2020/02/03 - 2020/02/04
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ハイペリオンさん
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実質ベトナムの最終日となってしまった本日、
外国人御用達のバスでニャチャンからサイゴン
へ向かう。
約11時間のバス移動。サイゴンに着いたらその
まま空港近くの宿へ向かう。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ベトナム航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
テレビをつけたら、ベトナム歌劇をやっていた。
京劇のコピーみたいなもん。ベト族の文化はほ
とんどが中華文化のコピーである。 -
6時に下へ降り、チェックアウト。昨日の少年が
いた。椅子に座っていると、女ボスが出勤してき
た。少年が彼女に話しかけると、女ボスがひとこ
と言い、少年は20万ドン紙幣を持ってきてぼくに
渡した。
宿を出て、ビーチへ行ってみた。日はまだ昇って
いないが、散歩しているひとや泳いでいる人たち
がいた。 -
ただいま瞑想中。おれは人生ほとんど迷走中だけどさ。
-
水はまだ冷たいと思うけどなあ。
-
遠くには漁船が見えた。日が上ると帰って来る
のだろう。 -
人が少ないので鳩も大手を振って歩いている。
-
たたずむひとりの女の子。絵になります。
-
日が昇って来た。
-
外国人旅行者たちが日の出を見ている。好きだ
なあ、白人たち。 -
そろそろバスの集合時間だ。
シンツーリストの事務所へ行くとするか。 -
シンツーリストオフィスの近くでバインミー
を購入。
おばちゃんは作りながら「日本人? コロナ
どう?」と尋ねて来た。
ベトナムの感染者はまだ2人の中国人親子だ
けという状態だったが、気になるみたいだ。 -
シンツーリストの事務所前。
7時15分出発のサイゴン行きに乗る客が集ま
って来ている。 -
事務所でチェックインを行い、外の椅子に座
りバインミーを食べた。
乗客は7割以上が韓国人。2割くらいがロシ
ア人。後の1割がその他の国々という感じ。
7時を過ぎると、女性の事務員が「カスタマ
ートゥムイネー、ホーチミン、フォローミー」
といって歩きだしたので、みんなそれについ
て移動。 -
この2台の大型バスで行く。
-
中は3列の2段ベッドが並んだ形になっていた。
定員は40人強。
ぼくは、上段の後ろの方。隣は韓国人の一人旅の
女の子。
ベッドの背もたれは立てることができるので、足
を伸ばして座れるシートのようになる。上段に上
がるのにやや難があったが、座り心地とかは悪く
なかった。トイレは付いていない。 -
出発してすぐ郊外に出た。青々とした水田地帯
が続いている。
右側だったので、海は見られなかった。 -
2時間に1度の割合でドライブインで30分ほど小
休止。 -
10時ごろに奇岩を集めて組み立てたような山が
ある場所を通り過ぎた。
昔ベトナムを旅した時にも見た光景だ。
この辺に確かカナビーチという白砂のビーチがあ
り、カナホテルという石造りのホテルがポツンと
あった。
白人旅行者が泊まるのでカナにも停まっていたの
だが、今はもう通過してしまうのか。
ここまで来るとムイネーはもうすぐだ。 -
12時過ぎ、ムイネーに到着。ここで半分近い客が
降りた。ロシア人はほとんどが降りて行った。
ニャチャンのビーチでさんざん遊んだはずなのに、
またムイネーでもビーチなのか? どこまでビーチ
好きなんだ、ロシア人。 -
2月上旬なのに、陽射しはかなり強烈。
このあたりはベトナムでも最も暑い地域である。
「日照りに不作なし」といわれる稲でさえ立ち枯
れる、自然条件の最も厳しい地域でもある。
周囲は半砂漠のような光景が広がり、近くには鳥
取砂丘のような広大な砂丘地帯がある。
しかし、こんな荒涼とした風景の中にでも家を建
てて住んでいる人たちがいる。彼らはなぜこんな
場所に住むことを選んだろうか。 -
最も近い街はファンティエットで、15キロほど先
にある。
