2012/06/09 - 2012/07/03
1030位(同エリア37083件中)
Siniさん
2012年、長期休暇を取れるようになって2年目。久しぶりにフランスを旅しました。
最初の5泊はパリにアパートを借りましたが、途中、一泊二日でルーアンの友人リンを訪問。その後はモンサンミッシェル、ブルターニュ、ボルドー、ルールド、トゥールーズ、カルカッソンヌ、ペルピニャン、友人宅、ル・ピュイ・ド・ブレイ、リヨン、そしてパリへ戻る、と言う計画です。
といってもフランスは何度か来ているので安全と思い、宿は混雑が予想される観光地以外は現地調達というちょっとした冒険をしてみることにしました。またツアーに参加する時はなるべく現地で選んで参加という風にしました。
しかし田舎の方へ行くと公共交通機関がないところもあるようでこれは現地に行ってみないとなかなか様子がわからないという所もあり、考えてたより冒険になってしまいました。
地図上で見ると左回りにフランスの外側を回った感じになりました。
この年、ユーロのレートは105円前後で、とても旅行しやすかったです。尚、既に8年前のことなのであやふやなことも多く、かる~く読んで頂ければ嬉しいです。
写真はボルドーでいただいた大西洋の牡蠣
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6月9日
サンラザール駅からルーアンへ向かいます。パリは地方へ行く時の方角によって始発駅が変わるので、そこがちょっと面倒です。 -
パリから約1時間半弱でセーヌ=マリティーム県ルーアン(人口11万)に到着しました。ルーアンの駅です。パリの北北西。
友人のリンと再会。 -
ルーアン駅前のジャンヌ・ダルク像です。
そう、ルーアンはジャンヌ・ダルクがイギリス軍によって処刑された地です。 -
14歳だったジャンヌ・ダルクは英仏戦争での連敗でやる気を失っていたフランス軍を鼓舞しようと立ち上がり、兵士はその勇気に感激し一時英国軍を負かしました。
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ジャンヌが囚われたルーアンの塔
イギリス軍に囚われたジャンヌは、5ヶ月間塔に幽閉され、半日の拷問で火炙りの刑に処されました。 -
当時は12の塔があったらしいのですが、残っているのは4つの塔。この塔は実際にジャンヌが拷問された塔だそうです。
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1431年5月30日、ここでジャンヌは火あぶりにされたそうです。中央の白い目印。ジャンヌ・ダルク教会前です。
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ジャンヌ・ダルク教会。第二次大戦でドイツ軍により爆破された教会の跡地に、1979年に作られました。
ここでリンの友人に会ったら、老若男女、両ほっぺにキスをしてくるので驚きました。はじめてなので一回ずつ。親しくなると三回ずつ!握手は他人行儀なんだそう。これでは新型コロナウィルス にすぐ罹ってしまいそう! -
ルーアンの古い町並み。時計塔と大聖堂が有名です。
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ルーアン大聖堂の中。静謐な雰囲気です。
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大聖堂の近くのレストランで食事をしました。
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代表的な家庭料理、ポトフ。これをフランスで食べたかったので。お味は普通でした。
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友人のリンのアパートは旧市街にあり、階段も床も結構曲がっていました。
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小さなワンルームのスタジオなのですが泊まっていくよう強く薦められ一泊。
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ジャンヌ・ダルク教会に隣接する市場で買ったフレッシュチーズ。これは絶品でした!中身はとろ~り、スプーンですくっていただきます。
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6月12日
モンパルナス駅からTGVでレンヌへ。そこからバスに乗り換えて約80分、モンサンミッシェル(ノルマンディ地方)の対岸の町へ行きました。バスの乗客の半数が日本人観光客でした。 -
かつてはサン・マロ湾の孤島だったこの島も、500年に及ぶさまざまな人工の手が加えられ、干潮時には砂浜、満潮時でもちょぼちょぼと海の川ができるくらいになってしまって昔の孤島の面影はありません。
以前は車で島の前の駐車場まで行けたようですが、2012年は、既にシャトルバスか徒歩でしか橋を渡れないようになっていました。これから潮の満ち引きで自然に海ができようにする、と言っていました。 -
サン・ミッシェル修道院を見て、ちょっと横道に。あれ?ここは行けるのかな?とのぞいているおばさんを覗く私。
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こんな狭い道。恐る恐る通って行くおばさん。ついて行く私。
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振り返ってみるとお土産やさんの真ん中のこんな階段道でした。
ここはメインストリートで観光客が溢れていました。 -
12日の宿泊は対岸のメルキュールホテル。
13日はこちら。有名観光地なのでこの二日間は日本で事前に予約して来ました。 -
あのオムレツで有名な島の中のレストラン。の上にある、ラ・メールプーラールホテルです。
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部屋の窓からは修道院が見えます!
