1973/03/20 - 1973/04/29
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olive kenjiさん
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コロナで旅行もお預けになった今、家のかたずけをしていたら、懐かしき大学時代に欧州へ行った47年前の写真が出て来た。そういえば、あの時知りあった友人達はどうしているのだろうかと気になって来た。おそらく歳は70歳前後になっているだろうし、生きているのであろうか。
4Tの旅行記に写真をアップしたら、誰かが見てくれて連絡してくれるかもしれない僅かな期待を夢見て、昔の写真をデジタル写真に換えるため写真屋に向かうのでありました。
友人の写真を挿入し、思い出深い話だけの簡単な旅行記にしました。
この回は初めての緊張したバックパッカー旅行を書いたつもりでいましたが読み直すと、結果は女性を訪問する旅みたいになってしまいました。
私の顔出し写真も多いですが、そんな写真しか残っていませんでした。
とても恥ずかしいです。
もし、この中で写真の方を知っていれば私に連絡して下さいませ。
今回はここ① 横浜ーナホトカーモスクワーフインランドースエーデンー
デンマークードイツースイスー南フランスーモナコ
② イタリアーシチリア島ースペインーモロッコ
③ スペインースイスーパリー英国南西海岸トーキ
④ ギリシャートルコー色々あってータイー伊丹空港
約50年前のお話ですので、地名日程間違っていたらお許し下さい
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 鉄道
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
大学3年終了時、夢見ていた欧州~中近東~インド旅行を目指し、1年間休学のつもりで、横浜港からナホトカ航路の客船に乗り込むのでした。
当時、若者が欧州へ行くには、シベリア鉄道と飛行機を乗り継いで、モスクワ、レーニングラードを観光してヘルシンキへ行くのが主流だったと思います。
価格も片道モスクワ観光付で13万円だったと記憶しています。 -
親戚や友達の見送りもあり、これから1年間日本と離れるとかと思うと出港後涙しました。実際は旅行を途中断念して半年で帰って来ました。
船内はロシア人船員とロシア語なので、もうここは海外だと興奮と喜びです。
キャビンは2段ベッドの4人部屋だったと思います。
若者もおじさんらも夢見る欧州の事をよく話し合いました。 -
3日後の夜中にナホトカに着き、シベリア鉄道に3~4日間乗ったと思います。
車窓は想像していたより荒涼していなくて家屋が点在していました。
列車は寝台コンパートメントで食事付。今回の旅行の中で一番贅沢だったかな。
途中の都市で飛行機に乗り変えました。空港内は私と同じような顔立ちの人がいて驚きました。当時ソ連って白系ロシア人だけと思っていたので。 -
モスクワはこれといった食堂も無く、デパートも陳列に商品が少しだけでした。
ボリショイサーカスへ行く時は不気味な大男2人が部屋まで迎えに来たので、KGBに連行されるのではと恐かったです。 -
私がJALパックのショルダーバッグを持っていたら、ロシアの少年がそれが欲しいと言う。それじゃ3,000円で売ってあげると言うと、家で払うと言うのでノコノコ付いて行った。外はボロなアパートだったが、部屋は広くてまーまーだった。
母さんもいて、少しばかりのロシア人の家庭を見た感じがした。
彼は高校でレスリングをしているらしく、組み合ったら強靭な体だった。
写真は少年のアパート かなりボロいでしょう。 -
モスクワからレーニングラードへ行く夜行列車では、東ドイツの高校修学旅行生みたいなのに囲まれて、いろいろ質問された。
おそらく日本人など見たことも話したこともなかったんだろうね。
その好奇心よく分かる。私もそうだった。外国人を見ればハローと声掛けて寄って行ってたもんな。
その東ドイツが統一するなんて、その当時夢にも思わなかったな~ -
ソ連から北欧に入ると、急にあか抜けした未来社会に来たような感じがした。
ただ物価が高すぎて、北欧に長居する予定だったが早々に引き上げる。
このトラウマは今も私の旅行習慣として身についているようだ。 -
日本にいる時、スゥエーデンに行くと黒髪の日本人は金髪女性からもてまくりだと週刊平凡パンチで読んだ。
でもストックホルムに居ても、もてるどころかトルコ人など黒髪の人がいっぱいいるじゃない。もてるどころか相手にもされない。
その話をピザ屋さんでトルコ人の主人に話したら、お勘定の時にただになっていた。何でだろう。黒髪同士の共感であろうか。