初めてベトナムに来た時にファンティエットに1泊
したことがある。貧しい街だったが、いい人が多か
った。 -
ムイネーも、南部ベトナムの他の海沿いの街同様、
ひどく貧しい漁村だったが、1990年代に入ってか
らリゾート開発が始まり、ホテルが建てられるよ
うになった。
ただ、ニャチャンやダナンのような世界的に有名
なホテルチェーンは進出しておらず、3000円程度
で泊れるホテルが多い。 -
バスは40分後に出るというので、昼飯を食べること
にした。
ムイネーナイトという食堂があり、フォーを出して
いたので、あまり腹も減っていないのでここにした。
フォーボーを注文。 -
ベトナムの食堂ではだいたい箸をこんな風に逆さま
に立てている。
箸入れの底に人が口をつける部分が付くのを嫌って
いるのだろうが、取るときはそこを持たないといけ
ないし。日本式とどっちがいいのか・・・。 -
肉厚の牛肉が入ったフォーボーが出てきた。雑草
付き。牛肉はだいたいレアの状態で入っている。
出汁の温度で熱を通しているような感覚。
バスは12時40分に出発した。
ムイネーから新しい客が乗り込んできた。ぼく
の下のベッドには日本人バックパッカーのじい
さん。スーパーボランティアのじいさんにそっ
くり。 -
15時台にロンタインというところのドライブイン
で休息。
サイゴンから数十キロのところで、工業団地がある。
また、過密化するタンソンニャット空港に替わる
国際空港を建設するつもりらしい。完成の暁には
タンソンニャット空港は国内線用になる予定。ま
だまだ先の話だが。 -
17時を過ぎると何度も橋を渡るようになった。
デルタ地帯に入ったのだろう。サイゴンはもうす
ぐだ。 -
やがてバイクの洪水が車窓から見えるようになった。
やっとサイゴン市内に入った。20年ぶりのサイゴン。 -
18時過ぎ、ほぼ定刻通りバスはデタム通りにあるシ
ンツーリストの事務所前に着いた。
よく来ていたところだが、10年前とは完全に変わっ
ていて、勝手がわからない。シンツーリストの女の
子に地図をもらい、ベンタイン市場への行き方を教
えてもらった。
写っている車の進行方向がブイヴィエン通りと言っ
て、個人宅を改造した民宿のようなゲストハウスが
あった。ベトナム人の生活が垣間見れた宿だったが、
いまや通りは大音量でEDMを流すバーに占拠され
てしまっている。
写真の左方向に進み、チャンフンダオ通りとの角に
2~3軒、デッキチェアを並べたカフェがあり、その
1軒に好みの女性がいたので通い詰めていた。朝行
くとパジャマ姿で通りを箒で掃いていた。そんな姿
を見ながら、アイスコーヒーを飲んでいたが、ある
時そこに太った韓国人男が居座るようになった。
どうやらちゃっかり亭主の座に収まったようだった。
あんなのでも外国人だからというだけで結婚してし
まうものなのかと、かなり複雑な気持ちになったも
のだ。 -
地下鉄工事中でひどく通りづらいレライ通りを歩いて
ベンタイン市場前までやってきた。 -
土産物でも物色しようと少しうろついたが、どれ
も高い。
何も買わずに裏から出て、タクシーを捉まえ、今
日の宿、空港近くにあるOYO370ロンタインホ
テルまで行ってもらった。 -
夕方の渋滞時間帯の中、タクシーは迷いながらも
OYO370ロンタインホテル前に着いた。
OYOはインドの格安ホテルチェーンで、最近は
海外にも進出しており、京都にもOYOが買収し
た安い宿がある。
フロントに行くと、10代と思しき一人の少年が座
っていた。Booking.comで予約を入れていたので、
パスポートを見せた。しかし、少年は何の反応も
なし。I have a bookingと言うと、おもむろに手
書きの英語の文章が書かれた紙を見せた。何が書
かれているのかよくわからないが、「ロンタイン
ホテルはOYO傘下となりました」みたいなこと
が書かれていた。いやそれはわかってるよ。
もう一度パスポートを見せて「ルーム、ルーム」
というが、曖昧に笑うだけ。何なんだこの子。
「ノールーム?」と聞くとニヤニヤ笑いながらう
なずいた。訳がわからん。支払いはしていないか
らいいけど、Booking.comからは、「予定の日に
あなたは現れませんでしたね」というメールが来
