2019/07/26 - 2019/07/27
223位(同エリア1730件中)
norijiroさん
- norijiroさんTOP
- 旅行記136冊
- クチコミ2件
- Q&A回答0件
- 178,577アクセス
- フォロワー19人
2019年の夏休み。今回はたまったマイルを一挙大放出することにした。そう、数年に一度のビッグボーナス・特典航空券の予約である。せっかくマイルを使うからには遠くに行きたい。そこでまずは数年来の宿願ともいえる北欧に的を絞るも、人気の路線はすでに満席。その代わりにやたらと「ワルシャワ経由」が出てきた。いろいろと評判を見たが、ワルシャワ空港は乗り継ぎに難があるようで、発着機の遅延やらロストバゲージやらの報告がわんさかある。「ワルシャワ・ショパン空港」という正式名からは優雅で貴公子的な香りが漂うが、だまされてはいけない。実際は旧東欧の妖気を色濃く残しているようで、会社の同僚でもワルシャワ経由でディレイバゲージに遭った者がいた。帰国便だからまだマシだったようだが、自宅に荷物が届くまで4日かかったとか。嫌な予感しかしない。
ということでワルシャワもショパンも却下。ほかによいところはないか…と手当たり次第に調べを進める。毎回、多くの行き先を調べるなか、夫婦ともどもなぜかふと「腑に落ちる国」が現れるもので、今回はそれがギリシャであった。北欧から一転して地中海。だが、夏の地中海はとにかく気候がいい。しかも、エーゲ海の島々は超一級の景観で知られる。いいねえギリシャ、と瞬時に宗旨替えが完了した。
オーストリア航空のウイーン経由便を確保し、いざ、ギリシャ、そしてエーゲ海へ。そのつもりが…?
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
迎えた出発の朝。布団のなかで、ふと本日の飛行時間が気になった。寝ぼけ眼のまま、搭乗予定のOS52便を検索すると…3時間の遅延??!!
もともとウィーンでの乗り継ぎ時間は3時間5分である。通常であれば十分な時間であったはずが、これが今やわずか300秒の猶予だ。300秒で人はどこまで戦えるか。飛行機を降りて空港内を華麗に爆走、入国審査を突破し、お土産のモーツアルトチョコ購入、ラストスパートをかけて搭乗口に滑り込む…と脳内シミュレーションするが、どう頑張ったところで次の飛行機に間に合うわけがない。
OS52の遅延は既定事項なので、乗り継ぎ便を後ろに振り替えたいところ。だが、当該区間ではその日の最終便に搭乗予定だったので、次は翌日午前発になってしまう。急遽ウイーンに1泊するしかないのだろうか。まあ、今宵はホイリゲで1杯というのも悪くない。
遅延情報は成田空港やオーストリア航空のHPにはまったく見当たらず、目下のところgoogle大先生のみ知るところのようだ(恐るべし…)。こういう時の交渉は早い者勝ちと聞くので、まだ勝機は十分にある。オーストリア航空の電話窓口は9時からだったため、まずは特典航空券の申込みをしたANAに電話してみた。すると、事態はホイリゲどころの騒ぎではないようで…。 -
ANAの回答は、われわれを絶望の淵に立たせるものであった。あらゆる経由地を考慮してもアテネ行きの空席は「今後1週間、一つもない」とのことで、先方のオペレーターも困り果てるばかり。今回の航空券は「スターアライアンス提携航空会社の特典航空券」のため、たとえ空席自体があったとしても振り替えにはいろいろと制限があるようだ。
もうこうなったら思い切ってオーストリア旅行に切り替えるのも手である。でもそうなると、すでに無料キャンセルのきかないギリシャのホテル代や、フェリー代などの交通費はどのように補償されるのか、あるいはされないのか。そのへんをオペレーターに尋ねたが、曖昧ににごされた。いろいろと複雑でタフな交渉&手続きを要するようで、見切り発車はいかにも危険である。下手をすれば旅行代が倍かかる。さすがに渡航断念の悪夢が脳裏にちらついた。思い描いていたエーゲ海の夕日も幻に終わるのか…。 -
