2020/05/02 - 2020/05/02
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ドクターキムルさん
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横浜市港南区野庭町に迎陽隧道がある。この隧道は上野庭と呼ばれる地区の端にあり、鎌倉街道と繋がっている。この迎陽隧道は明治40年(1907年)から手掘りで掘削して大正4年(1915年)に完成し、「迎陽隧道」と名付けられた。車がなく、荷馬車しかなかった時代ではあろうが、たった40m余りの隧道に名付けられた名前には意気揚々とした明るさが感じられる。野庭町は馬洗川上流域の永谷平川沿いに御嶽社や浄念寺、町内会館などの村の中心部があり、明治時代まではこの隧道近くの農家が一番上(奥)にある民家であったはずだ。それが隧道近くの家に代り、鎌倉街道に一番近い家になったことが伺える。その土蔵が残る農家では農家カフェを開店させている。戦後になると、この隧道の周辺の山林は造成されて団地になった。そのためであろうか、この隧道のいずれの口でも道路がT路(野庭町側)か三叉路(日野南4側)になっており、一本道が隧道で繋がっているのが普通で、中々ないことである。
こうした団地が造成され、交通量が増えたために、昭和53年(1978年)に拡張され、コンクリート壁の隧道に改修された。片側には歩道も着けられている。
今日はゴールデンウィークの連休とあって、外出自粛とはいかず、多くの人たちがここ野庭を散歩している。迎陽隧道を潜って北上し上野庭に入るとここが横浜市かと目を疑うばかりの山村の里山が広がっている。しかし、この里山の上には市営野庭住宅が広がり、特養ホーム・すずかけの郷などは、村の中心を通る道路脇の階段を上った先にある。また、その脇には里山に入る山道が残されており、おそらくは野庭団地へと続く近道になっているのだろう。この先、舞岡公園方面には庚申塚などが何ヶ所か残っている。横浜市南部では一番田舎臭さが残っている里を繋ぐ隧道となっている。「トンネルを抜けるとそこは田舎だった。」上野庭はそんな場所だ。
(表紙写真は迎陽隧道)
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