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偶然にも1931年に高松殿下妃殿下がお泊りになった部屋なのだそうです。一泊プラス朝食22Eで約22200円。
ホテルは古い。設備もかなり古くバスタブはあっても使えず。かなりの割高感。喜んで泊まっているのは日本人ツアー客ばかり。(夜は数人のツアー客と部屋飲み宴会をしましたが、私の部屋が一番良い部屋でした) -
しかし島に泊まればモンサンミッシェルに来た気がするというもの。
しかも部屋から尖塔の金ピカ大天使ミカエル像が見えます! -
朝になると部屋の窓からは修道院へ横から登って行く早朝観光客が見えます。
夕方は5時くらいには門が閉まってしまい島から観光客はいなくなりますが、朝は開門が早いみたいです。 -
何故島に泊まったかと言えば、観光客が引けた後の静寂な島を歩くためです。
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レストランは観光客に合わせて早めにしまいますが、ほら、修道院の影が引き潮で砂地になったところにできています。
珍しいでしょ?気分はハイ。 -
時間に余裕があったので島を一周するツアーに参加できました。
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ネットでは参加できるツアーがなかったので、直接ガイドさんに電話して、デンマークの乳製品会社のフランス支社の人たちのツアーに入れてもらいました。
で、この時は気付かなかったのですが、皆さんショートパンツ姿。 -
こんな風に歩いていきます、と少し小太りのガイドさん。
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あ、ここは潮が早すぎて渡れないなぁ、ぬかるなぁとガイドさん。
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えーと、ここは大丈夫かな?
必ず僕の後についてきてね、って知らなかったです!!
途中から潮が満ちてきて、ズボンの裾をたくし上げ、みんなで転ばないよう一列に手を繋いで海を渡りました。
かつては湾の遠くから浅瀬を巡礼者が歩いて渡ってきたそうで中には海に呑まれて亡くなる人もいたという危険な海の道でした。 -
そして夜10時、こんな風に砦の外に出て間近にライトアップを見られました。
島に宿泊も良かったですが島一周のツアーは島の裏側も海から見られて大満足。 -
翌朝のホテル。壁には宿泊した有名人の額縁がたくさんありました。
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朝食はこんな感じでした。
昨晩宴会をしたツアーの皆さんは早朝に立たれていました。 -
6月14日
バスでレンヌに戻りそこからTGVでオーレイまで。オーレイから再びバスで海岸線へ50分。小さなカルナックという村(人口4千人)に到着しました。 -
ホテルに荷物を置いて早速散策。心癒される!
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ステキな小道。
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さすがブルターニュ地方。地の果てに来た感がしました!
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うわ!なんだか前年に行ったアイルランドのディングル半島を思わせますねー。
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カルナックには巨石群があります。
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すごくないですか?
メンヒルと呼ばれる列柱石です。総数2792個あるとか。 -
ドルメンも。
紀元前2000~5000年くらいのものだそうですが、何に使われていたかまだ不明だそうです。 -
町に一軒の小さなビオスーパーではアーティチョークを売ってました!季節を感じる!
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昔風なトランに乗って隣町のラ・トリニテ・シュール・メールへやってきました。
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美しいヨットハーバーが有名な小さな町でした。が、近くには大西洋岸を守備している海軍基地もあるそうです。
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小さな市場はもちろん魚貝類中心です!
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ランチはまずは大西洋の牡蠣を食べました!これは普通。期待が大きかったか?