ANAとの交渉はいったん保留にし、時刻が9時になった瞬間、今度はトラブルの元凶であるオーストリア航空に電話してみた。念のため、乗り継ぎ便に出発を待ってもらえるかを尋ねたが、「今回ほどの遅れが出てしまうと無理だろう」とのこと。アテネ便に乗り換える客がきわめて少数ということも影響していると思われる。また、預け入れの手荷物がウイーンに置き去りになる可能性もきわめて高い。
やはりダメか…と落胆しているところへ、突然「羽田には行けますか?」との質問。まだ自宅にいたのでむしろ羽田のほうが近い。もちろんOKすると、ミュンヘン経由アテネ行きのルフトハンザ便を打診された。ルフトハンザはオーストリア航空の親会社。子どもの責任は親がとる(とらされる?)、ということだろう。出発時間と乗り継ぎ時間の関係から、アテネへの到着時刻が2時間も早くなっていた。むしろラッキー!! あとは全速力で羽田に向かうのみ! -
当初予定より出発が早まったため、可及的速やかに家を出るも、電車やモノレールが少し遅れでもしたら即アウトというスリリングな展開。さすがにこれで遅れたら救済は期待できない。緊張のなか、急ぎ足でなんとか羽田空港へ到着した。
-
われわれの救世主・ルフトハンザ。親の責任を見事に全うしたその男気を称えたい。
-
直前の振り替えのため座席指定の余地はほとんどなく、空いている席に適当に押し込まれる。私以外の3人は中央最後列へ。一般にはクローズされている緊急の予備席だった気がする。私だけが単身赴任となってしまったが、各人バラバラの一家離散とまではならずによかった。
-
ルフトハンザの機内食はおいしかった印象があるのだが、この日は不調。雑な盛り付けと妙にパサついた麺にエコノミーの悲哀を感じた。が、居候の身ゆえに文句のあろうはずがない。
-
ロシア上空を快調に飛ぶ自機。CGのように見えるが、垂直尾翼に設置されたカメラからの実写である。さすがは最新鋭のエアバスA350。この映像の飛行機の中に自分がいるかと思うとなかなか面白い。窓から身を乗り出して手を振りたい気分だ。
-
一連のトラブルで「遅延」という言葉には非常に敏感になった。ミュンヘン空港には定刻どおりに到着し、一安心。
-
次の飛行機まで少し時間があったので、フードコートでベルリン名物・カリーブルストを注文。つかの間のドイツ旅行気分を味わう。日本時間ではすでに夜中の1時だが、まだ先は長い。
-
ついでに本場のビール♪…と思い、適当に注文したらまさかのノンアルコール。とはいえ、ほのかな果実味のあるサイダーのようで悪くない。グイグイいける。時間が時間だけに、下手に飲みすぎると「泥酔」ないし「熟睡」、そして「乗り継ぎ失敗」という危険性があるため、ノンアルコールでよかったかもしれない。
-
本日2回目の飛行機に無事搭乗。ミュンヘンとアテネの間の飛行時間は2時間半ほどで意外と近い。一眠りしている間に着いてしまう。
-
日付もかわったころ、ようやくアテネのホテル「B4Bアテネシグネチャーホテル」へ到着。長い一日がようやく終わった。とりあえず今日はすぐに寝て、翌日からの観光に備えよう。
B4B アテネ シグネチャー ホテル ホテル
-
アテネで迎えた初めての朝。
前日は深夜着だったので、せめて午前中くらいはホテルでゆっくりしたい気もするが、そうも言っていられない。この日はすべてアテネ市内の観光にあてる予定だが、最大の見どころパルテノン神殿には「朝イチに行け」というのが経験者の総意だったからである。
