2020/01/02 - 2020/01/03
1204位(同エリア2199件中)
Kenさん
暖かい新春、大原温泉に1泊し、のんびり大原を散策しました。毎年のように訪問している大原ですが、今回は1月2日に開催される来迎院の「修正会」に参席し、2016年の勝林院以来、4年ぶりに聲明を聴くことができました。
- 交通手段
- 自家用車
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自宅から約1時間のドライブで、大原の宿に到着。車を預けて、散策開始。寂光院への道は人影もなし。
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この季節、南天の赤い実が目立つ。
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寂光院道に最近できたカフェ。新年の開店は、1/5からで、今回も入店できず。
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三千院参道に到着。
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茶屋で名物のみたらし団子を楽しむ。
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店内に飾られていた繭玉。子供の頃が懐かしい。
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三千院。
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勝林院。台風のためか、屋根に被害。
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宝泉院。今年は、入山せず。
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大原陵(おおはらのみささぎ)。後鳥羽天皇、順徳天皇の陵。後鳥羽天皇は、流された隠岐で亡くなり、その子である順徳天皇は、佐渡で亡くなっている。
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三千院前の道。
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三千院参道前から来迎院(らいごういん)へ向かう。
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来迎院への道には、良忍上人(りょうにん、1073-1132)絵伝が建てられている。
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良忍上人絵伝の1枚。
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来迎院参道口。
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来迎院入口。
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来迎院山門。
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来迎院の説明。山号は魚山(ぎょざん)。本尊は薬師如来。声明中興の祖である聖応大師良忍上人(りょうにん、1073-1132)が建立して、天台声明の根本道場とされてより現在に至る。
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来迎院の本堂。室町時代再建のもの。
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来迎院の本堂
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来迎院の本堂。内部正面に本尊の薬師如来(藤原時代)
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来迎院にて、修正会(しゅしょうえ)の案内。本堂に入り、15:30-17:30、参詣。参詣者20名弱。4年前の勝林院に続き、来迎院で聲明(声明;しょうみょう)を聞くことができて、嬉しい。堂内撮影禁止。暖房は参詣者用に電熱ヒーターが1台あるのみ。途中で、「魔おどし」「三十三度」と呼ばれる厄除け儀式があり、村の青年たちが床を叩きながら踊る。なお、修正会とは、年頭に一年間の安寧を祈願する法要。
[追記] 録音mp3ファイル(96分)は、下記にあります。
https://drive.google.com/drive/folders/10h49F85R7FKrd0MkE4VD5sqD7uZl7UTG?usp=sharing
声明フォルダ(Googleドライブ) -
来迎院の修正会(しゅしょうえ)終了後の本堂。17時半頃。
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来迎院の修正会で授かった宝木(しんぎ)
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来迎院の修正会で授かった牛玉(ごおう)(厄除けの護符)。字の上に、牛王印(ごおういん)が押されている。なお、参詣者の額に牛玉宝印(朱印)を押すしきたりがあるが、今回は(も?)ジェスチャーで行われた。
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翌朝、散策開始。寂光院への道。
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寂光院の手前にある大原西陵。建礼門院徳子の墓所と伝えられる
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大原西陵。
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寂光院入口。
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寂光院道を歩いて、三千院へ向かう。温かくて良い天気
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三千院参道前の寒桜
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宝泉院入口。
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三千院道から寂光院方面を望む
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出世稲荷神社で、堂本印象「雲龍図」を見学後、参拝
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江文神社(えぶみじんじゃ) 初詣のポスター
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車で、江文神社へ。 ここは、大原雑魚寝(おおはらざこね)の舞台。また、この先は江文峠。平安時代、1186年、後白河法皇は鞍馬街道からこの峠道を経て、大原・寂光院の建礼門院のもとを訪れたという(大原御幸)。
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江文神社で初詣。美味しい甘酒を頂戴する。このあと、帰路に着く。
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