2020/03/29 - 2020/03/31
10位(同エリア122件中)
xiaomaiさん
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台湾で暮らして23年になるが、台湾本島以外に行ったことはなく、今回初めて澎湖を訪れた。忘れられない充実した3日間が過ごせ、台湾の美を再発見する旅となった。
- 旅行の満足度
- 5.0
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国内線に搭乗するのは20年ぶりぐらいだった。国際線ターミナルは閑古鳥が鳴いていたけれど、国内線には多くの人がいた。
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国内線待合室
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軽食がとれる店がある。
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セブンイレブンの自販機も。
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今回利用したのは立栄航空。プロペラ機に乗るのは、マレーシアの旅以来。
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40分ほどの遅延で出発。
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プロペラは意外と細い。
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右側は海が見えるはずなんだけれど、一面の雲。
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左側だと台湾の山々が見える。国内線は飛行する高度が低いから、左側の座席を希望すればよかった。
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出発後45分ぐらいして、澎湖島が見えてきた。
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島の南側から着陸態勢に入る。画像は烏崁漁港。
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40分ほど遅れての到着。
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台北と異なる青い空で期待に胸が高鳴る。
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空港内にはセブンイレブン。価格は台湾本島と同じ。
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待合場所として使われるエリア。
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ホテルに迎えに来てもらった。
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革張りのイス。
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澎湖福朋喜來登酒店(Four Points by Sheraton Penghu)
たぶん澎湖でもっともハイクラスなホテル。 -
入り口で体温を測られ、消毒液を手に吹きかけられる。
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エントランスの目の前にレストラン「藍洞(Apatite)」がある。
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チェックインできるのは15時以降なので、フロントに荷物を預け、早速町歩きへ。
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ホテルから徒歩で馬公市の中心街へ向かった。
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まず訪れたのは台北はじめ、台湾各地にある城隍廟。馬公城隍廟は1779年の創建。
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祀られているのは、都市の守護神である城隍神。別名「陰間縣太爺」と呼ばれる。
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城隍神のほか、文武官四大将、六司官なども祀られている。見た目から判断するに、こちらは功徳を積んだ者を祝福する神。
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そして、こちらは見た感じ、悪事を働いた者への懲らしめ担当。
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馬公のメイン道路。
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昼食はたまたま見つけた「馬路益」で。1981年に道端で臭豆腐と鶏肉麺の屋台として始まった。客が次々とやってきていたから、地元では有名な店のようだ。
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焼き魚丼(60元)
台北で同じものを食べたら、100元は下らない。 -
イカフライ丼(70元)
イカは澎湖の名産でもあり、とても美味しかった。 -
仙人掌(サボテン)のジュース。色はどぎついがさっぱりしていて美味。
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食後は原付を借りに行った。1日300元で、48時間レンタルした。実際には3時間ほど超過(1時間につき50元追加支払い)。
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1604年に創建された、台湾で最古の天后宮。
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祀られているのは航海と漁業の守護神である媽祖で、天上聖母と呼ばれることが多い。福建の人々が台湾に渡って来るときに守ってもらったということで台湾と福建で特に篤く信仰されている。画像は三川殿。
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正殿。
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台湾には信仰心の篤い若者が多い。
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天上聖母のお守りカード。
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裏面には招福金運のご利益がある虎爺が描かれている。
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次に訪れたのは「篤行十村」。ここは1903年に造成され、日本軍澎湖要塞司令部や澎湖島重砲兵大隊宿舎などがあったところ。戦後、中華民国防衛部軍官が居住する地域となった。
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そのエリアはまとめて文化地区として保存開放されている。50歳以上の人には懐かしい光景。
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百年雞蛋花(プルメリア)。5~10月に花を咲かせる。
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ここへ来た人が皆行くのがこちら。張雨生の故居。2009年5月23日に「張雨生紀念館」として公開された。
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張雨生は中年以上の台湾人なら皆知る歌手。
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父は浙江省出身の軍人で、母は台湾原住民(タイヤル族)。「音樂魔術師」の異名を持ち、大変優秀なミュージシャンだと評価されていた。
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9歳まで過ごしていた故居内部は、張雨生の一生に関する資料が展示されている。名前の「雨生」というのは、澎湖は雨天が少ないのに、生まれた日は雨が降っていたことに由来する。また、学業成績がとても優秀で、高校は台中一中(日本語らしく表現すると台中第一高校)、つまり台中でもっとも入学するのが難しい高校に入れる実力を有していたのに、家に近いという理由で豊原高校に通学。卒業後、一浪して名門政治大学外交学科に入学した。
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1997年10月20日に疲労した状態で淡水の街を車で走行中、事故に起こし、24日間の昏睡状態を経て、11月12日に死亡。享年31。自分が日本から台湾へやってきて、台北での生活をスタートした年に起こったこの事件は、非常に大きなニュースとして報道されていたので、今でもよく覚えている。
https://www.youtube.com/watch?v=p4JGkJyrqgI -
張雨生故居の外部。
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内部は完全に展示場となってしまっていて、生活ぶりを感じることはできない。
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この集落には、張雨生の故居以外にも、フォークソング歌手だった潘安邦の故居もある。
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潘安邦の父親も張雨生の父同様、もともと軍人だったが、のちに総統府の会計長を務めている。非常に潔白な性格の人物だったらしく、子供を厳しく教育したようだ。潘安邦は子供時代、苦しい家計を助けるため、毎日母方の祖母の家を訪れ、家事や畑仕事、収穫物の運搬を手伝っていたという。地元で唯一の高校である馬公高校卒業後、台北での大学受験に備えるが、見出されて1976年に歌手デビューをし、のちに米国へ渡り商業に従事した。2011年に腎臓がんに罹患していることがわかり、2013年2月3日に人工血管で敗血症を起こし帰らぬ人となった。享年58。多くの名曲を残したが、もっとも有名なのは、母方の祖母との生活を懐かしんで創られた「外婆的澎湖灣」。葬儀の際は遺児がこの曲を歌い亡父に捧げている。遺骨は妻と息子により澎湖の海に撒かれた。潘安邦は仏教に帰依し、家族をとても大事にする人物だった。