理由は2つ。ひとつ目は「混雑」だ。世界的に知られる超有名スポットであるため、毎日大量の観光客が押し寄せてくる。特に午前10時ごろからは団体客が一気に増えはじめ、ひどい時には麓の入口から神殿のある山頂まで大行列が形成されるという。ここまで来て行列は勘弁してもらいたい。ふたつ目は「暑さ」。特に真夏の正午から午後、日射しを遮るもののない遺跡は灼熱地獄となる。あまりに気温が上がった場合は見学者の熱中症予防のため閉鎖されることもあるらしい。ここまで来て熱中症は勘弁してもらいたい。
今回の旅程を考えると、朝イチからアテネ市内を観光できるのはこの日と最終日しかない。というわけで、到着翌日の朝から貪欲にフル稼働することとなった。 -
パルテノン神殿の開門は朝8時である。ホテルの立地がなかなかよく、入場ゲートまで歩いて10分とかからない。途中、ご当地チェーン系カフェの「エベレスト」で朝食をとりつつ、余裕をもって15分くらい前に着いた。道すがら、山の頂上にパルテノン神殿がチラ見えし、いやが上にも期待が高まる。
-
チケット売り場には20人ほどの先客および何故かその辺の野良犬が列をなしていたが、それほど待つこともなく無事に入場。パルテノン神殿はアクロポリス(「高い都市」の意)と呼ばれる岩山の頂上に鎮座しており、この一帯は都市の中核として位置づけられていた。岩山は東西270m,南北156m,高さ150mの規模で、麓から見ると高石垣といった感じの威容に目を奪われる。
-
順路に従って進んでいくと、アクロポリスの南麓に「ディオニソス劇場」が見えてきた。豊穣とブドウ酒と酩酊の神・ディオニソスに捧げられたギリシア最古の野外劇場で、最盛期には1万7,000人を収容できた。1万7,000人と言われてもピンとこないが、あの日本武道館の収容人数が最大1万5,000人弱なので、その規模の大きさがわかる。新人バンドが「武道館ライブ」を目標とするように、当時の劇作家や俳優も「ディオニソス公演」を目指したのかもしれない。
ディオニソス劇場 劇場・ホール・ショー
-
道中その他いろいろあるのだが、混んでくると嫌なので脇目もふらず山頂のパルテノンを目指す。きつい階段をのぼり、ようやく頂上の入口へ。
-
前門を抜けて内部へ。いかにもギリシャ建築っぽい柱がいくつも並んでいるが、崩れる寸前のだるま落としのように不安定な柱もあり、見ていると不安になる。誰かがよろけて手をついたらどうなることか…。
-
そして眼前に現れたパルテノン神殿。教科書でしか見たことのない大スターとついにご対面である。大部分が修復中とはいえ、さすがの貫禄だ。純粋に建物の形として洗練されている気がする。
パルテノン神殿 史跡・遺跡
-
パルテノン神殿ができたのは紀元前430年頃とされている。現代にいたるまで、まさに受難の歴史だ。
ペルシア戦争の勝利を記念して建築。ギリシア神話の女神アテーナーがまつられた→4世紀:ローマ帝国の支配後はキリスト教の大聖堂に。内部の装飾や壁の一部が破壊される→15世紀:オスマン帝国の支配下となり、イスラム教のモスクとされる→1687年:ヴェネツィア共和国との戦争で、内部に貯蔵された弾薬などが大爆発。屋根や内部の大部分が吹き飛ぶ→19世紀初頭:古代ギリシャ文明に興味があったというイギリス公使が装飾彫刻などの美術品を略奪
みんなで寄ってたかって壊したり、盗んだり…。よりによって戦争中に弾薬を内蔵してはいけない。爆発オチのフラグを立ててどうする。 -
近くで見ると、かの有名なエンタシスの柱は石臼状の扁平なパーツを積み重ねてつくられていることが分かる。キングオブ世界遺産とも言うべき偉大な遺跡に対しまことに失礼ではあるが、柱からはその色と形により、ちくわぶが連想された。
-
食い散らかされた一口サイズのちくわぶたち。
-