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それからホタテの料理。ホタテが小さい!養殖じゃないんですね、きっと。
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6月16日
カルナックからバスでオーレイへ、そこからレドン経由で、ナントで電車を乗り換え、ボルドーまで約6時間の移動でした。車窓からはただただ草原、牧草地、ときどき牛。ときどき村。そしてその先はずーっと大西洋でした。
ボルドーはガロンヌ川沿いの町。大航海時代には、アフリカや南米から珍品を積んだ船で賑わったといいます。
まずツーリストオフィスへ行き、「ディスカバーボルドー」(宿2泊、ワインツアー、トラム回数券10回付き、ボルドーワイン付き)のお得なパックに参加することにしました。 -
ガロンヌ川、大きい!この橋はボルドー(ジロンド県、人口24万人)で最古の橋、ポン・サン・ピエール。
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ボルドーは世界遺産の町です。ガロンヌ川沿いのこのブルス広場は有名ですね。18世紀に20年かけて作られました。そこに水の鏡(ミロワール・ドー)が作られたのは2006年のこと。
時々水かミスト?が銀色の穴から上がります。コンクリートの浅い水場(2cm)で鏡のような水面と霧に包まれる空間ができる美しい広場です。 -
シンメトリーの建物がステキです。
今日は暑かったので多くの人が裸足で水を楽しんでました。 -
6月17日
翌朝はボルドーのシティツアーに参加。ここでスイスの製薬会社に研修に来ている日本人女性4人グループと知り合いました。 -
ボルドーの街中の同じように古い建物ですが、左は、三階から上はそのまま。右は綺麗に洗った建物です。いずれ全ての建物の汚れを落としたいそうです。
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11世紀創建のサン=タンドレ教会。
サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路の一部です。 -
表紙の写真です。ツアーの後、知り合った4人と食事。同じツアーに参加してたアメリカ人おすすめのレストランにて。
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5人だと色々頼めて少しずつシェアできて良いです!どれも満足な品でした。
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18世紀の織物商人の豪邸や装飾美術館、アキテーヌ博物館などがあり拝見しました。
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このワンちゃん。微動だにしませんでした。
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お得なパックに付いていた二つのワインシャトー訪問ツアー。まずはブライ地方の「シャトーセゴンザック」。2000年に父親が購入し今は義娘が経営している新しいシャトーを訪問しました。
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こちらはブール地方のシャトーで、89歳の祖父母、子供夫婦、孫娘夫婦の三世代で経営している古くからあるシャトーです。
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ワインをボトル詰めしているところ。家内手工業的でした。
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ワイン樽見てるだけでうっとり。
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こちらがオーナーの住むシャトー。シャトーはお城と言う意味ですがワイン業界では醸造所もシャトーと言うそうです。(うる覚え)
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お得パックについていたボルドーワイン。
お得パックのホテルはIBISでした。近代的大型ホテルでパソコンが自由に使えたのは良かったですが、キーボードの並びはフランス仕様。使い辛かったです。 -
三日めの夜はボルドー駅前のホテルに移動してきました。
世界遺産のボルドー旧市街からは1.6キロほど離れています。なにせ明日は早く移動しなければなりません。 -
6月19日
朝7時台の特急でボルドーを立ち、目指すはスペインとの国境にあるバイヨンヌ。最終行き先はフランス領バスク地方のアイノア村。
行き方がどうしても分からず、メールに返事がなかなか来なかったので、昨夜ついにホテルに電話をしたところ、公共交通はないのでタクシーで来てくださいと言われました。ガックリ。
その後、メールで14時にバイヨンヌから出るバスがあるので前日17時までに予約してください。と来ました。もう当日ですから遅過ぎです!
行きは既に無理なので帰りのバスの予約をしました。携帯が通じる時代に旅をしていて良かった!と思いました。しかしバスはなんと1日一本しかありません!! -
ミシュラン1つ星のレストラン付きオーベルジュ「シャトーホテル イッソリア」。アイノア村にあります。一人ではなかなかオーベルジュに泊まれないので、この機会を逃したくありません!