写真の帆船は宿泊先のユースホステル。今もあるのでしょうか。 -
デンマーク、ドイツと電車で南下して、とある街で降りる。(駅名忘れた)
この郊外にある西ドイツと東ドイツの国境を見たかったからだ。
長い塀みたいなのが長く伸びていた。検問所とか兵士はいないみたい。
壁と言えばベルリンが有名だけど、国もこの様に遮断されていたのですね。 -
1年前銀座で知りあったドイツ人女性観光客を、箱根にドライブに連れて行ったことがある。その彼女を訪ねてシュトガルトのお家に電話したのだが、お母さんがニュールンベルグの郊外でバケーションを楽しんでいると言う。
早速そこへ伺う。遠い所だった。
なんと彼女はグライダーの練習中だったのだ。
突然のアポなし訪問に彼女はびっくりしていた。 -
びっくりするのは、こっちもだ。
なんと彼氏連れであった。ショック!恋人がいたんだ。
でも彼氏は嫌な顔もせず私を気使い、宿の世話してくれたり遠くへドライブも連れて下さった。こちらが申し訳ない気分である。
彼の寛大な気持ちは、その後の私の人生感に大きく影響し大切にしています。 -
翌日は、お二人と親戚の女性と一緒にニュールンベルグ市内の地元ウインナーや隠れパン工房を楽しんだ。
でもあまり長く居ては良くないと思い、早々に引き上げることにしました。
悲しいというか切なかったな~ -
本当に突然の訪問でごめんなさい。
また会いたいです。彼氏も元気かな。また日本へ来て下さい。
名前は覚えていません・・WOLFだけ覚えています。
狼という名前が印象的だったので。金髪の美しい牝狼さんでした。 -
次はスイスへ文通をしていた女性に会いに行きます。
今回はアポをとっています。
父が以前知りあった登山列車乗務員のお嬢さんです。
4年以上ひんぱんに文通をしていたと思います。 -
彼女は看護婦さんでした。
お昼休みに、彼女の寮のお部屋でチーズフォンジュを頂きました。
私は、フォンジュといえばお肉野菜魚貝類と思っていましたから、パンだけのフォンジュにあれっと思った記憶があります。
会ったのが最後か・・それから文通はしておりません。
優しい、気づかいをする女性でした。
また会いたいです。
名前は ELISABETH MUFF さん -
南仏へ行く途中、リヨンに寄ることにしました。
横浜からソ連まで、ずーっと一緒だった日本留学を終えたニコルさんです。
ぜひお家に来てと言うので、お言葉に甘えて寄らせて頂きました。
もう着ていた冬用のピーコートも邪魔になると思い家に預けて来ました。
彼女は真面目で、労わってくれる性格で、旅行中の私を心配してくれていました。
パリへ上京した際は会いにも来てくれました。
日本が好きで日本語も上達していましたので、おそらく日本で働いていたと思いますが、その後会っていません。
また会いたいです。
名前は NICOLE GERGOT さん -
ニースへやって来ました。
ここは以前、私の祖父が視察旅行で来ており。ピカソの友人である日本人女性と会ったことがあるそうです。絵を買わされたのかな。
私も祖父の言われるがまま、その女性と自宅でお会いしました。
絵画が沢山ある中に住んでいる不思議なお婆さんでした。本当にピカソの友人かどうか知りませんが、ピカソは女好きだったから、そうかもしれません。 -
モンテカルロでは、今度は兄の知りあいの方と会うことになりました。右の黒い服を着た女性です。
英語が不得意だということで、英会話得意なお友達を同伴して、モンテカルロを案内して下さいました。でもあまりにも上手すぎて、私は聞き取れなかったです。
でも親切なご案内有難うございました。 -
モンテカルロ到着時、彼女の家を探すのが大変でした。
何しろ坂の街ですので、登りが疲れました。
会って彼女のお家で昼食を頂きました。パスタだったと思います。
その時コーラを飲みながら食べていたので、フランス人はワインではなくコーラも飲むんだと変なカルチャーショックを覚えています。
家では年頃の妹さんが父さんといがみ合っていて、日本と同じような光景でした。
また会いたいです。
名前は SIMONELLI MIRILLE さん
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この旅行記へのコメント (18)
-
- tabinakanotaekoさん 2021/03/01 22:54:09
- 小説読んでるみたいにワクワク
- オリーブさん、
よく記憶をしておられましたね。記録もされていたのでしょうね。
それと若かりし頃のご自分の写真を恥ずかしいと書かれていますが、
そんなことはありません。清潔そうで聡明そうで私のタイプです。
吉本の舞台みたいにひっくり返らないでください。