https://www.youtube.com/watch?v=GwI2pF2Hvz8 -
潘安邦故居の近くにあるこの建物には、浴室やトイレがあった。
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便器が今でも残っている。
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潘安邦故居裏手入り口。
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日本が澎湖を占領した際、一人の日本軍人がこの島の娘と恋に落ちた。戦後、その軍人は日本へ戻ってしまった。愛する人が戻ってくることを願いながら木の上で日々海を眺めていた娘。最後に、娘は木と一体化してしまったという言い伝えがある。このような、愛で結ばれた日本人と台湾人との別離の話は各地で聞かれる。
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このエリアには宿泊所もある。
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おそらく戦後間もない時期に外省人が住むために建てられたもの。大切に残されている。
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観音亭海水浴場。砂浜ではなく、階段を降りて海に直接入るタイプは珍しい。
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夜間のライティングで有名な彩虹橋は工事中だった。
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観音亭の前にある親子の象像。
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親子の獅子像
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清朝康熙35年創建の観音亭
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清朝光緒10年(1884)にフランス軍が観音亭を破壊し、廟内の文物や観音像、十八羅漢像、鐘などをすべて奪い去った。
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7年後、募金により再建され、1927年、1955年の修復を経て現在に至る。
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澎湖で唯一の大学である国立澎湖科技大学。
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ホテルにチェックインできる時間は過ぎていたけれど、この日、もう一ヶ所訪れた。
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風櫃洞に向かう途中で見た眺望。
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いつまで見ていても飽きない景観。
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やってきたのは風櫃洞。風が強く、岩の間から海水が柱のように吹き上がることから、この名称がついた。
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海の近くまで進む観光客
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海の青さに驚く。
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玄武岩とコバルトブルーの海水。台湾には自然美が多い。
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カニがいた。
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岩にぶつかる波の音にしばらく耳を傾けていた。
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それにしても美しい......。
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生き物のいそうな気配を感じ、近くに寄ってみた。
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画像には写っていないけれど、小さい魚がたくさん泳いでいた。
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300年ほど前、この地に住む人々が徳智識を有する文武進士を神として崇めたことに端を発する「風櫃温玉殿」。
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馬公中心地に戻る際、青湾から見た眺望
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16時半ごろホテルに帰着。
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9階のエレベーターフロアー
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長い廊下
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今回のお部屋は920。
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広々ゆったり。
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入ってすぐのところにカードキーなどを置ける台があるのはうれしい。
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クイーンサイズのベッドが2台。
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大きい画面のテレビがあったけれど、滞在中一度も見なかった。
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トイレ
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シャワールーム。シースルーが恥ずかしい場合は......
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スイッチ一つでご覧の通り。
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水道の水は海水を浄化して供給されている。そのためか、なんとなく微かにベトベト感があるような気がした。
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コーヒーやお茶は一般的なもの。
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部屋に置かれていたせんべい。日本の岩塚製菓から技術を導入し、台湾で大きく育ったのち、現在は中国で大きく商売をしている旺旺公司の製品。このホテルに投資をしている。
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この部屋の大きな特徴は港に面していること。特に美しいというわけではないが、眼前に広々とした景観が広がるのはいい。
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左手には魚市場。
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右手には新規開発地域。
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バルコニーでゆったりと過ごすのもいいけれど、この時期、朝晩は肌寒く、のんびり寛ぐというわけにはいかなかった。
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眼下にはプール。水着は準備していったけれど、2泊3日の旅では水遊びをする時間は取れなかった。
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夕食は館内のビュッフェスタイル・レストラン「宜客楽(The Eatery)」で。
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炒飯はおいしかったけれど、天ぷらは衣が厚すぎサクサク感がゼロだった。
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シーフードが豊富な島だけあって、新鮮でおいしい。左にあるのはサボテンのジュース。
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ザ・シーフード・プレート
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うどんも食べてみた。スープは台湾人が大好きな豚骨ベース。
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食後のスイーツ。三角形のは栗を使った餅ケーキ。発想は悪くないけど、味は微妙だった。ケーキはやはりスポンジ系がいい。
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「The Art of Swiss Ice Cream」と称する「MOVENPICK」。スイス・チョコレートとメープル・ウォルナッツをチョイス。
夕食後は、星空を見に行こうと思っていたけれど、ホテルの部屋からは星がまったく見えないだけでなく、月さえおぼろげだったし、疲れも感じていたから、テラスで港をしばし眺めるだけにして、2日目の旅を期待しながら就寝した。
(続)
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