2017/10/28 - 2017/10/28
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スロベニア・クロアチア2508kmドライブ ⑩ポストイナ Postojna
2017年の秋、1週間の休みを取り、クロアチアまでドライブしたときのものです。少し古いので記憶を辿りながらの旅行記作成です。
この旅行記は9日目(最終日)のポストイナです。プーラから、イストリア半島を北上して、途中のポレチに立ち寄り、その後、スロべニアの国境を越え、ポストイナに宿泊。翌日に、有名なポストイナ鍾乳洞と洞窟城を訪問します。写真はその洞窟城。
<日程>
10/28 ①ブレッド湖 Blejsko jezero (Lake Bled)
10/29 ②プリトヴィツェ湖群国立公園 Plitvička jezera
10/30 ③スプリト Split
10/31 ④ドゥブロヴニク Dubrovnik
11/ 1 ⑤ドゥブロヴニク Dubrovnik
11/ 2 ⑥シベニク Šibenik
11/ 2 ⑦トロギルTrogir
11/ 3 ⑧プーラ Pula
11/ 4 ⑨ポレチ Poreč
11/ 5 ⑩ポストイナ Postojna
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今日の宿泊地に到着。アパートメントに入ると。。。普通の家でした。
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キッチン。
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バス・トレイはこんな感じ。
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まあ、寝るだけなので。特に不自由もなく。清潔だし。
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これが、そのアパートメントの入った団地みたいな建物(昭和の雰囲気です)。他の部屋は基本、普通に、住居者がいます。生活感でいっぱいの場所でした。
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プレッドヤマ城(プレジャマ城)
Predjamski grad
鍾乳洞に行く前に時間があるので、洞窟城を一目みることに。ポストイナの町から11km。舗装はされているものの細い道です。
ここでは公式HPで「プレッドヤマ」と日本語で記載されているので、それに従います。ちなみにグーグルマップでは、「プレジャマ」。プレッドは前、ヤマが洞窟という意味。
日本ではあまり知られていない、このポストイナ。しかし、日本語でも説明が用意されているくらいメジャーな観光地。
https://www.postojnska-jama.eu/jp/home/ -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
言い伝えでは、最初に1274年にアクイレイアの総大司教がゴシック式でここに城を立てた。その後、Luegg(Lueg)家が購入、拡張した。その後、15世紀に、義賊として知られる騎士エラスムス(エラゼム)(Erasmus of Lueg、Erazem Predjamski)が城主となる。彼は、トリエステの政府長官の息子であった。(このとき、この地は、神聖ローマ帝国(ハプスブルグ家)の支配下。)彼は、ウィーンで、皇軍の指揮官がエラスムスの亡くなった友の名誉を傷つけた為、その指揮官を殺してしまう。当時の神聖ローマ帝国皇帝フレデリック三世の復讐から逃れる為、彼は、この地に戻ってくる。その後、ハンガリー王国の皇帝と同盟を組み、ハプスブルグ家の財産を略奪し始める。命を受けたトリエステの官軍がここを包囲して、1年以上の長期に渡り籠城攻めをし、最終的には彼は砲撃により死亡した。その後、領主が次々と変わる。1570年、ルネッサンス式で建築され、現在に至る。プレジャマ城 城・宮殿
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プレッドヤマ城
Predjamski grad
城は、洞窟に半分、埋まった形。洞窟は奥に続いており、今、見える崖の上に出られる。エラスムスは、その秘密の抜け道を通り、包囲されている中でも食料を調達していた。城の上から、時期的に、旬の時期にはまだ早い果物を包囲している軍隊に向かって投げ、何故、熟している果物が城にあるのか、困惑させ、悪魔の仕業と脅えさせた。(確かこんな話だったと思う)。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
エラスムスは仲間の裏切りにあい、砲撃により殺されることになる。汚物を下に落とす為、トイレは、離れた場所にあり、頑丈にはできていなかった。エラスムスがトイレにはいった瞬間に、裏切り者が合図を送り、そのトイレの場所を砲撃して彼を殺害してしまう。1484年のこと。(確かこんな話だったと思う。) -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
考古学の研究で、洞窟の中とこの城の下あたりから、いくつかの発見があり、新石器時代からこの辺りには道があったものと考えられている。(今、歩いている道がそうであるかは分からないけど。)
城は地上から127mの高さの崖に建てられている。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
下から見上げた様子。この下には川が流れている。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
上が洞窟が広がっている様子を示した断面図。縦穴(Erazmov Rov)があり、城の上に抜けられる。下は、洞窟の広がりをしめした地図。濃い茶色が城のある場所なので、広大な洞窟が広がっている。夏の時期には洞窟探検のツアーもあるらしい。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
スロベニアには、1万近い鍾乳洞が発見されている。中でも有名なのが、このポストイナ鍾乳洞とシュコツィヤン鍾乳洞で、後者は1986年にユネスコ世界遺産に登録されている。こうした石灰岩の溶食でできるものをカルスト地形というが、このカルストは、この辺り、スロベニアのクラス地方(岩石を意味する古代の地方名Carusadus、Carsusに由来)に語源がある。この地方には中生代白亜紀から新生代第三紀初頭にかけて堆積した石灰岩が厚く分布し、溶食による地形が広く見られる。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
チケットを買い、鍾乳洞の入り口へ向かいます。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
トロッコ列車に乗って出発です。ポストイナ鍾乳洞 洞穴・鍾乳洞
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Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
大きなホールで降りた後は、徒歩での見学になります。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