タクシーで60ユーロ。約30分ほどで到着しました。 -
二階の左の窓の部屋に滞在。
しかし明日は9時のバスに乗って帰るので今日一日何をしょうか?となり、小さな村を一周した後、まずはスペインとの国境近くの小さな村へ行くことにしました。 -
途中で親切な村人が車で送ってくれました。この方が送ってくれなかったらどうなっていたのでしょう?というか一人旅の時は通常は見知らぬ人の車に乗せてもらわないですよね。全く不思議。
ここはかつてのフランスとスペインの国境です。今はEUになり無人です。 -
さて降ろしてもらったところでお巡りさんに道を聞いたら、スペイン語でした!
ショッピングセンターはスペイン領でした。とりあえずバスも何もないというので3キロほどだし、ピレネーの山道を歩くのも楽しそうと歩きはじめました。 -
感を働かせながらピレネー(バスク地方)の山道(といっても車道ですがあまり車は通りません)をどんどん行きます。
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ステキな木がいっぱいありました。
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はい、到着。中世、魔女狩りがあった小さな町。名前はZugarramurdi、道を聞くときは早口で「スガワラマルコ」というと通じて指差して教えてくれました笑笑
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そこには鍾乳洞もありました。
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ちょっとこわごわ中を見学しました。ちょうど幼稚園の子供たちも来ていて良かったです。
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帰りはどうしょうかと思案しながら開いていたバル兼売店みたいな所で一休み。スペインだからサンミゲルビール。
このビールがとても大きなグラスのようだったので「1ユーロで飲めるだけください」(こういう時は1ユーロを持って、日本語で言います)とお願いしたらこんな風に小さいカップに入れてくれました。 -
帰りは国境まで3キロ、さらにオーベルジュまでは3キロはありそう。
この日、結局10キロは歩きましたので夕食は全て美味しくいただきました。夕食は8時からでこの日は5組ほどしか客がいなかったです。 -
オーベルジュのロビーは落ち着いた雰囲気。
レストランに10人はギャルソンがいました(多すぎ!)が、英語を話すのは2人くらい。一人食の私を気遣って色々話しかけてくれますが、静かに味わいたいのよね。
食事の写真は恐れ多くて撮れず。しかし撮っておくべきでした。何をいただいたか、記憶にないです。 -
ホテルの部屋はこんな感じでした。
ところでこのアイノア村はフランスで最も美しい村の一つと言われ、13世紀に巡礼者の通過道として作られた村だそうです。
翌朝の朝食のバターが特筆すべき美味しさでした。手抜きのないところがミシュラン高評価なのかな? -
6月20日
朝9時に来たバスは大きめのバンで予約制。この日は私1人のために来てくれたのですが、料金はなんとたった3ユーロ、315円ほどでした。
バイヨンヌ(ピレネー=アトランティク県、4.4万人)ではバスク博物館などを見て、バスクの歴史を少し学んでから次の目的地、ルールドへ向かったのでした。 -
移動が続き疲れていたので、ルールドについたらなんだかホッとしてしまいここに4泊しました。
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ルールドの街並み。
なんと年間6百万人のキリスト教者が訪れるあの奇跡の水の湧くルールドです。 -
マリア様が現れたのは少女ベルナデットの前。
彼女の父の家と言われている小さな家が残っていました。 -
早速、マサビエルの洞窟(サンクチュアリと呼ばれています)へ行ってみました。洞窟の上は巨大な教会が建っていました。
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マリア様が現れたと言うその岩からは清水が滲み出ていて、並んでいる皆さんはその清水を額に当てたりしていました。
そばに沢山の水道の蛇口があり、誰でも自由に水を飲むことができます。私も4日間利用させてもらいました。
他に病の重い人や希望者には沐浴できる場所がありました。 -
日曜日のインターナショナルミサが行われているサン・ピエール教会。
まさかのこんな大きなミサが行われる教会が地下にあるとは思ってもみませんでした。
このところ気温がぐんぐん上がって30度を超えてきていました。年中世界中から来る信者を収容してミサを行える場所は必須だったですね。この日はざっと見たところ2万人くらい??のミサで、圧巻でした。これで観光シーズン前ですからね。 -
川のそばに、緩やかに山に登るにつれて、キリストが重い木の十字架を持って歩いたゴルゴタの丘を追体験できるような小山がありました。
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1900年に建設されたケーブルカー(フニクラ)で、ル・ピック・ドュ・ジュール山(95m)登りました。
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ルールドの街並み。左手上がサンクチュアリです。
