2019/03/16 - 2019/03/17
2781位(同エリア7803件中)
赤い彗星さん
この旅行記スケジュールを元に
2日目は、那覇市内を観光。
那覇市内でも最も高い場所に立つ、首里城から散策開始です。
約30年かけて、完全復元がなった首里城の美しい姿を見る事が出来ましたが、半年後にまさかの焼失。市内の至る所から目にすることが出来た、沖縄の象徴的な建物が無くなってしまったのは、地元の方にとって、言葉にすることが出来ないくらいショックだったでしょうね。
すでに再建に向けて動きだしているとのことで、またいつか会える日を楽しみにしています。
首里城から、王陵~金城町石畳道~識名園と南下していき、食事&マッサージで足の疲れを回復させた後、空港に向かう途中で波上宮と波の上ビーチを訪れました。
- 旅行の満足度
- 5.0
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ゆいレールの首里駅から、首里城に向かう途中のラーメン屋前のシーサー。美味しそうにご飯食べるシーサーだね。
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首里駅から向かう途中、首里観光案内所で運よく首里城の割引チケットを購入し、首里城公園に到着。首里城公園のトイレも沖縄風の建物になっていました。
首里城 名所・史跡
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首里城を囲む高い石垣をぐるりと回って、入口に向かいます。
本州の城郭は、防衛力UPのための横矢等、鋭角な石垣が多いですが、首里城は流線形の石垣が続きます。首里城 名所・史跡
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石垣周りを廻っている時に注意書きの看板が。
3月とは云え、すでに夏の暑さ。地域的に冬眠とかは、縁がない地域と思われるので出会わないことを祈ります。首里城 名所・史跡
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まだまだ石垣が続くねえ。まだ9:30ぐらいなのに、すでに日差しが厳しい。
首里城 名所・史跡
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やっと門が見えたと思ったら、出口専用で使われている久慶門。
元々は、城内の女性が城外への出入りに使用していた通用門でした。首里城 名所・史跡
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細長い城郭の片側をぐるりと廻り込んで、守礼門に到着。
門の扁額には、礼節を守る国という意味の「守礼之邦」と書かれています。琉球王国が、国外の使節にアピールするための門でした。首里城 名所・史跡
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首里城の全容が描かれたパネル。
丘全体を城壁で囲んだ堅固な城郭ですが、どちらかと云えば、戦闘用というより政治的な意味合いの強いお城だったような気がします。首里城 名所・史跡
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城内に入城する際の第一の正門となる歓会門です。
中国から冊封使を招いた際に、歓迎する意味で名付けられたそうです。首里城 名所・史跡
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歓会門脇のシーサー。魔除けとして、設置されているそうです。
こちらは左のメス。口を閉じているそうなのですが、明らかに開いているように見えます。首里城 名所・史跡
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こちらは右のオス。シーサーも狛犬と一緒で、2体で一対になっているようですね。
首里城 名所・史跡
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王宮の飲料水として使用していた湧水が、龍の口から流れ出しているため、龍樋と名付けられました。
首里城 名所・史跡
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首里城は、高台に築かれているので、そこから見える景色も素晴らしいものがあります。
首里城 名所・史跡
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首里城第四の門、広福門です。
役所兼城門の機能を備えていて、神社仏閣を管理する寺社座と、士族の財産争いを調停する大与座が置かれていました。首里城 名所・史跡
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万国津梁の鐘が吊るされている供屋です。
鐘が首里城に設置されていた記録は残っているそうですが、正しい場所が分からないため、こちらに保管されているそうです。供屋自体も、何のための建物か分かっていないそうです。首里城 名所・史跡
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城郭でいうと本丸に入るための最後の門、奉神門です。
首里城正殿のある場所は、御庭(うなー)と呼ばれているそうです。
こちらも役所兼城門となっていて、左側は、薬・茶・煙草等の出納を扱う納殿(なでん)、右側は、城内の儀式の際に使用された君誇(きみほこり)です。 -
首里城正殿のある御庭の案内板です。
首里城 名所・史跡
