2020/03/29 - 2020/03/31
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xiaomaiさん
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台湾で暮らして23年になるが、台湾本島以外に行ったことはなく、今回初めて澎湖を訪れた。忘れられない充実した3日間が過ごせ、台湾の美を再発見する旅となった。
- 旅行の満足度
- 5.0
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泊まったホテルはティッシュで行き先ボタンを押すようになっていた。澎湖には台北のような新型肺炎ウィルスへの緊張感はなく、マスクをしている人さえほとんどいなかった。そんな中、台湾本島からゲストが訪れるホテルだけは、台北のように衛生環境に非常に気を遣っていた。
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澎湖での最後の朝食
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サラダの他に......
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澎湖ならではの海鮮麺や
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サボテン果汁入りの食パンを食べた。このホテルのパンは今ひとつだったけれど、このパンだけは好んで食べた。
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食後、チェックアウトをし出発。ホテルのすぐ近くにある魚市場(前を通り過ぎただけで内部には入らず)。
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今回の旅で何度も脇を通った、澎湖の「東京タワー」。
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島郊外の各所で、一頭だけでのんびりしている牛がたくさんいた。
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まずやって来たのは、隘門沙灘。
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ハワイに来たのかと思うほどの美しさ。
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海水浴にはまだ早い時期だったから、誰もいなかった。最高の贅沢。
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生命力のある木。
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浜を望みながらブランコを楽しむのもよい。
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隘門沙灘すぐそばの澎湖國軍忠靈祠。
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華航525空難紀念碑。2002年5月25日、桃園空港から香港へ向かうはずだった中華航空611便(ボーイング747-200、使用期間22年8ヶ月)が、澎湖諸島の北東約18Km付近の海上約10,640mの高さで空中分解して、乗客206名と乗務員19名が全員罹難し、台湾国内最大の航空機事故となった。マニュアルに沿った修理をしなかった結果だと分析され、また機体の老化が原因だとされた。この事件をきっかけに中華航空は所有する同機体をすべて手放した。犠牲となった遺体の約2割が発見されていない。合掌
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さらに歩みを進めて......
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日本抗戦に勝利したことを記念する碑。しかし、それは戦後に改められたもので、日本時代、ここにあったのは「明治二十八年海軍聯合陸戰隊上陸紀念碑」。
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昔ながらのサンゴを積み上げた塀。
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形の揃わないサンゴをうまく積み重ねている。
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台湾本島では見られない光景。
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誰もいない林投公園でしばしのんびり。
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香港の有名なベテラン歌手である劉徳華をモデルに描いた理髪店。
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湖西郷の道をひた走る。
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途中でこの屋台を見つける。一度は通り過ぎるも、お腹が空いていたので、引き返し昼食として購入。
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上記の屋台のおばさんに薦められて、近くにあったこの店でドリンクを購入。
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澎湖名産の風茹茶もあった。
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買った昼食を手に、向かったのは北寮漁港。
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購入した花枝丸。澎湖名産のイカボール。台湾本島でもよく食べられているけれど、澎湖のはひとしおおいしかった。
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スライスしたサツマイモを揚げたもの。これもとてもおいしかった。
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そしてこちらは冬瓜風茹茶。微糖にカスタマイズしてもらい、この上ない美味しさだった。
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その後、原付を飛ばして行ったのは、奎壁山摩西分海。夏になると、多くの観光客が訪れ、子供たちがヤギにまたがって写真を撮るのだろう。
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亀もいた。
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澎湖地質公園・奎壁山
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奎壁山摩西分海を日本語に翻訳すると、「奎壁山モーゼの海割り」。モーゼが海を割ったのと同じ光景が眺められる。
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日本の西伊豆堂ヶ島公園三四郎島でも同じような現象がある。
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引き潮の時間帯、画像に見える島まで歩いて渡れるようになる。