ルールドではフランス人と結婚した日本人女性Hさんと知り合いになり彼女の悩みを長いこと聞いてあげました。嫉妬深い夫を持つと大変なのね。 -
ルールドの街並みの反対側は2500~3500mのピレネー山脈です。
と、突然のスコール! -
山頂のレストランに避難。サラダは野菜たっぷり。
ルールドの人たちは他の観光地とは全然ちがって、みなさん異様に親切です。このレストランでさえ、一人旅の私になんやかんやとジョークを言ったりして面倒をみてくれました。(ジョーク、全然理解できませんでしたけど) -
ルールドのホテルは簡素で清潔。信仰の町なので華美さは全くありません。たしかマサビエルの洞窟(サンクチュアリ)から600m以内にあるホテルは無税だそうです。
簡単な朝食付きでした。
まだ夏休み前なのでホテルの半分くらいは閉まっていました。 -
ランチやディナーは時々スーパーで買ってきて部屋食。専門店で買ってくるスイーツが素朴でとても美味しいかったです。
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6月24日
ルールドでしっかり休んだので、予定通りトゥールーズ(オート=ガロンヌ県、47万人)へ移動。ここは事前に現地日本語ツアーに申し込んでいました。1人245E(25,725円)と日帰りツアーにしては高いのですが、車でしか行けないような小さな村へ行くツアーがあったので申し込みました。
ホテルは同じツアー会社に予約をお願いしたのですが、さすがプロです。お値段は1泊1万円を切っていながら、安全、便利、清潔、美味しい朝食と言うことなし。更に、エレベーター付き、二重窓、冷蔵庫付き。うるさいドイツ人観光客も満足する二つ星ホテルでした。以後私のホテル選びの基準となっています。市庁舎近くのホテルアルベール。
6月25日
この日の参加者は千葉県八千代市からご参加のご夫婦と私だけでした。バンでまずは山の中のコンク村へ。 -
コンクのサント・フォア教会のファサードは有名な天国と地獄絵図です。
4世紀、わずか12歳で殉死した聖女フォアに捧げられた教会です。 -
右が地獄、左が天国。それまで無口だった男性のガイドさんが突然、「僕がコンクで一番好きなのはこの教会のタンパンのサンミッシェルだ」と色々語り始めました。
コンクは山の中ですがひっきりなしに小型観光バスが来るような観光地です。ここは中世からサンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の旅の途中になっています。 -
コンクでのランチはガイドさんオススメの地方料理のソーセージ(Alligot)。
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デザートは安定のクレームブリュレ。16Eのコースでした。
無口なガイドさんが珍しく楽しそうにおススメしてくれたりすると惹きつけられるものです。ランチとしては軽くて良かったです。 -
二つ目の村はジブリ作品「天空の城ラピュタ」のモデルとなった村、コルド・シュル・シェル。
雲が出でいるとまさしく「天空の城」なんだそうです。ということで村へ入る前に写真撮影してから村巡りをしました。
少人数だしガイドさんが無口だったこともありとてもゆったりのツアーでした。 -
6月26日
カルカッソンヌへ来ました。急行がとても混んでいました。そろそろ夏休みに入るのかな?連日35度くらいでしたが乾燥しているので座っていれば汗はあまりでないです。 -
シテ(城塞都市)には全長3キロの城壁と52の塔があります。最初の塔は紀元前3世紀のものだそうです。
駅のある新市街からはオード川にかかる古橋を渡って旧市街へ来ます。 -
中世にはローマ教皇によって派遣されたアルビジョワ十字軍の拠点ともなったカルカッソンヌの城塞都市です。
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カルカッソンヌ、シテ 昼間
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カルカッソンヌ、シテ 夜のライトアップ
この時期、夜9時でもまだ明るく、ライトアップは10時頃から。この写真は11時頃撮影したものです。 -
カルカッソンヌのお城の近くのレストランでは、地元の名物「カスレ」をいただきました。鴨、ガチョウ、または豚肉をいんげん豆と煮込んだ料理です。もともと豆はあまり得意ではないので、あー、豆だ、くらいの感想でした。
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6月27日
カルカッソンヌでとても評判の良いB&B。最初の宿がイマイチだったので探していたら、一泊しか空いていなかったのですが、あまりに評判が良いのでリサーチに宿泊しました。 -
部屋は広々として雰囲気が良いです。
白い木目の木の床がときどき音を立てました。18世紀の建物ですからしょうがないですね。 -
インテリアもセンスが光ってました。
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バスルームもゆったり。
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宿の庭があまりに美しくて。
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スケッチなどしてみました。風が強くて涼しいけれどスケッチブックが飛んでしまう!