ご安心くださいませ。タイプだからって襲ったりはいたしません。
文通は当時はやりましたね。私もベルリンやレバノンにペンパルがいて、
吉永小百合のプロマイドを自分だと言って送りました。でもオリーブさんの
ように名前など憶えていませんわ。当時のカメラではフィルムが勿体なくて
風景だけを写すなんてことは出来ず、必ず人間を入れて撮りました。
taeko
PS: 人生を旅と考えて、旅中のtaeko と名乗ったのです。
- olive kenjiさん からの返信 2021/03/02 09:53:49
- Re: 小説読んでるみたいにワクワク
- taekoさん ご返信有難うございました。
tabinakaとはたびちゅうだったのですね。誤解していて失礼しました。
Taeko is traveling in life だったのだ。
吉本の舞台みたいに、ひっくり返ってしまいました。
とても光栄なお言葉で、今日は一日中ランラン気分です。
taekoさんもお姿分かる写真あればバックナンバー教えて下さい。
taekoの旅行記は膨大なので探すの大変なのであります。この横着者!
まさか吉永小百合になっているのじゃないでしょうね。ハハハ
そうなんですよね。フイルムが貴重なので人物写真が中心でしたよね。
だから、風景写真にしろ撮るのは真剣勝負だったです。
taekoさんも青春時代の旅行記をアップして下さい。
ただアルバムから引っ付いた写真を剝がすのが大変なのですよね。
楽しみにしています。
-
- ねんきん老人さん 2020/05/21 15:18:00
- 平凡パンチ!!
- olive kenji さん、私の雑な書き込みにわざわざお返事をくださって、ありがとうございました。
その中に、たまには新しい旅行記も読めとあったので、この旅行記を読ませていただきました。
いきなりJALパックのショルダーバッグという言葉が出てきて、あやうくオーッと声を出しそうになりました。
1970年代のはじめ、確かにありましたね。 私も何個か持っていました。そのあと近畿日本ツーリストの「ホリデイ」というパック旅行があり、そのホリディバッグも懐かしく思い出しました。
と思ったら、「平凡パンチ」という言葉が。 うわーっ! 平凡パンチと11PMを知っている人に会ったら、もうソーシャルディスタンスなんてどうでもいい、握手もハグもしてしまうと思います。
また、olive kenji さんの服と髪型があの時代そのもので、旅行記に出てくる女性たちなどどうでもよく、ただただあの時代の空気を楽しませていただきました。
私も学生時代にバックパッカーの真似事をしましたが、olive kenji さんの行動力には遠く及びません。
私がバックパッキングを通じて身に付けた習性は「妥協と諦め」で、つくづく自分の臆病さが情けなくなります。
私が旅行直後に投稿しないというスタンスは、遅筆の正当化という側面もあるのですが、olive kenji さんの古い旅行記を拝読して、旅の思い出というものはいつまで経っても色あせるものではないと同時に、読者にとっても若い血を再び沸せてくれるものだと実感しました。
長い在宅時間を有意義に過ごすことができました。 ありがとうございました。
ねんきん老人
- olive kenjiさん からの返信 2020/05/21 17:33:08
- Re: 平凡パンチ!!
- 11PM先輩、早速読んで頂いて有難うございます。
読んでくれと言う厚かましさで失礼しました。私も先輩の旅行記を全部は読んでいないと思いますので、これこれを読めとご命令下さいませ。
自分の顔を出すのには抵抗がありましたが、現在の顔・姿と全然違っているので分かるまいと思い、エイヤーで勇気を振り絞って出しました。
現在は個人情報保護で人様の顔など許可なく露出しては駄目みたいですが、どうせ海外の方だからこの記事を見ることもないだろうし、そもそも4Tってインターナショナルでもなく凄く日本ガラパスゴ化した旅行記だと思いますので、女性らの顔・お姿写真をお出しました。それにもう70歳位だから本人も旦那も文句も言わないだろうし、それより問題なのは生きているかどうかでしょうね。
先輩もまだまだ隠し古き旅行の思い出を沢山お持ちかと想像しますので、また小出しでも、いつもの口調で書いて下さいませ。これを楽しみにしているのです。
ただ写真がなぜか黄ばんだりぼやっとしているのですよね。当時はこんなに鮮明な映像はないぞと思っていたのですが。不思議です。
ずーっとstay homeなので、今さら何が自宅待機なの olive kenji
-
- ころたさん 2020/05/15 23:13:31
- やるなぁ~
- olive kenjiさん 、こんにちは!