パルテノン神殿の向かいに建てられている神殿・エレクティオン。柱は一見するとパルテノン神殿と同じようだが、柱頭部にわかめちゃんの頭髪のような装飾がある。簡素なパルテノン神殿の柱はドーリア式、こちらはイオニア式と分類されているらしい。両神殿ともに、これらの様式の代表作としてあげられる。
エレクティオンはいろいろな神様の祭祀所をまとめた施設のようで、神社でいうところの本社に対する末社という位置づけであろうか。エレクティオン 史跡・遺跡
-
エレクティオンで有名なのが、このカリアティッドの玄関。柱がわりの少女像6人が身を挺して天井を支えている。重さで首がもげる危険性があったため、ここに置かれているのはレプリカ。本物のうち5人は近くのアクロポリス博物館に収められているが、1人はイギリスに拉致されたままである。
-
丘の上だけあって見晴らしは抜群。遠くの海まで見える。
-
遺跡を十分に堪能していると、やはり噂どおり観光客がどんどん増えてきた。早めに来て正解である。
-
帰り道にはヘロディス・アッティコス音楽堂を見学。アクロポリスの南西斜面にあるので、舞台方面を見たときの開放感がよい。
イロド アティコス音楽堂 劇場・ホール・ショー
-
続いてやってきたのはハドリアヌスの凱旋門。ギリシャ文化を愛したというローマ皇帝ハドリアヌスの功績を称えている。
ハドリアヌスの凱旋門 史跡・遺跡
-
凱旋門の向こうにはアクロポリスが見える。
-
凱旋門の隣りにはゼウス神殿が遺されている。このあたりは古代遺跡の密集地区だ。
かつては104本の柱が立ち並んでいたというが、現在は南東部を中心に15本しか残っていない。ということで、貴重な生き残りの柱を鑑賞する。パルテノン神殿もほとんど柱しかなかったが、ここはそれに輪をかけて本当に柱しかない。だが、これまでの柱よりかなり大きく、高さは17mもあって見応えは十分。そして、柱頭にはドーリア式でもイオニア式でもない細かい装飾があった。これはコリント式というらしく(すっかり柱マニア)、植物やつるを図案化したものでローマ時代に流行したようである。つまり、時代を下るにつれて、ドーリア式→イオニア式→コリント式と派手に発展していったわけだ。まさに素晴らしきムダ知識。ゼウス神殿 建造物
-
離れて現存する2本と、倒壊して食べやすくカットされたちくわぶが1本。
だだっ広い空き地に柱が建っているだけであるが、巨大な柱が立ち並ぶ様はなかなか壮観である。 -
遺跡の見学をしてつくづく感じたのは、夏のアテネはとにかく暑いということである。湿度は低いものの雲がいっさいないので日射しが強く、屋外にいるだけで消耗する。東京オリンピック開催期間中の暑さが心配されているが、アテネで大丈夫だったなら東京でも問題ない、と太鼓判を押したい。マラソンだって難なくできることだろう…と書いて気になったので調べてみたが、「2004年アテネ五輪はスタート時間が夕刻に設定されていたが、リタイアする選手が続出」したらしい。やっぱり札幌のほうがいいか。
-
ということで、昼食時にはビール。呼び込みに誘われて入った新アクロポリス美術館の前の「ゴッドレストラン」(すごい名前だ)にて、明るいうちからキンキンに冷えたビール。ギリシャのメージャーブランドの一つ「ミソス」は、あっさりとキレよく飲みやすい。暑い国のビールはこれで十分。コクとか深みとかはいらない、ただ爽快であれ。
ゴッズレストラン 地元の料理
-
この旅初のギリシャ料理は有名な「ムサカ」。ほとんどグラタンだが、ほのかに香るスパイスにアラブの風を感じる。
-
いかのグリルにオリーブオイルをたっぷりと。いかは歯ごたえ十分で、生前の鮮度のよさが偲ばれた。
-
サービスのヨーグルト。濃厚な味にはちみつがよく合う。
-
食後は屋内の涼を求め、アクロポリス博物館にやってきた。近代的な館内には、アクロポリスからの出土品約4,000点が展示されている。
