2018/09/23 - 2018/09/23
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ワンダラーさん
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秋の一日、石神井公園の三宝寺池、ボート池と、石神井城址、界隈の寺社を歩いて巡る。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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-
西武線の石神井公園駅は6年程前に連続立体化されたが、南口ではまだ区画整理、道路拡幅が続いている。
石神井公園駅の東側に和田稲荷神社があるので、先ず参拝。
現在の駅周辺は、古来、「和田」という地名で呼ばれていたという。
現在の「和田」バス停は1キロほど北。 -
和田稲荷神社からは、狭い道をバスも走る危険な商店街を避けて、
拡幅中の道路を石神井川の方に下っていくと、行楽地として有名なボート池に着く。
石神井公園の2つの池のうち、川下の池は、民間貸ボートの池になっている。 -
2つの池のうち、バス通りを挟んで川上の三宝寺池は、自然公園として整備されている。
三宝寺池を目指すが、先ず、ボート池の南の丘を、上流に向かう。 -
ボート池の南側の丘には、稲荷諏訪合神社という、2つの祭神を合体させた珍しい名の神社がある。
鳥居も、普通の石造りの鳥居と、木の赤い鳥居が建つ。 -
石神井公園ボート池の南西に池淵史跡公園がある。
その一角に、縄文時代の竪穴式住居跡が発掘された池淵遺跡があり、埋め戻されて保存されている。 -
池淵史跡公園の一角には、区内中村の旧内田家の住居を移築して保存・展示している。ボランティアガイドの説明では、ただの大農家ではなく、金融業などもやっていて立派な家を建てたらしい。
古民家を保存公開するのは、こどもの郷土史学習などにもよいことと思う。 -
石神井公園ボート池の南西、池淵史跡公園の一角にあるのが石神井ふるさと文化館で、練馬区の郷土・民俗博物館施設のようなものだ(特別展以外は無料)。
旧内田家住宅や池淵遺跡の保存公園は、ふるさと文化館の屋外展示のような位置付けに見える。 -
館内は二階建てで、二階の大部分が無料の常設展示会場で、一部がテーマを絞った図書閲覧室や、有料の特別展示場になっている。
常設展示は、練馬区の地形や自然史から、古代からの生活や歴史、近代の民俗資料などが、分かり易く展示されている。 -
バス道路を渡って三宝字池周辺のエリアに移る。
池の南側の氷川神社は、境内もそこそこの広さがあるが、鳥居前に広い参道が200m位、さらに細い参道が石神井川へと降りて行く。昔はもっと境内がひろかったのだろう。
室町時代の応永年間(1394年-1428年)に石神井城城主 豊島泰経が、武蔵一宮である大宮氷川神社から御分霊を奉祭したのが始まりという。
現在でも、一日一組限定で親善結婚式を受けているというのは驚き。 -
氷川神社では毎月、第4日曜日には、骨董市も立つという。
数店舗であるが、偶々遭遇する。 -
神楽殿?の前にも骨董屋台。
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三宝寺池の南の丘には、氷川神社以外にも寺社が多い。
池の名称にもなったこの三宝寺は、各伽藍も見どころがあるが、注目するのは山門で、将軍家光が鷹狩で御成りになったことに因んで御成門と呼ばれ、庶民は通れなかったらしい。不便なことだが。 -
この三宝寺は、駐車場もあり、境内も広く、歴史を感じさせる。
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石神井公園の池の南の丘には寺社が多いが、この道場寺は、三重塔まであるので一番目立つ。
丘の麓にあり敷地も広い。豊島氏代々の菩提寺といわれ、武蔵野三十三観音霊場2番となっている。
南側の山門から入ると、唐招提寺の金堂を模したという本堂、金銅薬師如来像を納めた三重塔、鐘楼などが建ち、樹木も多く落ち着いた雰囲気のお寺だ。 -
三宝寺池の南、三宝寺や氷川神社の裏手の雑木林の丘の山頂部分が石神井城跡とされている。案内板がないと変哲の無い雑木林だが。
60年前は縦横に山道が走り、自由に登れた記憶があるが、現在は、特別な公開日以外は、柵で囲まれて立入禁止になっている。
三宝寺や氷川神社から続く林は原生林とまでは言えないが、都会の中とは思われないほど山深く、落ち葉も多く湿っている。 -
城跡の北麓の三宝寺池畔には、石神井城跡の立派な石碑が建てられた。
眺めていると、北区や豊島区まで勢力を広げた有力な豪族豊島氏の繁栄ぶりが脳裏に浮かんでくる。 -
三宝寺池畔に降りると、自然環境が保存された一角がある。
三宝寺池には、かつて湧水が湧き武蔵野の水生植物が繁茂していた。
周辺の都市化の進展で湧水が枯れたが、地下水を汲み上げて沼沢植物群を守っている。 -
沼沢植物群は、幼魚やカイツブリの幼鳥などが隠れる茂みにもなり、生態系維持に役立っているように感じる。完全に手付かずではなく、繁茂しすぎないように手入れもされているようだ。
コウホネやミツガシワのほか、スイレン(ヒツジグサ)やショウブ、カキツバタなども咲くというが、野生なので地味で、庭園のような派手さは期待しない方がよい。 -
沼沢植物群の西側(写真地図の上方)には、広い水面が広がっている。
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安全で餌も豊富であろう三宝寺池には、カイツブリなどの水鳥が棲み付き、遊んでいる。
住宅地に囲まれているにも拘わらず、のどかな風景が広がる。 -
三宝寺池を囲む丘の上の北側、松の風公園との境の細い区道沿いの南(三宝寺池)側にひっそりとあり、見つけにくい。
写真のように1本の石碑と、30年前の古びた案内板のみだが、由緒は、城主豊島太郎泰経が、1477年に太田道灌に攻められて落城時に、「愛馬に跨って三宝寺池に沈んだ」ということに因んでつくられたという -
三宝寺池を囲む丘の上の北側、殿塚の西30mくらいに姫塚がある。
写真のようにシラカシの巨木が聳える塚の上に1本の石碑とがあるが、案内板はシラカシのみ。30m東の殿塚の案内板を読まないと分からない。
練馬区には「照姫祭り」という祭りが定着している。城主豊島太郎泰経が、1477年に太田道灌に攻められて落城時に愛馬に跨って三宝寺池に沈んだのを追って、二女の照姫が身を投げたことに因んで、つくられたという。 -
殿塚、姫塚の北側には石神井松の風文化公園 の緑地がつながっている。
ここはずっと日本銀行のグランドだった。
それを練馬区が買収して松の風文化公園として開園したのは、そう遠くない。
自然公園につながる緑地が公園として保全されたのは、区民の税金負担はあるが、環境には良いことだ。 -
西武池袋線の石神井公園駅の北側には、その名も石神井神社という社があるので、最後に立ち寄る。
解説板によると「石神の神社」近くの「石神の井(いしがみのい)」という井戸からご神体の石剣が出たのが石神井の名前の始りらしい。
住宅地の中で、境内地はやせ細った感があるが、鎮守の大木は健在のよう。
今日の締めは、石神井神社ということに。
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