やるなぁ。若かりし頃とは言え、世界の女を渡り歩く旅なんて誰にでもできるもんじゃない。このこのぉ~!
私の持論は「男の価値は死んだ時に何人の女が涙を流してくれるか」で決まると思っている。そこへ行くとolive kenjiさん 、
「そぉ。あの人、逝ったの・・・」
なんて世界中の女にいわれるんだろうなぁ。
olive kenjiさん 長身でイケてたんじゃないですか!今もイケてるか。。。そしてヘアスタイルが時代を感じさせるわぁ。私も学生時代はロングでパーマだったので本人は桑名正博のつもりでいたのだが、周りにはなぜか佐藤我二郎と呼ばれていた・・・。
- olive kenjiさん からの返信 2020/05/15 23:56:51
- Re: やるなぁ~
- 桑名正博ころたさん コメント有難うございます。
私は別に世界の女を渡り歩いたのではなく、折角欧州へ行くなら、御祖父ちゃん、親父、兄貴からこの人に会えと言われてお会いしただけですので。。。
桑名さんは、凄い持論を持っているのですね。これぞ泣かしのころたさん。
私しゃ~亡くなった時に嫁さんが涙流してくれるかです。
まさか微笑んでいるのではと。
確かに写真を今見てみると、今より全然イケていますね。
今は顔もスタイルもその時の面影全然ないのでバレる心配ないと思い、恥ずかし気も無くこの顔出し旅行記を出しました。
桑名さんは、今もプロフィール写真のままですか。カッコいいですよ。
-
- おくぅーんさん 2020/04/26 21:58:29
- いやーおもしろい
- olive kenjiさん
お久しぶりです。
ここ最近は旅行は自粛ということで、投稿もままならない日々をすごしております。中途半端に、一、二年前の写真を引っ張り出してもねえ。単なる古新聞で面白くないし。
そんな中、やってくれましたね。思い切って47年前の旅行記なんて、意表を突かれました。丁度今、沢木耕太郎先生の”深夜特急”を読書していて、バックパッカーって、どうなんだろうって思っていたところ。タイミングがよすぎますね。それにしても、行動力すごくて、リスペクトしますよ。”事実は小説よりも奇なり”今後の成り行き、とても気になり期待しておりそして楽しみにしております。
おくぅーんより
- olive kenjiさん からの返信 2020/04/26 22:55:06
- Re: いやーおもしろい
- おくぅーんさん お元気ですか。コメント嬉しいです。
こんな旅行記を書くきっかけになったのは、家のかたずけでしょうか。
家のかたずけしていなかったら、こんなの書く機会が無かったと思います。
おくーんさんも倉の整理をなさって下さい。宝物がいっぱい出てきますよ。
富山は今注目の県です。朝之山関が大関になるし(彼は顔に品があります)、○製薬会社さんはコロナで新薬あるらしいし。㊙だったっけ。それにコロナ対策用ダンボール会社さんといい、やはり富山県人は頭がいいんだよね。
この機会に思い出話をアップしたらいかがですか。唯、4Tが古臭い旅行記満杯になる可能性がありますけど。
おくぅーんさん、コロナに負けず、頑張って下さいよ。
-
- fuzzさん 2020/04/26 19:17:32
- 大学三年のオリケンさん♪
- オリケンさん、こんにちは~
やっぱ、今は懐古旅行記が安心して楽しめます。
この時期に桜を見に行きました~という旅行記だと、大丈夫だろうか・この方バッシングを受けなければ良いな・・などと余計な心配をしてしまうので。
オリケンさん、最近の男性は「草食男子」って言われてるそうですが、オリケンさんは「肉食男子」ですね、って言ったら叱られちゃいますか(;^ω^)
外国人の美人女性訪問の旅・・・
すごいです。今の時代の男性も見習ってほしいです。
若かりし頃のオリケンさん、足が長くてカッチョイイですね!