新アクロポリス博物館 博物館・美術館・ギャラリー
-
怪しげな柱がお出迎え。この博物館内は撮影不可と聞いていたが、周囲の見物客があちこちで撮影しまくっており、係員が注意する素振りもない。「表向きは禁止だが、フラッシュなしで控えめに撮影する分には大目に見る」という感じであった。
-
午前中にカリアティッドの玄関で見た少女像の本物。頭上の重たい屋根がなくなり、さぞやすっきりとした気分であろう。全員髪型が異なっていたりと、造形もなかなか凝っている。
-
見事なレリーフだが、顔が削り取られてしまっているのは、経年劣化なのか、それとも意図的なものなのか。
-
館内のカフェで休憩。炭酸がうまい。ご当地柄のコカ・コーラにグッとくる。
-
見学後はふたたび屋外の遺跡をめぐる。後から振り返れば、ここからが地獄のはじまりであった。
-
炎天下を歩き続け、ようやくたどり着いたローマンアゴラ。ローマ時代初期(紀元前1世紀~紀元後2世紀)のアゴラ(市場・集会場)の跡である。立ち並ぶ柱がちくわぶから千歳飴になったのは、何か理由があるのだろか。
ローマン アゴラ 史跡・遺跡
-
かろうじて残された建築物の一部から、かつての繁栄が感じられる。
-
8角形をした「風の塔」。8つの側面はきっちり八方位に向いており、上部にはそれぞれの方角を仕切っていた風の神の像がある。かつては塔のてっぺんに風向計のようなものがあり、それぞれの神の像から風向きが分かるようになっていたらしい。なかなか粋な演出である。
風の神の家 (公衆浴場跡) 史跡・遺跡
-
次に、すぐ隣りの「ハドリアヌスの図書館」を見学。午前中に見学した凱旋門でもその名が出てきたローマ皇帝のハドリアヌスが132年に建設したものである。入口に面した柱と壁を見て、これは立派…と期待するも、残されているのはこの壁のみで、特に図書館を彷彿とさせるものはない。
アドリアノスの図書館 博物館・美術館・ギャラリー
-
これが図書館だと分かる者はいるか。
-
朝から歩きどおしですでにヘロヘロなのだが、何とか最終目的地の古代アゴラへ到着した。広い園内をよたよたと進み、1950年代に再建されたというアッタロスの柱廊へ。内部は展示室が備え付けられていて、冷房が効いている。文明の利器が何よりもありがたい。写真左の柱がパルテノン神殿と同じドーリア式、右がイオニア式…などと感慨に浸る余裕もなかった。にわか柱マニアも疲労の前には無力である。
アッタロスの柱廊 (古代アゴラ博物館) 博物館・美術館・ギャラリー
-
古代アゴラはアクロポリスのお膝元というべき位置に広がっている。アテネ市民はここに集まって買い物をし、政治家の熱弁に耳を傾け、交流するなかでさまざまな情報交換を行っていた。倫理の教科書に出てきた哲学者のソクラテスやプラトンもここで活躍していたとか。
遺跡を眺めながらそんな古代に思いを馳せたいのだが、すでに体力が限界をこえていた。古代アゴラ 史跡・遺跡
-
古代アゴラの前には線路が敷いてあり、時折電車が通る。そのド派手な装飾を加えられた姿と、錚々たる遺跡群を比べるに、古代から人類は進化したのか、退化したのか、複雑な心境になる。
-
保存状態がよいと言われるヘファイストス神殿。すこし高い位置にあったため階段を登る気力がなく、遠くから見上げるにとどめた。
ヘファイストス (テセウス)神殿 史跡・遺跡
-
アグリッパ音楽堂の前にあったトリトン像。半人半魚の海神である。古代ギリシャにはいろいろな神がいて面白い。本日だけで、何人の神に出会ったことだろう。
見学が終わることには日もかげり、初日の行程はこれで終了。遺跡疲れで明日こそはゆっくりしたい…と切に願うが、そうはいかない今回の旅なのであった。アグリッパの音楽堂 史跡・遺跡