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首里城の正殿です。城郭の天守的な建物というより、御殿や大仏殿に近い建物ですね。太平洋戦争で焼失してしまうまでは、国宝に指定されていた建物です。
正殿前には、左右一対の大龍柱が建てられています。琉球様式の龍は、国王の象徴でした。首里城 名所・史跡
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2019年1月に約30年に及ぶ復元工事が完了しました。
運よく完成した後に訪れる事が出来ましたが、また失われてしまったのは本当に残念です。 -
正殿内に入場しました。
松も植えられていますが、蘇鉄や岩などを見ると南国が漂う庭園です。 -
畳が敷かれ、障子が貼られた純和風な部屋もありました。
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大庫理と呼ばれる二階部分の中央には、玉座である御差床(うさすか)があります。豪華絢爛な造りで、この場所で儀礼や祝宴などが行われました。
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下庫理と呼ばれる一階の中央にも、玉座となる御差床があります。二階に比べて豪華な装飾などはありませんが、国王が政治や儀式を執り行う場でした。
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正殿裏にある後之御庭に出ました。
右が、未婚の王女の居室として使われ、国王逝去後は、次期国王の即位の礼が行われた世誇殿。左が城中に勤める女官が暮らした女官居室です。 -
正殿の裏面です。
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赤瓦が青い空によく映えています。
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城中一番の高台になっている東のアザナから、正殿方面の眺め。
往時は、城の物見台の役目を担っていました。 -
那覇市街の眺め。
城周りには、沢山の緑がありますが、あとは海までびっしりと建物が埋め尽くしています。 -
御庭で行われていた儀式を再現したミニチュアも展示されています。
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城中には、ガマ遺構と呼ばれる人為的な洞窟遺構が残されています。
女官が息抜きに使ったという伝承があるそうですが、祭祀が行われていた可能性もあるそうです。 -
東のアザナは、下から見るとこのようになっています。
西欧の堅固な要塞のような石垣です。 -
寒水川樋川(すんがーひーじゃ)と名付けられた湧水です。
瑞泉門前の龍樋と共に、生活用水や防火用水に利用されていました。 -
鎌倉の円覚寺を模して、1494年に尚真王がが建立した寺院跡。
戦前は、国宝にも指定されていた琉球様式の仏殿が残っていたそうですが、太平洋戦争で焼失してしまいました。
現在は、こちらの総門と門の先にある放生池のみ再建されています。円覚寺跡 名所・史跡
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円覚寺跡から見て、通路を挟んで向かい側にある天女橋。
朝鮮国王から送られた高麗版大蔵経を治めるために、尚徳王が中島に経堂を造らせ、そこに天女橋が架けられました。天女橋 名所・史跡
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首里城から、歩いて玉陵にやってきました。守礼門からは、
数分の場所にあるようですが、かなり遠回りしてしまったようです。
玉陵と書いて、たまうどぅんと読むんですね。絶対に読めないなあ。
2018年年末に沖縄の建造物で初めて、国宝に指定されました。
入場料は300円。管理事務所には、玉陵に関する資料が展示されています。要塞のような琉球王朝の陵墓 by 赤い彗星さん玉陵 名所・史跡
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敷地内の植物。単体の植物なのか、寄生植物と一体となっているのか、何がどうなっているのか判別できず。空気中の水分を吸収する根が、ぶら下がっているように見える。
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石塀の向こうに陵墓があります。
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陵墓の外郭に建っている小さな建物。
法事の際に国王の控え所として使用されていた東の御番所です。
太平洋戦争で焼失しましたが、2000年に発掘調査が行われた後、復元されました。 -
陵墓というより、堅固な要塞にしか見えない建造物です。
尚真王が、父王である尚円王を祀るために、1501年に造った陵墓です。
昭和初期までの第二尚氏の歴代の王族が、埋葬されました。要塞のような琉球王朝の陵墓 by 赤い彗星さん玉陵 名所・史跡
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陵墓は、左から東室、中室、西室に分かれています。
中室には、洗骨前の遺体が安置されました。東室には、洗骨後の王と王妃が納骨され、西室には洗骨後の限られた王族が納骨されました。 -
陵墓を守るシーサーと思われますが、タヌキのような風体の石像です。
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石門と陵墓の全景。