50年前に海外進出!すごい!
人に歴史あり。ワクワクしました。
すてきな青春の思い出ありがとうございました。
fuzz
- olive kenjiさん からの返信 2020/04/26 22:15:13
- Re: 大学三年のオリケンさん♪
- アロハ~ fazzさん ハ~イ 大学3年生+47年生です。
fuzzさんみたいな有名な4Tメンバーから直接コメントを頂くとは光栄で至りでございます。
私としては岩手も青森も秋田も同じ州で御座いますので、弘前城のお花見がコロナで中止となったと聞き残念でございます。せめてシャープマスクのように抽選お花見参加資格が出来ないかと思った次第です。
私が肉食系ですって!? そんなことないです。
But、目クリクリ兎ちゃんは食べちゃうぞ という感じになりますね。
昔は自分は変態かと思っていましたが、昨年、泌尿器系の手術をしましたら普通の人間に戻りました。
そしたらこの世の中、まったく面白くない世界です。
次の回は野獣がカナダ鹿と遭遇するお話ですので、お楽しみにして下さい。
-
- Takashiさん 2020/04/26 13:14:10
- 懐かしい青春の香り
- olive kenji さん
こんにちは
素晴らしい旅行記を楽しませて頂きました。
読んでいると、若い頃のことを思い出します。
そうですよねー。先輩達もフランス留学の時はシベリア鉄道だったし、
妻の友達がベルギーに行くときもそうだったし。
でも、大学生でヨーロッパ旅行に出かけようという決意は凄いです。
言葉も通じてしまうのですから!
大学生のときから車に乗っていらっしゃったのも尊敬します。車へのこだわりも、良く分かります。私などは、必要に迫られニューヨークで免許を取ったのですが、覚えが悪く、先生にしかられてばかりでした。もっとも先生は私の名前を覚えてくれないので、タクシーと言えといったら、ヘイ、タクシー、まだできんかと言ってました。
それにしても、olive kenjiさんはハンサムで、背が高くて格好良いですね。出てくる女の人も美人ばかり。これからの展開も楽しみにしています。
Takashi
- olive kenjiさん からの返信 2020/04/26 14:20:09
- Re: 懐かしい青春の香り
- Takashi先生 ハンサムなんて御冗談を言っちゃいけません。でも内心めちゃ嬉しくて、アンデスコンドルのように空に舞い上がりそうです。
人生は頂点と下り坂があり、私はこの学生の頃が頂点だったかもしれません。
先生の今は、極地や秘境訪問にビジネスクラスで世界一周など、人生をエンジョイなさっているようで羨ましい限りです。私は未だに貧乏バックパッカーの延長線上です。これはひとえに大学時代の勉学に対する姿勢で変わってくるのかなと思います。このことに関しては3回目旅行記に少し書いています。乞うご期待下さいませ。女性に関することは2回目にて終了ですので期待なさらないで下さい。
美人といえば、モスクワからレーニングラードへの電車の中、金髪碧眼の白人女性の美しかったことを忘れることが出来ません。
どこのお国の方ですかと聞いたらエストニアと返事なさったので、その頃知らなかったエストニア地方に行ってみたいと思うばかりでした。
そのバルトへ行かれた先生はまたまた羨ましい限りです。どうでしたか。
では今から2回目を執筆させて頂きます。
-
- 猫大好きさん 2020/04/26 10:47:30
- olive家は凄いなぁ
- あの時代のひとり旅ってこんなんでしたか?
お兄さんの友人が居たり
おじいさまの知り合いのピカソの?が居たり
訪ねて歩くだけで
壮大な旅行になりそう!
olive青年の50年後どんなかな?
私はこの旅行記の2年後に
ドイツ、フランス、イギリスと旅行に行きましたが
社員旅行で添乗員付き
飛行機はアンカレッジ経由で
狭い座席でしたね~
私も写真を探してみようかな♪
- olive kenjiさん からの返信 2020/04/26 11:43:41
- Re: olive家は凄いなぁ
- jazzママさん お元気ですか。コロナで大変な事になっていますね。
山形藩は今、宮城藩と戦争しているんですか。嫌な時代になりましたね。
祖父も父も兄も視察観光旅行だから会社のお金で行ったと思いますよ。
私はお年玉とアルバイトで稼いだお金で行ったからエヘンです。
ただ50年後の青年はヘタレな、しぼんだ茄子みたいです。
あの当時、社員旅行で海外なんて凄いな。セレブ!