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2019年子連れギリシャの旅
この旅行記へのコメント (4)
-
- あいぼんさん 2020/01/17 23:51:01
- アゴラまでたどり着けませんでした
- norijiroさん、こんばんは。
昨年夏のギリシャ旅行記、いよいよアップ開始ですね。
今回も乗り継ぎの300秒でお土産のモーツァルトチョコ購入しようとしているあたりから読者のハートを鷲掴み。どっぷりnorijiroワールドに浸らせていただいて後味最高の旅行記でした。
夏のギリシャ、随分昔に行きましたが、夜12時に日本からアテネに到着して、翌朝早くのパルテノン神殿に行くというおんなじような強行スケジュール、我が家もやりましたー。我が家も同じようにパルテノン神殿の後に古代アゴラに行くつもりだったのですが、時差と暑さにやられてパルテノン神殿だけでダウン。午後はホテルで寝ていましたが…。
なので、norijiroさんが夏のギリシャで日本から到着した翌日にパルテノン神殿とアゴラの両方にに行ったというのは、本当の根性があることだと思います。すごいです。がんばりましたね。
旅行記が続々とアップされるの楽しみにしてます。
あいぼん
- norijiroさん からの返信 2020/01/18 22:37:13
- Re: アゴラまでたどり着けませんでした
- あいぼんさま
いつもありがとうございます。
アテネはいま思い出しても暑かったですねー。
古代アゴラに着く頃には、目に光を失い、もうろうとしながら園内を徘徊しておりました。
もしあいぼんさんのように年賀状用の写真などを撮ろうものなら、ゾンビ一家の謹賀新年といった感じに仕上がったことでしょう。
このトラウマからか、子どもは「次の夏は涼しいところに行きたい」と熱望しております。
-
- さとこさん 2020/01/14 12:59:33
- 懐かしい!そしてハード!
- norijiroさんこんにちわ。
いやー、旅の最初からフライト変更とか、波乱の幕開けって感じですね。
懐かしいアテネ。
我が家が行った時は美術館の休日の日だったのと、暑かったのとで、アクロポリス以外は全然観光しなかったのですが、ちくわぶや千歳あめのような遺跡はそこら中にあったんですね!
それにしてもアテネは暑いですよ。
うちも真夏に行ったので早々にショッピングモールに避難してましたもん。
今年の夏南イタリアに行くのですが、やっぱり暑いんだろうなぁ。
がつがつ遺跡観光はきついですね。
さとこ
- norijiroさん からの返信 2020/01/16 10:30:21
- Re: 懐かしい!そしてハード!
- さとこさまのアテネ旅行記、拝読いたしました。
パルテノン神殿は、修復工事が多少進んだのか、
当時よりも現場感はなくなっていたように思えます。
また、手元の別角度の写真を確認いたしましたところ、
レゴが露出している場所もなかったように見えます。
とはいえ、暑さは以前と変わらないですね。
おそらく南イタリアもかなりのものかと。
甲子園に出場する高校球児のように、
暑さ対策が必要かもしれません。
仙台育英は甲子園の前に沖縄合宿したとか…。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったホテル
-
B4B アテネ シグネチャー ホテル
3.25
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
アテネ(ギリシャ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2019年子連れギリシャの旅
4
53