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しかし、行った時間は渡れなかった。この日は午前中であれば渡れた。下調べをせずに行ってしまったのが後悔される。
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渡れなくても、この光景を見ているだけで十分満足。
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世界で最も美しい海湾。決して誇張表現ではない。
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ここもベストショットポイント。
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奎壁山に登ると、「無敵」の景観が望めるというので、行ってみた。
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山といっても、決して高い山ではなく、高齢者でも特に足が悪くない限り大丈夫。
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宮崎駿監督の作品の舞台になりそう。
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特異な構造の木。
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頂上まで登ると、軍の施設がある。
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確かに「無敵の」広い海の景色が望める。
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黄色いサボテンの花、青い海、緑の大地
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「モーゼの海割り」を歩いて渡っていく人々をここから見るのもいいかもしれない。
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来た道を戻り、イカボールとサツマイモフライを買った屋台を再度訪れた。
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再度、イカボールを買い、さらに画像のかき揚げボールを購入。
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近くに小さい公園があったから、そこで食べていると、道の反対側から犬登場。
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ゴールデンレトリバー(系のミックス?)がそばにやってきて食べているイカボールをじっと見ていた。ゴールデンはおとなしくていい子が多い。いつかまた飼えるかな......。
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別れ際、ちゃんとお見送りしてくれた。また澎湖に来たとき、会えるのを楽しみにしているよ。
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空港の近くに屯していた牛。
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原付を返却し、馬公中心部を散策。
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馬公陰陽堂。元は顯靈廟と言い、清朝道光帝の時代に創建され、明治時代の1907年に改めて建造された。日本時代、これを取り壊し、憲兵隊の建物に改めようとしたものの、祀られている白衣吉神が何度も現れ、結果壊されることなく、その後も残ることになったと言われている。昭和2年に再建され、台南の開基陰陽公廟から金の神像を移し、それ以来現在の名称である陰陽堂となった。
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今回の旅が安全だったことを感謝すべく、旅の初日にも訪れた天后宮へ。
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媽祖は中国から台湾へ渡ってくる人々の航海安全を守った女神。無事に台北へ帰れるようお願いした。
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清康熙年間に施琅が率いる艦隊が澎湖へ遠征し、明鄭海軍と交戰した際,台風に遭った。多くの船は無事福建に戻れたが、一部は澎湖に流れ着いた。天后宮の東側に荒れた井戸があったので、施琅が人に整備させると、豊かな水が湧き出し、兵馬の喉を潤すことができた。これをもって「萬軍井」と呼ばれる。国家三級古跡に指定されている。
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蓋を開けると、まだ水があった。
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中央老街にいた猫さん
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ここが澎湖で最も古い繁華街
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中央街にある四眼井は澎湖で最古の井戸。深さが5.6メートルあり、一年中豊富な水を湛えた。国家三級古跡。
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先ほどとは異なる丸々太った猫さん。
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澎湖最後の食事をとることにした。
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海鮮麺。牡蠣が少なくてちょっと残念。
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タイワンサワラの揚げ物。前日の晩にホテルで食し、感動したから再度食べた。でも、ホテルのレストランの味には及ばず。澎湖のメインロードではなく、漁港に近いエリアに数軒あるシーフードのレストランへ行けばよかったかもしれない。
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漁港を歩く。
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漁のための船だけでなく、観光船も泊まっていた。後方に見えるのが宿泊したホテル。
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イカ釣船
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いよいよ楽しかった澎湖と別れる時が来てしまった。
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離陸後、1時間もしないうちに台北の夜景が目に飛び込んできた。媽祖の御加護があり、無事に台北松山空港に到着。
台湾の美しさを再発見し、新鮮なシーフードを食し、人や犬との出会いとふれあいがあった忘れえぬ旅。いつか必ず再訪したいと心から思うほど、思い出多き場所となった。
『外婆的澎湖灣』
https://www.youtube.com/watch?v=EH82VF77u3M
(終)
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