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ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
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ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
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ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
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ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
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ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
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ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
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ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
スパゲッティ・ホール。
天井からスパゲッティのような鍾乳石が垂れ下がっている。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
繋がる。。。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
鍾乳石を形成した後に倒れたもの。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
この真っ白な鍾乳石(石筍)が最も有名で、「ブリリアント」(Brilliant)と呼ばれる。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
最後に広い空間、コンサート・ホール(Concert Hall)にたどり着きます。
ここには土産物屋さんがあります。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
オーストリア政府は、洞窟内に郵便局をおきました(1899-1945)。左上には、フランツ・ヨーゼフ皇帝の皇后、エリザベート(通称シシー)が、1857年と1883年にここを訪問したことが書かれています。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
郵便局の様子。第一次世界大戦後(オーストリア=ハンガリー二重帝国の敗北、ハプスブルグ家の解体)、ここはイタリアの管轄になり、「Postumia Grotte」と呼ばれる。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
イタリア王国国王、ヴィットリオ・エマヌエーレ3世(Vittorio Emanuele III)が訪問。(1923年5月23日)。下はポストイナ鍾乳洞のデザインの切手。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
1927年に新しくオープンした郵便局。
スタンプはイタリア時代のもの。(1923-1943)
右の赤いスタンプは、ただ一度だけ、再び第二次世界大戦が終わり、一般公衆向けに鍾乳洞が解放されたときユーゴスラビアにより1945年8月15日に使用されたもの。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
パルチザンのチトー(ヨシップ・ブロズ・チトー)もここを何回か訪問。写真は1945年5月28日に初めて訪問したときのもの。1946年、ユーゴスラビア連邦の初代首相となる。彼のカリスマ性によりバルカン半島の少数民族は結集して1つの連邦国家としてまとまっていたが、彼が亡くなったことをきっかけに勢力バランスが崩れ、ユーゴスラビアは解体する。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞
再びトロッコで出口まで戻ってきました。
見学時の徒歩は多少のアップダウンはあるものの、このトロッコのあるおかげに大分、楽に観光できます。 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
Postojna Cave
Postojnska jama
ポストイナ鍾乳洞 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
再び、プレッドヤマ城(洞窟城)に到着。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad -
プレッドヤマ城
Predjamski grad -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
ここが入口。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
門の上に掲げられた紋章。いろんな動物が描かれている。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
こちらも別の紋章。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
入り口にはいくつかの説明がある。これは、城の発展の様子を説明したもの。
左から12世紀、13世紀、14世紀、15世紀、最後に1570-1585年の増築後。これが現在見られるのとほぼ同じ姿。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
入り口の門の上にあったものと同じということは、こちらが本物なのかな。
この地カルニオラ(現在のスロベニア中央)を治めていたコベンツル家Cobenzlの紋章。そのメンバーの多くは、ハプスブルグ家統治下、外交官として働いていた。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
Janez Karl Filip Kobencl
Johann Karl Phillip von Cobenzl 1712-1770 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad -
プレッドヤマ城
Predjamski grad -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
この人が冒頭に説明した騎士エラスムス(エラゼム)。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
トイレ発見。ここで亡くなったのかな。。。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
The castle's courtroom
