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 野庭町の庚申塚からは小さな谷戸が南西に伸び、小さな小川も流れている。この狭い谷戸を囲む両側の山裾にそれぞれ道路が通っており、その間に畑地が続いている。その谷戸の北側の坂道を行くと道端に屋根が掛けられた庚申塚がある。こんな山道を昔の人は通ったのかと驚いた。それでも昔は小菅ヶ谷と市営地下鉄ブルーラインの上永谷駅がある辺りを結ぶ街道であったのだろうか?<br /> 一番大きい庚申塔は寛政12年(1801年)銘である。また、真ん中の庚申塔は風化が激しく、一番古い庚申塔であろうか?端の石塔は写真からは文字が判読できない。<br /> 少なくても19世紀には多くの旅人がこの長くて狭い谷戸にある坂道を通ったのだろう。<br />(表紙写真は野庭の谷戸の坂道にある庚申塚)

野庭の谷戸の坂道にある庚申塚(横浜市港南区野庭町)

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2020/05/02 - 2020/05/02

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 野庭町の庚申塚からは小さな谷戸が南西に伸び、小さな小川も流れている。この狭い谷戸を囲む両側の山裾にそれぞれ道路が通っており、その間に畑地が続いている。その谷戸の北側の坂道を行くと道端に屋根が掛けられた庚申塚がある。こんな山道を昔の人は通ったのかと驚いた。それでも昔は小菅ヶ谷と市営地下鉄ブルーラインの上永谷駅がある辺りを結ぶ街道であったのだろうか?
 一番大きい庚申塔は寛政12年(1801年)銘である。また、真ん中の庚申塔は風化が激しく、一番古い庚申塔であろうか?端の石塔は写真からは文字が判読できない。
 少なくても19世紀には多くの旅人がこの長くて狭い谷戸にある坂道を通ったのだろう。
(表紙写真は野庭の谷戸の坂道にある庚申塚)

  • 坂道の道端にある庚申塚。いかにも見すぼらしい屋根が掛かっている。

    坂道の道端にある庚申塚。いかにも見すぼらしい屋根が掛かっている。

  • 庚申塔(寛政12年(1801年)銘)。

    庚申塔(寛政12年(1801年)銘)。

  • 「寛政十二庚申四月」。

    「寛政十二庚申四月」。

  • 庚申塔。風化が激しい。

    庚申塔。風化が激しい。

  • 石塔。

    石塔。

  • 側面にも文字が彫られている。

    側面にも文字が彫られている。

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