太平洋戦争で大きな被害を受けましたが、1974年から3年掛けて修復され、往時の姿を取り戻しました。 -
玉陵から、識名園に向かう途中で金城町石畳道を通りました。
尚真王の時代、首里城と沖縄南部を繋ぐ道路として舗装されました。急な坂道なので下りルートが楽 by 赤い彗星さん首里金城町石畳道 名所・史跡
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金城町石畳道は、今でも住民の方の生活道路として利用されています。
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金城町石畳道の途中には、休憩所として、古民家を利用した首里金城町村屋が設けられています。
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首里城から、金城町石畳道に向かったので、ずっと下りで歩くのは楽でしたが、逆方向から首里城に向かうと、結構な坂道が続くので大変だと思います。
石畳道の登り口には、表札も立てられています。急な坂道なので下りルートが楽 by 赤い彗星さん首里金城町石畳道 名所・史跡
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世界遺産の識名園に到着しました。入園料は400円(2019年3月時点)でした。
南国風味溢れる和風庭園 by 赤い彗星さん識名園 公園・植物園
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入園すると、大きな南国植物が左右に並んだ通路が続いています。生い茂っている感じではないので、明るい場所をしばらく進みます。
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小さな門ですが、この門が正門として利用されていました。
王族や冊封使が、入退園するための門でした。 -
だんだんと森が深くなるような感じで、薄暗くなってきました。
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通路はかなり凸凹しているので、歩きやすい履物でないと歩くのに苦労すると思います。
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通路を抜けると回遊式庭園が、目の前に現れました。
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育徳泉と名付けられた庭園の池の水の水源の一つです。
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御殿(うどぅん)です。
琉球王朝時代は、上流階級しか使用を許されていなかった赤瓦葺きの屋根を持つ建物です。明治・大正期にも増改築が行われたそうです。 -
平屋建ての建物ですが、冊封使を迎え入れた部屋など、15部屋設けられています。訪れた時は、琉球紬や紅型の展示がされていました。
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池の島には、六角堂が建っています。
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六角堂は、中華風の六角形の建物です。
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王族の保養や海外からの使者を接待するために利用されていた庭園は、太平洋戦争で壊滅的な被害を受けたそうですが、昭和50年から、約20年かけて再建と整備が進められ、往時の姿を取り戻しました。
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回遊式庭園ですが、純和風ではなく、御殿や橋のアーチ、六角堂など、琉球様式も多分に取り入れられた庭園です。
南国風味溢れる和風庭園 by 赤い彗星さん識名園 公園・植物園
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写真では分かり辛いですが、戦時中に識名園に設けられた防空壕の穴です。
この穴は、主に空気孔として使用していたそうですが、人の出入りも可能だったようです。 -
庭園内の高台には、勧耕台という見晴らし台が設けられています。
そこからの那覇市街の風景です。 -
ゆいレールの旭橋駅から、歩いて約15分。波上宮にやってきました。
海に面した高台に建っています。紅型のお守りが綺麗です by 赤い彗星さん波上宮 寺・神社・教会
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波上宮の本殿と拝殿は、平成5年に再建されました。
沖縄伝統の紅型で美しく染色されたお守りを受ける事も出来ます。紅型のお守りが綺麗です by 赤い彗星さん波上宮 寺・神社・教会
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波上宮のすぐ下にある波の上ビーチにやってきました。
テレビでよく見かけるビーチはここですね。目の前に橋があるビーチも珍しい。波の上ビーチ ビーチ
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海のそばで育ったので、波の音を聞くと穏やかな気持ちになりますし、潮の香りを嗅ぐと懐かしく感じます。沖縄は穏やかな人が多くて、時間もゆっくり流れているように感じました。またいつか癒されに来たいと思います。
波の上ビーチ ビーチ
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