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この庭でお茶をできただけでもすごく癒されました。
オーナーのルイさんは超イケメンでとても親切にしていただきました。しかしあの古い家全部をあれだけ清潔に保つのは大変なこと。今回一番の信じられないくらい潔癖的な清潔さでした。 -
6月28日
ナルボンヌで乗り換えてスペインの国境と地中海に近いペルピニャン(ピレネー=オリアンタル県、28万人)に朝10時過ぎ到着。駅から見て右手の一番駅に近いホテルテルミニで、今日は空き部屋ありますか?と聞いてみたら、なんとOKとのことで荷物を置いて早速出かけました。
ローカル電車で40分、プラド駅到着。周りには何にもないです! -
こんな道を3キロほど。あの塔が見えてからが長がったのです。この日も気温は30度超え。周りは森だけれど道路に木陰なし。
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ガイドブックでも公共交通手段なし、だったし、少し期待していたのですが、最寄りのプラド駅にはタクシーもいなくて。プラド駅の駅員さんは詳しく教えてくれましたが地図などはなくて。
更に途中に標識もなくて、工事中の人から庭にいた人からとにかく聴きまくって、延々と歩きました。
到着したのはサン・ミッシェル・ド・キュクサという古い修道院。 -
汗だくで到着。着替えをして、2時間ほどマッタリしました。観光客は皆さん車で来ています。歩いてくるなんてもの好きは私だけでしたね。
しかし車だとあっという間に着いてしまってこの修道院の元々の、山の奥、人里離れた、この世の果てといった感じは体感できなかったように思います。 -
そんなわけで十分休憩した後同じ道を戻り、電車に乗りペルピニャンへ。その夜はホテルは大賑わいでしたが爆睡していたので翌朝うるさくなかったですか、と聞かれても何のことだか。
ペルピニャンは今はフランス領ですがカタロニア文化圏。またアフリカに近いこともあり、イスラム教徒も多い感じ。駅の反対側には新しいショッピングモールが出来て急速に近代化=どこも同じような街、になりつつあり残念でした。 -
6月29日
ペルピニャンから電車でベジエへ。そこからバスで空港へ。ここの小さな空港で待ち合わせをしていました。イギリスから友人Wが来て、ここに住んでいるWの夫の兄アントニオと無事合流できました。
写真はアントニオの家です。もともとは12世紀ごろ羊飼いの小屋だったものを17世紀頃増築して納屋に。その後4家族が住む家だったそうでそれを購入して住んでいます。隣とは900m離れているとかで、周りは葡萄畑です。最古の部分は12世紀って、建仁寺くらいの古さでは?凄すぎる。 -
4家族が住んでいたというだけあって、二階も広々としていました。
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二階への階段。
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庭にはイチジクの木があって、ちょうど初夏の収穫時。毎朝木から直接熟したのをもぎって食べました。超美味!
