオムレツとはまったく異なるもの。台湾では全国で普遍的に見られる国民食。

    そのままMRT雙連駅まで歩き、帰宅の途についた。暑い中をけっこう歩いて疲れたのか、この日はよく眠れた。台湾はいつ来ても楽しいところだけれど、真夏は要注意。

  • (ここから7月5日分)<br /><br />翌日も観劇のために大稻埕を訪れた。芝居後、霞海城隍廟へ行ってみると、賑やかな儀式が執り行われていた。<br /><br />旧暦5月13日は霞海城隍老爺の誕生日で台北三大廟祭典として知られる。城隍老爺が中国から台湾へ移られて、今年はちょうど200年目で特に最大に儀式が執り行われているとのことだった。<br />

    (ここから7月5日分)

    翌日も観劇のために大稻埕を訪れた。芝居後、霞海城隍廟へ行ってみると、賑やかな儀式が執り行われていた。

    旧暦5月13日は霞海城隍老爺の誕生日で台北三大廟祭典として知られる。城隍老爺が中国から台湾へ移られて、今年はちょうど200年目で特に最大に儀式が執り行われているとのことだった。

  • チャルメラは簡単そうに見えて、実は難しい。

    チャルメラは簡単そうに見えて、実は難しい。

  • 皆さん汗して神様のために演奏されていた。

    皆さん汗して神様のために演奏されていた。

  • この日も寧夏夜市へ向かった。その前に圓環の跡地に行ってみた。

    この日も寧夏夜市へ向かった。その前に圓環の跡地に行ってみた。

  • 1950年代の圓環はこんな感じだった。とても繁盛していたようだ。

    1950年代の圓環はこんな感じだった。とても繁盛していたようだ。

  • 1993年と1999年に火災を起こし、また市の発展の中心地が東に移り、この地域に来る人々が減ってきていたことを考慮し、新たに建造をして、2003年に「建成圓環美食館」として再オープン。この建物には行ったことがあるけれど、なんとなく以前の賑やかさを感じなかった。結局、人は集まらず、2016年に解体され、その後、今あるような広場となり、2017年に開放された。<br /><br />参照:https://4travel.jp/travelogue/10655537

    1993年と1999年に火災を起こし、また市の発展の中心地が東に移り、この地域に来る人々が減ってきていたことを考慮し、新たに建造をして、2003年に「建成圓環美食館」として再オープン。この建物には行ったことがあるけれど、なんとなく以前の賑やかさを感じなかった。結局、人は集まらず、2016年に解体され、その後、今あるような広場となり、2017年に開放された。

    参照:https://4travel.jp/travelogue/10655537

  • 悲しい歴史を辿った圓環に比べ、寧夏夜市は大流行り。前日は暑さと人出の多さに圧倒され、通り抜けるだけだったから、今日は少し早めの時間帯(18時半ごろ)に行ってみた。案の定、人はそれほど多くなく、前進するのに大きな苦労はなかった。

    悲しい歴史を辿った圓環に比べ、寧夏夜市は大流行り。前日は暑さと人出の多さに圧倒され、通り抜けるだけだったから、今日は少し早めの時間帯(18時半ごろ)に行ってみた。案の定、人はそれほど多くなく、前進するのに大きな苦労はなかった。

  • 串焼き

    串焼き

  • 煮込み料理の滷味。

    煮込み料理の滷味。

  • おなじみのポピュラー海鮮三兄弟(牡蠣、海老、烏賊)

    おなじみのポピュラー海鮮三兄弟(牡蠣、海老、烏賊)

  • 猪肉のソーセージ

    猪肉のソーセージ

  • 牛肉の串焼き

    牛肉の串焼き

  • とりあえず、冷たくて甘いものが食べたかったから、ここに座って......

    とりあえず、冷たくて甘いものが食べたかったから、ここに座って......

  • かき氷の上に小豆とピーナッツ、団子の載ったスイーツを食べた。冷たさと程よい甘さが体を癒してくれた。

    かき氷の上に小豆とピーナッツ、団子の載ったスイーツを食べた。冷たさと程よい甘さが体を癒してくれた。

  • 他にも色々な種類がある。

    他にも色々な種類がある。

  • 客が列をなしている店もいくつかあった。こちらは日本語での通称「牡蠣オムレツ」の店。

    客が列をなしている店もいくつかあった。こちらは日本語での通称「牡蠣オムレツ」の店。

  • こちらも牡蠣オムレツの店。牡蠣オムレツで有名な店は台湾各地に存在する。

    こちらも牡蠣オムレツの店。牡蠣オムレツで有名な店は台湾各地に存在する。

  • 大きい鶏肉の塊が串に刺さって焼かれていた。

    大きい鶏肉の塊が串に刺さって焼かれていた。

  • これを買って食べた。日本の焼き鳥の3倍ぐらいの大きさで食べ応えがあった。

    これを買って食べた。日本の焼き鳥の3倍ぐらいの大きさで食べ応えがあった。

  • 2日連続で大稻埕と寧夏夜市を訪れた。台湾に住んで24年目になるのに、新鮮な気持ちで観光した。でも、暑い中を歩き回って、けっこう体力を消耗した。それにしても、台湾はやっぱりおもしろい。一度来た日本人旅行者がまた来たくなる気持ちがよくわかる。<br /><br />画像は南京西路側の入り口。ここからしばらく先に進んだところから夜市が始まり、民生西路まで続く。<br /><br />大稻埕は歴史がある分、奥が深い。訪れたいところがまだまだある。

    2日連続で大稻埕と寧夏夜市を訪れた。台湾に住んで24年目になるのに、新鮮な気持ちで観光した。でも、暑い中を歩き回って、けっこう体力を消耗した。それにしても、台湾はやっぱりおもしろい。一度来た日本人旅行者がまた来たくなる気持ちがよくわかる。

    画像は南京西路側の入り口。ここからしばらく先に進んだところから夜市が始まり、民生西路まで続く。

    大稻埕は歴史がある分、奥が深い。訪れたいところがまだまだある。

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