ローマで屋台のピザを食ってたら、ジャルパックの団体様が私を汚い物を見るような目つきで通り過ぎたのを思い出しました。コノヤロー
コロナでどこも行けないんだから、ママも写真を捜して、旅行記を作ってはいかがですか。ただアナログ写真を旅行記にアップするのが面倒なんだな。人に教えられても、すぐ忘れるし。
コロナにやられる前に自分史作りましょうか olive kenji
-
- ほいみさん 2020/04/26 08:41:12
- かっけ~・・・!
- >日本にいる時、スゥエーデンに行くと黒髪の日本人は金髪女性からもてまくりだと週刊平凡パンチで読んだ。
あった、あった!
五木寛之の「青年は荒野を目指す」も刺激的だったなぁ・・・当時の青少年には。
いや~・・かっこいいですね、olive青年!
海外で女性を訪ねていくのは、言葉の障害?もあって「かなりの気合」と「ほんの少しの下心」が必要・・・さすがです。
私が同じ様なコースでヨーロッパに行ったのは4年後の1977年でした。当時でも「海外ひとり旅」は珍しかったし、家族や友人には「必ず帰って来るんだよ・・」などと心配されたものです。
隅から隅までじっくりと拝見してしまった旅日記は久しぶり。続きを楽しみにしてます。
ほいみ
- olive kenjiさん からの返信 2020/04/26 09:14:05
- Re: かっけ~・・・!
- そうですね~ 下心は成就しなかったですね。テヘヘ
バックパッカー大先輩ほいみさんの旅行記を見ながらピンと頭にひらめきました。旅行へ行けない時は、古臭いカビ生えたのでもいいから旅行記に仕上げるのだと。安上がりな旅行記です。
ただ アナログ写真をCDのデジタル写真に換えるのに金かかりました。3,300円
しかしながら映像は全然鮮明になってないではないか。泥棒カメラのキタムラ!
コロナで死ぬ確率94%の私は自分史残すつもりで書いています。
ただ、色々な事がどんどん思い出して来るから写真20枚以内旅行記で収めるつもりなのに困っています。
次回旅行記は本命が出て来ますのでお楽しみに・・・see you~
-
- aoitomoさん 2020/04/25 23:00:36
- 素敵な思い出がたくさんあって・・流石です!
- olive kenjiさん こんばんは~
往年のolive kenjiさんのお姿拝ませていただきました。
こんな若い頃から自由に世界を飛び回っていたのですね~
それにしてもスマートでかっこよすぎて、さぞかしモテたことでしょう。
たくさんの女性とお知り合いになれて羨ましいかぎりです。
確かに旅で知り合った女性は男としていつまでも記憶に残るものですよ。
しかし、私なんて微々たる数です。
この旅行記に目が止まって連絡があったらうれしいですね~
表紙の写真を彼女らの写った写真にした方が連絡の確立が高まるかもしれませんよ。
貴重な写真楽しませていただきました。
aoitomo
- olive kenjiさん からの返信 2020/04/26 06:05:38
- Re: 素敵な思い出がたくさんあって・・流石です!
- 旅行の神様 aoitomoさま 大変ご無沙汰しております。
久しぶりに投稿に初っ端のコメントを頂き嬉しく思っています。
こんな古い旅行記を書くようになったのも、コロナであの世に行く前に自分史を残そうと思ったのかもしれませんね。
断捨離しようと思ったのに、古い写真や切符やメモなどや、リュックサックまで
出てきたので、作業中止。中々こーいう物は捨てられないです。
書いている内に、どんどん思い出が蘇ってきます。ボケ防止には有効かと思った次第です。
半年に及ぶ旅行を4冊で仕上げようとしていますので、かなりインパクトの強かった思い出を抜粋しようと頭をひねっています。
捜し人を4Tでしても難しいと思いますが、以前コルチナの旅行記で、写真に写っていた見知らぬおじさんを捜していたら、連絡がとれたのだからビックリポンでした。4Tの威力もあなどれないですね。
今から続きを書いて行きます。また寄って下さい。olive kenji
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