豊田旅行記(ブログ) 一覧に戻る
松平郷は徳川将軍家のルーツとなる松平家 発祥の地です<br />初代・親氏公はここから近隣地域に侵攻、7村を手中におさめます<br />その後も代々勢力を拡大していき、初代親氏公から数えて7代目の清康公(家康公の祖父)の代に、三河一国(現愛知県東部)を支配するようになります

【徳川ゆかりの地 探訪③】 松平郷 ~徳川三百年の礎となった松平氏発祥の地~

11いいね!

2019/08/11 - 2019/08/11

425位(同エリア748件中)

旅行記グループ 徳川ゆかりの地 探訪

0

21

べスピン

べスピンさん

松平郷は徳川将軍家のルーツとなる松平家 発祥の地です
初代・親氏公はここから近隣地域に侵攻、7村を手中におさめます
その後も代々勢力を拡大していき、初代親氏公から数えて7代目の清康公(家康公の祖父)の代に、三河一国(現愛知県東部)を支配するようになります

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
  • 松平郷の全景<br />ここ駐車場から高月院まで350m、展望テラスまで900m<br />ほどよい距離感で散歩コースとしてもいいと思います<br />

    松平郷の全景
    ここ駐車場から高月院まで350m、展望テラスまで900m
    ほどよい距離感で散歩コースとしてもいいと思います

    松平郷 名所・史跡

  • 立派な石碑が立っております

    立派な石碑が立っております

  • 松平東照宮<br />元和5年(1619年)に久能山東照宮から徳川家康公の御分霊を勧請して合祀されました<br />最初は、八幡宮と称し、松平家の屋敷神でしたが、元和5年(1619)に家康を合祀(ごうし)し、昭和40年(1965)に松平・初代 親氏(ちかうじ)を合祀したとのことです

    松平東照宮
    元和5年(1619年)に久能山東照宮から徳川家康公の御分霊を勧請して合祀されました
    最初は、八幡宮と称し、松平家の屋敷神でしたが、元和5年(1619)に家康を合祀(ごうし)し、昭和40年(1965)に松平・初代 親氏(ちかうじ)を合祀したとのことです

    松平東照宮 寺・神社・教会

  • 全国に多く存在するいわゆる煌びやかな東照宮ではなく、落ち着いた雰囲気をかもしています

    全国に多く存在するいわゆる煌びやかな東照宮ではなく、落ち着いた雰囲気をかもしています

  • こういうシックな社殿もいいですね、三つ葉葵の紋がそこかしこに刻まれておりカッコいいです

    こういうシックな社殿もいいですね、三つ葉葵の紋がそこかしこに刻まれておりカッコいいです

  • 松平郷館<br />東照宮の隣には入場無料の資料館があります、館内撮影は禁止です<br />「松平親氏公の座像」はじめ松平家の遺品など200点あまりを展示しており、無料にしてはそれなりに見応えありです

    松平郷館
    東照宮の隣には入場無料の資料館があります、館内撮影は禁止です
    「松平親氏公の座像」はじめ松平家の遺品など200点あまりを展示しており、無料にしてはそれなりに見応えありです

  • 松平郷園地<br />東照宮から通りを挟んですぐのところにあります<br />春はサクラ、初夏にはハナショウブやアジサイの花々、秋にはハギの花や紅葉など、四季を通じてさまざまな自然の風景を楽しむことができます<br />

    松平郷園地
    東照宮から通りを挟んですぐのところにあります
    春はサクラ、初夏にはハナショウブやアジサイの花々、秋にはハギの花や紅葉など、四季を通じてさまざまな自然の風景を楽しむことができます

  • 一番奥に徳川家康公の始祖、松平・初代 親氏公の像が立っています<br />親氏公が生きたのは南北朝時代から室町時代にかけてです<br />その後8代続き、9代目が家康公になります

    一番奥に徳川家康公の始祖、松平・初代 親氏公の像が立っています
    親氏公が生きたのは南北朝時代から室町時代にかけてです
    その後8代続き、9代目が家康公になります

  • 一般的な侍の像とは違い珍しい造形が魅力的です<br />現代で言う腰のバックル部分が鬼の面みたいなものですごくカッコいいです

    一般的な侍の像とは違い珍しい造形が魅力的です
    現代で言う腰のバックル部分が鬼の面みたいなものですごくカッコいいです

  • 松平郷園地から高月院に向かう通りは土塀や武家屋敷風の休憩所「天下茶屋」があります

    松平郷園地から高月院に向かう通りは土塀や武家屋敷風の休憩所「天下茶屋」があります

  • 高月院<br />貞治6年(1367年)創建、松平家の菩提寺です<br />徳川幕府からも厚遇されました

    高月院
    貞治6年(1367年)創建、松平家の菩提寺です
    徳川幕府からも厚遇されました

  • 高月院はもとの名を「寂静寺」と言いましたが、1377年、親氏公が本尊阿弥陀仏をはじめ堂・塔のすべてを寄進し、高月院になりました<br />※現在は中央にある長い(高い)木の柱はありません、ちょっと前の柱が立っていた時の写真の方がカッコいいので敢えてこっちを載せています

    高月院はもとの名を「寂静寺」と言いましたが、1377年、親氏公が本尊阿弥陀仏をはじめ堂・塔のすべてを寄進し、高月院になりました
    ※現在は中央にある長い(高い)木の柱はありません、ちょっと前の柱が立っていた時の写真の方がカッコいいので敢えてこっちを載せています

  • 現在の山門や本堂は1641年に徳川3代 家光公によって建立されたものです

    現在の山門や本堂は1641年に徳川3代 家光公によって建立されたものです

  • なかなか立派な本堂です

    なかなか立派な本堂です

  • 誰でも入れます

    誰でも入れます

  • 本堂内は煌びやかな三つ葉葵紋の装飾があり、厳かな雰囲気をかもし出しています<br />毎朝6:30から朝勤行という仏さま( 阿弥陀さま) と縁があったことを喜ぶ朝のお勤めがあり、誰でも参加できるようです

    本堂内は煌びやかな三つ葉葵紋の装飾があり、厳かな雰囲気をかもし出しています
    毎朝6:30から朝勤行という仏さま( 阿弥陀さま) と縁があったことを喜ぶ朝のお勤めがあり、誰でも参加できるようです

  • ここにも籠が飾られています、籠は皆さん大事に保管していたのか けっこういろんな所で見かけます<br />

    ここにも籠が飾られています、籠は皆さん大事に保管していたのか けっこういろんな所で見かけます

  • 松平氏墓所<br />高月院の一番奥にあり、国指定文化財(史跡)です<br />

    松平氏墓所
    高月院の一番奥にあり、国指定文化財(史跡)です

  • 墓碑は三つ葉葵紋が刻まれた石扉に囲われた中にあります<br />中央は始祖・松平親氏公<br />右は二代・泰親公<br />左は四代・親忠夫人

    墓碑は三つ葉葵紋が刻まれた石扉に囲われた中にあります
    中央は始祖・松平親氏公
    右は二代・泰親公
    左は四代・親忠夫人

  • 墓所から本堂を見下ろすと周囲を木々や森で囲まれているのがよくわかります

    墓所から本堂を見下ろすと周囲を木々や森で囲まれているのがよくわかります

  • 境内の手入れがしっかり行き届いており、心洗われるとてもいい場所でした

    境内の手入れがしっかり行き届いており、心洗われるとてもいい場所でした

11いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP