2020/01/22 - 2020/01/22
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cloud9さん
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今日はウィーン国際空港からドバイ経由で帰国する日ですが、フライトは21:55と時間に余裕があるので、Uバーン4番の終点のハイリゲンシュタットに行ってベートーヴェンの遺書の家博物館や周辺を探索しました。その後ウィーンに戻ったところドナウ遊覧船に乗ってなかったことを思い出したのでドナウ川の遊覧を楽しみました。その後ヴォティーフ教会に寄って写真撮ったらちょうど時間となったのでホテルに戻り荷物をピックアップして空港に行き、ドバイ経由で帰国しました、といいたいところですが色々あったのでおまけがあります。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 鉄道 船 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今日は空港に20:00に行けばいいので、Uバーン4番の終点のハイリゲンシュタットに行きます。さすがに今日は24hチケット購入。8ユーロ。
ハイリゲンシュタットの駅前の38番のバスでベートーベンの遺書の家博物館の近くまで行けますが、運動がてら歩いて向かいます。 -
駅前の広い道を北に進みグリンツィンガー通りを西に向かいます。少し上りになっていますが10分ぐらいでハイリゲンシュタット教会に到着。
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その前の道を右折します。
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100mぐらい先にベートーヴェンの家こっちの看板が。
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ハイリゲンシュタットの遺書の家に到着
平日なのでゲストは私しかいません。7ユーロ。 -
中庭を囲むように1番から6番まで部屋があります。
ROOM1
写真撮影は可なのですが、ところどころに撮影不可マークがあります。あまり違いはないし係員もそんなに神経質に規制してこないので割と撮ちゃったりしましたが基本は撮らないようにしました。 -
この建物はもともとパン屋さんだったらしい。この部屋の1つにベートーヴェンが住んでいたようです。
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ROOM2
イラストが多くありましたがすべてチビの小太りで不細工に描かれているものばかりでした。 -
多くの画家が、ベートーヴェンが野原をさまよい、ロマンチックな風景の中で作曲している様子を描いています。 ベートーヴェンは熱心なウォーカーで、数時間歩き続けることがしょっちゅうあったようです。歩きながらのハミングが彼の作曲方法だったらしい。
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ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの肖像
ジョセフ・ダニエル・ベーム エッチング、複製 -
ROOM3
手書きの楽譜もいくつかあります。 -
フランツ・クラインが作成したライフマスクだそうです。
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ありました。ハイリゲンシュタットの遺書。
撮影不可でないので確認したら複製だそうです。それにしてはリアルですね。
1802年のいわゆる「ハイリゲンシュタットの遺言」は、ベートーヴェンのハイリゲンシュタットでの滞在について書面で言及しています。彼は弟に手紙を書いたが送らなかった。この手紙は遺品として見つかった。ベートーヴェンはこの手紙の中で次第に悪化する聴覚障害に絶望を表明した。
実はここで13:00になったんですが係員からクローズなので出て行ってくれと言われる。まだROOM4,5,6回っていないというと14:00にまた来いといわれて一度外に出て、ベートーヴェンの散歩道とマーラーのお墓を回っています。14:00過ぎにハイリゲンシュタットの遺書の家に戻りました。 -
ROOM4
ベートーヴェンはいつも同じフェルトの帽子をかぶっていて、雨にうたれても、軽く雨を振り払っただけでワードローブの上にかけるだけだった。その結果、フェルトの帽子の上部が反り返りアーチ型に上向きに伸びていた。 -
ベートーヴェン、1803
ヨーゼフ・ウィリブロルド・マーラー、キャンバスに油彩、ウィーン博物館の複製 -
ジュリー・フォン・ブルーニング、ベリング生まれ
ジュリー・ヴェリングは、ベートーヴェンの医師の一人の娘であり、彼女自身も素晴らしい音楽家でした。 -
ベートーヴェンとラスモフスキー四重奏団、1872年ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが室内楽作品を監督
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ROOM6
こっちはデスマスク。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは、1827年3月26日(月曜日)にシュワルツスパニエ・ハウスで肝硬変で死亡した。 -
シュヴァルツスパニエの家にあったベートーヴェンのアパートのドア
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ウィーンのベートーヴェン広場の記念碑のモデル
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資料は一杯あったのですが、大半はベートーヴェンとの関係の薄い資料でした。ベートーヴェン研究者には重要な資料なんでしょうが一般人にはインパクトが小さいものばかりでした。
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13:00にハイリゲンシュタットの遺書の家を出て周辺を探索しました。
ベートーヴェンがかつて住んでいた家がこの辺にあるはずですが、なんの表示もないのではっきりしませんがこの辺り。 -
ベートーヴェンがかつて住んでいたもう1つの家。ここもなんの表示もないのでたぶんこの辺り。
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さらに北に歩いてきてありました。ベートーヴェンの散歩道。
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小川ぞいの小道って感じです。
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地元のばあさんが2人連れだって散歩してました。
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ベートーヴェンの散歩道を10分ぐらい歩いてベートーヴェン・ルーエまできました。
ベートーベン ルーエ 広場・公園
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ベートーヴェン・ルーエから30分ぐらい歩いてグリンツィング墓地まで歩いてきました。
グリンツィング墓地 モニュメント・記念碑
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マーラーのお墓があるそうです。あのグスタフ・マーラーです。なんでグリンツィングの墓地に埋葬されたのか。多分長女マリア・アンナが埋葬されていたからかもしれませんね。
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イチオシ
ありました。質実剛健。
名前以外にはなにも刻まれていない。 -
世界中には熱狂的なマーラーファンが大勢いると思うのですが。
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15:00になったので、ハイリゲンシュタットの遺書の家を出てウィーン市内に戻ることに。帰りは38番のバスで駅まで戻ります。Uバーン4番でハイリゲンシュタットからウィーンミッテ駅に戻るときに時間がまだありそうなので、ドナウ川遊覧をチェクするために1駅手前のシュヴェーデンプラッツで降りてウィーンシティ船着き場にやってきました。
どうやらシティクルーズのみやっているようです。23ユーロ。16:00から75分のクルーズです。ドナウ川遊覧 (市内クルーズ) 船系
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クルーズ中はモニターに観光地が写ってドイツ語と英語でアナウンスがあります。
出発してすぐに注文を取りに来るのでビールを注文。4.6ユーロ。5ユーロ渡したらお釣りをチップとして持っていきました。レシートにはチップは別と書いてあるので最初から知っていたら1ユーロぐらい多めに払ったんですけど。 -
Ministry of Defense
Bundesministerium für Landesverteidigung
ゲストは私を含めて15人ぐらいでしょうか。冬の夕暮れだからちょっと少なめです。船自体は座席は100席以上はあります。当然みんな見晴らしのいいトップデッキに集まっています。 -
Zaha Hadid Housing
Spitellau Viaducts -
シュピッテラウ焼却場
シュピッテラウ焼却場 (ゴミ焼却場) 建造物
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ドナウ本流から運河の分岐点までやってきました。実はここはハイリゲンシュタットの近くです。つまり今日はウィーンとハイリゲンシュタットを2往復したことになります。
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運河周辺もライトアップされててきれい
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カイザーバート水門監視所
遊覧の一番最初に説明があったのですが、ビール飲んでて撮れなかったので帰りに撮りました。カイザーバート水門監視所 現代・近代建築
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この辺りは赤にライトアップされています。
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右のビルがIBMオーストリア
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船着場に戻ってきました。ちょうど75分のクルーズです。
行きは流れに逆らうのでゆっくりですが、帰りは流れに乗るのですぐです。 -
乗ってた船ですが、過剰なイルミネーションになってました。これが移動しているのはちょっと面白いかも。まだ17:15分なのでヴォティーフ教会に向かいます。
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シュヴェーデンプラッツ駅からU4でショデンリンク駅に移動してU2に乗り換えて1駅でショッテントーア駅にやってきました。地上に上がるとすぐにヴォティーフ教会が見えます。
ヴォティーフ教会 寺院・教会
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18:00にクローズなので急いで回ります。
残念ながら夜なのでステンドグラスが真っ暗でした。 -
祭壇はライトアップされていてきれいでした。
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ちょっと調べたが何の祭壇かわかりませんでした。後日判明したらアップデートします。
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ちょっと調べたが何の祭壇かわかりませんでした。後日判明したらアップデートします。
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中央にあるアントワープの聖壇
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十字架にかかるキリスト
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ちょっと調べたが何の祭壇かわかりませんでした。後日判明したらアップデートします。
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説教壇
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手持ちのセントコインすべて寄付しておきました。
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入口近くの中央に天使の像が。
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その左の柱。
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右の柱
18:00近くになったので地下鉄を乗り継いでホテルに戻ります。ホテルでスーツケースをピックアップして、ズートティローラープラッツ駅まで歩いてSバーンで空港に向かいます。ただ自販機で空港行きが買えなくて仕方ないのでRENNWEG駅に到着後に、空港行きのチケットを買うために一度地上に上がり自販機でチケット購入。地下に降りたらちょうど空港行きが止まっていたので乗り込みます。 -
ウィーンの空港にはフライト2時間半前に到着しました。パスポートコントロールを抜けた後、ゲートがなかなか開かず時間をつぶすのに苦労しました。機体はB777-300ですが来る時と違って新しい機体でした。ただ座席予約の担当が何にも考えずに詰め込んだんでしょう、真ん中の4席が開いているのに両窓側の3席は一杯になっていて隣がヨーロピアンの大男二人で苦労しました。まあほとんど寝てましたからいいですけど。でドバイの空港に順調に着陸と言いたいところですが、ドバイの空港上空で旋回しはじめました。前にも横にも航空機が旋回していてニアミスじゃんと思った。ほんの200メートルぐらいです。30分旋回して、燃料が切れかけたのか、20マイル離れたエミレーツカーゴの空港に着陸しました。でCA曰く、これからまた飛び立ってドバイの空港に向かうということです。トランジットの時間は2時間しかないのでやばいなと思ってましたが、1時間後にやっと離陸して30分かけてドバイ国際空港に着陸、ゲートクローズまで10分ですがこういう事態だから待ってくれてると思ってたんですが、走って次のゲートに向かっている途中に羽田行き搭乗者を呼び止められた。係員からもう間に合わないからホテルと明日の航空券が用意していると告げられる。いや、まだゲートクローズしてないじゃんと反論したんですが、もう間に合わないといわれてチケットを渡されました。
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預けた荷物はそのまま明日の便に乗せるからそのままホテルに向かってくださいと言われる。1日無駄にする損害賠償はあるか聞いたがないという事でした。うそでしょー。
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エミレーツのエアポートホテルだから歩いていけるかと思ったが行けなくてバスがあるらしいのですが、来ないのでタクシー使いました。海外旅行保険に入っているのでそれで清算できると思ったので。30AED、大体1000円です。
後日、保険の請求したところ預け荷物の遅延には対応していますが、航空機の遅延には対応していないことが判明。なのでタクシー代は自腹になりました。 -
ホテルでエミレーツのチケット見せて部屋はすぐに用意してくれます。食事は今日の朝昼夜と明日の朝の食事が用意されています。あと国際電話は3分だけ出来るそうです。保険会社に電話して終わったのですが。
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ホテルの外観も内装もきれいなんですが、水回りがひどかった。まず洗面台のドレインを開閉する機構が壊れていて閉まらないので無理やり閉めたら今度は2度と開かなくなりずっと水たまり状態。バスタブとシャワーの切り替えができずにシャワーが浴びれない、とまったく酷かった。物は立派でもちゃんとメンテナンスしないとこうなりますよね。
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ひと眠りして、時間を持て余して、ドバイといえばブルジュ・ハリファということで地図でブルジュ・ハリファ検索したら、徒歩と地下鉄で40分ぐらいで行けそうです。ユーロが60ユーロぐらい残っていたので、ホテルで20ユーロをAEDにチェンジして地下鉄に乗ろうとホテルを出たところ、白タク運ちゃんに囲まれて、ブルジュ・ハリファに行くと言ったら、ブルジュ・ハリファと色々観光して60ドルでいいというからまあ60ドルならといって白タク(レクサスの4ドアセダン)に乗り込んで観光を開始しました。
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ホテル出てすぐに高速に乗ると見えてきましたブルジュ・ハリファ
残念ながら曇ってます。 -
ブルジュ・ハリファは次の光と噴水のショーがあるのが6時ということで、先に別の観光地に向かいます。
ブルジュ アル アラブ
高級ホテルだそうです。さなぎに似てると思うのはオレだけか。 -
アル・カスル・マディナ・ジュメイラ
馬のオブジェのアプローチに馬のオブジェの噴水があります。
アラブでは馬は金持ちの象徴のようです。 -
パーム・ジュメイラ
飛行機から見るとヤシの木のような模様で特徴的ですが、地上からみたらただのマンション群と高級住宅群です。
高級すぎて運ちゃんは値段も知らないらしい。 -
パーム・ジュメイラのトップの位置にあるアトランティス・ザ・パーム
イスラムらしいデザインのホテル -
モスクもあちこちにあります。
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JW マリオット マーキス ホテル ドバイ
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ブルジュ・ハリファに到着。展望台に上れるそうですが200ドルぐらいと聞かされてさすがに上るのはやめました。ここで終了なのでAED220(60ドル)よこせと言われる。カードでというとキャッシュで払えと言われて、仕方がないので35ユーロと20ユーロをAEDに交換した全額を渡したが足らないと言われ、じゃあホテルに帰ってから払うというとホテルに送るのなら追加で10ドルよこせと言ってきた。あんまりにひどいので渡した分全部返せと言ったら一度受け取ったものは返さないと言われ、ここで降ろされても一文無しで帰れないからホテルまでは送れと言い合いになり、結局ブルジュ・ハリファの光と噴水のショーは見ずに帰ってきました。55ユーロも取られたし、やっぱ地下鉄でいけばよかったです。
ちなみにこの運ちゃんアラブ首長国連邦の人間ではなくパキスタンからの出稼ぎだそうです。今日は何人のゲストを案内したかと聞いたら4組と言ってたので、1日240ドルも稼げたらリッチマンだろと言ったら、他は20ドルとか30ドルだと言われた。つまり私はカモにされたと理解しました。長距離走り回って60ドル取れると思われたんでしょうね。腹立つ。
これに懲りて、ホテルで食事して一切ホテルから出ることなく過ごしました。そういえば食事の際に、ビール飲もうと思ったらキャッシュで払わないといけないので、ATM で100AED下したんですが、ハイネケンの350ml缶が33AEDです。よーく考えると1000円近い。まあイスラム教の国でアルコール飲めるだけいいんですけどさすがにこれは。と言いつつ2缶飲み干しました。 -
翌朝5時半にモーニングコールがあり、空港に行く準備して、朝食を取ります。ちょうど6時に空港行きのバスが来ました。ヨーロピアンが20人くらいあつまりましたが、みんな私と同じ乗り継ぎに乗れなかったぽい。
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6時15分ごろに空港に到着。チケットは持っているのでそのままゲートに向かいます。
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ドバイー羽田はB777-200です。来る時のB777-300 より一回り小さい。それに少し古め。今回もまた窓際3席に詰め込まれて中央の4席はほぼガラガラ。なのでゲートクローズ後に中央に移動して4席独占して横になれました。よっぽど疲れたのかほとんど眠って過ごしました。時間通りに日本に到着して、ターンテーブルで荷物が出てくる前に、エミレーツの係員(実際はJALの社員)にオーストリア航空に作成してもらったスーツケースの損害証明を見せて、保証を要求。実際にスーツケースが出てきたので破損部分を説明した。で結局賠償金ではなく代替え品の提供となった。壊れたスーツケースを自治体で処分するのに処理費用がかかるから実費要求したけど申し訳ありませんを連呼されて無理でした。代替え品はカタログから選ぶのですが、あんまりいいデザインがなかったが終電も近いしエイヤ!で選ぶしかなかった。でその後2日後にはスーツケースが届きました。そういえばスーツケースが出てくるまで係員と話したんですがエミレーツは時間に厳格で少しの遅れも許さないらしいです。思い当たることがいくつもあります。
なんとか終電1本手前の電車で帰れました。金曜の深夜ということで最寄り駅はタクシー待ちが長蛇の列です。歩いて帰ったほうが早そうだったのでスーツケース転がして20分くらいかけて帰りました。もうスーツケースのキャスターが壊れてもかまわないので。自宅には深夜2時ごろに到着。お風呂にゆっくり浸かってやっと生き返りました。
今回の旅行の総括ですが、
ウィーンオペラ座は音響もいいし小さくてオペラグラスが不要なぐらい見やすい
ウィーンのリンク内はすべて歩いて回れるほどコンパクトで観光スポットも多い
ウィーン近郊も魅力的な観光地が多いのですが、今回は天候と時間の問題で十分に回れなかったので次回リベンジしたいと思います。
やっぱり次回は春か秋に行きたいですね。
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