法廷。説明プレートを読むと壁の木の扉の向こうは、60mの深さの裂け目があり、おそらく、死刑のときに、使われた。と書かれているが。。。。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
拷問部屋。天井から吊り下げられているマネキン。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
右手は自然の崖の石。苔が生えている。見学順路は階段のある方向。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
法廷の部屋を振り返ったところ。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
ダイニングルーム
領主の家族たちの居住空間、小さな明り取りの為の窓がある。防衛のための壁の厚みが分かり、168cmあるとのこと。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
キッチン。上へ抜けるトンネルがあり、煙突の役割を果たしていた。また、10mのシャフトがあり、おそらく、ごみ捨てに使用されていた。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
見晴らしがいいテラス(展望台)があり、上を見上げた写真。何か落ちてこないか不安。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
谷の入り口を見たところ。木々は伐採し、遠くまで見えるように見晴らしをよくしたとのこと。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
右手に大砲の玉が置いてある。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
狩猟が趣味だった領主がいたらしい。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
暖房のある部屋(寝室)
この部屋だけは暖房があったとのこと。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
隣にある聖アンナの捧げる礼拝室。神父や召使がこの部屋で、祈りを捧げているとき、領主の家族は隣の暖房のある暖かい部屋から参加していたとプレートに書いてある。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
15世紀初期のピエタ像(コピー) -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
その隣は、牧師の為の部屋。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
武器庫
武器が陳列されている。重そう。
※中世の戦場で使用されたもののレプリカです。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
武器庫 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
武器庫
ヨーロッパのどの城に行ってもこの手の展示をみるので、少々、飽きてきている。
ただ、中世の騎士の人気は衰えない。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
武器庫 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
この4階は、兵士や召使の為の居住部屋。 -
プレッドヤマ城
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プレッドヤマ城
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プレッドヤマ城
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プレッドヤマ城
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プレッドヤマ城
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プレッドヤマ城
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ここから、洞窟が奥に繋がっている。ちなみに途中までしか行けない。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
洞窟の天井には、岩の割れ目の湧き水を誘導するための仕組みがあった。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
下の壺にもたまるようになっている。この城では、水は貴重なもの。数か所にこうした水を貯める為の壺がおいてあった。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
少し、洞窟の登ってみた。向こうが良く見える。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
見下ろしたところ。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
建物の中に戻ります。
この辺は自然の岩石と人工の壁がうまく組み合わせっている。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
騎士の部屋。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
音声ガイドを聞きながら、見学コースを一周しました。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
1570年の年号とともに(ルネッサンス様式に増改築した年)、ここにも、コベンツルCobenzl家の紋章が城の壁に描かれている。 -
プレッドヤマ城
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プレッドヤマ城
Predjamski grad
駐車場近くにある小さな教会。出発前にちょっと見学。ちょっと気になる。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
中には入れませんが、格子の隙間から内部を撮影。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
この教会St.Mary of Sorrows教会は、エラゼム自身が建てたもので、彼の死後、この教会の横に埋葬されたとのこと。その後、彼の恋人が、そこに菩提樹の木を植えた。この説明パネル写真では大きく育っているが、2001年に放火されてしまう。専門家は何とか生き長らえそうと処置を施しており、現在に至る。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
菩提樹は神聖な木としてみなされているが、放火の跡が痛々しい。倒れないように支柱で支えられている。しかし、今でも葉をつけており、何とか生き長らえている。 -
プレッドヤマ城
Predjamski grad
さて、スロベニアを後にして、今から、一気にドイツまで帰途につきます。
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