るだろうな(帰国したら案の定来ていた)。
幸い隣にゴールデンパームというミニホテルがあ
ったので、そこへ入った。
奥で家族団らん中で、一人の若者がフロントにや
ってきた。英語は全く通じない。パスポートを見
せてDo you have a room?と尋ねるが、それす
らも通じない。若者は、スマートフォンの翻訳ア
プリを取り出し、それで会話した。
1泊20万ドン。部屋もまあ普通。とりあえず、部
屋があって良かった。この周辺はミニホテルがた
くさんあるので、何軒か回ればどこかに泊まれる
だろう。それにしてもOYOのあの対応、一体何
だったんだろうな。
明日は朝の4時に空港に行くので、荷物を置いて、
空港への道順を探すことにした。
フロントの若者と再び翻訳アプリで会話し、宿を右
に出てまっすぐ行くことが分かった。 -
宿を出てすぐに食堂があったので、ここで夕食。
-
ベトナム版焼肉定食みたいなもの。5万ドンくらい。
ベトナムの食堂ではだいたい5万ドンが相場のようだ。 -
晩飯を食って少し空港方面へ歩くと、カフェがあったの
で、ベトナムで最後のカフェスダーを飲む。 -
お茶もついて2万ドン。
サイゴンでもこの辺まで来ると安いようだ。
空港は歩いて15分くらいのところにあった。周囲は
ホテルやスーパーがあって、そんなに寂しいところ
ではない。
タクシー会社の駐車場があり、運転手がたむろする
ので、24時間営業のカフェや食堂が多かった。
早朝便に乗る場合はこの辺に宿をとって歩いて空港
へ行くのが良さそうだ。
帰りにスーパーで自分用の土産を購入。 -
深夜3時過ぎに起き、帰国の支度。
3時半過ぎに下へ降りて、チェックアウト。昨日チェ
ックインの相手をした若者が起きていた。
15分ほど歩いて空港に着いた。ベトナム航空のカウ
ンターはすでに開いていて、行列ができていた。
どの列が早いのかよくわからないので、一番人が少
ない列に並んだ。ところがどっこい、3人の若い家
族で止まってしまい一向に動かない。何をやってい
るのか、職員が用紙を持って電話をしたりしている。
10分以上そいつらのところで止まってしまった。そ
んな奴ら暇な奴に任せるか、出国させんなよ。
チェックイン手続きに30分以上並び、ようやく解放。
ベトナムの空港はなんでこんなにいちいち時間がか
かるんだ(怒)。 -
出国手続き前に朝めしを食べたいが、時間が時間だけに
店が開いていない。
外のバーガーキングが開いていたので、ハンバーガーを
食べることに。 -
ハンバーガーでっけえなあ。
完食したが、1日何も食べなくてもいいくらいだ。
出国手続きでもぐだぐだ時間がかかり、何とかなんねえ
のかベトナム人の段取りの悪さと腹を立て、ゲート前で
1時間ほど待ち、定刻通り飛行機は飛び立ち、午後2時
に成田に着いた。 -
家まで何で帰ろうかと思案したが、一度リムジンバス
で帰ってみることにした。東京まで1時間だし、そこ
から中央線の快速で新宿まで行けば、京成線より速い
かもしれない。
でも、東京駅まで2千円以上するのね。
新型コロナウィルスの影響か、客は数人。乗り場のイ
ンド系の職員も「少ない・・・」と日本語でつぶやい
ていた。それにしても、リムジンバスの乗り場の職員
ってみんな南アジア系だな。
高速を走るバスからは冬枯れの色のない寒々しい風景
が見えてきた。ベトナムの豊かな色彩とは全く違う、
日本の冬だ。 -
あーあ、着いちゃった。
リムジンバスの降り場から東京駅までの行き方がよ
くわからず、散々迷ってJR東京駅まで行った。
腹が減っていたのと、なんとなく酒を飲みたかった
ので、半ば習慣化している新大久保でタッカンジョ
ンをテイクアウトして帰宅。16時を過ぎていた。 -
買ったもの、いろいろ。
マンゴーキャンディ。グミタイプ。 -
ベトナム版コーヒーミックス(インスタントコーヒ
ーのミルク&砂糖入り)。
妄想天国女史からタイ製をもらい、良かったのでベ
トナム製を購入。
開け口が日本のお菓子のように切り取り線になって
いて、切り取って開ける形なのだが、下の用紙とべ
ったりと糊付けされているので、そもそも切り取り
線から切れない。結局、カッターで切って開けた。
ベトナム人ってあほなの?