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庭の手入れに専門職を雇っているそうです。道理でとても綺麗。
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アントニオはオランダ人の妻とロンドン、ベルギー、ノルウェーで仕事をしていましたが、今は引退してアーティスト(画家)です。
しかもここへ辿り着くまでがまたすごいんです。まず妻が3人目の妻。ロンドンは家賃が高いので古い船を買い、少しずつ修理して住んでいたそう。そのまま30年船上暮らし。オスロで引退し、航海しながらフランスへ来て、運河を南下、地中海へ着いた時にとても気に入り定住を決めたのだと。 -
ヨーロッパでは古くてかつ手を入れて美しくしたものは付加価値が付き高価で売却できるそうで、彼らの船はかなりの値段で売れたらしい。
今はこの家にお金を注ぎ込み、高い値段で最後は売って老人ホームに入るつもりなんだそうです。この家に住んで既に15年くらいたって、アントニオは80歳近くなっていました。
最初に庭に作ったのがこのプールだそう。 -
で、プールで泳いでいると葡萄畑で仕事をしているトラクタの人から丸見え、ということですぐにもう少し土地を譲ってもらったそう。
今はプライバシー保護のための柵もあるし、さらに周りの葡萄畑も購入したんだそうです。うーん、話のスケールが違います。 -
反対側から元は納屋だった家の方を見てみるとこんな感じ。
この日も35度と暑かったのでみんなで泳ぎましたが、プールの中央部は2m!足が届かなくて慌てました。 -
愛犬。大人しくて人懐こいマヤちゃん。人間歳で100歳くらいとか。
2020年現在もアントニオはまだぶどう畑の中に住んでいるそうです。2度救急車を呼んだ、とか、妻は車の運転をやめたとか。 -
さて、前々回の2001年の旅ではイタリア側からニームまで来た時に時間切れになりパリに戻ったので、なんとかその続きの旅をしたかったのですが、、、
地図(ピンクの線)ではニームからセヴェンヌ山脈を横断する線路はあるものの、最寄りのセートの駅で聞いても、アントニオのパソコンで調べても、どうしてもその線路で北上することができません。 -
7月2日
しょうがないのでセート(ここはリンおすすめの美しい避暑地でした。エロー県、43万人)駅から特急でリヨン経由で、この旅の最終目的地へやって来ました。
途中ニームで列車が間違った線路に入ってまい(!?)1時間半も遅延してリヨン駅に着き、直行電車に乗り遅れ。目的地に着いた時には夕方でとりあえず宿で寝るだけとなってしまいました。 -
7月3日
町の至る所から見えます!あそこを目指してレッツゴー! -
朝一番で到着!
良かった!門が開いていました! -
途中から牧師さんが登ってきて色々教えてくれました。
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崖の上の教会の内部。
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頂上から周りを見るとこんな感じ。偶然にも大天使が翼を広げたような雲が広がっていました。
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階段を降りる途中。周りの景色を写しました。
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地形的に面白い!火山活動で噴火したマグマがそのまま固まったようです。同じような小山がいくつか見られました。
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途中にこんな地図が。昨年アイルランドとイギリスへ旅したので、よし、次の旅はイタリアにしよう、と決めた瞬間でした。
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振り返ってこんな教会、誰だって登ってみたくなりませんか?
ここは中央山塊にあるル・ピュイ・アン・ブレイ(標高630m)の町。オート=ロワール県の県庁所在地です。
中世サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼の出発点の1つです。そしてこの岩の上の教会がサン・ミッシェル・テギュイ教会です。 -
午後の電車でリヨンへ戻ってきました。リヨン(リョン県、50万人)を少し観光し、夜は、昨晩リヨン駅で偶然知り会った日本人留学生のかなちゃんとリヨンで夕食。食の町として有名なリヨン。かなちゃんは元シェフだし、2人ともすごく期待していましたが、普通でした。
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リサーチ不足だったかな。
今回の旅は沢山の日本人に出会いました。一人旅、ツアー客、定住者、仕事できている人、それに留学生と。いろんな方とお茶したり食事をしたりバーへ行ったりとお陰で楽しかったです。
さすが観光大国だけあって危険と思われるようなところが全然なかったです。旅人が多い訳ですね。 -
ブルターニュの道、ピレネーの山々を見ながらの道、それに炎天下ひたすら修道院を目指して歩いた道、そういった「道」が好印象に残っています。
さて旅は、パリ滞在編に続きます。
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