飲んだ後、ゲップがいつまでもコーヒー臭かった。 -
ココナッツオイル入りのやたら固いクラッカー。
(yasaki嬢のマネ) -
インスタントのフォーボー(yasaki嬢のマネ、ではない)。
日本のエースコックが現地で製造している。
だしは日本のインスタントラーメンみたい。フォーの
だしではない。 -
フーコック島産のヌォクマム(魚醤)。
タイのナンプラーと同じようなもの。
魚料理に使う。
例えば
↓ ↓ -
はすのはな嬢からもらった、ポルトガル製のオイル
サーディン(イワシのオリーブオイル漬け)。 -
半分ほど開けてコトコトとと火にかける。
-
煮立ったらヌォクマムを少し垂らす。
お好みで七味を一振り。
酒のアテにちょうどよろしい。 -
ロンタインのドライブインで買った粉ミルク。
クリープ代わり。
台湾のタピオカミルク屋はだいたいベトナム製の
安い粉ミルクを使っているらしい。 -
【旅を終えて 反省、その他】
ていうか、反省ばっかりなんだけどさ。
そもそも、日程を間違えていたんだから話にならない。
頭の中であそこは1泊、あそこは2泊と考えてはい
たが、なんとなく考えていただけで、きちんと詰め
ていなかった。だから、行きたいところの半分も行
けなくなってしまった。 -
20年ぶりのベトナムだったが、やっぱり面白かった。
20年は発展途上国にとっては国のありようが大きく
変わる時間だと感心させられた。
特に、あのひどく貧しい漁村だったクイニョンの鮮
やかな変貌ぶりには、驚かされた。20年前もいい街
だと思ったが、それは今回も変わらない。食い物に
はろくなものがなかったが。 -
しかし、移動に関してはまだまだ外国人に難しいもの
がある。ずっと台湾通いをしてきて、どこでも簡単に
移動できてしまうことに慣れていたから(そううまくい
かないところもあるが)、ベトナムのローカルな移動手
段には手こずらされた。
飛行機で都市間を点と点で移動するくらいなら別に問
題はないが、点と点を陸路で線で移動するとなるとう
まくいかない。英語がまず通じないし、バスのはっき
りした時刻表がない。結局はシンツーリストのような
外国人用ツアーバスに頼ることになってしまう。便利
ではあるが、観光とは無縁の街には止まらない。だか
らこそ、クイニョンのように外国人がいないビーチが
残っていたりするのだが。 -
ダナンやニャチャンにはうんざりするくらいたくさん
の韓国人旅行者がいた。なぜ彼らはあんなにベトナム
へ来るのだろう。
昔の外国人用ツアーバスというと、欧米白人がほとん
ど、ほんの少し日本人という構成だったが、今ではほ
とんどが韓国人旅行者で占められている。 -
少しだけ滞在したサイゴンはやっぱりものすごい人の
数だった。
地下鉄工事中らしいが、早く完成させないと、交通渋
滞でにっちもさっちも行かなくなるだろう。
人口でいえばバンコクに匹敵する大都会だが、車が10
分以上同じところから動かないひと昔前のバンコクの
ような交通渋滞に陥っていないのは、車よりもバイク
が多いからではないか。しかし、そろそろそんなこと
は言っていられなくなるだろう。 -
20年前には何度か通ったベトナムだが、あの頃で
最終的に興味を失くし「もういいかな」という気
になっていた。
しかし、久しぶりに訪れて、懐かしさもあって、
感慨深いものがあった。
今度はメコンデルタをじっくり周ってみようか。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- yasakiさん 2020/05/05 00:20:58
- 発展著しいベトナム
- ハイペさん こんばんは(。゚ω゚)ノ
ようやく旅行記を最後まで拝見できました。
私はバス移動が苦手なのでこういう移動の多い旅は出来ないんですけど、クイニョンとかいい街ですね。いつもホーチミンばかりなので中部や北部の地方を周遊してみたいです。
まだ発展途上なベトナムですが、数年行かないだけでも街の変化を感じますよ。(地下鉄工事は遅延してるようですが)日本に比べて国民の平均年齢も低いし、勢いも伸び代もありますよね。
とはいえ、天秤棒で商売するおばさんだとか道端の風呂椅子カフェとか、昔ながらの光景はこの先も残っていて欲しいです。
ベトナム人の「外国人からぼったくってやろう」という野心みたいなもの、旅行者としては嫌ですが、たくましいなと思います。日本人には無いハングリー精神がありますよね。タクシー50万ドンは酷いけど。
(;^ω^)
ベトナム、モヤモヤも多々ありつつ、魅力的で惹かれますね。
yasaki
- ハイペリオンさん からの返信 2020/05/05 08:21:30
- 移動のストレスさえなければ・・・
- おはようございます。コメントありがとうございます。
久しぶりのベトナムは、驚きの連続でしたよ。
もうね、どこへ行っても韓国人だらけで、どうなってん
だと思いました。なんであんなにいるんでしょうねえ。
地方都市間を結ぶバス路線が貧弱で、普通の外国人なら、
飛行機か、外国人用ツーリストバスを使うのがせいぜい
なので、観光スポットのある街に集中してしまうのかなあ。
今回はドンコイエリアへは行けなかったのですが、どん
な感じに変わっているのか、確認したいですね。
櫻井翔もぼったくられてたら面白いのに(笑)。
では。
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